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元勇者の先生と勇者になりたい少女  作者: 小骨 武
序章
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1. プロローグ


 戦いが始まってから空は不吉な暗雲に覆われていた。

 魔法で大地は灼熱の赤を帯び、その上から絵の具で塗ったかのような大量の血が地面を赤黒く染めている。


 そんな中、第四の魔王討伐隊は熾烈な戦いを続けていた。


 魔王グリスの広範囲に渡る攻撃を受けた魔法使い達は壊滅状態になり、勇者ユーゴと魔王だけが激しい戦闘を繰り広げていた。

 俺の鎧は数々の攻撃を受けて壊れ、穴が開いている。

 剣も所々欠けて、切れ味は最悪。



「クソッ‼剣が弾かれてまともに攻撃できてないッ‼誰か俺に強化魔法をかけてくれッ‼」



 声は帰ってこない。


 魔王グリスは紫色の大きな人型で硬い皮膚を持っており、その皮膚に何度も俺の剣は弾かれていた。

 魔王の相手を一人でしているが、攻撃が効いていないことは明白だ。

 味方が立て直す時間を稼げているが、攻撃が効いていない以上回復しているのは魔王も同じ。



 俺が後ろを見ると、ヒーラーのユリハが必死に回復魔法を施していた。

 地面を這いずって逃げようとする者。

 血だらけで回復を待つ者。

 俺に魔法をかける者。

 俺の援護をしようと立ち上がる者。

 

 魔王に最も近づいていた俺だけが逆に、広範囲攻撃を避けれた。

 今、魔王と戦えるのは俺だけだ。



「あと少しだッ‼頑張れッ‼」



 後ろで倒れている剣士や魔法使いに声をかけて激励した。

 俺の声援を聞いた数名は重たい体を動かして立ち上がろうとしている。



「ユーゴッ‼」



 その時、黄金の鎧に身を包み、大きな金色に光る盾を持った女剣士が俺の名前を叫んだ。


 合図に即座に反応し、魔王グリスから離れる。

 俺が離れると同時、黄金の盾に守られていた魔法使いのリーナが顔をだし、山をも消し飛ばす超位魔法を放った。


 リーナの手から目の眩むような光が飛び出し、地面が高温で煮え立つ。

 魔王はプスプスと焼け焦げて異臭を放ち、堪らず膝を地面に着いた。

 俺は残りの魔力を全て剣に込めて、魔王に向かって大きく跳躍する。


 硬い皮膚がひび割れているッ‼これなら攻撃できる‼



「これで最後だッ‼これで、この戦いを終わらせるッ‼」



 その時、誰かの声が聞こえた。






 …ヤメ…ロ…





 誰の声か分からなかった。

 眼前の魔王でも、後方にいる味方でもない。


 いったい、誰の声だ?






 ……ソイツ…ヲ…タオシ……タラ……ダメ…ダ… 






 誰の声でもいいッ。

 早く最後の攻撃をッ。

 なんでこんなに遅いんだッ。

 早くッ‼魔王をッ‼






 ……ホカノ……ダレカ…ニ………






 全身全霊、最後の大技が魔王に当たったその瞬間、魔王の表情が恨みから嘲りに変わっていることに気がついた。



 そして先程の声が、自分自身のものであると理解した。





 木々の生い茂った森の中に黒髪の青年ユーゴはいた。


 二十代とは思えないほど人生に疲れた雰囲気をまとっている。

 ユーゴは軽く伸びをすると、木の葉で雑に作ったベッドを払いのけて立ち上がった。


 今見ていたのは夢だ。

 夢であって欲しい過去の記憶を見ていたのだ。



「またか………、嫌になるな。いい加減こんな夢を見なくなってもいいだろ、あれから五年だぞ」



 一応自分の胸を見て、おぞましい刻印があるのを確かめる。



 あのとき、俺の一撃で魔王は死んだ。


 しかし、魔王は自身を殺した者に呪いがかかるようにしていた。

 わざわざ最後の力を振り絞って、己を倒す勇者に嫌がらせをしたのだ。


 俺の胸に刻まれたこの刻印は一般人であれば即座に死ぬような強力なものだった。

 勇者である俺には即座に死ぬほどの効果はなかった。

 だが、刻印は少しずつ、俺の力を奪っていった。


 一部の勇者を目の敵にしている者は、力の衰えた俺のことを"元"勇者と呼んだ。

 周囲の同情、嘲笑、慰めに嫌気が差し、俺は地方の町へ移住した。


 しかし、勇者の名声は地方の町でも絶大だった。

 特に俺が魔王討伐の報酬で大金をもらったことを知っている貴族や町の有力者は常につきまとうようになった。


 毎日朝から晩まで金の亡者に追いかけ回され、縁談や商売の話を絶え間なく聞かされた。


 その結果、俺は報酬を国王に返し、金に寄ってくる者を追い払おうとした。

 しかしそれでも大金を持っていると疑う者は後を絶たなかった。


 魔王討伐という偉業を成し遂げたにもかかわらず、俺の望んだ未来はどこにもなかった。



 生きる上での目的も目標も今の俺にはない。

 


 ただ死ぬ気にもならなかった。



 ぼんやりと知人の家を渡り歩いていたある日、金髪の知人に勧められて、山での生活を始めた。


 最初は一人ぼっちの虚しさを感じていたが、だんだんと大自然の生活を楽しむようになっていった。


 そんな日々が続くうちに辛い記憶は薄れていった。

 それでも、ときどき勇者だった頃を思い出す。

 夢に見ることもある。



「まだ未練があるのか?

 ………そんなわけない。ないはずなんだ。俺がこれ以上やれることは、

 ………もう、ない」



 納得していないのは自分でも分かっているが、頑張って忘れることにした。


 おそらくは、それが最善だから。



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