待ちわびたよ。
…痛い。
通行人)「おい! 大丈夫か! 」
…身体中が、痛い。
通行人)「誰か! 早く救急車! 」
……何だ…何が、起こった? …………そうか俺、車に跳ねられて……。
?)「うっ…。」
行かないと…。
ーどこに?
通行人)「動いちゃ駄目だ! もう少しで救急車来るから! 」
……どこか分からないけど、行かないといけない。
何で行かないといけないのかも…………分からない?
なぜ?
何だか、物凄く大切なことだった気がする……。
………………というか、俺はー。
今日は友人の誕生日。
その友人の誕生会をするために、友人の家に友人含め、中学生の時からの幼なじみ4人が集まる。
その友人の家に行く前に幼なじみで集まって少し遊ぶことになったんだけど……。
男1)「可愛いねお姉さん達、俺達と遊ばない? 」
奈々)「私と遊ぶと相当金使うわよ。あなた達、そんなにお金持ってるの。」
……これで何回ナンパされただろう。
男2)「ちょっとお姉さん達! 俺達さ、道に迷っちゃったから教えてくれない? 」
奈)「ググれ。」
この私の隣で男の人に非道な返しをしている女性こそ、今日誕生日の私の友人、奈々。
整った顔をした美人で、ナンパされるのも奈々が原因だと言っていい。
桃)「あの人達は本当に道が分からなかったのかもよ? 」
私がそう言うと、奈々は呆れた顔をした。
奈)「本当に分からない人はだいたい雰囲気で分かるわよ。あんな風にね。」
そう言いながら、奈々が指した方向にはスマホと辺りを何度も交互に見て、ため息をついている男の人がいた。
桃)「本当だ。…ん? てかあれ、誠也じゃない? 」
奈)「…そうね。」
そう言って、奈々は誠也に歩みよる。
奈)「何やってるのよ。」
誠也)「わっ! …って奈々さん! 桃さんも! 」
奈々に肩を叩かれた誠也はそう言って驚く。
桃)「るいは? 一緒に来るんじゃなかったの? 」
誠)「途中まで一緒だったんだけど、ゲームセンターでUFOキャッチャーにはまって、先に行っててって…。」
奈)「るいのご飯はいらないわね。」
桃)「はは…。」
ここにいない、るいも含めて私達は中学生からの幼なじみ。
私達は今年、20歳になる。
……だけど誠也には、中学生の頃からの記憶がない。
僕には、中学生の頃からの記憶がない。
記憶をなくしたのは一年前。
どこかへ向かう途中に、交通事故にあったらしい。
僕が記憶をなくしてから一年間、幼なじみだという奈々さん達は僕に色んな事を教えてくれた。
そして、今日は奈々さんの誕生会をするために奈々さんの家に行く……はずなんだけど…。
誠)「……ここ? 」
そう言う僕の目の前には、物凄い風格が漂う屋敷。
奈)「そうよ。」
組員)「あっ、お嬢! 」
僕達が玄関に入ると、中にいた人が奈々さんを見てそう言う。
奈)「ただいま。」
組員)「「お帰りなさいませ、お嬢! 」」
そう言って、あっちからもこっちからも沢山人が出てきて、僕達を出迎えてくれた。
桃)「やっぱりいつきても賑やかだね、奈々の家は。」
るい)「そうだな。驚いたか? 誠也。」
誠)「あ、ああ……。」
奈)「……あんた、前もここにきたことあるのよ。」
誠)「えっ。」
る)「記憶をなくす前にな。何回かみんなで集まって遊んだんだ。」
桃)「奈々の家、広いしねー。」
廊下を進みながら、僕達はそんな会話をする。
誠)「そうなんだ…。」
そう言いながら僕は記憶を辿ってみるけど、やっぱり思い出せない。
いつものことだ。
僕の記憶は、あの日から一年たつ今でも少ししか戻っていない。
……あの日…記憶をなくした日、僕は一体どこへ行こうとしていたんだろうー。
…遅い。
一年前の私の誕生日。
私は誠也に呼び出されていた。
みんなで誕生会をする前に、2人で話がしたいと言われて、ずっと指定された場所で待っている。
だけど、呼び出した本人はいまだに来ない。
…まあ、いつものことだけどね。
そう、誠也が待ち合わせの類いに間に合ったことなど一度もない。
いつも必ず、遅れてくる。
今日もきっと、遅れてくるんだろう、そう思っていた。
誠也がわたしを呼び出した理由はだいたい分かる。
中学生の時も、同じように話があるからと学校で呼び出された。
だけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
誠)『あ、あのさ奈々、俺……。』
奈)『うん。』
誠)『……勉強、教えてくれない? 』
奈)『は? 』
