王都の噂
「ポローおまたせ。お昼ご飯もってきたよ」
「(これはありがとうございます)」
走厩舎でのんびりとしていたポロに食事を渡した所でメリエが徐に口を開いた。
「寛いでいる所すまないが、ちょっと知らせておかなければならないことがある。ポロにも知っておいてもらいたい」
ポロはメリエの言葉を聞いて疑問の視線を向ける。
「(何かあったのですか? ご主人)」
「ああ、ある意味大事件だな。私とアンナで王都にいる動物から色々な情報を聞いて回ったんだが、かなりの数の動物達が同じような事を話してくれた」
「(それは?)」
「王都内でクロのように人間に紛れている魔物の気配を感じているらしい。かなり強い気配だそうだ」
「それって僕の竜の気配を感じ取ってるわけじゃなくて?」
「その気配がクロと同じ古竜のものなのかどうかはわからないそうだが、少なくともクロのものではない。私達が到着する何日も前からそんな気配を感じることがあるそうだ。通常の魔物で人間に擬態して都市に入り込めるものは少ない。ということはかなりの力を持った魔物か、それに順ずる何かが巧妙に人間達の中に紛れているという事だろうな」
メリエの話を聞き、シェリアの言っていた事を思い出した。人に変身でき、他人に怪しまれずに人の社会に溶け込んでいると言う事は、人間と同じように振舞うことができると言う事だ。そんな風に人間に擬態し言葉を交わせる魔物は強大な力をもっていることが多いという。
つまり、その動物達が感じている気配の持ち主はかなり知能が高く、もしかすると古竜である自分並みの強さを備えている可能性があるということだ。どんな理由で人間の町に紛れ込んでいるのかはわからないが、気を付けなければならないだろう。
「動物だけじゃないんです。魔獣使いに使役されている従魔も動物達と同じように、自分達よりも強大な魔物の気配を感じることがあったと話していました」
「同じことを言った動物も一匹や二匹ではない。あまり遠くにまで行く時間は無かったからこの近辺の動物にしか聞けていないが、恐らく間違いないだろう。動物達が言うには害意を孕んだ気配ではないので、気にはなるが怯えるほどではないらしい。気配だけでいうならクロの気配の方が驚いたそうだぞ」
今まで擦れ違ったりした従魔には気付かれているようだったし、結構離れた位置にいてもわかる動物にはわかるようだ。前にメリエが言っていたように気配を隠すような星術かアーティファクトを真剣に考えた方がいいだろうか。
しかし前に少し考えてみたが応用できそうな星術はまだ見つけていないので、今すぐには無理そうだ。
「今のところ僕はそうした気配を感じていないけど、そこまで多くの動物が言っているってことは何かがいると思った方がいいだろうね。一応僕も気配には注意してみるよ。強い魔物の気配なら人間の姿になってる僕でもわかるかもしれないし」
「(私も同じですね。それ程の魔物であればこうした建物の中にいても近づけばわかると思いますが、今のところは感じません。匂いもしていません)」
「そうか。こちらも町中だからと油断しすぎないようにはするつもりだ。クロと離れる時はなるべくアンナと二人で行動する事に決めた。ポロも何か感じたらすぐに教えてくれ」
「(わかりました)」
シェリアに敵対している戦争推進派のこともあるし、コタレ村の前に襲撃してきた正体不明の二人組みの件もある。それに加えて更に古竜並みの強さを持っているかもしれない魔物が近くにいるのか……。
この世界は物騒なことに事欠かないなぁ……。あ、そういえば自分もハンターや軍に狙われている立場だっけ……。
自分なら例え一人でも大丈夫かもしれないが、アンナとメリエはそうはいかない。極力離れないようにしようとは思うがどうしても離れなければならないことはあるだろう。
これはメリエが部屋を男女一緒にしたのは正解だったか。
「にしても強い魔物が紛れているってことは人間が襲われたりしているのかねぇ」
