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外に出て

「いいですか? クロさん。竜だからとか、人だからとかは関係ないんです」


「はい……」


「女性に対しては過剰なくらいに気を遣うのが丁度いいんですよ」


「はい……」


「ましてや眠っている無防備な女性の裸を躊躇いもなく見ようとするのはいかがなものでしょう。私のならいいんですけど」


「はい……え?」


「あ、いえ。その。最後のは忘れて下さい!」


 犬でいうところの伏せの姿勢で目の痛みに泣きながらアンナ先生からのありがたいお説教を賜る事数分。

 自分の数倍も大きい竜の正面に立ち、怯むことなく堂々と説教をしている少女の図は他人が見れば目を疑うようなシュールな状況だろう。


 何かもう本当にアンナが竜使いになっているように思えてきた。少なくとも今の状況を他人が見れば疑うことなく竜使いだと思うことだろう。段々とアンナに頭が上がらなくなる自分の先行きが不安になるのだった。

 お説教の内容にはやや納得いかない部分などもあったのだが下手な言い訳は逆効果だと学んでいるので言いたいのをぐっと堪えて聞くことに徹した。


 お説教が終わり、ようやく涙と目の痛みも収まって視界が回復したのでほったらかしになっていた眠っている三人の状態を確認する。

 と、言っても女性らしい体つきをした人間のあられもない姿ををまじまじと見ようものならアンナの逆鱗に触れかねないので、体の方はアンナに着替えや外套をかけた時に異常が無かったのかを聞くだけに留めることにした。


 年上の女性は外套をかけることしかできなかったが、少女二人の方にはそれぞれの裸体が見えないようにと、アンナは丁寧に服を着せていた。年上の女性はともかく、少女二人はアンナと同い年位の見た目なのにアンナよりも胸が膨らんでおり、着替えさせた時のアンナの表情に言い知れない哀愁が漂っていたのを自分は見逃さなかった。しかし、そこは気付かない振りをしてあげるのが優しさだろう。


「見たところ怪我などはありませんでしたね。ただ顔に包帯を巻いていた子は目や顔に火傷みたいな痕が在りました」


 顔に巻かれていた包帯は環境改変の術の影響で砂になってしまっている。その下には引き攣れた様な痛々しい痕があり、目も見えなくなってしまっているようだった。


 観察して気付いた。20代後半くらいの女性は耳が長く尖っており、美しい銀髪だった。外見からアルデルでギルドマスターの秘書をしていたナタリアさんを思い出した。同じ種族なのかもしれない。


 アンナと同じくらいの容姿の二人はそれよりも耳が短かったが普通の人間よりも尖っている。髪はアンナよりも明るい金髪だ。

 三人は顔立ちが似ている気がするので姉妹かと思ったのだが、耳の形が違うということは種族が違うということだろうし、それは無さそうだ。


「結構派手に騒いでるのに起きない所を見ると打撃で気絶させられたか薬で眠らされたかだと思うんだよね。起きるのを待ってもいいけど、とりあえず解毒の術をかけておこうかな」


「解毒? 薬じゃなくて毒で眠らされているんですか?」


「体に変化を与えるっていう意味では、薬と毒は殆ど同じなんだよ。解毒の術は厳密に言うと体の中に入って体に変化を与えているものを消すものなんだ。だから毒でも薬でも消せるんだよ」


「へぇー。クロさんって色々知っているんですね」


 現代医学の知識が無いこの世界で生きるアンナは知らなくて当然かもしれない。実際毒と薬は紙一重なものだ。

 少量で薬になるものが量が増えた事で毒になるものもあるし、一般的に毒として認識されているものが実は医療の分野で治療に使われていたりもする。


 極端な話、生物の体にとっては毒も薬も大して変わらない。体の中に入ればどちらも同じように分解され体に影響の無いものへと変えられたり、代謝によって体外に排出されたりする。

 例えば風邪薬は発熱や炎症などの風邪の症状を緩和してくれる薬だが、人体はそれを異物と判断して分解している。もし分解されなければ風邪薬はずっと体の中でその変化を起こし続けることになる。


