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17 旅慣れた者たち

 前方に、三体の屍人ゾンビがいた。アリスは迂回も考えたが、三体は別々の方向にのんびりと動き出そうとしており、どう迂回しようとしても、一切ばれないで進むのは難しそうだった。ならば、こちらから突撃し、さっさと撃退して排除してしまう方が後々を考えても良い案だった。


 そうアリスが告げると、全員が頷いた。頷いた途端、それぞれが獲物を取り出した。ジャックとリルベルは背中に背負った銃を、クラウドとロバートは拳銃を、エマは短剣を取り出した――短剣は流石に危ないだろうと止めようとしたが、エマは聞かなかった。


「いつもこれなんだ」


 エマはあっさりとそう言うと、屍人ゾンビの方に向けてそれを構える。


「今からごちゃごちゃ作戦会議してたら気付かれそうだし、アリスはそこで見てな」


 ジャックが言いながら、ライフルを構える。アリスは頷いた。

 頷いた途端――エマとジャックが飛びだしていった。草むらを蹴飛ばし、ガサガサと大きな音が立つのも構わず飛んでいく。当然の如く三体は気付き、こちらを振り返る。ジャックが途中で立ち止まり、ライフルを撃ち込んだ。左端の一体が穴だらけになって倒れる。その脇をエマが擦り抜け、手前の屍人ゾンビに飛び掛かる。ハッと気付けば、それは頭を真っ二つにされ、液体を噴き出して倒れていた。エマは、と思えば、勢いを殺さず飛び上がり、近くの木の枝の上にいた。そこには屍人ゾンビの血液もかからない。ジャックは銃口を切り返し、もう一体に向けると、至近距離でもう一撃くわえた。それで三体目も沈んでしまう――一瞬の荒業だった。アリスが驚いてその場から動けないでいると、いつの間にか木の枝の上に飛び乗っていたリルベルが辺りを見渡している。残されたクラウドとロバートもアリスも守るように背中を向けながら、注意深く周りを見ていた。


「あっ」アリスは我に返ってた。「駄目だよ、そんなに荒っぽくしたら、他の屍人ゾンビも気付いちゃう……」


 言い終わらないうちに、リルベルが発砲した。リルベルの持っている銃は、ジャックの持っているものよりも射撃距離が長いらしい――いわゆる狙撃銃だ。リルベルは各方向に向けて何度か発砲すると、涼やかな緑の瞳で辺りをもう一度見渡し、それから微笑んだ。


「近くの奴らも、一掃できたみたいね」


 アリスはあまりにも強引なやり口にひっくり返りそうになった。しかし、その全てが、流れるような動きで、彼らの実力を嫌でも理解できた。



                     *



「ねぇ……どうしてみんな、そんなに旅に慣れてるの?」


 夕陽が沈み始めてきた頃合い、アリスはやっと尋ねた。すると、クラウドがふふんと笑いながら答える。


「そりゃ、俺様にかかれば出来ないことなんかないぜ?」

「そうじゃなくて」


 アリスが素直にそう言えば、それが可笑しかったのか、ジャックが笑う。アリスは何で笑われているのだろう、と思いながら、何とか言葉を紡いだ。


「……こないだ一緒に行った、ジル……兵士たちが、一番優秀って聞いていたのに、君たちの方が優秀に思えるから、不思議に、思って……」


 そう言うと、クラウドは嬉しそうに鼻を鳴らす。真面目に答えてくれたのはリルベルだった。


「光と闇、の話じゃない? 表舞台では彼らが一番優秀なのだろうし、裏の世界では彼ら以上に優秀な人がいるのよ。あなたに言わせれば、あたしたちもそうなのね」

「正規の訓練は受けてねぇが、まぁ、俺なんざ、ゾンビが穴から生まれる前から銃握ってっからな」


 ジャックがあっさりとそう言う。なるほど、とアリスは思った。しかし、ジャックやロバートは四十代ほどに見えるが、他の三人はアリスと変わらないくらいの年齢だ。そう思っていると、エマがまた小馬鹿にするように口角を上げた。彼女の笑いは、笑顔のはずなのに、いつだって好意的なものではない。


「正規の訓練なんて生ぬるいよ。死なないことが第一目標なのは当たり前さ。だからって死なないような訓練ばっかしたって意味がない。死んで当たり前の状況で死なないようにならなくちゃ。だから死ぬんだよ」


