発行
バークはガラス板のようなものをテーブルに置き、説明を続けた。
「まずは魔力総量を調べる。それぞれのギルドカードをこの測定板に置き、その上から手を乗せろ。あとはこれが勝手に調べてカードに記載してくれる。試験を受けた順番に回していけ」
そう言うと魔力の測定板をコージスに渡す。
これで魔力を調べるのか……ということはこれも魔道具なのだろう。
コージスは言われた通り、ガラス板の上にプレートを乗せ、その上に自らの手を重ねる。するとガラス板が薄っすらと赤く光った。
「!? アチッ!?」
手を乗せたコージスは熱いものを触ってしまったように手を引っ込める。
「安心しろ。火傷するほどじゃないはずだ。すぐに治まる。終わったらプレートを見てみろ。んじゃ次、アルダ」
次いでアルダ、ナイアも同じようにしていく。やはり一瞬熱くなるようで、手を置くと二人とも痛そうな顔をしながら我慢していた。
最後に自分の番がやってくる。
今までの三人と同じようにプレートを置き、その上に手を重ねる。同じようにガラス板が赤くなり、手の平に熱が伝わってくる。熱めの湯に一瞬手を入れてしまった時のような感じだった。
一瞬だったので我慢できない程ではなく、熱もすぐに無くなる。置いた手を見てみたが別に赤くなったりもしていない。
「よし。これで全員済んだな。登録時は無料だが、再計測を希望する場合は有料になる。ギルドでは関係者しか再計測はしないが、町の魔法商店や武器屋でも金を払えば計測できる場所がある。魔力は基本的に動くことは殆ど無いが、調べたきゃ調べるといい」
ガラス板に乗せたプレートを手にとって見てみると魔力総量の部分に数字が入っていた。
〔 ギルドランク F 戦闘能力評価 2 ( 魔力総量 0 )〕
ゼ、ゼロ……。確かメリエの説明によればゼロは魔法の才能ナシだったはず……。
うーむ。これはどう考えればいいのやら。
魔力というものを人間がどれくらいの割合で持っているのかがわからないので、ゼロがどの程度として扱われるのかもわからない。
そもそも魔力総量が軒並み低かったり、魔力を持っていない人も珍しくないならゼロでも別に気にする必要はなさそうだ。
しかし、どんな人でも魔力を備えているのが普通だとするとゼロは悪目立ちする要因となってしまうかもしれない。もしそうなら下手に知られないようにしなければ。
まぁ周囲からどう見られるかは問題だが、ゼロだとしても自分は困ることは無い。自分には古竜の専売特許である人間の魔法よりも使い勝手がよく応用も幅広い星術がある。確か自身の魔力で起動するタイプの魔道具を使うには魔力が必要らしいので、自分はそうした魔道具を使用できないということになるが、必要なら同じような効果を持つアーティファクトを自作すればいい。なので全く問題ない……はず。
それに竜の自分は他種族が扱う魔法そのものへの適正が元々無いという可能性もある。そうだとすれば魔力の多寡を古竜の自分が考えるのは無駄な行為と言える。
メリエに普通はどれくらいあるものなのかも聞いておけばよかったか。
……ちょっと聞いてみよう。
「……ねぇねぇコージス君。魔力いくつだった?」
他の新人二人は話しかけにくいので隣に座ってプレートを見ていたコージス君に小声で尋ねてみた。何か学生の時にテストを受けて、初めて隣の席になった子にテストの成績を聞く気分だ。いや、殆どその通りか。
「え? ああ、自分は2っス。ハハ、自分の家系は元々魔力少ないんス。えっと、クロ? さんはいくつだったんスか?」
むぅ。獣人種のコージス君もメリエと同じくらいはあるのか。肉体派っぽい彼なら同じように魔力無しかもしれないと思ったのだが、やはり量は少なくても魔力はあって普通なのだろうか。ちょっとだけショック……。
人に聞いておいて自分は教えないというのもどうかと思うので、ちょっとヘコみながらも自分のプレートを見せた。
「……あ、ク、クロさんは体力スゴイじゃないっスか。大丈夫っスよ」
プレートを見ると気の毒そうに励ましの言葉を掛けてくれた。コージス君に気を遣わせてしまったか。
これだけだと判断に苦しむが、魔力を全く持っていないというのはハンターだとこうして気の毒に思われるくらいではあるらしい。
それもそうか。魔道具を使わなければいけない仕事は受けられないということになるわけだし、仕事選びでハンデが発生してしまうということだ。きっとそういう理由から気の毒に思われたのだろう。
……もしかして昨日の試験の時に魔力を感じ取ることができなかったのは、自分に魔力を扱う才能が無かったからか……? これも時間がある時に調べてみるか。
「よし。じゃあプレートに生体情報を記録する。これが終わればカードの作成は終了だ」
モヤモヤと考えていると次の作業を指示される。バークは箱の中に入っていた小さなナイフを四人の方に滑らせた。その後に箱から取り出していた光沢のある厚紙のようなものをコージスに渡す。
