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 加害者は被害者を虐めた事などすぐに忘れるが、被害者は未来永劫覚えているという話がある。

 丑三刻男(うしみつどきお)もその一人だった。

 彼の場合は前者ではなく後者である。

 刻男は中学時代に同級生の未刻瑛太(みこくえいた)に嫌われた結果、彼に晒しものにされ、三年間瑛太の仲間から散々な扱いを受けてそれを四十を過ぎて五十近くなった今まで根に持っていた。

 瑛太に復讐を遂げる事が刻男の人生の目的であり、彼は瑛太に地獄以上の苦痛を与える事が出来れば他に何もいらないという境地にまで堕ちてしまっている。

 ただ、刻男は瑛太とは二十年以上会っていないので例え殺したとしても捜査線上に挙がってくる可能性は薄く、さらに、家族構成や所属している企業、住所などを把握したのでいつでも行動に移っても良さそうなものだったが、復讐を決行することはできていない。

 瑛太はそこらじゅうに人の目や防犯カメラがある都会に住んでいたため、このまま彼に何かしようとしてもすぐに捕まってしまう可能性があったためだ。

 一応、刻男も瑛太を生かしつつ苦痛を与え、尚且つ自分も犯罪者にならない方法を考えてはいる。

 彼の二十三になる娘を篭絡して秘密裏に結婚し、さっさと孕ませてしまう事だ。

 そうなれば彼の娘は先に死ぬ可能性が高い刻男に身を委ねざるを得なくなるという不安定な状態に置かれるというだけでなく、彼の最も忌み嫌っていた人間の遺伝子が最愛の娘の体内を侵食して、嫌っていた人間の特徴を持った孫ができあがるのだ。さらに、娘が実質的に人質になるので中学時代の頃のようにはいかない。

 瑛太としてはこれ以上ない苦痛になるだろう。

 しかし、正直それでは瑛太の遺伝子がこの世に残ってしまうので刻男にとっては遺恨が残る。

 彼としては、できれば瑛太と彼を生み出した父と母、さらには瑛太の遺伝子を次世代に引き継ぐきっかけを作ってしまった彼の嫁と先程の話に出て来た娘を全て一度に殺して、瑛太の痕跡を地上から消しておきたいところだった。

 ただ、このまま機会を伺い続けて時が経ってしまっては後者の方法はおろか、前者の方法も不可能になってしまう。

 止むを得ず、刻男は瑛太の娘をナンパする計画を立て始めた矢先、瑛太が一家で彼の地元の田舎に戻るという情報を得る事が出来た。

 田舎であれば人の目も防犯カメラの数も少なく、隠れるための空き家も多い上に、警察の機能もそれほど活発ではない。

(ついに来たか!!)

 と、刻男は狂喜乱舞し、数年間続けたバイトを

「本腰を入れて仕事を探す」

 という理由をでっち上げて辞め、さらには電話を解約し、彼は既に誰もいなくなって半ば放置気味だった実家へと戻って行った。


 刻男は長年放置して、カビと埃の臭いがし始めている実家へと戻って来たが、長居するつもりはなく、必要なものをできるだけここで揃えるつもりだった。

 田舎では犯罪に使える物を購入できる店が限られているため、自然、買い物をするとまとめ買いか何度か通い詰めるかの二択になる。

 故に、店に購入記録とカメラの映像をなるべく残さないようにするための配慮であった。

 ただ、彼は空き巣が使う方法で窓をくり抜いて瑛太の家に侵入し、一家を一人一人ナイフで殺していき、最後に死因を判別し難くするために家に火を放つという方法を使うつもりだったため、用意する物は窓を破る道具と、よく切れるナイフ、ライター、指紋をつけないようにするための軍手、逃走用の着替え数着くらいであり、それらは全て実家にあった。

 それらをカバンに詰め込んで、電気をつけずに夜中を待つと、あらかじめ潜伏のために目星をつけていた瑛太の実家近くにある空き家へと徒歩で向かった。

 その空き家の二階へと登り、長らく閉ざされていたであろう雨戸を開けて、向こう側にある瑛太の家を入念に確認する。

 そこには、瑛太が家族と乗って来たであろうミニバンが停まっていたので、既に彼らも帰って来ているのであろう。

 家には電気が一つもついていないので既に全員眠っているらしい。

(今だな)

 そう考えると、雨戸を閉めてライターの灯を頼りにカバンの中を探った。

 そこから軍手を取り出して身につけ、さらにナイフと窓を破る道具を取り出す。

 それらを持って、徐々に瑛太のいる家へと接近して行った。

 そして、リビングに当たる部屋の窓を音もなく破って侵入した。

 彼が侵入した後にまず向かったのは、瑛太の両親の寝ている部屋であった。

 彼の両親は既に歳を召しているため、トイレに頻繁に行く可能性がある。

 その際に、鉢合わせになってしまっては厄介なので先に殺しておこうという判断だった。

 部屋のドアを開けると、幸い二人は眠ったままだった。

 夜であるため部屋の中はかなり暗かったが、この日のために夜目が利くようトレーニングをしてきた刻男にとっては問題にならない暗さである。

 そのまま足音が起こらないように注意しながら、二人の枕元へと到達し、直後に二人の喉を掻き切った。

 二人の老人は眠りが浅かったらしく、切られた衝撃で目を覚ましたが、喉を切られているため助けを呼ぼうにも声が出ない。

 薄れゆく意識の中で、その状況を判断した父の方が身体を使って音を出そうとしたため、刻男は彼の頭を突き刺して即死させた。

 母の方は既に恐怖心で動けなくなっていたため、その場に捨て置いて娘の部屋へと向かった。

 ここでも、この娘の祖父母を殺った時のように枕元まで行ったが、時男は少し殺す事を躊躇った。

 考えてみれば、この娘は瑛太のところに生まれたというだけで時男にとっては私怨はない。そもそも、病気などどこにもなく本来であれば自分よりはるかに長く生きられるであろう人間が、自分より先に骨になってしまうという事に若干の抵抗がある。