 流石のアリスもそれには反感を覚えた――遠回しに兄を馬鹿にされているように感じたからだ。アリスがエマを睨むと、彼女も三白眼を細めて睨みつけてきた。その間にリルベルが入ってくる。


「はいはい。諍いはよしなさい……――アリス」


 彼女はさっと前方を指差す。アリスは前を向き、ハッと息を呑んだ。

 森を抜けた先には、あの、工場があった。そろそろ辿り着くのではないかと思っていた。ロバートがひゅうと口笛を吹く。


「ちょうどいい、あそこで寝ようや。そろそろ夜だ」


 アリスは反射的に首を横に振った。


「あそこにはあまり近づきたくない。この間、散々な目にあったから」

「それじゃあ、どうするんだ?」


 ロバートが怪訝そうに言った。アリスは考えてから、答えた。


「少し先に川がある。その近くで寝よう」


 それから、口を閉ざし、反応を待った。しかし、誰も何も言わなかった。アリスが振り返れば、全員が、きょとんとして彼を見ていた。


「えっと……?」


 アリスが答えを求めてそう言うと、ジャックが首を傾げる。


「川へ行かないのか?」


 ――基本的にはあなたの判断に任せる。

 アリスはリルベルの言葉を思い出していた。結局、話を聞いてくれなかったジルたちとは大違いだった。だからこそ、アリスは僅かに責任感のようなものを感じた。

 けれどもけろりとした顔をして、アリスは工場を迂回し、五人を連れて川まで向かった。道中まで屍人ゾンビに一体も会わなかった。一度だけ遠くの方で唸り声がしたが、アリスが立ち止れば全員音もなく立ち止まった為、屍人ゾンビはこちらに気付くことなく、どこか別の場所へ遠ざかっていった。




「この川、飲めるのかねぇ」


 ロバートが草を川に投げ捨てながら言う。


「草が変色しねぇってことは飲めるのかな」


 そう言って手で掬おうとするので、アリスは急いで止めた。


「わからないよ。もっとちゃんと確認しないと」

「どうやって?」

「適当に兎とか小動物を捕まえてきて、縄で縛って動けないようにして水に付けて、一晩置いておくんだ。次の日の朝に屍人ゾンビ化してなかったら、おそらく大丈夫だよ」

「でも川って流れるじゃん、意味あんの?」


 ロバートは胡乱げに言う。草を投げ入れただけで飲もうとした人がよく言えたものだが、確かにその通りだった。アリスが口ごもると、クラウドが水面を眺めながら言う。


「成分的には大丈夫っていうのがわかるだけでもありがたいだろ。とはいえ、どうしても喉が枯れて死にそうだって時以外は飲まない方がいいんじゃないのかな」

「そうか。喉が枯れて死にそうだ」


 あっさりとロバートはそう言い、手袋を外した手で水を掬うと、ゴクゴクと呑み込んでしまった。アリスはぎょっとしたが、他の四人は面白そうに笑みを浮かべてそれを見ている。全くいつも通り、という様子にアリスはさらに驚いた。


「命知らずだねぇ」


 ジャックがくくく、と笑い、木の幹にもたれかかる様にして座る。


「さてと、交代制で寝るかい?」


 サングラス越しでよくわからないが、アリスに聞いているらしい。アリスは頷こうとしてから、動きを止め、おずおずと言ってみた。


「兄と二人の時は交代制では寝てなかった」


 へぇ、とエマが驚いたような声を出す。初めて敵意以外のものを向けられた気がした。


「高い木の枝に登って、身体を木に括り付けて寝るんだ――あ、でも、みんなベルトとかロープとかある?」


 ある、と全員が口々に答えた。


「じゃあ、それでいいかな……? 交代制は、途中で屍人ゾンビが来ると、寝れていなかった人に負担だし、常に誰かが起きてると言う事は、少なくとも吐息以外の音も立ててしまうから……」


 アリスが少し早口に説明すると、その緊張をほぐすように、リルベルが柔らかく微笑む。


「いいわ。そうしましょう」


 アリスはほっとした。いつもは兄が全てを決めて進んでいく。何か提案するということは、アリスはあまり得意ではなかった。

 ジルたちにも、もっと提案出来ていたら、何か違ったのかもしれない。


 ――いや、もっとはっきりと、提案を行うべきだったんだ。


 アリスは少しだけ自らの行いを悔いた。

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