魔法商店
魔法商店や武器屋を探す前に腹ごしらえということで、三人で入れそうな食堂を探して商店街を進む。
しかし時間帯が悪くどこの飲食店も人で一杯になっており、すぐに食事ができそうな店はありそうもない。
「仕方が無い。店でゆっくりと食事をするのは諦めよう。王都は露店の食べ物もかなり美味しいものが揃っているから、今回はそれでいいか?」
「そうですね。時間のある時にまた来ればいいんですし、私は露店でもいいですよ」
「僕も長い行列に並んでまで店に入りたいとは思わないからそれでいいよ」
人で溢れた飲食店に入るのは諦め、商店街のあちこちで見かける露店で食べ物を買うことにする。露店も混んではいるが列はそれほど長くなかった。
この世界では露店で食事を済ませる人も多く、食べ歩きしている人も結構見かける。しかし王都では人通りが多すぎるため、さすがに何かを食べながら歩いている人はいなかった。
物を食べながら歩こうものなら、擦れ違う人にぶつかるのは目に見えている。せっかくの食べ物を無駄にするだけではなく、食べ物を相手の服につけたりして喧嘩が始まるということもざらにある。実際そんな光景を今までに何度か目にしてきた。
王都の露店で食べ物を買う人は大体買った露店の前で食事を済ませているので、今回はそれに倣う事にする。
三人で露店を物色しながら歩いていくと、美味しそうなソースの匂いに釣られて足を止めた。
「これ美味しそう」
「ですね。いい匂いです」
「私も食べた事はないな」
ということで、三人の食指が動いたので買ってみることにした。
クレープ生地のようなものに色とりどりの野菜を乗せ、スパイシーな香りのするソースのようなものをかけて巻いたものだ。
甘くない野菜巻きクレープである。
代金を払って受け取ると、早速三人でかぶりついた。
「おお、シャキシャキで美味しい」
「うーん。クセになりそうな味ですね。このスパイシーで辛めのソースの材料が気になります。売ってるんでしょうか」
「野菜だけで物足りないかと思ったが、結構腹持ちが良さそうだな」
野菜しか入っていないのだが、蒸かしたジャガイモのようなものが入っているので食べ応えがある。一人前の量も値段の割りにかなり多いので、一つだけでも結構お腹が膨れそうだった。
アンナはソースの味が気に入ったらしく、何のソースなのかを真剣に考えながら食べている。
三人とも暫く無言で食べ続け、殆ど同じくらいに食べ終わった。
「これだけでも結構お腹一杯になりましたね」
「僕はちょっと物足りないかなー」
「私は香り水を飲みたいな」
「お、いいね。僕も飲みたい。さっき見かけたし、行こう行こう」
「何だか酒場に行くおじさんみたいですね……」
誘い合わせて酒場に繰り出す中年のような会話に、アンナが苦笑を漏らす。
そう言えばメリエはお酒は飲めるのだろうか。アンナはまだ飲めない年齢とのことだが、メリエは一応飲酒はできる年だ。
「メリエはお酒飲めるの?」
「ん? ああ、飲めることは飲めるが……」
「好きじゃない?」
「いや、味は割と好きな方だぞ。ただ、昔師匠と一緒に酒場で飲んだんだが、飲んだ後のことをあまり覚えていないんだ。何があったのか師匠も教えてくれないし、師匠からあまり飲むなと言われてしまったから、それからは控えるようにしている」
これは……酒癖が悪いという事だろうか。
たまに飲みすぎて記憶がトぶ人がいるのは知っているが、止められるほどとは一体何があったのか……。
「まぁたくさん飲まなければ平気だ。たまに食事についてくるワインや麦酒は飲んでも問題ないからな」
「ふーん」
「お酒ですか……私もちょっと興味があるので、今度連れて行ってもらえませんか?」
「あれ? もう飲んでも平気なの?」
「私の村では15歳の誕生日前に飲み始めますよ」
「私のところも同じだった。正確にいつが生まれた日だと覚えている者は殆どいない。そうやって日付をしっかり覚えているのは貴族や王族くらいだろう。大体数えで15近くになるか、体が大人に近づいたら飲み始めるんだ。好き嫌いもあるからずっと飲まない者も多いけどな」
成程。カレンダーなんてものは今までに見かけなかったし、大体の季節や日の長さなどで大まかな日時を把握しているのかもしれない。
となれば正確に今日が何月何日だからこの日が自分の誕生日と判断するのは難しいだろう。
