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16 メッシー・マックス

 朝、太陽が出てすぐの時刻。空は白くなったばかりで、鳥が幸せそうに空を飛んでいた。涼やかな風に吹かれ、森が揺れている。


 結局、アリスは、『悪党』、もとい、エマたちと行動を共にし、『神の子』を迎えに行こうと決めた。

 話し合いの結果、次の日に出発する、ということになったが、それが『勇者御一行』と被るところがあって、アリスは何となく嫌な予感を覚えていた――しかし、いざ集まってみて、その予感は裏切られた。


 エマたち五人は皆、軽装だった。アリスと同様に、革のジャケットや動き易そうなパンツなどを履いていて、首元や顔の下半分をスカーフで覆っている。肌の露出は顔以外ない。ジャック、リルベルは背中に大きめの銃を背負っていたが、歩いてもガシャガシャと音が鳴ることはなかった。他の三人も拳銃やナイフを至る所に仕込んでいるようだった――明らかに、『勇者御一行』より、旅に手慣れた様子がした。


 門が背後で閉まる。さて、とジャックが伸びをした。相変わらず彼はサングラスを付けている。


「アリス、ここからどう進む?」

「そうだね……ジャックはどう思う?」


 手慣れていそうだから、アリスは先に尋ねてみた。するとエマが馬鹿にするように笑った。


「お前に聞いてるんだからお前が答えろよ」

「エマ。言い方」


 リルベルはまるで姉のようにエマを叱ると、にこりと笑みを浮かべてアリスを見た。


「あなたが道案内人だから、あなたの行きたいようにしていいのよ。相談したいことがあったら、その時だけ言って。でも基本的にはあなたの判断に任せるわ」


 だから――とリルベルは笑顔のまま続ける。


「責任を持ってやり遂げて頂戴」



 森の中を進みながら、アリスはますます驚いていた。

 慣れている(・・・・・)。ジルたちとは比べ物にならないほど、旅慣れている。


 最初は、そのまばらな足音がアリスの耳に障った。しかし、すぐに足音は気にならなくなった。なるべく足音を立てぬように歩く方法を、アリスが何も言わなくても、見様見真似でやってくれているらしい。不用意な発言もなく、適度な緊張感がある。たまに太陽をチラチラと見上げているところを見れば、誰もが太陽の位置から時間を知る方法を知っているようだった。


 ――おかしい。


 ユースはジルたち『勇者御一行』を褒め讃えていた。だからこそ、彼らはそんな風に呼ばれたのだ。だがそんな彼らが旅に向かぬ重い鎧で現れ、『悪党』として呼び出された彼らが旅慣れた軽装でやってきた。


 悪党であること……彼らが麻薬に浸かっていたりすることが、それほどネックだったのだろうか。ユースは南部特区のトップだから、そういうところで柔軟な決断が出来ないのかもしれない。


 少なくとも、初めから、『悪党』が行っていれば、『勇者御一行』は無残に死なずに済んだ。

 しかし、ジルたちが大失敗していなければ、ユースも『悪党』を使おうとは思わなかっただろうし、アリスもわざわざ、兄の仇と共に旅しようとは思えなかっただろう。考えても仕方のないことかもしれないし、結果としては、『勇者御一行』は必要な犠牲だったとも言えるかもしれない。


「腹ごしらえはどうする?」


 リルベルが尋ねた。そういえば、もう昼時だ。アリスは立ち止まり、辺りを見渡してから、振り返った。


「そうだね、そろそろ食べよう」


 一人を除く、全員が頷いた――頷かなかったのは、ロバートだ。彼は朝から酒でも飲んできたのか、顔色が悪く、たまにふらついている。その度に余計な音が立つので、他が静かな分、気になった。腹ごしらえと聞き、彼は荷物を投げ出すようにその場に座ると、アーと情けない声を上げる。


「腹が減ったァ、飯だぁ飯」


 彼はごそごそと鞄の中を漁り、それから「あれ?」と不思議そうに言った。


「乾パン袋がねぇなぁ……」

「嘘でしょ」ぎょっとしてリルベルが目を剥く。「ちゃんと探しなさいよ!」

「えぇ……でもないんだよなぁ」


 ロバートは焦った様子もなく、骨ばった手で鞄を漁っている。じれったそうに、リルベルがその鞄を奪い取り、中をざっと見た。確認が終わった途端、目じりが吊り上がる。


「ありえない。あんた、最近、クスリのやり過ぎよ。脳が溶けてるに違いないわ。昔はこんなミスする男じゃなかったでしょ」


 リルベルは鞄をつき返すようにしてそう言った。ロバートは気にした様子もなく鞄を受け取り、肩を竦めた。その鞄の上に、一つ、乾パンが投げられる。


「ちょっとだけでも食べとけよ」


 ジャックだった。彼も一つ食べながら、片手で煙草を弄っている。ここで火をつけて吸うのかと思って戸惑ったが、そこは心得ているらしく、彼は指の上でくるくると触っているだけで、実際に吸う様子はない。


「ニコチン中毒」


 リルベルはバッサリとそう言い、同様に鞄から乾パンを取り出した。その横でエマも無感動に食べており、クラウドは「まずい」と呟きながら食べている。


「なぁ、そこに屍人ゾンビいる?」


 エマが乾パンを食べながら素っ頓狂なことを尋ねる。クラウドが答えた。


「いねぇよ。お前は麻薬中毒だな」

「幻覚か……」


 エマは誰もいない空間を睨んでいる。その手が僅かに震えているのは、恐怖の為ではなく、麻薬の禁断症状なのだろう。


 ――昨日から思ってたけど、なんか、ゴチャゴチャ(・・・・・・)してる人たちだな。


 秩序、という言葉から、遠くかけ離れた存在のように思えた。『悪党』――というほど悪い人々には思えないが、『勇者御一行』と比べれば、いやに浅ましくも見える。とはいえ、アリスはそれ以上のことを特に思うわけでもなかった。まぁ、どうでもいいか、というのが、本心である。


 何にせよ、食事は一瞬だった。わずか十分程度の休息を経て、全員が立ちあがる。駄々をこねるものも、休息を上手く取れていないものもいなかった。ロバートだけは、お腹が満たされないのか、腹をさすっていたが、それでも何も言わずに鞄を背負っている。


 ――ここまで慣れている人間がいるのに、どうしてユースは『勇者御一行』に拘ったんだろう?


 アリスがさらにおかしい、と思ったのは、戦闘を行った時だった。



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