多くの魔物は人間を食料と見なしていることが多い。長期間都市内に紛れているなら食事は必要になる。知能が高いとなれば周囲に気付かれずに襲っているのかもしれないが、人間が消えれば必ず気付く者が現れるのではないだろうか。
「可能性は否定できないが、この広さだしな。毎日何十件と事件事故があるだろうし、王都の中には監視の目が行き届かない貧民街や色街もある。衛兵や騎士団が全て把握し切れているかは疑問だが……まぁ念のためこの後詰め所に行って聞いてみるか。ここ数日で失踪事件が多発したりしていればその魔物が関与しているかもしれないしな」
「この後は予定もないし、夕方までは時間もあるし、それがいいかもね」
「じゃあ昼食を済ませたら一番近い衛兵の詰め所を宿の受付で聞いてみよう」
「あ、ちょっと待って。もしものことがあったらまずいから、ポロにもメリエとアンナに渡してある緊急連絡用のアーティファクトを渡しておくよ」
「(ありがとうございます)」
アンナに預かってもらっていたカバンから竜の鱗を取り出してアーティファクトを作る。以前作った衝撃などの力を加えると強い気配を放つ物だ。
ポロの大きさだとビー玉サイズでは扱いにくいのでメリエに見せてもらったギルドカードのようなプレート型で作っておいた。
「何かあったらこれで知らせて」
「(わかりました。ご主人もお気を付けて)」
「ああ、では行って来る」
ポロの走厩舎を後にして食堂に行き、手早く昼食を済ませる。その後宿の受付に行き、受付カウンターに座っていた耳長お兄さんにここから一番近くにある衛兵の詰め所を聞きいて三人で向かうことにした。
途中そんな魔物の気配が無いか意識しながら歩いてみたのだが、そんな怪しい気配を感じることは無かった。
衛兵の詰め所に着くと、建物の前で立ち番をしていた衛兵のおじさんにここ最近で失踪や殺人などが増えていないかを尋ねてみた。
「んん? いやそんな話は聞かないが……おーい! ここ最近で殺人や失踪が増えたって上から注意勧告でも来てたかー?」
心当たりが無いのか建物内にいる他の衛兵にも確認を取ってくれた。建物の奥にいた他の衛兵が書類の山をガサゴソと漁っている。
「ちょっと待ってろ……えーと……いや、そんな報告や書類は来ていないな」
「わかりました。ありがとうございます」
「いや、何かあったらいつでも来な」
親切に応対してくれた衛兵の人にお礼を言って詰め所を離れる。今のところは特に表立って何かが起こっているということはなさそうだが……。
「ふむ。これはどういうことだろうな」
「まさか僕みたいに人間社会に興味があって訪れているとか?」
自分という前例がある以上その可能性も無いとは言い切れない。誰かに使役されているのかとも考えたが、知能が高いのにそんなことがあるだろうか。少なくとも自分と同等くらいの実力があるなら滅多な事では人間に遅れを取って捕まるということもなさそうだが……。もしくは自分とアンナやメリエのように人間と共生関係を持った魔物だろうか?
「クロさんみたいな人だったらいいんですけどね……。あ、もしも古竜同士で出会ったりするとどうなるんですか?」
「んー時と場合によるけど、古竜でも縄張りとかに無断で入ると怒っていきなり襲ってくることがあったらしいよ。他の魔物だとどうかはわからないね。王都内で大人しくしているならあんまり好戦的な相手じゃなさそうだし、知能も高いだろうから出会ってすぐに戦いになることは無いと思うけど」
「まぁ今の所は注意する以外にどうしようもないか。だが本当にクロ並みの実力を持った相手だとすれば、向こうもクロの存在に気付いているんじゃないか?」
確かにその可能性は否定できない。王都の動物達や従魔として生活している魔物が気付いているということは、その魔物も気配を察しているのではないだろうか。自分では結構近寄らないと感じ取れないので、向こうも同じようにある程度接近しないと感じ取れないのかもしれないが、あまり楽観せず知られていると思っていた方がいいだろう。
「その可能性もあるから知られていると思って行動するよ。というかそうだとしたら僕と一緒にいるとアンナとメリエが危ないかもしれないね。暫く別行動にする?」
