恋人らしいこと
「愛華、帰ろうぜー。」
ざわざわ…その一言で教室中がざわめく。
あぁなんて快感!
女子達の羨ましそうな顔を横目に声のする方へ足を向けた。
「おまたせ、だーりん♡」
きゃーーーーー…ざわざわが悲鳴へと変わった。
「なんだよだーりんって、気持ち悪い。」
そう笑って彼は私の頭を小突いた。
彼というのも、幼馴染みで昔から片想いし続けていたかっこよすぎるこの男、高尾雅宗である。
私の猛アタックにより今では私の彼氏なのだ!
「えへ♡ごめんごめん、帰ろう雅宗!」
そう言っていつものようにお互い手を取り歩き出した。
悲鳴と歓声は階段を降りるまで聞こえてきた。
「…おい愛華。」
「なぁに?だーりん♡」
繋いでいた手がさっと離れる。
そして、絶対零度の視線を向けられた。
「そのだーりんって辞めろよ。大体恋人のフリをしてるとは言え、最近目立ちすぎじゃないか?!」
恋人のフリ…はいそうです。
私たちは訳あって恋人のフリをしているただの幼馴染みです。
むしろ私の絶賛片想い中。
「見せつけてしっかり陣内君のいる教室まで噂を広めなきゃバレるのも時間の問題よ?!」
苦しい言い訳だが、陣内君のことになると一気にやる気になるこの男。
高尾雅宗という男は同性である陣内和哉に恋するいわゆるホモなのだ。
「そ、それはもっと頑張らなきゃか…。」
「そうだよ!押して押してちょっと引いてまた押してだよ!」
私の応援に何故か雅宗の目が輝きだした。
「よし、愛華!」
「なに急に。」
「だいぶ手を繋ぐことにも慣れてきた訳だしさ、次のステージ進もうぜ!!」
慣れてねーよ!
未だに手を繋ぐと心臓が活発に動き出して止まない。そんな私を置いて、お前は慣れたと言うのか!!!
「ん?顔が怖いけどどーした?」
「お前のせいだよばーか!」
全く私の気持ちに気づかないどころか私を好きなんて1ミリも感じてないんだろうな!
私のそんな怒りにも一切気付かず、何かをぼそぼそ言い始めた。
「手をつなぐ次のステップってなんだろ…。」
雅宗の一言にどきっとする。
次のステップ…
だき、抱きしめ…無理無理!!
そんなのまだ心臓がもたない!!
「よし、雅宗今週の日曜日空いてる?」
「え、まぁ空いてるけど。」
「じゃあ次はデートをしましょう!」
雅宗の目が点になった。なんだその顔は。
「つーか2人で出掛けるとかよくやってるじゃん。」
「いつものお出掛けとは違うの!デートよ!」
「何が違うのかわかんね。」
雅宗はいつもの2人でのお出かけとデートの違いが未だに良くわかってないようだ。
「デートはドキドキがいっぱいなの。恋人同士なんだから!」
「ドキドキしなかったらデートにはなんないってことだろ?愛華は俺にドキドキするわけ?」
そう言って鼻で笑う雅宗。
「す、するかもよ!?」
強がったが本当は毎日ドキドキしてます。
「へぇー。それは楽しみだ。」
とても馬鹿にされている気分だ。
畜生、絶対雅宗をドキドキさせてやる!
