陣内和哉の襲撃
私に彼氏ができました。それも相手はずーっと片想いしていた高尾雅宗。好きな人と結ばれるってすごーく幸せなことだよね!
「ところで愛華、帰る前に少し陣内君を待ってもいい?」
「陣内君?なんのために?」
「目の保養。」
は?私というものがありながら早速浮気ですか。
「だって俺と愛華は付き合ってるって言ってもフェイクじゃん。」
はい、そうでした。私と雅宗が付き合い出したのは、雅宗の恋心が陣内君にバレないため。お互い好き合っている訳ではありません。完全に私の片想い。
でもここで引いたら負けだ。嘘でも今は恋人同士、その契約がある以上どんな手を使ってでも雅宗を振り向かせる!
「バカね、関係があるだけじゃ嘘ってバレるのも時間の問題よ!」
「じゃあどうすればいいんだよ。」
そりゃあもちろん…
「恋人らしいことをしましょう!」
これさえあれば雅宗を振り向かせることができるかもしれない。
政宗は悩んだように少し唸っていたが、少しして決心がついたのか頷いた。
「まぁ愛華が相手だしいっか。」
意味深。
…どういう意味で捉えればいいのか。
(俺、愛華のこと普通に好きだし何したっていいんだぜ?)
いやいや、雅宗に限ってそんなイケメンなこと思うはずが無い。
じゃあ、
(愛華かぁ、まぁ女としては見れないし、かと言って男としてもあり得ないからそれはそれで。)
…ありえる。
いやむしろビンゴだろ。
「愛華?顔から負のオーラ出てるけどどうした?」
「あんたのせいよ。」
雅宗はまた困ったようにオロオロしていた。
まぁ突然付き合おうだの自分のせいにされるだのされてそりゃあそうなるか。
「とりあえず今日は手を繋いで帰る?」
無難な提案をしてみた。
無難といいつつ、私は男の子と手を繋いで帰ったことなんてないし、相手もとりあえず好きな人な訳だから緊張する。
「いいよー、はい。」
私がひとりで緊張しているなか、雅宗はなんの迷いも抵抗もなく私の手をとった。
こいつ、本当に私のこと意識すらしてないな…。
いとも簡単に手を繋いできたことが少し悔しかったが、雅宗の手が思っていた以上に大きくて暖かくて、身体の緊張がすっと抜けていくのを感じた。
「雅宗、手暖かいんだね。」
「俺の心が暖かいからじゃね?」
「バカね、手が暖かい人は心が冷たいんだよ。」
「え?そうなの!?でも俺自分で言うのも何だけどさ、結構心暖かいよね。」
「雅宗…あんたって本当に馬鹿だよね。」
馬鹿と言われてムッとしたのか手を離そうとした。
でも私は離れた手をすぐに掴み直す。
「もう私と雅宗の手はくっついちゃったので離れませーん。」
私がやけくそになってそんな恥ずかしいことを言うと、また手を握り返してくれた。
「愛華だって結構馬鹿みたいなこと言ってるよ?」
「私はいいの!」
「何だそれ、てか愛華の手ちょー冷たいね。」
そう言いながら雅宗はもう一方の手で私の手を包み込んでくれた。
二つの手に包まれる私の手に熱が篭る。
雅宗の手の暖かさのおかげでもあるけど、多分この熱は緊張のせいだ。
私は何の抵抗もなく余裕な顔で手を握ってくれる雅宗に負けてしまった。
私ばかりドキドキしてずるい。
「雅宗のクソ野郎。」
「突然の罵倒!?つらー。」
そう言いながら笑う雅宗がやっぱり好きだ。
私は握る手に更に力を込めて幸せをしみじみ感じていた。
「次はどんなカップルらしいことしようかー。」
私がぽつりと呟くと少し考えてから雅宗は真面目な顔をして、
「抱きしめる、とか?」
「それはちょっとハードル高めかなぁ。」
そんな恥ずかしいことを真面目な顔して言わないでほしい。
「だ、抱きしめるっていうのは!また次にしよう!」
私の反応を見てぶはっと雅宗が吹き出した。
「愛華ウブすぎ。抱きしめるぐらい幼馴染みなんだしできるじゃん。」
雅宗はビクともしていない様子。
「まぁいっか。今しても意味無いしね。」
なんとか抱きしめることはまぬがれることができた。
翌日、何気なく学校へ行くと途端に女子に囲まれた。
「昨日の帰り雅宗君と手繋いでたよね!?」