「普通ならそうかもしれないが、アーティファクトもあるし下手に分かれて行動して私達の方に目を付けられると厄介だからな。このままでいいんじゃないか?」
「そうですよ。クロさんお手製のアーティファクトがあれば、いきなり襲われたとしても心配要りませんし。逆にそうなった時にクロさんが近くにいないことの方が恐いです」
「ま、前にも言ったけどあんまり過信しすぎるのも危ないと思うよ……?」
「まぁ私はアンナの言の方が一理あると思うがな。クロ並みの力を持っているとなればこの王都で対抗できる者なんてクロくらいじゃないか? そんな相手ならクロの傍にいた方が安全だろう」
「そう……なのかなぁ」
「そうなんです」
「とりあえず戻ろう。明日のことも決めておかねばな」
結局宿への帰り道でもそんな魔物の気配を感じたりする事も無く、そのまま宿に戻った。この広大な王都の中だし、そう簡単にはニアミスするということもないか。
明日からも警戒はしつつ今までの予定通りで行こうという話しにまとまり、その日は宿でのんびりと過ごした。
明日は結果を聞きに行き、その後には三人で買い物をして必要な物を揃えておくことにする。何があるかわからないので、すぐに王都を離れても大丈夫なように食糧以外の物資補給と装備品を整えておこうとメリエが提案したのだ。
※
「いよぅ! お疲れぃ!」
「ああ、お疲れ様です」
「どしたい? そんなシケた顔で酒飲んでもうまくねぇだろ」
「そう言いながら人の酒を飲まないで下さいよ……。ちょっと考え事をしていました」
「ん? そんな真剣に考えるほどのヤマでもあるのか?」
「いえ、今日の新人達の試験についてです」
「ああ、結構オモシロイのがいたな。特に精霊魔法使えるお嬢ちゃんはすごかったよな」
「確かに彼女には驚きましたが、私が考えていたのは最後に私と戦った彼です」
「最後……あの黒髪の少年か。何だ。お前さんに気を遣って選んでくれたから気になるのか?」
「いいえ」
「はは。冗談だって! 怒るなよ。宮廷魔術師の連中とも渡り合えるお前さんがそんな顔してんだから、何か気になることでもあったってことだろ。で?」
「……あなたは魔術師を相手に戦ったことはありますか?」
「おお。モチ。魔術師だけじゃないぜ。魔法でガツガツ攻撃してくるような魔物だっているしな」
「あなたなら、そんな魔術師を相手にする時にはどうします?」
「んー……相手と状況によるな。まぁ今日お前さんの相手をした奴のように正面から馬鹿正直に突っ込むってことはしないぜ」
「でしょうね。私が今までに戦った相手でも正面から突っ込んでくるような人間は少数でしたよ。私を魔術師と思っていなかったり、今日の彼のように魔術師との戦い方を知らなかったりする人間くらいですね」
「んじゃ何でんなこと聞くんだ?」
「……彼は間違いなく初心者だとは思います。魔法というものをよくわかっていないのでしょう。手加減していたとは言え、魔法を真正面から受け止めるなど無謀もいいところです」
「だよな。攻撃を当てることで面倒な追加効果を与える魔法も数多くある。どんなに見かけが弱っちくても普通は避けるか、受ける場合でもしっかりと対策をしていないとまずい」
「彼の攻撃自体も単調で威力はありませんでした。シールドの魔法で問題なく防げていましたからね。……私を含め殆どの魔術師は防御に関しては手を抜くということはしません。例えそれが新人の攻撃だとしても」
「そりゃあそうだろ。俺らみたいな脳筋だって防御は手を抜かねぇぜ。万一余計な怪我をすれば体が資本の俺たちゃ食い扶持を失うってことに直結するからな」
「じ、自分で自分を脳筋といいますか……。ま、まぁ概ね同じです。特に重装備をすることが少ない魔術師は新人の攻撃でもまともにもらえば怪我をすることもありますからね。治癒魔法も使えますが、それだって万能じゃない。余計なリスクは排除するのが鉄則です。だから、今回も実戦宛らに防御を行ないました。が……」
「が?」
「……彼の最後の攻撃、最後の一発だけは私のシールドを突き破ってきました」
「……」