「自分の金属プレートに血を一滴落とせ。それからそのままこっちのプレートにも一滴つけろ。これはギルドが管理する登録員を全て記録している物だ。これでギルドの管理情報にお前達のことが記録され、世界中どこのギルド施設でもお前達が登録者だということが伝わる。これをしておかないとギルドカードの効力が発揮されない。ただのゴミになっちまう。またコージスから試験を受けた順に回していけ」
コージスは渡されたナイフの切っ先で親指の先を突くと、指先に膨らんできた血の雫をポタリと自分のギルドカードに落とす。落ちた血の雫は金属プレートに染込むようにジワリと広がった後、すぐに消えてしまった。
その直後、今まで表示されていた文字が消えていき、金属プレートの色が微妙に茶に変わる。獣人種なので茶色っぽい銀色となったようだ。文字も消え、色もついたことで前に死体から回収したギルドカードと同じ見た目になった。
コージスはそのまま隣に並べていた厚紙のようなものにも一滴血を落とす。ギルドカードの時と同じように血が染込んで消えてしまった。こちらは見た目の変化は特に起こらないようだ。
最後に持参していたらしい薬瓶を取り出して傷口に薬をつけていた。
同じようにアルダとナイアも血を落としていく。アルダは銀色のままだったので人間種、ナイアはやや青味がかった銀色になったので自分の知らない少数種族のようだ。
「最後にクロだ」
自分の番が来たのでナイフで指を突いて血を落とす。自分で自分に傷をつけて血を流すという経験が無かったので、戦った時よりも緊張してしまった。
金属プレートに落ちた血はすぐに染込むと、プレートの色が変わり始める。メリエが言った通りコージスと同じ茶色っぽい銀色になった。【転身】で精巧に人間の体になっているはずだが、目の瞳孔も少し違うし完全に人間と言うわけではないので、このギルドカードには人間ではなく獣人として判断されるようだ。
そして厚紙の方にも一滴落として血を染込ませ、ギルドの登録は無事に終わった。
こんな風に登録するとは知らなかったので薬など持ってきておらず、仕方なく傷口にツバをつけておいた。星術であれば一瞬で治せる程度だが、ここでは使えないし。
「最後に確認をする。一度俺にギルドカードを渡せ。ギルドの魔道具で読み取れるか、登録した人間と同じかどうかを調べる」
全員が一度バークにギルドカードを手渡す。バークはモノクルのようなレンズを懐から取り出すとカードに重ねていく。あれが読み取るための魔道具なのだろうか。
「よし。問題ないな。ではこれでギルドカードの作成とハンターギルドへの登録は完了だ。最後に大切な事を話しておく」
そう言いながらそれぞれのギルドカードを返し、真剣な表情で新人四人を見回した。
「これで晴れてお前達はハンターギルドの同胞になった訳だが、いくつか話をしておく。まず、このギルドってモンについてだ。ギルド連合が何を重んじているかは知っているか?」
この質問に全員が黙り込む。自分も含め誰も知らないということだ。
「……知らないか。じゃあ覚えておけ。ギルドが最も大切にしているものは強さでも効率でも金でもねぇ。『信用と信頼』だ」
ふむ。こういう組織は効率が最優先というイメージがあるが、ギルドは違うのだろうか。
「信用ってのは過去の実績、今までの先達が築き上げてきたものだ。信用があるからギルドに仕事や人間が集まる。信頼ってのはそうした過去の実績や評価を鑑み、このギルドならこちらの望む結果を齎してくれるだろうという気持ちの表れだ。お前達もギルドの仲間として信用されるだけの実績を積み上げ、他者から信頼され、仕事を任される存在になれるように努力しなくちゃならねぇってことだ」
確かに国を跨いで活動しながらも、その独立性を保ち続けるというのは並大抵の事ではない。バークが言うように他からの絶対的な信用がなければ難しいだろう。
そのままバークは続ける。
「各国で活動するギルド連合は信用で成り立っている。さっきも話したが、このギルドカードには身分証明として各国が発行する市民証や国民証と同等の効力がある。それはこのギルドってモンが多くの国や人間に周知され、信用されているからだ。もしこの信用を貶めるような行為をしたら、国の法律よりも先に、ギルドがお前達を裁くことになる」
威圧感を伴うバークの言葉に、皆真剣に聞き入っている。ギルド証をもらうことが目的で活動の方はそこまで考えていなかったが、バークの言葉には考えさせられるものがあった。
「総合ギルドに来てギルドに加入しようと思ったってことは、賞金首狩りを生業とする傭兵やハンター、そして執行部があるのは知っているだろう。そいつ等には愚か者を粛清し、場合によっては殺す事もできる権限が与えられている。ギルドの信用を貶めるような行為をし、償いをせず、警告を無視し、省みずに繰り返すような愚か者。そういった奴は例え貴族や王族でもそいつ等に追われることになる。