―日曜日、私は最寄りの駅の前にいた。
時刻は約束の10分前。
我ながらなんてできた彼女だろう。
「今来たとこ」を心の中で何度も唱えて練習をする。ここだけの話デートらしいデートもしたことのない私はかなり緊張していた。
「おまたせ〜♪」
私の隣にいた女性が小走りにその声の方へ向かう。
ピンクのカーディガンにピンクのハット、フリルのスカートがふわりとしていてなんて女の子らしい…。
「お、今日も可愛いなぁ♡」「いやん♡」
リア充は爆発しろ。
心の中で思いっきり怒鳴ってやった。
その数分後、またその隣にいた男性が前から来た女性をみつけて手を振っている。
小柄な彼女は男性に飛びついて、半ば抱えた状態で人ごみへ消えていった。
リア充爆発。リア充爆発。リア充爆発…etc
非リア充の決め台詞を何度か唱えたとき、私の待ち人もついに現れた。
「悪い、待った?」
「遅い。約束の時間から何分過ぎてると思ってんの?こっちは待たされてる間にどれだけのリア充を見送ったことか、この苦痛がお前にわかるか馬鹿野郎。」
私の中で既に「今来たとこ」なんて言葉は皆無だ。
約束の時間から30分も過ぎればそうなる。
「まじでごめんて!ほら、今は愛華もリア充でしょ?」
そう言ってひょいっと私の手をとった。
「雅宗…いつからそんなにプレイボーイになったのよ…。」
女の扱いが明らかに上手くなっている。
さっきまで怒り狂っていた気持ちがドキドキに変わってしまった。
指先までドキドキが押し寄せる。
このまま、雅宗の手にまで伝わってしまいそうなくらい。
「愛華のダメ出しのおかげかなぁ、なんてね。」
そう言ってイタズラな笑みを向ける雅宗に完全に心を持ってかれた。
まだ今日は始まったばかりだというのになんて奴。
「 ところで愛華サン、今日はどこへ行きますか?」
「デートらしいプランの一つも立てられないの?」
「俺かよ!」
苦い顔をしながらも渋々歩き始めた。
「ねぇどこいくの?」
「秘密♡」
さっきまでは苦い顔をしていたというのに、今は凄く楽しそう。
私まで楽しくなってくる。
「着いたよ。」
少し歩いただけなのに、こんな最寄りに何かあったっけ?
私は雅宗が指さす方をみた。
そこは小さな動物園だった。
でも動物園というよりは、小さな森林公園のようなところ。
「ここって…。」
「そ、俺らが昔一緒によく遊んでたとこ!」
懐かしいなぁ。
小学生の頃、遊ぶ場所といったらこの公園だった。
動物もいて、広い散歩道もあって、何より私たちが好きだったのは小さなメリーゴーランド。
「まだあったんだねぇ。」
もう忘れてしまっていた記憶が蘇ってくる。
「行ってみようよ。久しぶりに!」
そう言って雅宗は私の手を引いてどんどん歩き出した。
錆びてもうなんて書いてあるのか読めない看板の横の入口から公園に入った。
その瞬間、一気に空気が変わった。
街の重い空気ではなく、清々しい空気だ。
「涼しいなぁ。」
雅宗の歩くスピードが穏やかになった。
少し歩くと、大きな広場にでた。
ここは私と雅宗がよくかくれんぼをしていた場所。
「愛華、覚えてる?ここでさ、1度愛華が本気で迷子になって両親総出で探し歩いたの。」
「覚えてるよー、いつもみたいにかくれんぼしてた時だよね?あの時いつもすぐ見つかるのが悔しくて少しだけ遠くまで行ったら、完全にはぐれちゃって。泣きながら雅宗の名前叫びまくってたんだよね。」
雅宗は私を見つけるのが凄く得意だった。
毎回かくれてはすぐに見つかって、悔しくて。
だから困らせてやろうと思って…懐かしさに笑いがこみ上げてくる。
「あ、愛華!メリーゴーランドまだあった!」
突然雅宗は目の前にある小さなメリーゴーランドへ駆け出した。
「ちょっと雅宗ー!」
私もその後を駆け足で追う。
もう高校生だというのにメリーゴーランドに興奮するなんて…可愛すぎか!
「本当にちっさいなぁーーー!」
幼い頃の私たちには充分大きかったメリーゴーランドも、成長してしまった私達が今見ると本当に小さく見える。
注意事項の看板を見るとどうやら身長145cmまでの子供しか乗れないらしい。
「もう少し若かったらなぁー。」
雅宗は悔しそうだった。
乗りたかったのか…。
相当ショックなのかメリーゴーランドを眺めながら離れようとしない。
その時、少し離れたところに売店があることに気がついた。
そうだ、気分転換になにか買ってきてあげよう。
私は売店へ足を運んだ。
「すみません、焼きそば一つください。」
焼きそばを買うと、またメリーゴーランドへ戻る。
「あれ、雅宗?」
しかしさっきまでメリーゴーランドを眺めていた雅宗の姿はなかった。
人の気配もなく、静まり返る。
「雅宗ー?おーい!」
少し大きな声で呼んでみるも物音一つない。
不意に身震いが起こる。
あれ、もしかしてはぐれた?
電話をかけてみても電波が悪く繋がらない。
その時、走馬灯のように昔迷子になったことを思い出した。
あの時の孤独感が身体を締め付けてくる。
怖い。
私は恐怖で走り出していた。