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 大層な事を考えながら意気込んでみたが、治療の場合は戦闘での大規模な星術と違い、基本はアンナに渡したアーティファクトと同じで地味なものだ。

 ただ人間の姿で使う星術ではアーティファクトに込めた術の強さと殆ど変わらないため、アーティファクト以上の効果を出すにはまた竜の姿に戻らなければならないので、そこだけが派手になってしまう。


 期待するなとは忠告しておいたが、それでもやはり期待感というのは大きかったのだろう。落胆するシェリアたちをよそに、レアに歩み寄る。


「ちょっとレアさんを借りますね。レアさん持ち上げますよ」


 アンナの膝の上から起き上がり、目はそのままだったが火傷の痕が消えた自分の顔をぺたぺたと触って嬉しそうにしていたレアに近づき、そのままお姫様だっこで持ち上げる。


「え? あわっとと」


 突然抱え上げられ、バランスを崩しそうになったレアが自分の首にしがみ付く。初めて会った時のアンナ程ではないが、レアも軽かった。まぁ今の自分からすれば巨漢の大男でも軽いのだが。

 そのまま向きを変えて窪みになっている今居る場所から外に運び出そうとしたのだが、それを見てシェリアが困惑の表情を作って呼び止めた。


「あの! ……レアに何をするのですか?」


「治療してきます。アーティファクトでは完全には治せないみたいなので」


「なぜ、連れて行く必要が在るのでしょう?」


「それは言えません。僕の正体に関わる事なので」


「!!? お、お願いします。私も連れて行ってもらえませんか?」


 ……やはり自分の子が見えないところで何をされるかは気になってしまうか。

 ましてやシェリアは自分が人間ではなく魔物に近い存在だと感じているわけだし、吸血鬼のように怪我を治した代償に人間ではなくなり、眷属のようにされてしまいましたでは冗談にならないので心配にもなるだろう。


「ううーん。さっきも言いましたが僕の正体に関わる事で、多くの人に知られるのは困るんですよね」


「……お願いします。約束通り絶対に他言しませんし、邪魔も致しません。どうか……」


 それなら治さなくてもいいと言うことは無かったので、やはり治せるのならば治したいという気持ちが強いようだ。

 そして同じ気持ちの人間が後ろにもう一人。


「……むぅ、まぁ仕方ないかぁ……。そちらさんも同じ気持ちのようですし」


「!! ……スイ?」


 シェリアの腕を掴むようにしてスイが決然とした目を向けてこちらを見ている。シェリアと同じように自分も連れて行けという意思がその視線からひしひしと伝わってきた。


「私も、お願いします! レアと一緒に居たいんです……クロさんが何者でも絶対に人に言ったりしませんから」


「……わかりました。じゃあこの場で治療しますね。まぁ驚くとは思いますけど集中しないといけないのでなるべく静かにお願いします。アンナ、また服持っててくれる?」


「はい。……クロさん……お願いします」


 全員に知られるなら場所を移動する必要はない。

 抱えていたレアを静かに土の上に下ろし、服を脱いでいく。

 年頃の女性達に服を脱いで素っ裸になるところを見られているというのはかなり恥ずかしいので、できれば見ないでいて欲しいのだが、何が起こるのかと思っているシェリアとスイは顔を赤くしつつも目を背けることなく見ていた。


 いや、シェリアとスイは分かるのだ。状況が状況だし。

 しかしアンナさん。なぜあなたまでガン見しているのでしょうか……。

 しかも今までのように手で目を隠したりすることもなく、顔を赤くしつつも堂々と、やや嬉しそうに見ているのはなぜでしょうか……。


 さっきは説教で異性の裸を躊躇いもなく見ないようにみたいなことを言っていたはずなのに……。

 やや思うところはあったが指摘すると以前の露天風呂の時のようにまた地雷になりそうなので言う事のできない小心者の竜なのであった。


 今日だけで何度も変身している気がする。疲れるといったことはないので別にいいのだが、コロコロと自分の体が変化し、体の感覚が変わるというのは脳が混乱しそうだった。

 服もいちいち脱いだり着たりは面倒くさいとも思うが、毎度毎度ダメにしていてはすぐに着る物がなくなってしまうので仕方ない。何かアーティファクトを応用して脱がなくても平気なものを作れないだろうか。今度考えてみよう。


 本当ならこうした事態が減るように努力すべきなのかもしれないが、治癒できる可能性があるものを放っておくのもちょっと(しこ)りが残るし、本当に治しきれるかも確かめておきたい。