まだ体が成長し切っていないのに飲酒をすると、脳や体、精神に悪影響が出ると言われている。だから日本での飲酒は20歳からとされているのだ。この世界ではそうしたことが知られている様子も無いし、法的に規制されてもいない。
郷に入っては郷に従えともいうので、飲むなとまでは言う必要は無いのかもしれない。日本では20歳未満の飲酒は禁止されているが、地球全体で見ると飲酒をはじめる年齢は国によって違っている。若いところでは15,16歳くらいで認められているところもある。
しかしアンナの体格はまだ少女に近いものだ。この世界の法的には問題なくとも、将来のことを考えるとアンナにたくさん飲ませるのはダメだろう。飲むのはいいが、飲み過ぎないようにそれとなく見てあげなければ。
「じゃあ今度味見しにみんなで行ってみようか」
成人してからはたまにだがお酒を買ってきて飲んでいた。味自体をそこまで美味しいと思ったことはないのだが、気分転換というか雰囲気を味わうという意味で嗜むのは結構好きだ。
友人などともたまに飲みに行っていたし、みんなで食事のついでに行くのも悪くない。
この世界のお酒がどんなものかもちょっと興味があるし。
「いいぞ。じゃあ落ち着いたら師匠と行った酒場にでも行ってみるか」
「私も楽しみです。美味しいものがあったらお料理にも合わせたいですね」
「アンナ、料理人みたいだね。でも、いきなりたくさん飲みすぎると体に悪いから少しずつにしようね」
「ん? そう言えば、クロは酒というものを知っているのか?」
「え!? あー、その。ま、前にちょっと人間が持っていたのをね……」
そう言えば生まれて半年ちょっとしか経っていない竜の自分が今までに飲んだこともない人間のお酒について知っているというのもおかしな話だ。
人間だった頃の感覚で発言してしまったが、変に思われてしまったかもしれない。
「ふむ。竜がどれくらい酒を飲めるのか個人的には興味がある。頑強な体だからザルのように飲めそうだな」
「あー、竜って言っても今は人間の姿だから、たぶん人間と同じだと思うよ」
「二人とも飲みすぎはダメですよ? よくお父さんが飲みすぎて怒られていましたし、程々にしないといけません」
この様子ならアンナが飲みすぎてしまうことを心配する必要はなさそうだ……。飲んだくれの亭主を持つ奥さんのような物言いである……。
一応解毒の星術があるので例え飲みすぎたとしてもすぐに酔いを醒ますことはできる。しかし自分の方もアンナの言う通り酒量には注意しなければならない。
メリエにはああ言ったが、もしかしたら酔った影響で竜の体に何か影響が出るかもしれない。無いとは思うが、星術の変身が解けたりでもしたら大変である。
少しずつ飲んでみて竜の体に変化が出ないか様子を見る必要があるだろう。そう言えば昔、成人して初めてお酒を飲んだ時も少しずつ慣らして自分の許容量を調べたっけ。
昔を思い出して懐かしい気持ちになりながら香り水を売っている露店の前まで移動し、どれにするか物色する。
以前飲んだのと同じではつまらないので、今回は違う味を選んでみる事にした。選んだのは天然の炭酸水にハーブと柑橘系の果物の汁を入れたものだ。甘味はかなり控えめで炭酸も弱く、スーっとした爽やかでさっぱりとした飲み口だった。
アンナは色々な果物の果汁を混ぜたものを、メリエは冷えた紅茶のようなものを頼んでいる。
「ふー。美味いな」
「訓練場で動いたから一層美味しく感じますねー。クロさんのはどんな味ですか?」
「爽やかで甘さ控えめだね。前のも良かったけど、この味も結構いけるよ。あ、じゃあアンナの一口ちょうだい。僕のも一口あげるから」
「え!? あ、その、ありがとうございます……」
「!! クロ! 私のも試してみないか?! そして私にも一口くれ!」
「いいの? じゃあみんなで味見しよう」
アンナが自分の買ったものに興味がありそうだったので、交換してみることにした。それを見たメリエも交換して欲しいと言ってきたので、三人でそれぞれ交換して味見をしてみる。二人が選んだものも飲みやすくて美味しいので次からは選択肢にいれるのも悪くないだろう。
「はうう……クロさんの……」
「……間接……」
あ、そう言えば女性のものをこうして回し飲みするというのは配慮が足りなかったか。さっきまで酒の話をしていたのもあり、男性の友人と酒を交換するようなノリでやってしまった。
まぁ二人も嫌がっている様子はないし、メリエは自分から言ってきたんだから今回は大丈夫だろう。
