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控え室

 宿の窓から入ってくる人々の賑わいが大きくなる頃、メリエの案内で王都にある総合ギルドの建物へと向かう。

 宿が立ち並ぶ通りを抜け、商業施設などが多い中央通りを人の流れに混じって進んでいく。


 時折擦れ違う走車を引く魔獣が自分の竜の気配を感じ取ったのか、足を止めて訝しげな視線を向けてくることがあった。突然足を止めた従魔を動かそうと御者が手綱を操作したりするのを見てちょっと申し訳なく思いつつも、何食わぬ顔で歩を進める。


 アンナは通りを歩きながら、早速王都の町に棲み付いている犬や猫、鳥といった動物達と【伝想】で何やら話しをしていた。そんなアンナを見たメリエも足を止めておずおずと犬に【伝想】で話しかけ、意思疎通ができるとわかると初めて動物と話をしたアンナの時のように目を輝かせて感動している。傍から見るとキラキラとした目で犬と見つめ合っている何とも微笑ましい様子だった。


 そんなこんなで、たまに足を止めつつも王都の総合ギルドの建物に到着する。他の都市や村などと同様に大きな通りの目立つ場所に建てられており、ギルドの重要性が現れているようだった。

 ほかの建物とは明らかに大きさの違う総合ギルドの庁舎には数多くの人が集まっていた。


「ほかの町とかの総合ギルドもスゴイ人が集まっていたけど、ここはそれどころじゃないね」


「まぁこの国のギルド組織の中心だからな。ちなみにギルドは国を跨いでいる組織だ。だから身分証は他の国でも使うことができる。各国もギルドとは持ちつ持たれつの関係で、完全に国の管理下にあるというわけではないんだ」


「なんだか貿易商人みたいだね」


「ギルド側も国側もそれぞれの思惑と利害関係があるから、双方共おいそれと運営に口出しをすることもできない。国はギルドとの関係を断ち切られると、ギルドが保有しているこの国には無い様々な技能の恩恵を受けられなくなり、護衛の仕事や魔物の駆除なども全て自国だけでやらなければならなくなる。ギルド側も国に拠点を置かせてもらう事でその国で仕事を得ることができる。まぁ他にも色々とあるんだがな」


 メリエの説明では、国の手から離れた大きな独立組織のようだった。国からすると制御できない厄介もののような気もするが、それ以上に世界中の様々な技術や人材で自国を潤し、魔物の駆除や商人の護衛をやってくれる有難い存在ということのようだ。


 総合ギルドの建物に入る人の流れに乗って扉を潜る。大きさは比べ物にならないが、中のつくりそのものは他の都市の総合ギルドの建物と似ていた。


 依頼を頼んだり受けたりする受付は大混雑していて、この行列に並ばなければいけないのかと気が滅入ったのだが、正式登録希望者用の受付は別にありそちらは混雑していなかった。


「そこの受付だ。代筆はしてくれるから大丈夫だろう。試験中は一緒に居られないから、終わるまでは別行動だな。ギルドに暫く王都に滞在するという事を連絡したら、私とアンナは少し王都を見て回ってくる。私達が戻る前に終わったらあそこにある酒場で待っていてくれ」


 そう言いながらメリエは談話スペースも兼ねている総合ギルド内の酒場を指差す。冒険者風のごっつい男達や商談をしている商人風の人などが酒や食事を楽しんでいた。中には年若い少年少女のような姿も見られたが、剣や弓などの武器をしっかりと装備しているので若く見えてもハンターや傭兵なのだろう。

 

「わかった。じゃあちょっと行ってくるね」


「クロ。さっき言った事を忘れないようにな」


「クロさん、後でどんなことをしたのか教えて下さいね」


「ん。二人も気を付けてね。アンナも僕の分の荷物よろしく。何かあったら例のアレを使ってくれればすぐに行くから」


 試験に鱗などが詰まっている物入れ類を持っていると邪魔になりそうなのでアンナに預けてある。防犯の対策はしてあるので大丈夫だとは思うが、一応注意はしておいてもらわねばならない。

 アーティファクトも見られるとまずいので全て外している。今身に付けているのは寝巻きのようなローブとサンダルに似た靴だけだ。


「わかった。よしアンナ! 次は馬や魔獣のところにいってみよう!」


 メリエとアンナは、またほかの動物達と情報交換をしに行くようである。

 メリエも動物との意思疎通が大層気に入ったようだ。アンナと同じように動物好きらしいのでそれも仕方が無いだろう。


 そんなアンナとメリエに見送られて登録受付に向かう。

 受付をしているのは獣人の男性だった。色は黒ではなく茶色だったが、変身した時のアンナに似た猫耳が生えている。他の受付と違って人がいないので暇そうにしていた。


「すみません。正式登録の手続きをしたいんですけど」


 声をかけるとピクピクと耳を動かしてこちらに顔を向ける。

 この人も例に漏れず、寝巻きのような姿をした自分を見て一瞬訝しげな目をしたのだが、何か言うでもなくすぐに対応してくれた。


「はいよー。じゃあコレに必要な事を書いてなー」


「あ、文字を読めないので代筆をお願いしたいんですけど」


「お? そっかそっか。んじゃまず何の職種で登録するか教えてくれるかい?」


「ハンターでお願いします」


 最初からメリエと同じハンターで登録する事に決めていた。傭兵はどちらかというと対人戦が主となる。勿論、護衛などはハンターと一緒だが、それ以外は魔物の相手よりも盗賊団の殲滅や、賞金首の討伐、戦時などでの戦争への参加が中心となる。