 例によって突然裸になり始めた自分を見てシェリアとスイは驚きを隠せない様子だったが、言われた通り静かにしていてくれた。


 最初は赤くなって目を泳がせたりしていたシェリアも我が子の操が奪われるのかもしれないと思ったのか、不審な事をしようとしたらすぐに止めに入れるようにと表情を引き締めて若干身構えていた。

 お母さん、気持ちはわかりますけどそんな外道なことはしませんから……。


「じゃあ少し離れてもらえます? 危ないので」


 男性の部分が見えてしまわないように背中を向けつつ変身の準備をする。

 変身した反動で押し潰したりしないように距離を取ってもらい、全員が離れた事を確認し、【元身】で元の姿に戻った。


「「!!!???」」


「??」


 じわりと人間の輪郭が解け、黒い竜の姿に変わっていくのを目の当たりにし、シェリアとスイが口をまん丸に開けて硬直している。見えないレアは首を傾げてそのままである。

 だいたい驚いた時は誰でも口を開けて固まるんだなぁと暢気に考えながら元に戻っていく自分の体の感覚を確かめる。


 アンナはすでに慣れっこになってしまっているので驚くという事もなく、自分の正体を見て驚いている二人にちょっと誇らしげな表情で胸を張っているのだった。

 さっきまで魔物呼ばわりしていたシェリアに対するアンナなりの当て付けだろうか……?


「な……な……な……」


「まさか……そんな……」


 こうした驚きの反応もメリエ以来だ。スイは口を開けたままシェリアの腕にしがみ付きながら5mを越える自分の体を見上げていた。シェリアも動くことができないようだ。

 レアは何が起こっているのかを見ることができないのでシェリアとスイの驚きの言葉を聞いてオロオロとしているだけだ。そんな不安がるレアの手を取ってアンナが支えてあげている。


「じゃあ治療しますよー」


 首を回して問題なく竜の姿に戻れたことを確認し、シェリア達の方に向き直る。何か起こる前に治療を始めることにする。


 シェリアとスイは、ぐりんと竜に戻った顔を向けると「ひっ」と肩を強張らせていたのだが、その口から出た声が今までの自分と変わらないものだったためか、恐怖に染まった目で見てくるということはなかった。

 事前に人間ではないということがわかっていたというのも恐怖を和らげてくれた要因かもしれない。驚きの度合いは大きそうだが。


 二人は約束通り邪魔をせず静かにしてくれていた。……というよりもメリエの時のように驚きで思考が停止してしまっているのか、フリーズ状態のようだった。


 そんな二人はとりあえず放っておき癒しの星術を使う。竜の状態で星術を使えるので、アーティファクトの時のように時間がかかることはない。文字通りあっと言う間である。

 アーティファクトのように僅かずつではなく周囲の星素を一気にレアの目に集め、以前自分で使った時のように壊れた細胞を元の細胞に置き換えるイメージでレアの目に意識を集中する。


 やはり自分が竜になった以外に派手なことは起こらず、音や光が出たりすることもなく静かに治療が進んでいく。

 数十秒もかからずに術は終了し、治療は完了した。


 しかし今回は初めて人間の重要な感覚器を治療しているので、ここで終わりではなく本当に治療が成功し視界が元に戻っているかを確かめなければならない。

 【竜憶】には目や内臓を怪我した竜が自分で治したという記録があったので治せるだろうとは思っているが、人間の重傷者を治療した記録は残っていない。実際に治療を施すのも人間に使うのも初めてなので最後まで手を抜くわけにはいかないのだ。これでもしダメなら一応奥の手も在るのだが……。


「じゃあ終わったから、ゆっくり目を開いてみて」


「え……? もう、いいの?」


「うん」


 レアは恐る恐るといった感じでゆっくりと瞼を持ち上げる。少し開いた所で日の光の眩しさのためか眉を(しか)めた。


「う……眩しい……。眩しい? 私、光を感じてるの?」


 3ヶ月前にこの怪我を負ったという事は、光を感じるのもだいぶ久しぶりの事だろう。いや、完全に視覚を失っていなければ光くらいは感じられるのか? よくわからない。

 レアの様子を見るに、完全に失明していたのかもしれない。レア自身も信じられないのか、また目を閉じながら目を手で覆った。


「かなり長い時間見えなかったから、元の感覚に戻るまで少し時間がかかるかもね。ゆっくりでいいから物が見えるのか確かめてみて」


「うん……」


 レアがもう一度目を開くのをフリーズ状態から復帰したシェリアとスイは固唾を呑んで見守っている。自分については色々思うこともあるのだろうが、今は愛する家族のことだと無理矢理に気持ちを切り替えたようだ。

