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都に棲む幻獣

「まだだ」


 少女は水浸しになった石の床に立っている。ということはつまり……。


「何?」


 少女が疑問の表情を作るが、既に手遅れ。

 石の床にできた水溜りに指を伸ばし、思い切り電撃を放つ。

 先程とは違い、手加減無しの電撃を自分を中心にして石の床に撒き散らされた水に通電させる。


 さっきの言葉からしても少女は電気というものを知らないようだった。

 それもそうだろう。この世界の技術レベルでは電気というもの見ることはあっても、その本質を解明できるとは思えない。他国ではどうかは知らないが、少なくともこの国で電気が利用されている形跡は無かった。


 魔法などで電気を使うものがあるかもしれないとも思ったが、電気そのものを解析して理解しているということは無いだろう。

 それに少女は獣の特性が強い。それは人間の町での生活よりも自然に近い環境で生きてきたからだと思われる。とすれば電気を見る機会は更に減るはず。せいぜい悪天候の時に雷が光るのを目にするくらいだろう。電気というものを身近に感じることが少なければ、水を伝って電気が襲ってくるなど知らなくて当然。


 離れた相手に電撃を放つのは難しいが、水に濡れた床を伝わせるなどの条件を整えれば難易度は格段に下がる。本来ならアース効果で大地に流れてしまう電撃も、星術である程度は指向性を維持できる。


「あがっ! アアアアアアアア!!」


 雷速の電撃が足元の水から体に這い上がり、少女が苦痛の声を上げて痙攣する。

 一度目の電撃で効果があるのはわかっていた。今度は手加減無しの一発だ。如何に人外の存在でも無事では済まないはず。


(どうだ……?)


 動かない体に鞭打ち、やっとの思いで体を少女の方に向ける。少女の方も水浸しの床に倒れ、時折痙攣していた。

 これで行動不能になってくれればいいのだが。


「ぐがっ……」


(これでもダメか)


 少女は苦痛に顔を顰めながら体を起こし、ふらつきつつもすぐに水から離れた。普通、体を動かすために脳から四肢に送られる信号を電流などで狂わされると強靭な肉体を持つ生き物でも即座に自由には動けないはずだが、さすがと言うべきか。


 しかしかなり堪えたようで先程までの余裕は感じられず、膝を折ってぺたりと座り込んでいる。

 向こうが動ける以上こちらもいつまでも寝ているわけにはいかない。何とか上半身を起き上がらせる。

 こちらが動くのを見た少女はギリッと唇を噛み、言葉を零す。


「……これしきで真姿(しんし)を晒すは不本意なれど、このままどこの馬の骨とも知らぬ者に負けるとあっては一族の名折れ……」


 少女が(うずくま)る。

 両手を地につけ、四つんばいの姿勢になると、また姿が変わり始めた。

 しかし先程とは違い、成長などとは全く別の変身だった。


 人間の手足が毛深くなり、指も短くなる。髪の色が服と同じような黄色に変わり、髪の長さは一気に短くなった。顔も口が尖っていき、牙が生え、毛で覆われていく。来ていた服は本物ではなかったのか、体が徐々に変化するにつれ、同じく体の一部に溶け込むように毛皮に変わる。唯一獣耳だけが変化することなく頭に残り、違和感無くその頭に鎮座した。


「一族を束ねし老狐(ろうこ)オサキが末子(まっし)、ライカ……」


 今まで少女が居た場所に現れたのは、体だけでも2mはある大きな狐だった。

 着ていたワンピースのような黄色く流れるような毛並みに、ピクピクと動く狐耳。そして体と同じくらいの長さがあるフサフサの尾が五本。愛らしい瞳だが、今は闘志が宿り爛々としている。牙の生え揃った口から紡がれる声だけは少女の時のままで、可愛らしい少女の声と大きな狐の外見がちぐはぐに感じられた。


 昔読んだ本や物語に登場した妖狐が、現実に目の前に現れる。

 ザリリと四肢を石の床に踏ん張って大きな体躯を低くし、獲物に飛び掛る寸前のような野性味溢れる体勢で身構えた。


「参る!」


 その言葉で、美しい毛並みとフワフワ揺れる五本の尾の美しさに見惚れてしまっていた意識を引き戻す。

 こちらが動けるようになる前に決着をつけるつもりなのか、五本の尾を振りながらライカと名乗った妖狐が飛び上がる。本来の姿に戻ったからか、回復するような術を使用したからかはわからないが、電撃によるダメージを感じさせない軽やかな動きだ。対してこちらの体はまだ動かない。


 距離にして15m以上は離れていたはずだが、助走も無しに一気に上空高くに舞い上がり、そのまま自分の頭上まで来ると前足を揃えて落下してきた。


(踏み付け!? 動け!)


