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妖の狐

「(おや?)」


 ポロの小屋に入るとアンナの手の中にいたライカがするりと床に飛び降りた。アンナはちょっと残念そうに揺れるライカの尻尾を目で追いかけている。

 そんなライカを見たポロが訝しげに鼻をヒクヒクと動かし、初めての人間以外の来客に興味を示していた。後から入ってきたメリエがそんなポロに声を掛ける。

 

「ただいま、ポロ」


「(お帰りなさい、ご主人。して、この動物は?)」


 ポロの気配察知能力でも見破れないとは……ライカの擬態と気配を隠蔽する能力はかなり高いもののようだ。

 質問への答えを持っていないメリエとアンナもポロと同じように思っているようで、その答えを求めて自分に視線を向けた。


「昨日の夜に僕と戦った幻獣種だよ。名前はライカっていうんだ」


 尻尾まで入れると1m近くある狐の姿をした幻獣のライカを三人に紹介する。


「……はぁ……あれしきの安い挑発に乗ってしまうとはな……ライカだ。別にとって喰ったりはしない。クロとの約束だからな」


 ライカは床の上に座ると愚痴を零しながらも自己紹介をした。そんなやや不貞腐れ気味のライカを囲むように各々が腰を下ろす。


「え……この動物がメリエさんの言っていた人間の手に負えないほどの力を持った幻獣なんですか? 何というか、可愛らしいですね」


「(想像していた見た目と随分違いました。クロ殿と渡り合えるくらいと聞いてもっと荒々しい姿をしているのかと)」


「ふむ。見た目に惑わされるというのはこのことか」


 まぁ尤もな三人の意見である。幻獣種もハンターギルドでは魔物として分類されているようだし、シェリアやメリエの説明でも魔物の延長にいるといった表現だった。

 今のライカの姿はその辺を歩いている犬と大して変わらない。これでは三人がこんな風に思ってしまっても仕方が無いだろう。


 変身できる古竜の自分や動物との会話に慣れ切ってしまっているアンナは幻獣と聞いてもあまりピンときていないようで、座ってモフモフの尻尾をパタパタと振っているライカを撫でたそうに見つめている。その辺の犬や猫を見る目と同じである。

 やはり慣れすぎるというのも問題があるのかもしれない。


 対してメリエの方はハンターとしての先入観がそうさせるのか、アンナ程気を許しているといった様子は無い。メリエもフワフワモフモフは大好物のはずだが、まだ警戒感の方が勝っているといった感じか。慣れればアンナのようになりそうでもある。


 ポロも野生としての本能からか、見た目で油断するといったことは無いようだ。自分やメリエがそこまで警戒していないので、あからさまに敵視はしていないが、メリエと同じく警戒気味である。


「えーと、ライカのこの姿は僕と同じで変身している姿だよ」


「こんな貧弱な姿が真姿(しんし)のはずがないだろう。真姿では目立ちすぎる。人間の町の中では目立たない姿を選んでいるだけだ。人間の姿にもなることができるぞ」


 三人に変身していることを説明すると、成程といった表情で頷いていた。やはり竜が人間に化けている自分のせいか、それほど抵抗も無く納得してくれたようだ。

 ライカは今まで抱えていたアンナの方に向き直ると口を開いた。


「私は名乗ったぞ。そちらも名乗るのが礼儀ではないのか?」


「え!? あ、その、アンナです」


「メリエだ」


「(ポロです)」


「ふむ……クロはともかくとして、人間種なのに疾竜(しりゅう)の言葉がわかるのか?」


 確かにライカから見ると不思議な光景だろう。メリエもアンナも【伝想】に慣れたので殆ど会話をするのと同じような感じでポロと意思疎通を行なうことができている。

 ライカもどういう理由かはわからないが、他種族ともコミュニケーションを行うことができていた。自分と同じような何かの術を使っているのだろうか。


「三人には僕が創った意思疎通ができる星術を込めた道具を渡してあるから他種族でも言葉が通じるんだ」


「ほう。さすがは古竜の技と言ったところか」


「ライカに色々聞きたいのもあるけど、まずはみんなに昨日説明していなかったことを話しておくね───」


 ライカがどうしてアンナ達に接触したのかというのも気になるが、その前に昨日のライカとのやりとりを三人に説明しておかなければならないだろう。

 戦うことになった理由や、ライカがこの町にいるわけ、そして自分達のことを観察させて欲しいといった頼み事についてを順番に話していった。


 ライカのことを勝手に話してもいいものかと思いもしたが、これを話さねば三人に事情の説明ができないので仕方が無い。ライカも事情説明することに不満は無いようで、口止めしたり会話に割り込んだりするといったことも無かった。