 目を細めながら、ゆっくりと目を開き自分の手に視線を向ける。


「私の手……見……える……? 見えるよ!」


 久しぶりの刺激で涙を浮かべながら呆然と自分の手を見つめ、手を握ったり閉じたりしてちゃんと見えるかを確かめている。どうやら問題なく治っているようだ。

 暫くの間は元通りになるまで慣らしていく必要があるだろうが、傷などが残ってるわけではないのであとの支援はシェリア達に任せて大丈夫だろう。


「遠近感や焦点、光量調整とかの感覚が元通りになるまでは介助が必要になるだろうから、その辺はスイ達が助けてあげてね。まぁ今までレアを支えてきたんだからその辺は心配要らないと思うけど。暫く様子を見て、物の見え方とかに違和感を感じるようならもう一回教えて」


 視界が霞がかっている状態で動くのは危険なことだ。障害物の無い平地を歩くだけならいいが、舗装もされていない街道や凹凸の激しい石畳を歩くのはまだ難しいだろう。ましてやこの世界ではそうした障害のある人間に対しての支援が行き届いているわけではない。家族が支えなければ普通の生活を送るだけでも大変なはずだ。


「うん! レア……良かった!」


「お姉ちゃん、お母さん、また見えるよ! クロさんありが……と……う?」


 ここで初めて竜の姿になっている自分を見てレアがピシリと凍りつく。


「りゅ……りゅ……竜……しゃべっ……」


 レアに抱きついて喜ぶスイの笑顔とレアの驚きの顔が随分と対照的だった。今までと声は変わっていなかったし、姿は失明のために見られなかったので気付かないのも仕方ない。


 見えるようになった喜びも忘れ、驚いていた時のスイと同じようにまん丸に目を見開いて固まっていたのも僅かな時間だった。レアはすぐに姿を見て驚いてしまった事を詫び、アンナと自分に再度、丁寧にお礼を述べてくれた。

 スイもレアも他者を思い遣る心を持ったアンナと同じ優しい少女のようだ。


 レアが竜の自分を見て驚いていたということは、問題なく視覚も戻ってきているということだ。竜の状態で使う癒しの術であれば【竜憶】の記録の通り生物の重要な臓器なども治すことができるということが確認できた。これで万一の時でも慌てずに治療を行なえば命を救うことが可能だということが分かったので大きな収穫である。


 スイは言わずもがな、感極まって涙を流しながらスイとレアが抱き合うのをアンナも目に涙を浮かべて嬉しそうに眺めていた。

 アンナが喜ぶ顔を見せてくれると、リスクを犯すだけの価値があったと思えてしまう。自分の中でアンナという存在が思っている以上に大きなものなのだということを実感したのだった。


 これで大丈夫だろうと親であるシェリアにも視線を向けたのだが、みんながレアの快復を喜んでいる中、シェリアからはどこか違った印象を受けた。

 レアが元に戻って確かに嬉しそうにはしているのだが、それとは別に何かを考えているような感じだ。

 嬉しさ半分、考え事半分といった顔で竜の姿の自分に向き直り、感謝の言葉を述べる。


「クロさん、アンナさん、何とお礼を言っていいか……。命を救ってもらったこと、そしてレアの目まで治してもらったこと……一人の人間として、そして母として、心から感謝します」


「大丈夫そうなので人間に戻りますね」


「クロさんご苦労様です。はい、服と靴」


 シェリアの表情に疑問を持ったが、この目立つ姿のままでいる時間は短い方がいいのでさっさと人間の姿に戻ることにする。

 服についていた砂や土を払って渡してくれるアンナにお礼を言いながら【転身】でまた人間の姿になる。

 手早く着替えを済ませると、喜び飛び回るレアとスイを何とか落ち着かせ、今後の事について話し合うことにする。


 アンナは嬉しそうにしているレアやスイをどこか羨ましそうな目で見ていた。

 きっと家族の事を思い出しているのだろう。

 自分では本当の家族の代わりにはなれないかもしれないけど、あの三人のようにアンナからもらっている温もりと同じものをアンナにも返してあげたいと思った。

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