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魔法

 表情の乏しい試験を受ける人間の紅一点、アンナくらいの背格好をしたナイアは、相変わらずの無表情のまま試合場に入ると木製の杖を構える。

 実の所、この魔術師風の少女には少し期待していた。戦いで魔法を使ってくれれば人間種の使う魔法を観察することができるからだ。杖も棒術用には見えないので、きっと魔法を使ってくれるだろう。


「お前さんは自前の武器を使うのか。んで、どっちにする?」


「近接」


 あ、あれ? 魔法使ってくれないの? 見た目に反して肉弾戦型なのだろうか……。これは思惑が外れてしまったか。


「何だ。また俺かよ……」


「いやー、今回私の方は楽でいいですね。まぁ頑張って下さい」


 三連戦目となるラサイが、やや億劫そうに試合場の中央に移動する。疲れたような表情をしてはいるが、足取りは相変わらず疲労を感じさせない。

 さっきまでの二人と同じように向かい合い、その時を待っていた。


「よし、始め!」


「樹精の息吹」


 バークの宣言と共にナイアが言葉を紡ぎ、杖を動かす。近接で戦うのかと思いきや、やはり魔法を使うようだ。

 ナイアの言葉によって、構えた杖が変化していく。


「おお!?」


「ほぅ……」


 ナイアの様子を見ていたラサイとまだ一度も出番の無いダールがそれぞれ驚きの表情をつくる。

 木製の杖は根を張っていくかのように枝分かれし、パキパキと音を立てながらナイアの右腕に絡み付いていく。

 そのまま肘あたりまでを覆い隠し、杖と右腕が一体になると、今度は先端の杖部分が変化し始める。細く鋭く伸びていき、木剣のような形に変わった。


「……(おでれ)ぇた。この歳で精霊魔法を使うのか……」


 先の二人の戦いでは一度も声を出さず、ただ静かに見ているだけだったバークが小声で呟く。周囲で戦いを見ていた人間達もザワザワと何かを話し合っている。

 試験を先に終わらせた二人も信じられないものを見るような目でナイアを見つめている。アルダには驚きの表情の中に嫉妬の色が見えた。


「……行く」


「!!」


 変化した杖から生える木剣を構え、ナイアがラサイに突っ込む。コージスの時の様に読みやすい攻撃だったが、ラサイは慌てて回避した。


「うおっとぉ!」


 避けられたナイアの木剣は石の床にガツッと当たる。床の石が砕けるということもなく、威力はそれ程でもなさそうに見えるが、ラサイは受けることなく回避した。

 その後も暫くは先の二人との戦いのようにラサイがスイスイと攻撃を回避していく。しかしラサイの表情には先の二人の時のような余裕が感じられない。慎重に木剣の攻撃を見極め、体を動かしている。


「フゥ……! ハァ……!」


 やがてナイアの息が上がり始める。体力的にはまだ新人の域を出ていないようだ。

 先の二人の戦いの時は新人の息が上がって体力の底が見え始めてきた所でラサイが攻撃に転じ、勝負を決めていたが、今回はまだラサイに動く気配がない。


「まさかとは思ったが……精霊魔法で間違い無さそうだな。ってことはその木剣を下手に傷つけたり触ったりすると厄介な事になるってことだ」


「……!」


 ラサイが呟くと、今度はナイアが驚きの表情を作る。見抜かれたという感じで悔しそうに眉根を寄せた。


「おいおい。これでも俺は先輩だぜ? 魔物の中には精霊魔法を使ってくるヤツもいるし、悪精や狂精を相手にすることもある。ナメてもらっちゃ困るな」


「くっ!」


 立ち止まって息を落ち着かせていたナイアが、再度ラサイに攻撃を仕掛ける。先程と同じようにラサイは木剣での攻撃を受け止めたりする事なく回避していく。


「木の精霊……威力は普通の木剣程度……威力が上がっているわけじゃないってことは攻撃や支援系の魔法じゃないな。にも関わらずそいつで積極的に攻めてくるってことは、精霊が宿ったその宿体での攻撃を受けたり、宿体を傷つけたりすると発動するカウンター型の魔法ってとこか。そんなら……」