「付き合ってたの!?」
「羨ましい!愛華は無いと思って安心してたのに!」
失礼だな。
「てか雅宗君が男以外好きになるなんてありえないと思ってたのにー!」
それは今でも有り得ません。
しかし昨日1日だけでここまで広まるとは。
女子恐るべし。
「んまぁ、愛華と雅宗君ならお似合いだよね。美男美女カップル的な?」
「愛華男っぽいところあるから雅宗君尻にしかれそー。」
「わかるー!」
話で盛り上がっている女子たちの目を盗んでその場からこっそり立ち去る。
あの女子の空気にはなかなか慣れない。
幼い頃から雅宗とばかりいたから女の子たちの群れに入ったことがほとんどないからだ。
それにしても美男美女カップルとか…響きにニヤける。
その時、ドンッ
ニヤけて前を見てなかったせいで誰かにぶつかってしまった。
「す、すみません!!」
私は体制を立て直すとその場に尻もちをついてしまった男子生徒に咄嗟に手を差し伸べた。
「ありがとう…あれ、君もしかして高尾の…。」
目が合う。
その顔には見覚えがあった。
むしろ、深く記憶に焼き付くその彼は、
「陣内和哉…君?」
「俺の名前知っててくれたんだ。」
私の手をとり立ち上がる。
「それにしても男を突き飛ばすなんて、君すごい体幹鍛えてるんだね。」
「鍛えてないし!!やっぱりあんたがモテる理由が分からない!」
「え?俺がモテる理由?」
急に怒鳴られて、陣内君は少し引き気味だ。
「みんな陣内和哉はイケメンで成績優秀スポーツ万能おまけに優しくて紳士って言うけどさ、ぶっちゃけそーでもなくない?イケメンは置いといて、私にぶつかって倒れるぐらい体弱いし、優しさ以前にデリカシーないよね!」
私の罵倒の数々に陣内和哉は唖然としている。
そんなこときっと言われたこともなかったんだろう。
「きみ、結構はっきり言っちゃうんだね。」
「悪意がある訳じゃないのよ?ちなみに、私はきみじゃなくて神崎愛華!」
すると突然陣内君は笑い出した。
「愛華って面白いね!俺久しぶりにグッときた!」
グッと?
「いきなり笑い出してなにそれ、気持ち悪いよ。」
「なんか高尾には勿体ない。俺、愛華みたいに可愛いくせに空気とか一切読まないで物事はっきり言っちゃう子好きなんだよね。」
バカにされているのか、褒められているのか。
少なからず陣内君は少し変わった性癖の持ち主なんだろう。
「言えることと言えないことってあるでしょ?陣内君の場合は何でも言える気がするけど。」
「それって、期待してもいいってこと?」
…なにを言っているんだろう。
意味不明だったけど、とりあえず超ポジティブなんだなと解釈した。
「悪いけど、あんたがどれだけイケメンで優しかったとしても、私が雅宗以外を好きになることなんてありえないから。」
それを聞いても尚、微笑を消さないイケメン。
余裕な表情に強気に出てた気持ちも少し揺れた。
「じゃあ賭けをしよう。俺は全力で愛華をオトしにいくから、もし俺と高尾の天秤が少しでも俺リードになったら俺の勝ち。」
「私が勝つにはどーするのよ。」
「勿論、高尾に傾き続けてたら愛華の勝ち。」
それはおかしい。
そんな賭け、いつまで続くかさえ分からないんだから。
もし、万が一にでも雅宗にかれ…彼氏ができてしまったらぁああああ!!!
「そんな思い詰めた顔するなって冗談だよ。まぁ本気で狙いには行こうと思う。」
そして私の頭に手を置いた。
その手をすぐに払い除ける。
「ちょっと!気安く触んないで!」
そんなことをされても嬉しそうに笑う陣内君。
もしかしてこいつ…Mか!?
これ以上陣内和哉といるとおかしくなりそう。
まるで調子を狂わされる。
早くこの場から立ち去りたい。
そんな私の雰囲気を感じとったのか、陣内君はまた軽く頭をぽんっとしてその場から立ち去っていった。
一瞬の嵐が過ぎ去った気分だ。
しかしその嵐は確実に何かを置いていった。
それはなんなのか分からなかったけど、多分今の私は知りたくないもの。
「私は雅宗だけなんだから。」
そう自分に言い聞かせた。