誠)『い、いやほら、来週テストじゃん? な? 』
奈)『……分かったわよ。』
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
かと思えば、高校の卒業式の後に呼び出されて、また誠也は何か話そうとしていた。
その時は、桃達に遮られたけど。
誠也が何を言おうとしているのか分からないほど、私は鈍感ではない。
なぜなら、私も同じ気持ちだから。
でも、自分から言うのは何故か癪だから言わない。
誠也が言うのを、ずっと待っている。
きっと今日も、同じことを言うつもりなのだろう。
だけどその日、誠也が待ち合わせ場所に来ることはなかった。
あの日、誠也は私のところへくる途中に交通事故にあった。
私が病院に駆けつけた時には、誠也はベッドの上にいた。
当然、私の誕生会も中止になった。
誠)「こんなところにいたんですね。」
縁側に座って、私が一年前のことを思いだしていると誠也が現れる。
奈)「何? 」
誠)「何って、主役なのに何でこんなところにいるんですか。」
奈)「別に。私がいなくたってみんな適当にやってくれるでしょ。」
そんな私の言葉を聞いて、誠也は小さくため息をつきながら私の隣に座る。
事故から数日後に目覚めた誠也は中学生の頃からの記憶を失っていた。
誠)「そういえば、まだ言ってませんでしたね、お誕生日おめでとうございます。」
奈)「……ありがとう。」
今私の隣にいるのは、記憶をなくして一人称が俺から僕になり、私達と敬語で話すようになった誠也。
誠)「あとこれ…。」
そう言って、誠也は私に小さな包みを渡す。
奈)「何これ? 」
誠)「一年前の僕からの誕生日プレゼントです。」
奈)「……私へのじゃないかもしれないわよ? 」
そう言いながらも、私は包みを開ける。
一年前、記憶をなくした誠也に私の誕生会をする予定だったということは話した。
だけど、その前の待ち合わせのことは話していない。
奈)「……。」
包みの中に入っていたのは、ブレスレットと、【奈々誕生日おめでとう!】と書かれた誕生日カード。
誠)「すいません…袋がぼろぼろだったので、新しくしたんです。その時に、中身を見てしまいました…。」
…一年前の誠也からのプレゼント……か。
奈)「…別に、覚えていないだけであんたが用意したんだからいいわよ。」
誠)「確かにそうですね…。あとこれは、今の僕からのプレゼントです。」
そう言って誠也は、もう少し大きめな包みを私に渡す。
奈)「2つも? 」
誠)「1つ目は一年前の物を渡しただけです。」
そう言う誠也の言葉を聞きながら包みを開けると、中からくまのぬいぐるみが出てきた。
…えっ……。
奈)「…覚えてたの? 」
誠)「え? 」
奈)「私が、くまが好きだってこと。」
誠)「あ…そうだったんですね。よかった、うさぎとくまで最後まで悩んだんです。」
奈)「…そう。」
…そうよね、そう簡単に思い出したりしないわよね。
そう思いながら、私は立ち上がる。
誠)「な、奈々さん! 」
プレゼントを持ってその場を立ち去ろうとした私を誠也が呼び止め、私は立ち止まる。
誠)「その、もう1つ…話をしていいですか。」
誠也のその言葉を聞いて、私は少し驚く。
奈)「何? 」
私は、振り向かないまま誠也にそう言う。
……私は、この感じを知っている。
そう、記憶をなくす前の誠也に話があると言われた時の感じにそっくりだ。
誠)「その…僕…。」
誠也の記憶が戻ったわけじゃない。
だけど、今の誠也は同じことを言おうとしている感じがある。
誠)「僕…僕は……。」
頑張れ。
誠)「僕は……奈々さんのことが……好きです!」
ようやく聞けた。
ずっと待っていた言葉。
誠)「僕の記憶はまだ少ししか戻っていません。
だから、過去に奈々さんと幼なじみ以外ではどういう関係だったのかとか、奈々さんにひどいことをした記憶とかもありません。
それでも…僕と付き合ってくれますか? 」
振り向かない私に、そう言う誠也。
…中学……三年生の時だったかな、あれは。
もう5年もたつのね。
奈)「……いいわよ。」
誠)「えっ? 」
奈)「確かにあんたは、過去に私にひどいことをしてるけど、付き合ってあげる。」
私はそう言って、歩き出す。
涙で視界がぼやける。
…もう、若干諦めかけてた。
思えば、誠也は遅刻はするが約束を破ったことは一度もなかった。
誠)「ひ、ひどいことってどんな!? 」
……だからこれは、嬉し涙。
奈)「……女を5年も待たせたことよ。」
【待ちわびたよ。】