 真剣に避け続けていたラサイがここで攻撃に転じた。ナイアの攻撃が終わった瞬間にラサイがスッと身を屈め、足払いをかける。咄嗟にそれに反応したナイアはジャンプして空中に回避した。が───


「身動きできない空中に逃げる時はその後のことも考えとくモンだぜ」


「あ!?」


 ナイアが着地するまでの一瞬、ラサイは片手でナイアの足首を掴み取ると真横に振り抜いた。まだアンナくらいの少女とはいえ、片手で前動作もなく軽々と振り抜いたところを見るとラサイの腕力もかなり常人離れしたもののようだ。

 投げ飛ばされたナイアは猫のように空中でクルリと体勢を変えて着地する。そのまままたラサイに向かって駆けようとしたが、ここでバークが声を上げた。


「それまで!」


「っ! 何で!? 私はまだ!」


「いや、お前さんの実力はわかった。もう十分だ。これは御前試合や死合いじゃないぜ。頭に上った血を下ろしな」


「……!」


 この言葉にナイアは心底不満げに下を向くと、何も言わずに試合場から出た。ナイアの腕に巻きついていた杖はシュルシュルと巻き戻しをするように最初の杖の形に戻り、手に収まった。

 ラサイも一度試合場を出て、ダールのところに移動した。


「ふぃーおっかねぇ……。樹木精霊(ドライアド)は自らが宿る木を傷つけられるとメチャ怒るからな。ったく、あの歳で精霊持ちたぁ恐れ入るぜ。精霊魔法も使えて近接戦闘もそこそこ、将来はランカーの上位に食い込めるだけの素質は十分あるな」


「いやー僕が彼女と戦う事にならなくて良かったですよ。樹木精霊を傷つけないように相手をするのは魔法だと更に難しいですからね。下手に怒らせてしまうと、彼女と精霊とを同時に相手にしないといけないでしょうし、精気を吸い取られて戦いどころじゃなくなりますし」


「だなぁ。あれで体術も完成されていたら手加減なんてできないぜ。前にダンジョンで精気を吸い取られた事あるけど、かなりキツイんだよなー。ちょっと吸い取られただけでダルくなるし、吸われ過ぎると息をする気力も無くなって窒息死することもあるかんな……」


 精霊魔法……普通の魔法とは違うのだろうか。ラサイ達の会話からするとナイアの武器に精霊が棲んでいるような感じだが……。これだけでは何もわからない。

 ナイアの木の杖が伸びたり縮んだりしている様は自分が星術で植物の成長を早めた時に似ていたが、やはり魔力や星素といった何かの気配を感じることはできなかった。


 じっと見つめながらナイアの持つ杖に意識を集中すると、確かに違和感のようなものがある気がするが、それも幽かなもので精霊のものなのかどうかはわからない。町中で見かけたとしても集中していない状態ではわからないだろう。

 竜の姿に戻って感覚を強化すれば何か感じられるのだろうか。うーむ、やはり人間の姿で調べるには限界があるかもしれない。


「んじゃ最後はクロだな」


 考え込んでいるとバークの声が掛かった。色々と考えるのは後回しにして移動する。


「お前さんはどうする?」


 武器の事と対戦相手をどちらにするのかということをまとめて聞かれたようだ。さすがに素手ではやりにくいので武器を借りておこう。


「魔法型の人を希望します。あと武器を借りますね」


「お、やったじゃん。出番無しじゃ可哀想だからって気を遣ってくれたんじゃねーの?」


 そう言ってラサイが笑顔でダールの背中をバシッと叩く。


「はは。このまま最後まで楽ができるかと思ったんですけどね」


 ラサイが壁際まで下がり、代わりにダールが金属製の杖を手に試合場に入る。

 こちらはまず武器を借りに行く。武器を選びに壁際へ行くと近くで見ていた人間達の話し声が聞こえてきた。


「さっきのガキはなかなかだったが、最後のは期待できそうにないな」


「装備も何も無いのか。ハンターや傭兵やるなら普通は多少の防具くらい買ってくるもんだがな。きっと村から出てきたばっかりとかじゃないか?」


 まぁこんな見た目だし、周囲からそういう風に見られるのは仕方が無い。むしろそうやって見てくれた方がこちらには都合がいいのだ。下手に目を付けられたくはないし。


 たくさん並べられた武器の中から選んだのは、超至近距離用の武器。拳闘士が使う籠手(ナックルガード)だ。大きな手袋のような形に拳から肘近くまでを隠してくれる大きさで、拳の部分は金属で守られている。練習用らしいが結構作りもしっかりしているように見える。


