10. リーナ魔法研究所 2
魔獣兵が腕を元の長さに戻している。
驚くほどの俊敏さ。
あの巨体から生み出される圧倒的な破壊力。
薄暗い空間の中に更に暗く存在している魔獣兵は、それだけでも十分に恐怖心をあおっていた。
魔獣兵が動き出すよりも早く、俺はその巨体の懐に突っ込んだ。
先程とは打って変わり、近接での戦いに持ち込む。
確かに腕力と速さ、それに加えて体を変形して攻撃範囲を広げるのはとても厄介だ。
距離を取ろうと思っても、どれだけ腕を伸ばせるのかは分からない。
確かめるためにもう一度攻撃を受けるわけにもいかない。
最悪の場合、それで死ぬ。
だったら、逆に近づくしかない。
近づけば、無理に距離を離そうとして攻撃をくらうことはなくなるし、あの巨体で自分の近くを攻撃しようとすれば全力で殴るのは難しくなる。
全力でないなら受け流したり、受け止めることも可能だろう。
体の再生、硬化、変形。
これだけやっていれば他の技を出すような魔力はないだろう。
魔獣兵からは大きな魔力を感じなかったから間違いない。
俺は太い腕を避けつつ、魔獣兵の体を切り刻む。
切ったそばから再生が始まり、更に硬化を重ねた腕に剣が弾かれるようになった。
魔獣兵をもう一度切り分けるのは難しそうだ。
だが、それでいい。
体を再生した球体。
おそらくは魔獣兵の核だが、それを亜空切断で破壊出来なかった理由は元々左右どちらかに寄っていたからだろう。
ただし、再生速度はどこもほとんど同じだから、体の中心に核があるはずだ。
それなのに破壊出来なかったのは、核に亜空切断が当たったが、硬い核を壊す前に位置がずれたのだ。
しかし、考えることのない魔獣兵は安易に硬化を繰り返した。
肉質の硬くなった体では核が逃げることは出来なくなる。
代わりに剣を通すことも出来なくなるが、通す必要はない。
核を破壊できればそれでいい。
俺は隙きをついて、魔獣兵の体に剣を突き立てた。
刺さってはいないものの、硬い体表の奥に更に硬い感触があることを確認。
魔力を剣に込めて放つ。
<ゼロ距離・亜空切断>
密着した状態で放った技は、巨体を遥か後方に軽く吹き飛ばす。
空中から何かが割れるような音が聞こえた。
「俺の勝ちだ、魔獣兵ッ」
意外にも魔獣兵を倒せたようだ。
今の攻撃で倒せなかったら、降参してリーナに止めてもらうつもりだったが、それはしなくてよさそうだ。
壁が動きリーナが姿を現した。
「流石ユーゴ~。開発中とはいえ本当にやっつけちゃうとは」
「なぁ、死にかけたんだけど」
「ま、まぁ、倒せたんだし。
それに私はユーゴならやってくれると思ってたよ」
「本当か……?」
「それは置いといて。
ユーゴ、こっちに来て。
治療した方がいいでしょ?」
目立ったケガはないが、念のために治療してもらう。
背中痛いし。
嬉しそうにしているリーナの後ろに付いていく。
しかし、治療と言いながら連れてこられたのは本棚に囲まれた部屋だった。
部屋の真ん中にある大きな椅子に座らされる。
「なぁ、ここで治療するのか」
「あったあった。はい、これ。
私が作ったポーションだよ」
見たことのあるポーションと色が違う。
普通は紫色をしているのだが、リーナのポーションは赤紫色でちょっと光っていた。
飲んでみると通常のポーションと味は同じだった。
そもそもポーションを使うほどのケガをしていないので区別が付かない。
というか、ポーションで治療するとは……。
何でも魔法で解決しようとするところは相変わらずだ。
「いや~、それにしてもユーゴから会いに来てくれるなんて夢みたい」
「ん?あー、忘れてた。
用事があって来たんだった」
「あぁ、そうなの…」
「リーナにしか頼めないことなんだよ」
リーナはがっかりしているようで嬉しそうでもあった。
よく分からない表情だ。
「リーナに頼みたいことはこれだ」
上半身裸になり、魔王に刻まれた胸の刻印を見せる。
リーナは座っている俺の上に乗り、興味深そうに刻印を調べ出した。
「ユーゴ~、気軽に言うけどさぁ。
魔王が編み出した刻印だよ。
そんな簡単には解けないよ」
「そうか……。
リーナなら出来ると思ったんだが無理か、仕方ないな」
「ちょっと待った。
私出来ないなんて言ってないよ。
でも、こんな大仕事をするのは大変なんだよ。
無料でするわけにはいかないな~」
リーナが俺の上に乗っかったまま、抱きついてきた。
何か言いたげな表情で上目遣いをしている。
先手を打って、俺は案を言った。
「もちろん、報酬は考えてある。
まずは俺が定期的に実験に付き合うこと。
これならリーナが刻印を弱めれば弱めるほど、俺を使って色んな実験を出来るようになる。
そして最終的に刻印を消すことが出来たら、いつでも毎日でも、実験とか好きなことに俺を使ってもらって構わない。
こんなんでどうだ?」
「う〜ん、なるほど。
もしかしてユーゴ、刻印を消すなんて無理だと思って、適当に言ってない?
別に私はそれでいいんだよ。
ただし、約束はちゃんと守ってね」
……もしかして俺は今盛大にやらかしてしまったのだろうか?
楽して刻印を消すためにリーナを騙すはずが、自分で作った大きな落とし穴にはまってしまったのではないだろうか?
「ま、まぁ、これで契約完了ということで。じゃあな」
俺の上に乗っかりながら薄い布を挟んで胸を押しつけていたリーナを退かして、帰る準備をする。
リーナは遊んで欲しそうな顔で不満を訴えていたが、それに構わず、出口に向かった。
このあと、出口が閉まっていて出られなかったため、ニヤニヤしているリーナに頼んで研究所の外までエスコートしてもらったのだった。




