同類相憐れむ
さて、今日から新学期。しっかりしないと。僕は鏡の自分に向ってそう言い放った。桜の花びらがハラハラ散り始めた頃、この地方では新生活の空気を迎えていた。僕は中学三年生、今年は高校受験の年だ。
僕には義務がある。
進学校に受からなければならない。
これは親との約束だった。
真っ青な空の下、僕は新学期を迎えた。クラス替えだ。二年生のクラスのホームルームで、次のクラスへの分かれ道が順序呼ばれる。大事な青春時代の、キラキラした思い出とやらも、このクラス分けで決まる。「二組」僕のクラスが決まった。別に、それはどうでもいいのだ。多分、なんとかやっていけるだろう。そう、僕は確信していた。
二組へ移動すると前のクラスの人も何人かいた。バレないように一瞬だけ目を閉じて薄く深呼吸し、誓う。どうか、どうか、この一年間、頑張れますように。その後、薄く深呼吸して、隣の子へ声を掛ける。
「あー、受験とかダルわ。あ、ごめん。俺、A」
隣の席の男子も笑い返してくれる。「だよな」男子生徒の名前はEと言った。
もう桜の花は落ちて、すっかり緑の葉が増える頃、僕は順調に中間試験の準備を迎えていた。目指すは県立高校のトップB高校。内申点は取らなければならない。所属しているサッカー部もそろそろ引退だ。この辺りで後輩に引導を渡しながら、自分の未来も考えなければならない。
中学校に入ってから、僕は定期試験の準備は一か月前から進めている。もちろん、他のバカ共は何もしていないことは知っている。塾に行かせてもらっている奴は別だけど。それを超えるためにも、僕はどんな時間を削ってでも、努力をしなければならない。
僕はいつものように、サッカー部の練習を終えた。
その後に気付いた。今日授業があった科目のノートを忘れたのだ。科目の授業内容的には特に有用な事は書いていない。普通の板書だ。でも、そこにはメモが書いてあるのだ。教師がテストに出やすいと言っていた所だった。それを逃して勉強するのは痛い。僕は部活で疲れた体を引きずって、二組に戻った。帰りたくはないけど、早く休みたいのに。
教室に到着すると、そこはすっかり夕日で赤暗く染まっていた。僕は自分の机へ向かい、そして引き出しから数学のノートを取り出した。そこで一安心して、深呼吸。
次の瞬間、声が呼んで来た。
「何してるの、そんなとこで」
新学期以来、言葉を交わしていないEだった。
僕は慌てて薄く笑って答えた。
「いや、これ、僕の机で、それで、ノート忘れて……」
Eは言う。
「ふうん。そうなんだ。ごめんね。ぼく、ずっと学校来てなくて、わからなくて」
Eは無表情で言った。
僕はこういうとき、どんな表情で応えれば分からなかった。でも、”謝られたらこう言えば良いだろう”という確信はあった。
「そうなんだ。こちらこそ、勘違いしてごめんね」
ここで、Eの表情と、僕の表情が変わった。僕の表情が引きつった。やり過ぎた。もう時は遅い。
Eは嬉しそうにニタァと笑って言った。
「何が、『勘違い』なの?」
僕は知っている。この言葉の意味を。このやり取りで全てを理解した。
僕とEは同類だ。同じ人種だ。
今年は高校受験。僕は堕落に雪崩れるように、今まで閉じ込めていたものに溺れていった。