 熱や炎症は辛いものだが、体にとっては細菌やウイルスといったものを駆除するための重要な反応である。それを押さえ込まれるというのは体にとっては困った事なのだ。

 体が分解しなければ睡眠薬ならずっと眠り続ける事になるし、麻酔ならずっと麻痺したままだ。これでは毒と変わらない。


 勿論、死に至るような毒であれば体が分解する前に死亡してしまうし、体の分解能力を超えた薬や毒も存在する。


 この世界にある薬品は地球でのものとは違うだろうし、聞きかじった程度しか薬学や毒物学の知識は持っていないので殆ど素人判断だが解毒の術ならばそんなことは関係ない。今回眠っているのが薬品によるものであるならこの術で問題なく回復させることができる。違ったとしても別に害は無いので起きるまで待つだけである。


 というわけで三人まとめて解毒の術をかけておく。

 術をかけ終わるとほぼ同時に年上の女性が身じろぎをしたのですぐにでも目覚めそうだった。

 目が覚める前に今居る周辺の地面を術で少し掘り下げて窪みにし、周囲から見えにくいようにしておく。


「それじゃ起きる前に人間の姿になるね」


「あ、はい。じゃあこれ、預かっていた服と靴です」


「ありがとう。アンナも変装を解いておいて。その姿は僕が元に戻ったり別な姿になった時だけにしよう」


「わかりました」


 アンナに預かってもらっていたカバンから服を出してもらって受け取ると、【転身】の術で人間の姿になり、服を着た。

 自分が人間の姿になるならアンナも元の姿に戻っていてもらう必要がある。自分もアンナも意味は違うが目立っていたので誰かがアンナの姿を覚えているかもしれない。従えていた生き物がいなくなっていたり、替わっていたりすると変に思われる可能性も否定できないので念のためだ。





「ぶはぁ! 死ぬかと思ったぜ……うげーくっせー」


「ぐぅ。ふぅ……命拾いはしたものの、これは酷い匂いですな」


「オメーは文句言うんじゃないよ! 助けてやったんだから!」


「いや。本当に感謝しますよ。貴女がランドワームを従えてなかったらあのまま砂の中でしたからな。それにランドワームの胃袋に入るという貴重な体験もできましたし」


「あーもうホントに最悪だぜ。率いた手下の殆どが砂の中。かなり使える奴もいたってのに、商売あがったりだな。……オイ! 素っ裸なんだからこっち見るんじゃないよ! つか前隠せよ!」


「ほっほ。こんな老いぼれでも男として見てもらえるとは光栄です。しかしこんな時のマナーを知らないとは……市井に紛れるのに必要でしょうに。いいですかな? 紳士は知らん振りで堂々と振舞うもの。隠すなど恥ずべきことです。6番殿は意外と初心なんですな」


「馬鹿か! そんなん今は関係ないだろうが! いいから前隠してこっち見るな! 素っ裸でキラリと輝く笑顔なんて見せられても鳥肌しか立たないっての! もう一回胃袋に詰め込ませるぞ!」


「ほっほ。そうは言われましても……使い込んだ暗器は勿論、服も所持品も何もかも砂になってしまいましたし……仕方在りません。ここは一つ、この葉っぱで勘弁してくだされ」


「ったく何で私が……。それよりどうすんだ? 古竜に守られた標的を再度攫うなんて現状じゃ無理だし、感づいた穏健派の連中も捜索の手を伸ばしているはずだ。任務失敗だな」


「ええ、これは厄介なことになりました。こちらの正体までは知られてはいませんし、状況が状況でしたからな。釈明の余地はあると思いますが……」


「ってことはお前さんは戻るつもりでいんのか?」


「おや? その発言は脱走示唆と取られかねませんよ?」


「そっちの方が現実的だろ。あの竜には死ぬ思いをさせられたが、嬉しい事に〝枷〟まで破壊してくれたから逃げても足はつかないはずだ。どの道私は装備品も含めここに率いた戦力の8割を失った。仮に戻れたとしても暫くは開店休業になっちまう。私はこのまま消えるぜ」


