MEINE PUPPE
人形をテーマに書いた掌編です。
彼女の虚ろな瞳が僕を見つめ続けていた。
僕が彼女と出会ったのは、町の小さなお祭りだった。月に一度、町で一番の大通りに沿って、個人商店の面々がこぞって出店の軒を連ねるのだ。僕はそんな古き良き雰囲気が嫌いではなかった。むしろ好きな部類に入るかもしれない。
人だかりができるのは、主にスナックフードや飲み物の屋台だ。次に一目見て盛況なのは、射的やくじ引きのようなゲーム性の高いもので、ただの物品販売系の屋台は興味本位の人に覗かれこそすれ、立ち止まる人は皆無だった。
僕は毎月このお祭りに顔を出していた。父さんが僕のひい爺ちゃんの代からやっている八百屋が店を出しているため、ほぼ必ずと言っていいほど店番として駆り出されている。そして、何か月も店番をしていると否応なしに飽きがくるものだ。こと飽き性に磨きがかかったような性格の僕は、数回目の店番から頬杖をつきながら店番をしていて、よく父さんに叩かれたものだ。
そんな僕が彼女、リナリアに出会ったのは五月のある日。どんよりとした曇り空に乾いた空気が重く感じられた。
翡翠色の虹彩に吸い寄せられるようにして、彼女がいる出店に近寄って行った。惰性で引き受けていた店番もほったらかしたまま、気がつくと僕は彼女を連れて帰っていた。
白磁の肌。黄金の髪。純粋無垢を体現したような彼女を眺めるだけの日々が何日も過ぎた夜。初めて彼女が話しかけてきた日のことは忘れられない。忘れてはいけない。
「ねえ……貴方……」
耳を疑うことよりも、それが必然であるような感覚さえ湧き上がるほどに、彼女の妖艶な魅力という名の沼に腰まで浸かっていた。
初めて出会ったときのように、瞬きもせず見つめ返す。ともすれば息をすることさえ忘れていたかもしれない。生唾を飲み込むと、体の中心で早鐘を打つ音がはっきりと聞こえる。彼女の言葉に耳を澄ませていた僕にとっては騒音にも等しかった。
「探して……」
無粋にも聞き返そうとしてしまった僕の粗相を咎めることはしない。
もう一度、寛容な彼女の潤んだ双眸が訴えるものを、今にも溶けて消えそうな柔らかい遺志を汲み取ることに全身全霊を傾けた。
衣擦れさえ鼓膜に響く静まり返った部屋の中。
吐息のような声で紡がれた言葉。
「妹──」
僕は暗闇に射す一縷の光のようなそれを身体の髄で感じ取った。
風が吹き抜けるよりはやく、激しい雨脚に抗いながら、木目調の急な階段を駆け下りて行く。手摺が無くなるのを物ともせず、ひたすらに。ひたすらに。
すぐに次の一段が見えなくなった。けれど、不思議と踏み外すことは無かった。
普通の人ならば、怖いと思うかもしれない。しかし、恐怖よりも先に浮かぶものがあった。あのときの、リナリアの、儚げな表情だ。
目が見えるようになってから必死に歩き回った僕が得たものは、彼女の妹──イキシア──の名前だけだった。
僕はいつしかリナリアの妹に対して、彼女に似た存在を空想していた。そうして恭敬を蔑ろにした罰として、僕は期待を裏切られることになった。
褐色の肌。白金の髪。どんなに一途な想いすら震わせるほどの、リナリアとは真逆の色香が漂っていた。誘われるままに手を取ろうとしたとき、虚ろな僕が奈落に気付いたのは、背後にリナリアの呼ぶ声があったからだ。
役目を果たした僕の働き、務めを評するための導きに従って、開いた目にうつったのは出店で暇を持て余した僕だった。
その熱い眼差しは瞼を切り取られたかのように瞬き一つせず、決して視線を逸らすことなく近寄ってくる。
僕は気付くと自分の部屋にいた。
お読みいただきありがとうございました。
拙作ですが評価いただければ幸いです。