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II 邂逅

 パトカーと救急車のサイレンが小さな街に響き渡る。

 事件現場となった都立高校の校門前では、駆けつけた刑事が状況を確認してから規制線の外に出た。彼は背後に人の気配を感じて振り返った。


「あれ、津乃峰先輩、今朝は非番なのにお早いお越しですね」

 警視庁捜査一課の葛城が嫌味ったらしく言う。

「すぐそこの駅前のファミレスで、朝まで別れ話をしてたのよ」

 同じく捜査一課係長の津乃峰ユウは、不機嫌そうにタバコを咥える。使い捨てライターのフリントホイールを回すが、うまく火が点かないのでさらに苛ついた。

「 先輩みたいなイイ女をフルなんて、お相手もたいした男ですね」

「おい、なんで私がフられるシチュエーションになってるんだよ。あんたみたいな若僧に男女の深〜い問題なんて理解できるのか。……、男なんぞ、当分こりごりだ」

「はは、図星じゃん」

「てめっ! 上司に向かってなんだその口の利き方は⁈」

 津乃峰ユウは思い切り後輩の尻に蹴りを入れた。それからようやく点いたライターの火にタバコの先を近づけてから、現場を眺める。刑事たちの軽口とは裏腹に、煙の先は騒然とした状況になっていた。


 黄色い規制線のテープをくぐる。

 現場の中心では、防爆防護服に身を包んだ警視庁の爆発物処理班が手持ち無沙汰な様子で行ったり来たりしている。

 一方、その周囲では地元の警官が総動員され、生徒たちへの避難誘導、交通規制、ケガ人の搬送、教員たちへの聞き取り調査がせわしなく行われていた。


「葛城ぃ、状況報告」

 現場をめながら津乃峰が指示を出す。

 葛城は手袋を抜いてから手帳をめくる。

「はい、あれだけの爆発にも関わらず、死人は出ていません。一人、道下という男性の体育教師が意識不明の重体ですが、ほかの生徒や教員はほとんどかすり傷程度で済んでいます」

「で、女子高生が爆弾みたいに爆発したって?」

 少し間を置いてから、葛城は躊躇ためらいがちに口を開く。

「証言では水嶋チヒロという女子生徒が、体育教師の目の前で爆発したらしいのですが、どうも様子がおかしいんです」

「……?」

「複数の証言があるにも関わらず、水嶋チヒロの肉片などは確認できていないんです」

「現場に残された物証は?」

「水嶋チヒロの、ズタボロになった衣類の断片だけです」

「衣類だけ? 中身は……」

「分かりません。ただ……」

「ただ?」

「ゴム製の布の断片が辺りに散らばっているんですけど……、なんか、引っ掛かります。鑑識がどんな結果を出すかは分かりませんが」

「なんだそりゃ? 現実的に考えたら、誰かが時限爆弾を予め設置していたとか、あるいはどこからか投げつけたとか、いろいろ想定できるだろ」

「うーん、そうなんですけどねぇ。道下という体育教師の意識が戻れば、もう少しハッキリしたことが分かるんですが」

「まともな証人はいないか」

「あっ、一人だけ、側で全体を見ていた教師がいます。名前は未確認ですが、確か社会科の教師です」

「ほぉ……、任意でそいつを署まで引っ張れるか?」

 ピクリと、津乃峰の右の眉根が上がった。ショートボブの髪が風に揺れる。気性の荒さを隠せば、雑誌のモデルでもやれそうな美貌だな、と部下の葛城はいつもながら思う。ま、絶対にありえないことだが。

「え? ま、まあ、やってやれないことはないですけど。手荒なことはやめてくださいよ。ただでさえ警察われわれの取り調べに対しては市民の厳しい目があるんですから」

 津乃峰ユウは不敵に微笑む。彼女の耳には、部下の忠告などまったく聞こえていなかった。

 朝日に照らされた校舎の窓は、宝石のように輝いていた。本来の機能を失ったその、人を詰め込む容れ物は、ただそこに美しく佇むだけだった。


 学校か……。

 高校時代の嫌な記憶が蘇る。あの頃、津乃峰ユウは女同士の人間関係がうざったかったので、ひたすら柔道に熱中した。いや、熱中するフリをしていた。男がなんだ、下らない女子のお喋りにうつつを抜かすくらいなら、もっともっと強くならなければならない。そう、自分に言い聞かせていた。

 でも好きになる男は、いつだってひ弱そうな人間ばかりだった。今朝、別れた(ふられた?)ばかりの男もそうだ。

 ひ弱そうで、頭でっかちの若い社会科教師のことが好きだった。社会的性差ジェンダーという言葉を教えてくれたのも彼だった。でも、小さな恋は実ることなく、彼は、先生は大きな病院の女医の卵に攫われてしまった。


 先生……、もう会っても分からないくらい、歳を重ねてしまったんだろうな。

 校庭の桜は紅葉し、風に揺られては、はらはらと葉が落ちはじめている。いつのまにか、東京にも秋がやってきたのだ。感傷から抜け出し、踵を返そうとした瞬間だった。

 校舎の通用口から一人の男がよろよろと出てくるのが分かった。額には血の滲んだ包帯が巻かれている。あれ?

 どこかで会ったことのあるような人が、警察や消防隊員や教員らでごった返す中を歩いてくる。


「先生……、隱郷かくれざと先生?」


 津乃峰ユウの動悸は激しくなった。

 しかし同時に、あの頃と〈まったく変わらない〉姿に彼女は強烈な違和感を抱いた。

【to be continued】





 

 

 

 

 

 

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