 そんな血なまぐさい感じの傭兵よりはハンターが良かった。


「ほーう。ハンターギルド希望か……。あんちゃん見た目は戦い向きって感じじゃないけど、大丈夫かい?」


「はい。それでお願いします」


 武器も持ってなければ装備もローブのような服一枚だし、そう思われても仕方が無いか。周囲の人間はどんなに悪くても自前で剣の一本は持っているようだし、身を固めている装備も旅に耐えられる程度の物は身に付けている。

 戦うことはおろか、町の外に出るのも不安になるような(なり)でハンターになるという人間を前にすれば当然の反応である。


「あいよ。んじゃ次に───」


 その後いくつかのことを聞かれ、最後に犯罪歴や指名手配犯として名前が挙がっていないかをチェックされた。ギルドの信用を貶めるような人間に身分証を発行するわけにも行かないので当然といえば当然だ。

 説明や質問は以前アルデルで受けた説明などと殆ど同じだったので特に困る事もなかった。ちなみに出身地は完全に嘘で塗り固めている。どうせ調べる方法も無いだろうし。


「よっし。これでオッケーだ。ハンターとして登録ってことだから、試験は戦闘試験だな。今日の試験まで少し時間があるが、このまま待つかい?」


「ええ。特に準備とかもないので」


「んじゃ待合室に案内するからそこで暫く待っててくれ。試験官と判定官が来たら、その人達の指示に従ってなー」


 そのまま猫獣人の男性に案内され、奥に続く廊下を歩く。いくつかの部屋や扉を通り過ぎたところで、閉じられたドアの前で止まった。


「ここが待合室だ。んじゃ、試験がんばってな」


「ありがとうございます」


 割と気のいい人で少し緊張がほぐれた。受付の人に促されて扉を開け、中に入る。

 待合室は大きなテーブルが一つに椅子が並べられただけの殺風景な部屋だった。

 その部屋の中には三人の人間がいて、それぞれ静かに椅子に座っている。三人とも試験官という感じではなく、恐らく自分と同じで登録の試験を受ける者達だろう。


 一人は良く磨かれた鎧を着込んだ目付きの鋭い若い男性。もう一人は見るからに駆け出しと言った感じの安物っぽい革鎧を着込んだ獣人種の少年で、垂れた犬耳が頭に乗っている。最後の一人は魔術師なのか背丈を越えるほどの杖を持っている少女なのだが、服は駆け出しっぽい少年と同じで革鎧のようなものを着ていた。


「……フン」


 鎧を着た若者は待合室に入ってきた自分を一瞥すると、口元に嘲笑を浮かべている。恐らくこの人も大した装備も持たずに試験を受けに来た自分を見て滑稽に思っているのだろう。もう今更だし別に気にならないので無視を決め込む。


 残りの二人は自分の方を見ることも無かった。少年は緊張しすぎているのかそわそわと落ち着きが無く、他人に気を払う余裕が無いようだ。魔術師風の少女は興味も無いといわんばかりに目を閉じてじっと座っている。

 自分も特に何も言うことなく空いた席に座り、試験官を待つことにする。


 こうして緊張感の漂う待合室に座っていると、人間だった頃に幾度と無く受けた受験や採用試験の待合室を思い出した。

 落ち着き無く座っている少年の姿が、人間だった頃に試験を受ける直前の自分と同じに見え、何となく親近感が湧いた。


 今の自分は特に緊張する事もなく、ただぼけーっと椅子に座っているだけで、心には割りと余裕がある。それには理由があった。

 座って適当に室内を見ながらメリエが話してくれた試験についてのことを思い出す。


 ◆◆◆


「───試験内容は簡単。傭兵もハンターも重視されるのは戦える力と精神力だ。だから試験はギルド側の試験官との一対一での戦いになる。その試験官を相手に自分の得意な方法で戦って実力を示せばいい。

 それから試験では勝ち負けは関係ない。余程戦闘に向いていないと判断されない限りは負けてもギルドに加入はできる。

 ここで一つアドバイスを贈ろう。いいか? クロの場合は必ず手を抜くこと。今までに見せた実力は隠さないとダメだ。高い戦闘能力を示せば戦闘評価は上がる。しかし、それと同時にギルドからも同業者からも目を付けられ、面倒事が増える。アルデルでの一件のようにな」