「───ということで、この町の中で襲わないって約束してくれた代わりに僕達が何をしているのか観察するってことになったんだよ」


「そうだったんですか……」


「ということはシェリア殿から頼まれたことについても知らせたのか?」


「少しだけね。どうせ観察されるとなったら知られちゃうし、ライカは人間と何かをしているってわけじゃないから知られても問題は無いと思う」


「私は人間に興味はあるが、人間と何かをしたり特定の人間を守ったりしたいわけではない。ま、気に入った人間は別だがな」


「まぁライカについては大体こんなところかな。で、ライカは何でアンナとメリエに近付いたの?」


 遠くから見るだけかと思いきや、まさかこんなに堂々と見にくるとは思っていなかった。【伝想】を無視していたのもあり何か企んでいるのかと勘ぐってしまったが、今のライカの様子を見た限りでは隠し事をしているといった感じはない。


「危害を加えることは無いと断言したが、近付かないとは言っていないだろう」


「いやまぁそうだけどさ……」


「早速今朝からクロのところに来て屋根の上から見てみても、日は高いというのにクロは寝こけたままで動かない。寝ているクロを観察して何が楽しいというのだ? そんな時にクロと一緒に居る二人が離れて行くのを見つけたのでな。そちらの方が面白いだろうと思って後を付いて行っただけだ」


 あ、自分が寝てたからなのね。

 確かに朝寝坊している自分なんか観察する価値は無いだろう。というかそんな姿を観察しないでおくれ……恥ずかしい。

 ライカは自分だけではなく仲間も観察させて欲しいと言った。寝ている自分より動きがあるアンナ達の方に興味を惹かれてもおかしなことではない。


「観察って言うからてっきり遠くから見るだけかと思ったんだよ」


「昨日も話したが、クロのような者と一緒に居る人間がどんなことを話しているのか、どんな性質なのかといったことに興味があるんだぞ。それを知ろうとしたら近付かなければ難しいだろうが」


「それもそうか。で、のこのこと近付いたらアンナに捕まったと」


「失敬な! 捕まったのではない。話し声が聞こえるくらいまで近付いたらこちらに気が付いたので、どうせなら接触してみようと思っただけだ。……まぁ、まさか獣と意思疎通ができるとは思っていなかったから、無視したら怪しまれてしまったが。

 逃げることもできたが、丁度いいからこのままクロの所で間近から観察しようと思ってそのまま連れられてきたのだ。遅かれ早かれクロにはまた接触するつもりだったからな」


 ライカは連れられてきてやったんだという感じで言ったが、さっきの様子は単純にアンナがモフモフを気に入って放さずに連れ帰ってきたという感じだった。

 アンナには身体強化のアーティファクトも渡してあるので、普通の狐の状態ではちょっとやそっとでは逃げ出せなかっただろう。興奮したアンナはそれくらいがっちりとライカを抱き抱えていた。


「ふーん。じゃあ何で最初に意思を飛ばしたら無視したんだ?」


「ふふん。こちらは完全に気配を断って姿も変えていた。見破る手段は無かろうと思って、いつまで気付かずにいるか見てやろうと思ったのだ。……しかし、まさか自慢の毛並みを侮辱するという卑劣な挑発をしてくるとは、まんまと乗せられた」


「そんな理由で……」


 子供のいたずらかい! と、ツッコミを入れたくなったが我慢した。その代わりにがっくりと項垂れる。

 別に挑発したわけではなく事実なのだが……言ったらまた怒りそうなのでこれも言わないでおいた。


 しかしライカの言う通り、疑いはしたが現状で見破る手段は無かった。

 ポロですら動物としか思っていなかったのだ。あのままライカが何も言わずにいれば、この狐がライカだという確信は得られず仕舞いだったはず。

 幻術の対策はしてあるので、これは幻術ではなくライカの隠蔽能力が長けているということだ。幻術だけではなく、こうした基礎能力も他の生物とは一線を画した力を持っているということか。


「何だかクロと同じで人間の手に負えないとまで言われる幻獣という感じがしないな……」


 ライカと自分のやり取りを聞いていたメリエがそう零す。それを聞いたライカが静かだが威厳のある声でメリエに言った。


「お前達人間の考えは全て人間のものの見方での話しだろう。世界は単一の物差しで推し量れるほど簡単にできてはいない。人間と相対した者にも、人間と同じように生きる世界があるということを忘れてはならない。

