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5 出発

「アリス」


 先に行こうとしたユースが戻ってきて、アリスの肩を掴んだ。ぐいと後ろに引っ張られ、その男から距離を離される。それでも男は両手を伸ばし、さらにアリスに近づいてくる。


「か……金なら払うよ……だから、早く、くれ……」

「え?」

「早く寄越せッ!」


 男は突然吼えるように叫んだ。その声に驚き、大通りを歩く人々が悲鳴を上げて逃げていく。


「寄越せって何を……」

「く、く、くすり」

「薬? 病気なのかい?」

「くすり、くすりをくれ」

「悪いけど薬なんか持ってないんだ」

「アリス、何を平気で会話してるんだ。この人は……」


 ユースがアリスと男の間に割り入ろうとした、その時だった。う、と男は悲鳴に近い声を上げ、勢いよく倒れ込む。視界から男が消え、代わりに立っていたのは――


「ジャック」


 ユースがほっとしたような声を上げる。

 そこに立っていたのは、さらに柄の悪そうな男性だった。日に焼けた褐色の肌に、サングラスをかけて目を隠していて、真っ黒の髪はオールバックに固めていた。鼻立ちや唇の形から非常に顔が整っているとわかる。ジャケット越しに腕のしなやかな筋肉が想定でき、相当に鍛えているのだとアリスは思った。軍人、という言葉がよく似合いそうな、精強な男性だ。年齢はユースとそう変わらない、四十代前半に見える。


「何してるんだ?」


 男は肩を竦めながらそんなことを尋ねる。その際に肩から背中へと吊るしていたものが音を立てた。ちらと目線を投げてみれば、それはライフルだった。


「この子を門まで連れて行こうと思ってね。例の……」

「あぁ、旅人さん?」


 ジャック、と呼ばれたその男は合点がいった様に笑う。白い歯が褐色の肌に映える。


「そいつはご苦労さん。で、なんてったってこんなやつとおしゃべりしてるんだ?」

「薬が欲しいって……病気なのかな」


 アリスがユースに尋ねるように言えば、笑い声を上げたのはジャックだった。彼はしゃがみ込み、地面に倒れている男の首根っこを掴む。男は気絶しているらしかった。


「その薬じゃねぇよ。麻薬・・のことだ」

「麻薬?」

「あぁ」


 ジャックは男を路地裏にずるずると引きずり込んでいく。瓶や樽の散らばった場所に男を放り出すと、彼は両手を払いながら戻ってきた。


「お前は麻薬になんか手を出すんじゃねぇぞ。ろくなもんじゃないからな」


 それじゃあ、とジャックは手を振り、振り返りもせずに大通りを歩いていった。


「……南部特区に麻薬なんか出回ってるんですか?」

「人が集まれば悪と正義が生まれるものだよ」


 ユースは肩を竦め、溜息を吐いて歩き出した。


「そんな悪も含めて、僕らは救わなくちゃいけない。それが正義だもの」

「……そうですね」


 アリスは頷き、彼の後を追って歩き出した。



 しばらく歩くと、前方に高い壁が見えてきた。南部特区の門である。ユースが歩く速度を落とし、アリスの隣に並ぶ。


「ジルたちをよろしく頼む」

「……外に出るのは、僕と彼ら四人だけなんですか?」

「そうだよ。特区では小さい頃から有志を鍛えて屍人ゾンビと戦えるようにしてあるんだけど、彼らはその中でもとびきり優秀なんだ。『勇者御一行』とか言われてね」

「勇者御一行?」

「そう。期待されてるんだよ……君もその御一行の仲間入りだね」


 ユースは微笑みを向けてくる。アリスは曖昧に首を傾げながら、近づいてきた門の方を見た。

 門の前にはまばらに人が立っている。その『勇者御一行』を見送りに来たのか、街中でも見かけたような恰好の市民がちらほらと立っていて、あとは全身を鎧で包んだ兵士たちが何人か立っている。

 肝心のジルたちは姿が見えなかった。まだ到着していないのだろうか。


 壁は六メートルほどの高さはあるように見える。その向こうはまるで見えず、見上げた先は灰色じみた青空が広がっている。コンクリートを固めたような壁で、視線を流していけば、ずっと遠くの方に落書きのようなものも見える。流石に門の近くに落書きはないが、その代わり、乾いた血のようなものがあちこちにこびり付いている。門は壁と同じ色をしていて、じっと見なければそれが門だということがわからない。

 門の前には、二人の兵士が立っていた。彼ら以外にも兵士はたくさんいるので、近くに駐屯所があるのかもしれない。


 ユースが立ち止るのに合わせて立ち止まれば、数人の兵士がこちらに気付き、ガチャガチャと鎧の音を立てながらこちらに近づいてきた。合わせて四人の兵士だった。やけに背の高いものから、兵士としてふさわしいのか不安になるほど小柄な者もいる。

 二番目に背の高い兵士が、自らの兜を掴み、ひょいとそれを脱いだ――思わずアリスは声を上げた。


「ジル!?」

「アリス、そんな恰好で大丈夫なのか?」


 兜の下から現れたのは、獅子のような金髪を持った、ジルだった。深い灰色の目に心配そうな色が浮かぶ。


「ジル……ってことは、この三人は」

「ソフィーよ」


 一番小柄だった兵士が腕を組む。筋力が足りなかったのか、彼女はジルよりも軽そうな鎧を身につけていた。

 その隣で重そうな鎧を着込んでいるのにも関わらず、ぴょんぴょん飛び跳ねているのは、おそらくレンダだろう。


「鎧は? 今から着るのかい?」


 一番背の高い兵士が不安げに尋ねてくる。リュートの声だ。

 アリスは首を横に振った。


「着ないよ」


 しん、と一瞬四人とも黙り込んだ。しかし、すぐにクスクスと笑い声が漏れてくる。


「ずっと外で暮らしてたから、貧乏性になってるのね」ソフィーの声だ。「こうやって防護しておけば、噛まれても、爪で引っ掻かれても、体液を浴びても、感染しないでしょう? アリス、私たちにはそれくらい完璧な準備をする余裕があるの。少ない物資であくせくしなくていいのよ」


 ソフィーの言葉に、ジルがこくりと深く頷く。


「そうだ。ぎりぎりのところを進む必要はない。正しき道を急ぐには、それこそ急がば回れ、だ。失敗するわけにはいかない。念には念を入れたいんだ」

「アリスはそのままの格好で構わないよ」


 すると、そっ、とユースが付け加えた。ジルは怪訝そうに柳眉を寄せたが、ユースは首を振り、優しい声で言う。


「肝心の装備も使いこなせなかったら足を引っ張る。違うかい? ……君たちは軽装のアリスをちゃんと守ること。アリスも自分の身には気を付けること――まぁ、いつものことだろうけど」

「まぁ、ユースさんの言う通りだな」ジルは頷いてから、首を傾げた。「……アリスがどうしてもそうした方が良いと言うなら、鎧を脱ぐことも検討するが?」

「嘘、私は嫌よ」


 すかさずソフィーが頭を振った。それを横目で見ながら、ジルは続ける。


「どうしても、ではないのなら、このまま鎧は着けていきたい。こちらにとっても、いつも通り、が大事だろうから」

「どうしてもじゃないよ」


 アリスがそう言えば、四人は揃って安堵したように見えた。ジルも口角を上げ、兜を被りなおす。


「ありがたい――では行こうか」


 四人が踵を返し、門に向かう。それを見た兵士が、門を押し開けてくれた。


「気を付けて……健闘を祈る」


 ユースの微笑みを背に、アリスも彼らの後を追って門の外へ出た。


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