「何だか変な感じがしますけど、クロさん! 頑張って手を抜いて下さいね! 私、応援してますから!」


 ◆◆◆


 メリエの話を聞いたアンナから声援を受けたが、頑張ればいいのか頑張らなければいいのか混乱する声援だった。どう反応していいのかわからなくなる。

 人間だった頃に何度も遭遇した試験では、頑張れとか、肩の力を抜いて程々にとかなら言われる事はあった。しかし真っ向から頑張るな、手を抜けと言われるのは初めてだ。何とも複雑な心境にはなったがそれも仕方が無い。


 アスィ村の襲撃や今までの旅で野盗を相手にするメリエの戦い方を見てきたが、素人目にはかなり(こな)れた動きをしているメリエでさえ戦闘評価は真ん中くらいの4だ。

 今の自分なら人間の姿でポロとメリエを同時に相手をしても負けはしないと思っている。


 無論メリエやポロが何か奥の手を隠しているということもあるだろうが、ギルドの試験で奥の手を見せてしまうようなことはしないだろうから、今まで見てきた通常戦闘くらいで評価されたはずだ。

 そんなメリエの動きで4なのだ。自分が本気を出そうものならそれ以上の評価になり、目立つ事になるのは確実。


 メリエが言うような面倒事を呼び込まないためにも手抜きは必須である。丁度いいことに自分と同じで試験を受ける人間がいるのだし、新人の実力がどの程度なのかも見させてもらうことにしよう。

 そうして考え事をしながら静かに待っていると待合室の扉が開いた。


「よう。新人ども。何だ何だ。辛気臭ぇツラしてんな」


 入ってきたのは50歳に差し掛かるかといったくらい見た目をした大男だった。長袖長ズボンの街着だが、その下にある体は筋肉で盛り上がっているのがわかる。

 この人が試験官だろうか。


 大男が入ってきて一番に反応したのは例の緊張していた少年で、ドアが開くと同時にビクッと肩を強張らせていた。

 魔術師風の少女は相変わらず無反応。無反応過ぎて寝ているのかと思ってしまう。

 新人扱いされたのが気に喰わないのか、鎧を着た男は不愉快と言わんばかりの目を大男に向けている。

 大男はこちらの反応を気にする様子も無く、ドシドシと歩いて席に着いた。


「待たせちまったみたいだな。(わり)(わり)ぃ。俺が判定官のバークだ。ハンターギルド志望のお前達にはこれから試験官との戦闘試験を受けてもらう。その立会人と戦闘能力の判定を行なうのが俺の仕事だ。何か質問はあるか?」


 どうやら試験官ではないようだ。こんなゴリラのような体格をした人相手に戦うとなったら、戦闘経験が無い素人は怯えてしまいそうだ。そういう意味ではこの人でなくて良かったのかもしれない。


 公正に能力判定をするなら第三者の視点から戦いを見る者は必要だろうし、そのための判定官ということだろう。

 バークと名乗った男の言葉に、ずっと無反応だった魔術師風の少女が口を開いた。


「一つ聞きたい。ギルドの戦闘能力評価は騎士団でも通用すると聞いた。それは本当?」


「お? 何だ。騎士団にも興味があんのか。そうだな、ギルドの戦闘能力評価は世界共通だし、この王国の騎士団へ入団する際の判断材料に使われることもあるらしいな。詳しくは騎士団で聞け。俺は詳しくは知らねぇ」


「……わかった」


 これを聞いた少女の瞳が少し真剣味を増した。


「他にはねぇか? ……んじゃ、試験の流れを説明する。お前達にはまず二人の試験官から好きな方を選んでもらう。一人は近接主体、もう一人は魔法主体で戦う。自分の得意な方を相手に選べ」


「……試験官と言うからにはそれなりの実力者なんだろうな?」


 次にバークの説明に口を挟んだのは不機嫌そうな顔をしていた鎧を着た男だった。


「ハッ。心配すんな。ケツの青いお前みたいな新人に遅れを取るようなヤツは選ばん。どちらの試験官も戦闘能力評価は6、簡単に言えば一人でダンジョン深部の魔物を相手にできる連中だ。鎧を汚した事もないようなお前さんじゃどう転んでも勝ち目なんてないぜ」


「……チッ!」


 バークはそう言ってぴかぴかに磨かれた若い男の鎧を見ながら嘲笑する。

 酷い言われように鎧を着た男は舌打ちをし、ギッと音を立てて椅子の背もたれに寄りかかった。


「他にはあるか? ……それじゃ場所と順番についてだ。場所はこの建物の裏手にある訓練場の一角。周囲に見てる奴らがいるが、気にしないでやれ。いつものことだ。順番は受付をした順だ。つーわけだから一番手はコージス、二番がアルダ、三番がナイア、最後がクロだな。ああ、そうそう。武器はギルド側から貸し出すこともできる。手に馴染んだものがいいなら自前のを使え。ただし壊しても弁償はしねーからな。それが嫌ならギルドの物を使え」


 武器か。考えていなかったが適当に何か借りようか。使い慣れていない方が評価が高くなることも無いだろうし、丁度いい。

 それに魔法主体で戦う人間を相手にできるのは嬉しい。情報収集になるかもしれない。


「よし。じゃあ移動する。付いて来い」

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