 それを見た周囲の人間からはさっきよりもあからさまに蔑みの声が上がった。バークもそれを見咎め確認を取ってくる。


「おい。お前が選んだ武具は至近距離用のモンだぞ? 本当に魔法主体のダールでいいのか?」


「ええ」


 尤もな疑問だが、ちゃんと選んだ理由がある。

 まず一般的に浸透している剣などのメジャーな武器は、自分の技術ではまともな運用ができない。せいぜい先程のコージスのように力任せに振り回すのが関の山だ。なので武器は基本的にどれを選んでも大して変わらない。

 それなら武器に振り回されることなく動ける、素手と変わらない籠手がいいような気がした。


 そして魔法を間近で見たいという理由で魔法主体のダールを選んだ。恐らく攻撃魔法も使ってくるだろうから、防げるようなものが欲しかったのだ。素手で受けても平気だとは思うが、できれば痛い思いはしたくないし、籠手なら素手で防ぐよりもいいだろう。盾も考えたが、剣も持たずに盾だけ使うというのも変な感じだし。


「……まぁ本人がいいっつーなら別にいいけどな。じゃあ位置に付け」


 籠手を手にはめ、閉じたり開いたりして感触を確かめる。重さは大して気にならないし、特に動かしにくいといった事も無い。

 そのまま歩を進め、既に待っていたダールと向き合う。


「準備はいいか? では、始め!」


 開始の合図で腰を落として身構え、念のため身体強化の術をかけておいた。これでいきなり魔法をぶち当てられるということもないだろう。


「肉体の真価───ブースト」


 さっきのアルダと同じようにダールも言葉を紡ぐ。見た目に変化は現れていないがやはり身体強化系の魔法なのだろう。

 遠距離型の魔術師だとしてもこちらは近接戦闘用の武器を構えているわけだし、その攻撃に備えるにはある程度は動けるようにするか、自分の防壁の術のように一切の攻撃を完封するかしなければならない。


「……あなたの様な相手は初めてではありませんよ。身軽な服装と魔法に対してその至近距離用の武器、速度で撹乱するタイプとお見受けします。まぁシールドで防ぐ事もできますが、これは試験ですしね。まずはあなたの土俵に合わせましょう」


 さすが熟練者というべきか、当初の目論見(もくろみ)は看破されているようだ。速度に物を言わせて一気に近づき、間近で魔法を観察しようと思ったのだが、これではちょっと難しいか。

 人間だった頃にやっていたゲームでは魔術師というと後衛火力型のようなイメージを持っていたので、近接には対応できないかもと期待したのだが、あの様子ではそんな事もなさそうだ。


 ダンジョンの魔物の強さは知らないが、単独で様々な魔物を相手にできるということは高速で接近してくるようなタイプとの戦い方も知っているはずだし、よく考えれば当たり前か。

 仕方が無いので作戦を変更する。


 高速で間合いを詰めることはせず、身構えたままジリジリと間合いを詰めていく。ダールはそんな自分の動きに訝しげな視線を向けつつ口を開く。


「何を企んでいるのかはわかりませんが、私はラサイのように攻撃を待つことはしませんよ?」


 そう言うと杖を構えた。さて、何が起こるか……。


「まずは小手調べ……。───(ほむら)の礫」


 ダールが呟くと同時に杖の先から高速で野球のボールほどの大きさの火の玉が発射される。星術と同じように、杖の先の何も無い中空に火を熾した。結構近づき集中して見ていたが、今までと同じで魔力や星素といったものの気配や違和感は感じ取れなかった。