 人間の手に負えなくなるのは、大抵は人間が我々に何かをした時だ。例外もいるが、力と知性がある者ほど面倒事から離れ、安寧を求めようとする傾向がある。わざわざ人間の領域に入り込んでくる私のような物好きは稀だ。お前達が何もしなければ、こちらも理由無く襲い掛かったりはしないさ。まぁ人間を食糧としている者はまた別だがな」


 世界は人間の都合で回っているわけではない。それはどこの世界でも同じということだ。

 人間が幻獣などを危険視しているのも、結局は人間が幻獣の生活領域に手を伸ばしたりしたことが原因なのだろう。静かな暮らしを掻き乱せば、相手が怒るのも無理からぬ事。

 自己中心的に利益を求めて他者を省みないでいれば、その皺寄せは必ずどこかに現れるのだ。


「確かにね。もしもライカみたいに強い幻獣が好戦的だったら人間の国がこうやって繁栄するのも難しいだろうし」


 ライカ並みの強さの幻獣が十匹も集まって人間の国を襲えば、簡単に滅ぼすことができるだろう。知能も高いし、単純に正面から攻撃してくる魔物とは比べ物にならない脅威となる。


「私とクロがかなり特殊な例だということを忘れるなよ。知性が高くても他の者は私やクロのような対応をすることは無いと思うぞ。出会ったら話し合いの余地などなく皆殺しにされてもおかしくはない」


 昨日ライカは自分達と同じような力のある存在が人間を気に掛けることは無いと言っていた。人間に対しての好奇心や思い入れがある自分達だからこそ、こうやって話しをする事ができているとも言える。

 ということはライカのように人間に対して好意的に接する強い生物は少ないと考えておくべきなのかもしれない。

 もしも好意的な存在が多いのなら人間の方も魔物扱いだってしていないだろうし。いや、それも時と場合に因るのか……。


「ま、バレてしまったのだから仕方ない。丁度いいからこのまま暫く観察させてもらうぞ」


「え、本当に一緒にいるの?」


「いいだろう? 別に邪魔をしたりもしないし、約束を違えたわけでもない。近くにいないと会話などを聞いたりもできんのだ。それに、この方が楽しいしな」


「いや、そっちはそうかもしれないけど……みんなはどう思う?」


「この件は私達がどうこう言えることではないと思うのだが……」


「そうですよね。クロさんが決めて下さい」


「(お任せします)」


 そうか。アンナ達からすれば本来なら抵抗もできないような力を持っている存在ということだ。対等足りえない存在の行動についてあれこれ言うのは躊躇われるのだろう。

 よく考えてみれば観察することについても自分とライカが話し合って決めたことだし、それに関しての決定を三人に任せることはできない。


 それに断ったとしても結局は見られることに変わりはない。いつも覗かれているというよりも、こうして目の届く所にいてくれた方が落ち着くか。


「まぁ、何もしないでくれるのならいいかな」


「ちゃんと約束は守るさ。それに王都にはかなり長い時間いるからな。知っている範囲でなら助言もしてやるぞ」


「わかったよ」


 溜め息を吐いたところで自分の腹の虫が早く食べ物を寄越せと盛大に鳴った。そう言えば起きてから何も口にしていないのだった。


「じゃあ昼食にするか。話の続きはその時にしよう」


 こちらの腹具合を察してくれたメリエが立ち上がって言ったので、それに続いて移動の準備をする。

 ライカは立ち上がったアンナの足元に行くと、偉そうに言った。


「アンナといったか。お前さんは私の毛並みの美しさを理解しているようだから、特別に抱っこさせてやるぞ」


 そう言うと尻尾をパタパタと振りながら、早く抱っこしろというように後ろ足で立ち上がると、前足でアンナの足につかまった。


「え!? いいんですか!?」


 アンナは嬉しそうにライカを抱き上げ、帰ってきた時のように両手でがっちりとホールドしてモフりはじめた。ライカもアンナに抱かれるのはまんざらでもないようで、太い尻尾をパタパタと振っている。

 ライカが変身した狐なら、野良狐のような寄生虫の心配はしなくても大丈夫か。


「ふかふかですー」


「まったく……これが私の毛並みを見た者の正しい反応だというのに……鱗系の生き物ときたら汚いだの病気だのと好き勝手に……いつかこの毛並みの素晴らしさを理解(わか)らせてやらねばならんな」


 アンナにモフられているライカはそう言いながらこちらにジト目を送ってきた。これは相当根に持っているようだ。

 鱗系って……。

 いや確かに竜は毛皮ではなく鱗だけども……。

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