第十二話 ねこ
頭の中でグルグルと考える。
――果桜のやつ……どういう意味だ?
柚葉とふたりにさせてあげないからね――
「意味が分かんねぇよ……」
先に帰ってしまった果桜の事を考えながら一人で帰り道をとぼとぼと歩いていた。
「にゃー……」
考え事しながらだったから気のせいかと思った。どこからか分からないけど小さな鳴き声が聞こえた。
「? なんだ?」
帰り道はまっすぐ帰る事というのが先生から言われている事だったこともあるし、今迄学校の決まり事を破った事が無い僕は、声がする方も気になるけど、そこに行ってみるといういう気もなかなか出せないでいた。
「にゃ~ん……」
――前の方から聞こえる……
声は歩いて進む分だけ確実に大きくなっている。この先には道の左側に少し広い場所があって、土管などが置いて有ったりする僕らにとっては格好の遊び場となっている。小さかった声はそこから聞こえてきているような気がする。
さすがにこのままランドセルを背負ったまま中に入って確認するわけにも――
「なっ!?」
そのまま広場を通り過ぎようと思ったその時、その眼に飛び込んできた光景に思わず声が出た。すぐそばで見なくても分かる人がいた。土管の中でなにやら声をかけながらランドセルを背にしたまま、しゃがんでいる女の子。
――ま、松岡さん……?
ドキリと胸の中でなにかが弾んだような感覚がした。顔は見えないけど確信に近い想いを持ったまま、その女の子の方へと歩いて行く。
「きゃ……ちょ……にゃ」
「にゃ~」
下を向いていることもあって女の子は僕の事に気付いているそぶりはない。声は楽しそうに土管の中の何かに向けられている。
「あ、あの……松岡さん?」
「へ!?」
恐るおそる声をかけた僕に、向こうを向いたまま体をビクッと震わせて声を上げた女の子は、そっと僕の方へと振り返った。
「あ、匠くん……」
僕と気付いた彼女は笑顔を見せて、そのまま身体も僕の方へと振り返る。胸の前で交差された彼女の腕の中には小さな子猫が「にゃ~」っと元気な声で鳴いていた。
その姿に少し見惚れてしまった僕は何も声を出せずにいた。
どうやら土管の中にはこの子猫しかいないみたいだ。
「あ、あの……ここを通ったら声が聞こえちゃって……その、別に寄り道したかったわけじゃないんだけど、一目見たらかわいいんだもん!! 離れなくなっちゃって……」
松岡さんはあたふたと顔を赤くしながら猫を抱きしめた。
――あ、かわいい……猫もだけど……
「でも……」
松岡さんは突然クルっと体の向きを変えて、土管の前にしゃがみ込んだ。その声は少し震えている。
「でもね……うちじゃ飼えないんだ……」
「そうなの?」
「うん……」
僕はその先の事を考える前に言葉にしてしまっていた。
「じゃ、じゃぁ……僕が……ウチで飼うよ!!」
「え!?」
凄い笑顔を見せながら松岡さんは振り向いた。そして僕の両手をガシっと握る。
「ほんと!! ありがとう。嬉しいよ!!」
「え!? あ、うん」
ブンブンと両手を振りながらフフフと笑う松岡さんは本当に嬉しそうで、つい口走ってしまった言葉をもう引っ込める事は出来ないと思った。
「それともう一つ、ついでにお願いがあるんだ……」
「お願い? 僕に出来ること?」
手を離した松岡さんは自分の背中側に両手をまわして少しはにかんだような表情で僕を見つめてくる。
「出来ると思うよ……」
「そうか……じゃぁ、なんだいそのお願いって?」
僕の方を見て少し黙り込む松岡さん。すると――
「その……私の事は名前で呼んで欲しいな……柚葉って」
「え……!?」
「うん。できるよね? 呼んでみて」
僕は体が熱くなった。たぶん顔まで真っ赤になっていると思う。
「えと……柚葉……ちゃん?」
「はい!! でもちゃんはいらないんだけど……」
元気よく手を上げる松岡さん。
――これは……恥ずかしいな。
「それはちょっと……」
僕は呼び捨ては出来ないとブンブンと首を横に振った。
「えぇ~!? でも果桜ちゃんはそうしているのに?」
「え? 果、果桜は昔からだし……」
どうして果桜の名前が出て来るのか良く分からないけど凄く困る。
でも松岡さんの顔はとても期待に満ち溢れた表情で眼はキラキラと輝いている。
――いうしかないのか……
のどをゴクッと一つ鳴らしてつばを飲み込み、ようやく口を開けた。
「ゆ……柚葉……」
松岡さんは眼をバッテンにして胸の前でグッとこぶしを握りぶるっと震えた。
「や、やったぁ~!!」
片手をグッと突き上げてぴょんぴょんと飛び回る。
「そ、そんなに嬉しいの?」
「えっと……そ、そんな事より子猫ちゃんの事よろしくね!!」
いうが早いか駆け出すのが早いか、柚葉はそのまま走って行ってしまった。
「そんな事って……あ、ネコどうしよう……」
残された僕は土管からネコを取り出すと胸の前でギュッと抱いてため息をついた。夕日が沈みゆく紅い町の中をそのまま子猫と一緒にてこてこと歩いてゆっくり帰って行った。
お読み頂いている皆様に感謝をm(__)m
何気ない日常の会話なんかも物語に入れていきますのでお楽しみください。
自分の小さい時などを思い出しつつ読んで頂けると嬉しいです(*^^*)
by 藤谷 K介
次回は(柚葉side)by 菜須 よつ葉先生です!!