 それら事が彼を一瞬躊躇わせたのだが、既に計画を実行してしまっている以上、今更引き返す事も出来ないので、先程と同じく喉元を掻き切った。

(意識を取り戻す間も無く殺せて良かった)

 そういった歪んだ優しさがこみ上げてきたが、同時に、

(この娘の首は使える)

 とも思った。

 ここにきて、どうせ瑛太を殺すのであればより絶望させて殺したいという思いが湧き上がってきたのである。

 それを実行すべく娘の頭を切断すると、それを持って今回のメインターゲットが眠る部屋へと向かった。

 瑛太の寝室のドアの前に立つと、ドアの向こう側からゆっくりとした足音が聞こえた。

 足音の感じからすると妻の方が起きて刻男の方へと向かってきているらしい。

(さすがに、この娘の母なだけはあるな。胸騒ぎがして起きたか)

 そう思ったが、刻男はこの程度のことは何度もシュミレーション済みであるので大して慌てず、母親が部屋を出ると同時に娘の部屋へと戻った。

 刻男の考えでは、この後の母親の行動は瑛太を起こすために自室に引き返すか、娘の様子を見るためにここに入ってくるかのどちらかだったが、彼女は後者を取った。

(どちらでも良かったが、俺に有利な方を選択してくれるとはな)

 と笑いたい気持ちを抑えて娘の部屋の物陰で母親が入ってくるのを待つ。

 そして、不審者が隠れているとも知らない彼女が、刻男のすぐ横を通り過ぎようとすると同時に彼は背後から彼女に接近して首をホールドし、彼女が何かしらのアクションを起こす間も無くその首を掻き切った。

 彼女も先例と同じく死ぬのだろうが、先ほどの動きの鈍い老人二人と違い多少体力がある。

 このままジタバタされて瑛太が起きてしまっても困るので、さらに脊椎を破壊した。

 これで、残すは瑛太一人だけである。

 今しがた殺した瑛太の妻を首の無い死体の横に寝かせると、再び仇敵の部屋へと向かった。

 瑛太の枕元に辿りつくと、長年溜め込んでいた怒りが再び湧き上がってくる。

「ただでは殺さんぞ!!」

 とつい叫びたい衝動に駆られたが、なんとか抑えて娘の首を瑛太の横に置いた。

 先程と同じ方法で首を切ってしまうのが一番手取り早かったが、それではすぐ死んでしまうので、無論そんな事をするつもりは毛頭無い。

 故に、リモコンで照明を常夜灯にした後、刻男は本来触れたくも無い瑛太の体に触って背中が出るように転がすと、首の骨めがけてナイフを突き刺した。

 彼は痛みで気がついたが、起きた瞬間目に飛び込んできた娘の頭に気がつき、彼女の名前を呼びながら涙を流し始めた。

 ただ、首をやられているため声は出ず、娘の頭を抱き寄せる事も出来ない。

「無様だな」

 刻男がそう言ったと同時に、瑛太の怒りと絶望を含んだ眼光が彼を捉えた。

 が、かつての同級生だとは気づかずに、

「誰だ……?」

 と口ぱくで彼は尋ねる。

 長年会っていないだけでなく、常夜灯程度の明るさではさほど明るくならないので判別出来ないのも仕方ないだろう。

 しかし、このことは刻男をさらに激昂させた。

「娘の首を見せた後はそのまま殺してやろうと思ったがやめた。そこで炎に包まれながら苦しんで死ね」

 そう刻男は言うと、娘の頭を手に取りその唇にキスをした。

 暗いオレンジ色の光は、幸い鮮明にそれを瑛太に見せることはなかったが、何が行われたのかは分かってしまったので、彼は出ない声で絶叫した。

 それを尻目に刻男は娘の頭部を投げ捨てると、部屋から出て行きキッチンへと向かう。

 そこの戸棚から油という油を取り出すと、先程殺した老人二人と娘、さらには瑛太とその妻にそれらを振りかけた。

 特に先程自分の痕跡を残してしまった娘には入念に振りかけ、さらには火口(ほくち)に使うべく自身の着ているものをそこに被せた。

 彼女を出火元にするつもりである。

 これで当初予定していた証拠を滅却する準備は整ったが、常夜灯でよく見ると軍手から浸透してきた血が手に達して赤く染めている。

 これを見るにかなりの返り血を浴びたらしいので、この分だと顔にも跳ね返ってきているだろう。

 一応、洗うことによって毛髪等後々の証拠に繋がりそうな物が流れ落ちる事を懸念しなかったわけではないが、血まみれの状態を誰かに見られる方がリスクが高いと思ったので、彼はこの家の風呂場へと赴いて血を洗い流した。

 その後、再び娘の部屋へと向かい今度こそ火をかけた。

 一箇所だけでは心もとないので転々と火をかけつつ、入ってきた窓から外に飛び出した。

 その後、パンツ一丁にカバンを背負っているという佇まいで急いで元いた空き家へと戻り、そこで着替えとして用意していたスーツに着替えると、一度駅へと移動してタクシーを拾った。

 拾ったタクシーには都合よくドライブレコーダーのようなものは搭載されていない。

 が、だからと言って長距離移動をしてしまっては怪しまれると思ったので、とりあえず近くの政令指定都市へと移動し、その日はそこにあったネットカフェに転がり込んだ。

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