 ───これが人間の使う魔法か。


 身体強化をしていたので高速で飛来してくる火の玉も余裕をもって回避できた。小手調べと言うだけあって殺傷能力はそれほど高くなさそうだ。当たっても皮膚や装備が少し焦げる程度だろう。

 今までの様子から推察すると、人間の使う魔法は星術とは違って発動するのに言葉を発する必要があるようだ。一言二言なので星術ほどではないにしても発動までのタイムラグは僅かなものだった。


「! この距離からあれを避けるとは、なかなかの反射神経ですね」


 火の玉以外の魔法も使ってくれないだろうか。次は何をするのかとちょっとワクワクしてしまう。いい魔法があれば星術に応用したいし、色々な魔法を見せてもらいたい。

 そんな事を考えつつも、またジリジリと距離を詰める。まだダールはその場から動かなかった。


「……では次は少し趣向を変えて……───焔の足音」


 またダールが呟くと同時に杖の先に火の玉が現れ、発射される。さっきと発動の言葉が違うことと、見た目の火の玉が少し大きくなった以外は殆ど同じだ。

 先程と同じように回避する。が───


「!!」


 ヒュボッという音を耳に残して通り過ぎた火の玉は、グニャリと軌道を変えまたこちらに向かってきた。

 成程、今度のはホーミングする火の玉ということか。

 さすがに無視をするのもまずいと思い、再度回避する。が、また方向を変えて向かってくる。


「ふふ。さてどうします?」


 さてどうしようか。

 消えるまで避け続けてもいいが、いつ消えるのかわからないのでそれはあまりいい考えとは言えない。

 火の玉は無視してダールに攻撃しようにも、結構な速度で向かってくるのでそれも難しい。本気でやれば全然大したことのない速度なのだが、本気はまずい。やはり苦戦している風は装わなければ。


 ダールの方も自分が逃げ回っている隙に、新たな攻撃を加えてくるという事はしなかった。新人の試験だし、そこまで追い詰めるつもりはないということなのか、それとも魔法の制御で他の行動を行なえないのか……。一応ダールが次の一手を打ってくる可能性も考えて意識を向けていたがその必要は無さそうだ。


 折角相手が手加減してくれているし、魔法の方を調べる事に集中できる状況だ。

 ということで、試しに受け止めてみる事にした。

 受けてみれば小手調べ程度の魔法がどんなものかわかるだろう。いきなり新人を焼き殺したり爆殺する程の威力があるということもないだろうし、調べるには丁度いい。


 回避が間に合わない風を装って向かってくる火の玉に正面から対峙すると、籠手を嵌めた手をガードの姿勢に構え、火の玉を受け止める。


「あっつぅ!」


 ボフンという音と共に籠手と火の玉がぶつかり、内部の腕に熱を伝えてくる。燃え続けるということは無く、籠手に当たるとすぐに霧散した。


 そこまで強力な火力ではないし、しっかりと籠手で受け止めることができたのだが、竜の鱗も無い人間の皮膚なのでやはり熱かった。しかし火傷を負うほどではなく、せいぜい少し火に炙られた程度のものだ。星術で出せる高温の炎にも遠く及ばない普通の火だった。


 以前火を出す星術の実験で思った通り、実体の無い火をぶつけているだけなので大した威力になっていないのだろう。着弾した場所を持続的に燃やすとなれば結構危ないかもしれない。

 これだと牽制したりする程度には使えるかもしれないが、命がけの戦いで致命傷を狙うには威力が低すぎるように感じた。新人の相手ということでかなり弱めに使用しているのだろうか。


「! まさか正面から受け止めるとは、大した度胸です。ですが、あまり褒められた行動ではありませんね。危ないですよ?」


 小手調べと言っていたものを防いだだけでそこまで言われると逆にこっちが驚いてしまう。そんなに警戒する程のものには見えなかったのだが。炎だけならそれほど殺傷能力は高くないし、前に火の術を実験して慣れていたので特に恐怖を感じることもなかった。


 熱くなってしまった籠手をブンブンと振って冷まし、ダールに向き直る。

 もっと魔法を見てみたいという気持ちはあるが、いつまでも受けてばかりでは試験に落とされてしまうかもしれないので、そろそろこちらからも仕掛けることにしよう。

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