町を出ようが国を出ようが無駄なことだ。ギルドはギルドが置かれた全ての国はもちろん、ギルドが無い国でも活動しているからな。
特に汚職が多い商人ギルドや力を過信して暴走する奴が出るハンター、傭兵ギルドをはじめ、各ギルドから毎年何百人と粛清対象に挙げられる奴が出ている。が、長い歴史を辿っても今までに完全に逃げ切ったヤツは数十人もいねぇ。逃げ切っても二度と町を堂々と歩くことはできなくなる。
多くのギルド関係者が成してきた功績、そして信用ならない人間を厳重に罰する姿勢があるからこそ、ギルド連合に信用と信頼があるわけだ。
だから、これだけは言っておく。ルールは守れ。ルールってのがあるからギルドはギルドとしてやっていける。ルールが無ければ無法者とかわらねぇ。それだけは忘れるなよ」
このバークの真剣な言葉に、全員が頷いた。
自分も追われるのは御免被りたいし、バークの言う事は正しいと思う。
「……まぁビビったかもしれんが、普通にやってりゃいい。よし。じゃあこの後のこまけぇ説明は受付で聞け。これで登録は終了だ。仕事、頑張れよ」
バークは最後にそう言うと、ニッと笑った。
三人はそれぞれのギルドカードを手に席を立つ。どうやら受付で細かい説明を聞きに行くようだ。こちらはメリエに教えてもらえばいいし、とり急いで仕事を始めるという事もないので後回しにすることにした。
ギルドカードをポケットに仕舞い、訓練場にいるはずのメリエとアンナに合流しようと待合室を出ようとしたのだが、そこで声をかけられた。
「あー、クロ。お前さんこの後ちょっと時間はあるか?」
呼び止めてきたのはバークだった。
「……何か?」
「お前さんと話をしたいってヤツがいるんだ」
ギルド関係者で話したい人? 心当たりは全く無いが、誰かいただろうか。あ、アルデルのロアとかナタリアさんなら可能性はあるか。……けどあの二人が王都の総合ギルドにいるとも考えにくいし……。
「仲間が待っているので、少しなら」
「そんなに時間は取らせねぇ。すぐ終わる。じゃあちっと付いてきてくれ」
そう言うとバークは席を立ち、使った道具を箱に戻して手に持つと部屋を出た。自分もその後に続いて歩く。
階段を昇って三階に入り、廊下を歩いた先にあった少し大きな扉の前で立ち止まる。表札のようなものはあるが相変わらず読めないので何の部屋かはわからなかった。
「ここだ。入れ」
バークに促されて扉を開け、中に入る。部屋は殺風景で大きなテーブルが中央にあり、窓の近くに書類が山積みになっている執務机が置かれている。アルデルのギルドマスターの部屋のようだった。
しかし、中には誰もいない。
「……あの、誰もいませんけど」
「いいから入って適当に座ってくれ」
そう言われたので部屋に入ると、バークも続いて入ってくる。そのままドアをバタンと閉め、ドスドスと執務机のところまで行くとドカッと乱暴に腰掛けた。
「ふぅ。これで一仕事終わったな。ったく新人の相手も楽じゃねぇな」
「……あの、話をしたい人とは?」
「ああ、俺のことだ。悪かったな、手間取らせちまって。改めて自己紹介といこう。バーク・アルダットだ。この国のハンターギルドの総長をしている」
これを聞いて目を丸くした。総長ということはこの国の各町や村に置かれたハンターギルドの全てを束ねるトップということだ。そんな人間が新人の判定官なんかやっていたのか。
こちらの心情を察したのか、やや苦笑を浮かべながらバークが説明する。
「まぁ言いたい事はわかるが、ギルドってのはどこも人材不足でな。俺みたいなヤツも色々と仕事があるわけよ。鍛冶ギルドの総長なんか雑務は全部秘書官に押し付けて毎日新装備開発のために工房に篭ってやがる。ったく誰が総長かわからねぇよな。
おっと、そんな話は置いておくとして、お前さん、アルデルでは随分スゲーことしたそうじゃないか。ロアの坊主から報告が来てたぜ」
アルデルでやったこと……これはまずい。面倒な相手に知られてしまったという事か? そうなら何かされる前に距離を置く必要がある。場合によっては口封じも…。
「素手で野盗五人をブッ倒してふん縛り、更に一人で町まで引き摺ってきたそうだな。それも無傷で。あの偏屈なロアの坊主が随分と興味を持っていたぜ。ギルドに加われば有望株だし、敵に回るようならかなり厄介だっつってわざわざ俺に資料を送ってくるくらいにな。試験を受ける人間の名前を見てまさかとは思ったが、試験の時の様子ではそんな感じには見えなかったがな」
ほっ……。どうやらアスィ村のことではなく、アンナと受けた青依頼の時のことのようだ。よかった。
「ま、個人的にはお前さんの素性にかなり興味はあるが、そっちにはそっちの理由があるんだろう。犯罪歴も無かったし、その辺は深く聞かねぇ。さっきも言ったギルドのルールさえ守ってくれてりゃいい。そんな事よりも一つお前さんに言いたい事……いや、頼みたい事があってな」
「それは?」
「……お前さん、王立学院に入る気はねぇか?」