「今までに防御を食い破られたことが無いわけではありません。私の防御能力を上回る攻撃をしてくる存在とも幾度と無く戦いましたしね。しかし彼の攻撃は異常です。威力も速度も新人のそれと変わらない。にも関らずシールドを突き破ってきたんです。断言しますが決して手は抜いていませんよ」
「……どういうこった?」
「……いくつか可能性はあります。希少な魔法無効化能力を潜在的に秘めているか、高い潜在魔力で私のシールドを打ち消したか、私は知りませんが精霊魔法や獣術の中には魔法を無効化したり相手の魔法を吸収したりするものもあるらしいです。それに軍や王立研究院が対魔術師用の魔道具の開発もしているという話も……。彼はそうした対魔術師に特化した何かを持っているのかもしれません」
「そりゃあ、おやっさんには言ったか?」
「いいえ。どれも推測の域を出ません。当初はそうした魔法に対抗する能力を持っているので私を指名したのかと思っていましたが、彼はそれを使いこなせていないようだったのでそれも違いそうです。最後の攻撃以外は他の新人達と変わりませんでしたからね。私の火球を受けた時もちゃんと熱がっていましたし。使うなら最初から使うでしょうし、隠すなら最後まで隠すでしょう」
「成程な。最後の落とし穴の時、お前さんが焦っているように見えた理由はそれか……」
「ええ、戦いの中で魔法無効化能力者として覚醒してしまったとすればシールドも攻撃魔法も効果を成さなくなる。となると間接的な物理現象を伴う魔法で足止めをしなければこちらが思いっきり殴られていたでしょうね。能力が発動していれば一定範囲内にいるだけで掛けられた補助魔法をも無効化してきますからブーストで避けるのも難しくなる。ま、その後の様子を見る限りでは覚醒したという事も無さそうでしたが」
「これまたとんでもない伏兵が紛れていたってことか」
「……さっきも言いましたがどれも私の推測です。バークさんに言うには情報が足り無すぎるため言っていませんが、恐らくバークさんは気付いているでしょう。あの時私は結構あからさまに慌てましたし、それくらい見抜く目も経験も持ち合わせているはず。あなたが気付くのに『あの』バークさんが気付いていないとは思えません。まぁそれをどう評価するのかは判定官としてあの場にいたバークさんの仕事ですから私は関係ないですよ」
「確かになぁ。自分でコントロールできないものを実力として評価するわけにもいかないだろうし、仮に精霊魔法のようなモンが使えて隠しているとしても、隠すならそれなりの理由があるはずだ。隠す以上は評価されたくない、或いは知られたくないってことだろうしなぁ……っておい、今遠まわしに俺を貶さなかった?」
「気のせいですよ? それはともかく、潜在能力は覚醒せずに死を迎えるケースの方が多いくらいですからね。まぁ、一応名前を覚えておくくらいはしますが」
「いいんじゃねーの? 別に気にしなくても。覚醒したら勝手に強くなって評価も上がっていくって。それよりもっと飲もうぜ」
「あなた方とは違って、私達魔術師にとっては天敵が生まれるかどうかという大問題の一つなんですよ。将来、杖を交えることになるとも限りませんし。お陰で仕事後の酒の味もわかりません。というか人の酒を飲まないで下さいってば」
「ケチケチすんなよ。今日も楽してたし俺よりも稼いでるんだろが。しっかし、能力を使いこなせるようになって御前試合に出てきたら大変だろうなー、お宅ら魔術師はよ」
「……一応言っておきますが、彼は体術もかなりのものでしたよ。少なくとも新人の体力量ではありません。他の新人君達と同等かそれ以上には動いていたのに息切れもしてませんでしたし、こちらをしっかり観察しながら動いていました。このまま成長されるとあなた方にとっても脅威かもしれませんね?」
「けっ。魔術師と違って俺らはまだまだ伸びるんですぅー。そんなことより、ねぇお酒お酒。追加してくれよ~ん」
「あ! 本当に全部飲んじゃったんですか!? 結構いいお酒だったのに!」
「どうりでいつも頼む酒よりも進む訳だわ。あ、肴もヨロシクネ」
「……」




