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 刻男が盗んだ車はすぐに特定され、行き先もタクシー運転手にバラされてしまったため、名古屋に到着する頃にはそこの警備がかなり強化されているという状態だった。

 故に高速を出て少し進んだところに警察車両がいたので、仕方なくその直前で車を捨てざるを得ないという状況になっている。

 まさに定置網に迷い込んだ魚のような状況で、なんとか入る事は出来たが出る事はかなり難しいといえるだろう。

(まさかこんなに早いとは……どこか別の場所で降りるべきだったかな?)

 そう思ったが、実際のところ各ICの近くはどこも同じような状況だったので、どこで降りるにせよ同じ事だっただろう。

(どっちにしろ、また人目を避けて山に入らざるを得ないな。空き家も探せばあるのだろうが人目が気になる)

 先が思いやられ深い溜息が出た。

 しかし、他に手がない以上仕方がないだろう。

 外国人向けのスーパーに赴いてそこで、保存の効きそうな食料を片っ端から購入し、ついでにやかんと石鹸二個を買うと山へと向けて歩き始めた。これで復讐のためだけに働いて稼いだ金は底をついた。

 歩いていると、自然と周りの声が聞こえる。

 それは今晩の献立や、近況報告、仕事の話など刻男には何の関係も無い話なのだろうが、彼にはそれらが全てが自分を追い詰めるための相談に聞こえた。

 そうでなければアパートから出た時点で警察に追われ、そこから北へ向かった事がすぐに露呈し、その結果死にものぐるいで雪山を越えたのに出たところですぐさま巡回中の警察官と遭遇し、車を盗んでまで逃げた先でこんな包囲網が展開されているなんて都合の良いこともないだろうとも思っている。

 ただ、まだ逃げ切る事を諦めてはいない。

(俺は未刻にやられた事を利息をつけてやり返しただけで、今俺を追い詰めている連中には関係がない事のはずだ……。何故、こうも熱心に俺を捕まえようとする? 何故、俺がここまで苦労しなければならないんだ……)

 そう考えると絶対に捕まりたくはなかった。

 この逃亡生活の全ての発端が散々憎んできた未刻瑛太である以上、今追って来ている者たちもその流れの中に組み込まれているのかもしれない。そのため、捕まってしまった時点で刻男は彼に負けた事になってしまうように思えたのである。


 刻男は山の中に小さな洞窟を見つけてそこで生活し始めた。

 近くに川も流れており、やかんも石鹸もフル活用できるだろう。

 刻男が潜伏すると決めた山は雪が掛かっていないため、雪中行軍をする必要もない。

 さらに今回は、普段誰も近寄らない神社という街や畑へと繰り出すための拠点まで発見している。

 しかし、雪山に潜んでいた時よりも心に余裕がなかった。

 今回は雪の城壁はないので、警察犬等による山の中の捜査が可能なのである。

 一応、自然が最も怖いという認識は変わっていないが、

(連中の方が賢かったのかもな……。本当に怖いが故に誰も捜索に来なかったんだ。誰も命より捜査を優先しようとは思わない。俺はたまたま突っ切って逃げ切れたがそれは運が良かっただけだ)

 その運も終わる。

 そう悲観的になっていた。

 実際のところ深い森であるはずなのに、近くまで犬の鳴き声や警官の声、登山客や山菜採りの老爺など人の入りは次第に増えてきている。

 故に神社という拠点を見つけたはいいが、ここ最近は街に繰り出すこともあまりできないでいる。

 このままでは食料が尽きて飢え死にするか、捕まって処刑を待つだけの生活になるかのどちらかになってしまうだろう。

 しかし、以前とは違って刻男の心からは逃げようという意思が段々と薄れてきていた。

 疲れ果てて、

(何のために俺は逃げているのだろう……)

 などと思い始めていたのである。

 思えば彼は人生の意味を見出して、既にそれを達成している。

 前者すら見つける事ができないまま一生を終える人間が多い中、両方達成した自分は案外幸せなのではないか。

 そう考えてしまった結果、食料を節約するために街へと繰り出して目立たない場所にある畑に赴き、そこで猪が掘り起こしたように偽装しながら作物を奪うという事をしてまで生きる理由が見つからなくなってしまったのである。

(未刻との勝ち負けにこだわっていたが、俺は奴を殺して既に勝っている。奴の血も絶やした事だし少なくとも負けはないようにも思えてきた)

 その日で丁度、食料が切れたのであとはひたすら洞窟内で寝て過ごす事にした。

 その後、数日間経過し、

「あったぞ! こっちだ!」

 という声を聞いて久しぶりに洞窟から出てみると目の前に警察がいた。

「丑三刻男だな?」

 既に自分の人生などもう自分には関係ないという境地に達しているが、ここで素直に答えるよりは目の前にいる亡霊から送り込まれた最後の刺客と最後の対決をする方が彼らしいだろう。

 刻男は二人の警官の脇をすり抜けるようにして洞窟からの脱出を試みようとした。

 しかし、憔悴しきった身体では力が上手く入らず、若い方の警官に取り押さえられた。

 その警官から、

「此の期に及んで逃げようとは、やっぱクズだな」

「これでようやくクズカゴ行きだな」

「どうせバカはすぐに捕まるんだから、無駄に逃げてんじゃねぇよ」

 という罵詈雑言が飛んでくる。

 本来刻男のような殺人鬼への罵倒は自分が殺される可能性を底上げするだけの行為ではあるが、目的を既に達成した彼には雑音程度にしか聞こえない。

 ただ、刻男を取り押さえた警官が相方の警官に名前を呼ばれて以降、彼は悪鬼のような表情を再び浮かべていた。

 よりにもよって未刻という苗字だったのだ。

 兼ねてより恨みを抱いていた未刻瑛太と同じ苗字の男が、昔の彼と同じような口調で刻男を罵倒してきたのである。

 同じ名字というだけで二人の間に血縁関係などはなかったが、殺意を抱くには充分な理由になり、

「お前の顔と名前、覚えたからな」

 と連行されながら静かに未刻へと告げた。

次話は次週ではなく12月に入ってから投稿します。

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