みんなで回し飲みをして色々な味を楽しみ、木のカップを返していよいよ本命の魔法商店を探す事にした。
魔法商店の場所は三人とも知らないので、香り水を売っている露店の人にここから一番近い魔法商店の場所を尋ねてみると、露店の主人は快く答えてくれた。
教えてもらった情報を頼りに、人で賑わう商店街の大通りから一本わき道に入って狭い道を進む。
「む。ここが教えてもらった店のようだな。……やっているのか?」
看板を見てメリエが立ち止まった店は中が暗く、人が入っている様子も無い。他の店は賑わっているのに人の気配がせず薄暗いため、閉まっているのかと思ったメリエが首を傾げた。しかし一応ドアは開いている。
「前にアルデルで魔法商店に入ったけど、随分と雰囲気が違うね」
「な、なんだかオバケでも出そうです……」
ほー、この世界でもオバケという概念があるのか。いや、それは今は関係ない。
アルデルの魔法商店は他の日用品などを扱う店と同じで明るかった。しかしここの店は文字通り魔女でも潜んでいそうな、おどろおどろしい様子だ。
入り口から中を覗いてみると、店内に並んでいる商品は以前見た魔法商店と似ている。何に使うのかわからないような物が所狭しと置かれ、雑然とした様子だった。
「……ここで見ていても仕方ない。入ってみよう。開いているということは入ってもいいはずだ」
メリエに続いて扉を潜る。外が明るいので店の中がより一層暗く感じた。夜目の星術を使うほどではないが、やはり薄暗い。
店内には魔術師が持つような杖や何かの標本、鉱物や植物といったものがまとまりなく置かれている。雰囲気は全然違うのだが、たくさんの商品が隙間なく置かれている様子は駄菓子屋のような感じだった。
暫くすると暗さに目が慣れ、奥の方まで見渡せるようになった。
商品を眺めながら木の床を踏みしめて奥まで進むと二人の人間がいるのに気付く。
一人はかなり歳のいった老人でフードを被り、カウンターに座ってうたた寝している。
もう一人はその老人の隣の椅子に腰掛け、暗い中で本を開いているエルフのような耳をした痩身の青年だった。今までのエルフやハーフエルフの例に漏れず、美形で整った顔立ちに綺麗なサラサラの金髪だ。この世界では珍しいメガネをかけている。
「ん? おい。オババ。お客さんだぞ」
「んん? ……ああ、いらっしゃい」
青年がこちらに気がつくと片手で老人の肩を揺する。眠っていた老人は、しわがれた声を出しながら億劫そうに顔を上げた。おばあさんのようだ。見た目はまんま魔女である。
「ここはオババの店だろう……客の私に店番をさせないでくれ」
「いいじゃないか、どうせ暇なんだろう? それに買いもしないで店の本を読んでるくせに、客とは図々しいねぇ」
おばあさんを揺り起こした青年は辟易とした声で訴えるが、おばあさんはあまり気にしていないのか皮肉を言いながら笑って流している。青年は半ば諦めた様子で、しょうがないといった顔をしてまた本に視線を落とした。
「して。お客人は何をお探しかな?」
「ああ、いや。彼女の魔力総量の測定を頼みたいのだが……」
「お、お願いします」
メリエが代表で答えると、アンナが前に進み出た。
「おやおや。これは珍しい」
「魔力測定を頼むのって珍しいんですか?」
「そうさね。普通はギルドで測定してもらったり、王立学院に入学する時に測ってもらうだろうね。わざわざ自分でお金を払って調べる人間はあまりいないねぇ。実際、魔力測定を扱う魔法商店も数が減っているよ」
おばあさんがそう答えると、隣の椅子に座った青年が本に視線を落としたまま付け加えた。
「キミも戦闘に関わるギルドや錬金術師ギルドなどへ登録すれば無料で調べてくれるだろうに。設備投資が割高なクセに大して客も来ない魔力測定はかなり値が張るぞ?」
メリエの話では日常生活には殆ど関係ないということだったし、必要ない魔力をわざわざ調べる人間は少ないのかもしれない。店側からすると調べる道具を買っておいてもお客の頻度が少ないので必然的に利用料も上がるという事か。
「あの、まだ試験を受けられるほど実力も無いので……」
「ひっひ。そうかい。まぁこちらにしたら大切なお客だ。ちょっと待っておいで。今準備するからね。ああ、そうそう。料金は先払いで金貨3枚だよ」
うわ、これは確かに高い。
これでは普通の人が気軽に調べられないというのも納得だ。こんな大金を払うならギルドに登録に行った方が良いと考えても不思議ではないだろう。




