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4 呻き声

「やぁ、おはよう」


 朝の仕度を済ませて部屋に戻ると、ユースが立っていた。彼はこちらを振り返ったのち、ベットの上に広げられた荷物を指差す。


「必要なもの、本当にあれだけでいいの?」


 昨日、寝る前にユースがやってきて、用意して欲しいものを尋ねてくれたのだった。頼んだものを、彼の部下らしい人たちが今朝早くに持ってきてくれた。


「あれだけあれば十分です」


 元々持っていた荷物は特区側に保管されていたので、それを全て返してもらった。

 いくらでも新品を用意すると言われたが、使い慣れたもの以外を使って調子が狂うのは怖かった。いつだって、新しいものを買った直後が一番危険な目に遭った。新品を使う時は用心しろ、と兄は口を酸っぱくしていつも言い聞かせてくれていた。


 使い古したリュックサックの中には、ナイフやマッチ、ロープなど必要最低限のものが入っている。水や食料などの消耗品だけは追加してもらった。とはいえ簡素な食糧で十分だと言えば驚かれた。


「……服装もそれでいいのかい?」


 ユースは首を傾げる。アリスの格好は非常に軽装だった。

 茶革のジャケットを羽織り、首元にスカーフを巻いている。手は革製の手袋で覆い、足元もふくらはぎまで包むブーツを履いているのみである。昨日来た人間にも「鎧は必要ないか」と尋ねられたが、これでも顔以外の露出は防げている。今までそうしてきたのだから、これでいいと思った。枝にひっかけて破れてしまうほどやわではないが、逃げる時に重荷になるほどかさばらない。


 アリスが頷けば、ややあってユースは微笑んだ。


「そう。じゃあ、門まで案内するよ」

「ジルたちはもうそこに?」

「うん。……昨日来たばかりなのに、急でごめんね」

「いいんです」


 首を振りながら、アリスはベッドの上のリュックサックを背負った。背中にずしりとした重みを感じる。ぴょんぴょんと飛び跳ね、アリスは鞄が背中に馴染むのをしっかりと感じた。

 ちら、とユースを見れば、彼は頷き、踵を返す。


「行こうか」


 アリスも頷き、彼の一結びにされた揺れる茶髪を追いかけた。


                   *


 病院の外に出るのは初めてだった。

 元々は自動で開閉したのだと思われる硝子扉には、臨時の取っ手が備え付けられていて、ユースはそれを掴んで横に引っ張った。片方を引っ張れば、もう片方も同時に動き、開いた隙間をユースが擦り抜ける。アリスもその後に続き、改めて外を見た。


 病院は大通りに面していた。向かいにも五、六階建てくらいの煉瓦造りの建物が並び、窓から人の頭が動いているのが見える。真っ赤な煉瓦にはところどころ苔がこびり付き、蔦が巻き付いているものもあった。中には最上階が壊滅状態で、ぼろぼろになっている建物もある。道路も舗装が中途半端で、コンクリートがひび割れたり、隆起したりしていて、その隙間から草が生えてきている。


 街行く人は多く、想像よりもずっと裕福そうな格好をしていた。今までアリスが出会ってきた人々は、みな服装は二の次で、とりあえず肌を隠して防護できればいい、という様子だったが、少なくともこの大通りを歩く人々は、自分の好みに合わせて衣服を選ぶ余裕はあるらしかった。なんとミニスカートの下から、薄いタイツを履いた足を伸ばし、ピンヒールを履いている女性まで見かけた。


「こっちだよ」


 ユースがそう言い、凸凹状になったコンクリート道を進んでいく。アリスはハッとしてその後を追いかけた。


 しばらく似たような景色が続いていくのを眺めながら歩いていけば、ふと呻き声のようなものが聞こえててきた。どうやら、建物と建物の間の、暗く狭い路地の奥から声がしている。


「ユース」


 アリスは慌てて、先導する彼を引き止めた。ユースは振り返るものの、しかし足は止めなかった。


「待って、変な声が聞こえるんだ……!」


 その呻き声は屍人ゾンビのものによく似ていた。人の多いこんなところに屍人ゾンビが現れたらまずいのではないだろうか。アリスは不安に思い、ちょっと路地を覗いてみた。暗い路地の先に、誰かが座り込んでいるのが見える。彼はウーウーというような唸り声をあげ、地面に転がった瓶や樽を覗き込んでは投げ捨てていた。


「あの……」


 声を掛ければ、彼はぐるんと首を回してアリスを見た。アアアと呻きながら立ち上がり、長い両手をアリスの方に向けながらこちらへ近づいてくる。目を凝らしてみて、アリスはぎょっとした。


 彼は屍人ゾンビではなかった。


 しかし、頬は痩せこけ、青白い顔をしていて、骨の形状に合わせて肌が窪んでいる。骸骨に皮だけ貼り付けたようだった。いくら飢えてもこんな風にはならない。餓死をした人間を見たことがあるが、それとは何か、決定的に違う異様さを感じた。


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