 星術での回避や防御は間に合わない。人間の時とは比べ物にならない速度だ。速すぎる。

 何とか動かなくなった腕を持ち上げて頭上で不恰好なガードの姿勢を取ったが、2mに届かないくらいの体長とは思えない程の重量で地面に叩きつけられた。


 2mもの大きさの獣が十数mも飛び上がり全体重を乗せて踏み付けてくれば、普通なら肋骨や背骨が砕けるか内臓破裂を起こすだろう。おまけにこちらは防具などは着けていない上、床は石でできているため衝撃は殆ど全て自分の体にやってくる。如何に竜の骨格があっても防御もしないのは危険すぎる。


 ドガンという衝撃と共に背中に痛みが走り、かなり強く石の床と後頭部がぶつかる。脳震盪などを起こすことは無かったが、視界に一瞬火花が見えた。


「ぐほあっ!」


「ぬう! 骨すら砕けぬか! ならば!」


「ぐえっ!?」


 踏み付けで致命傷を与えられなかったと悟るや否や、妖狐は半回転して尾撃を繰り出す。柔らかい毛並みに似合わず重量感のある鞭のような打撃に横から腹を打ち据えられ、石の床を転がった。

 電撃を警戒したのか妖狐は油断せずすぐに飛び退き、距離を取っている。音も無く着地するとまたフワリと尾を靡かせた。


 踏み付けは強烈だったが何とかガードできたし、尾撃の方はそれほどの威力は無かった。体のあちこちが脳に痛みを送ってきてはいるが、重傷は負っていない。

 しかしこちらは依然として体が自由に動かないまま。いつまでも隙を見せるわけにもいかないので、痛む後頭部と背中に苦悶の表情を作りながらも、何とか上体を起こした。


「信じられん。擬態であるはずなのにその頑強さ、更にあれだけの幻術を受けてもまだそこまで動けるとは……一体何者なのだ?」


 何者……か。

 満身創痍の人間の姿ではもうこれ以上戦うのは無理そうだ。体を元通りにするにも人間の状態で使える星術では時間がかかるため心もとない。のんびりと癒しの術を使う暇など与えてはくれないだろう。


 現状を打開するためには一度竜の姿に戻らねばならない。

 確かにメリエやシェリアの言った通り、生半可な相手ではなかった。人間が手に負えないというのも頷ける。この妖狐の攻撃が予想通りのものであれば、個我の強い人間では対処はおろか、ろくな抵抗すらできないだろう。


「貴女は強い。でもこちらも目的がある。このままやられるわけにはいかない」


 寝返りを打つようにゴロリと回転し、芋虫のような情けない姿でうつ伏せになる。体を起こすことができないのでしょうがない。そんな無様な自分の様子を妖狐は油断無く見据えている。

 服を脱いでいる余裕は無い。というより、体が動かないので脱ぐことができない。今回は仕方が無いと諦めた。

 フゥと息を吐き、心の中で【元身】を唱える。


「!? ようやく本性を現すか!!」


 人間の輪郭が解け、体が大きくなる。それと同時に着ていた服が引き千切れた。

 脱皮の時に剥がれた鱗は殆ど元通りになっており、抜けた角も完全にではないが生えてきているようだ。

 5mを超える古竜の体に戻ったことで潤沢に星素を使えるようになったので、正常な体をイメージして星術を使い動かなかった体を元に戻す。問題なく動けるようになった。


 首を回して体を確認するも特に異常は無い。そのまま妖狐の方に視線を向ける。

 即座に新たな布石となる星術を妖狐に気づかれないように使用し、攻撃の準備を整えておく。姿を見られた以上は逃がすことはできない。何としても無力化する。

 ゴフゥという音と共に重く息を吐き出し、ズシンと足を踏み鳴らして妖狐をねめつけた。


「竜……だと?」


 妖狐はまん丸に目を見開いて身構えたままの姿勢で硬直し、こちらを見上げている。五本の尾も驚きのせいかピンと伸びていた。5mの体格に戻ったので大きな妖狐も小さく見える。


 呆気に取られていたのも僅かな時間。

 こちらの体が動くようになっているのを悟り、即座に黒い塊を生み出す。


「例えどんな相手であろうとも、我が一族の術には関係ない!」


 身構えた妖狐の足元に湧いてきた黒い塊は、先程までのような水滴のような形ではなく、薄く延ばした膜のような形になる。

 まるで洗濯物が強風で飛ばされたかのようにブワッと覆いかぶさるようにして飛んできた。が……。


「!!」


 先程とは少し違い、触れても体が動かなくなるということはなく、動きが鈍くなる程度だった。【竜憶】にあった記録の通り、無効化とまではいかないまでもある程度の抵抗力があるようだ。

 術への抵抗力が増した上に全力で星術が使うことができ、更に相手の術の特性に目星がついた今なら体を元通りにするのはさほど難しくは無い。


 癒しの星術と共に正常な体をイメージし、動きが鈍った体を元に戻す。動ける事をアピールするように長い尾をブウンと風を切って振り抜いた。

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[気になる点] 主人公が無様な扱いすぎてかわいそう、最強はどこにいった?
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