「そういえば……我々〝影〟を縛り付けているあの厄介な〝枷〟は無くなっていますな。正規の手順以外で外そうとすれば我々の命はないはず……強力な魔具であるそれすらも無効化して砂にしてしまうとは……。ふむ。では私もこれを機に本腰を入れて執事にでもなってみますかね」


「おいおい。せっかくの暗殺技術なんだぜ。そっちで稼ぐ方が儲かるだろ。〝影〟の暗殺専門、4,5,6番の番号付きの中でも頭一つ以上飛びぬけた技術を持ってんだし、もったいないぞ」


「ほっほ。過分な評価は恐縮ですが、長年の夢でしてな。暗い仕事よりも性に合うんですよ」


「……まぁ人の好き勝手だし、どうこう言うこっちゃないか。にしてもあのバケモノ竜は何なのかねぇ。あんな反則級の竜魔法をあんな場所でいきなり使われちゃあ特殊能力持ちの魔物だって一溜まりもないぜ。何でこんな場所にいたのか……住処を荒らされた腹癒(はらい)せにヴェルタにでも攻め入るつもりかねぇ?」


「確かに手を出した人間がいたという話はありましたが諜報専門の7,8,9番からそんな情報は上がっていなかったはずですし、対峙した様子ではそんな感じはしませんでした。あの強靭な肉体に加え、凄まじい竜語魔法、本当に戦う気を見せてないあの状態でさえ背筋が凍るほどの脅威。逆鱗に触れれば文字通り、王国そのものが灰燼となっても不思議では無い。もしもその気だったのなら我々がこうして生きている事自体が在り得ないでしょう。……かつての亡国の歴史を彩る古竜伝説の数々、あながち詩人どもの脚色ばかりというわけでもなさそうだ」


「まぁあんなもんを見せられちゃあなぁ。もしも滅ぼすつもりでやってきたならこんなとこで寄り道しないで一気に王都にまで飛んでいってるか……。だけど、あんなんが攻めて来たとしても戦闘狂の2番あたりは喜んで正面から突っ込みそうだな」


「新しい魔法大好きの3番さんも嬉々として首を突っ込みそうですな。まぁ暗殺や諜報技能ではなく純粋な戦闘能力でそこに収まっている1,2,3番でもあれに敵うとは思えませんがね。私も老い先短いとはいえまだ死にたくはありませんし、専門は人間の相手、また古竜と戦わされるのは勘弁願いたい」


「死にたくないのはこっちも同じ。失敗はいずれバレるだろうから追っ手はつくだろうが、こっちの命を握ってる枷がなくなった以上逃げ切るのはそんなに難しくない。お偉いさんがたも重要な機密を握ってるならまだしも、失敗した時のために大した情報も渡していない暗殺者をそこまで固執して探し回るってことはないはずだ」


「下手に探し回ればその動きで政敵に怪しまれますからな。(ほとぼり)が冷めれば普通に町中を歩くこともできそうだ」


「っつか、身包み剥がされたこの有様でどうやって町まで行くかが問題だよなぁ」


「ほっほ。私はともかく、6番殿はまだまだ魅力的ですし、その姿でその辺を通る行商に声をかければ助けてくれるでしょう」


「うっし。お前、ちょっとそこに座れや。おーい、ワームぅ。ちょっと老けてるけど新鮮なエサだぞぉ」


「じょ、冗談ですよ。ほっほ。まぁ気は進みませんが、足がつかない程度に闇に紛れて移動する事にしましょう」


「あーあ。私もいつかあんな竜を手下に加えてみたいなぁ。力で捩じ伏せて無理矢理ってのは聞くが、あんな小娘じゃそれは無理だろうし、どうやって認められたのかねぇ。いつかこっちに鞍替えしてくれないか会いに行ってみようかな」


「ほっほ。いっそ竜に認められる秘訣でも教えてもらいに行くというのはどうです? 全ての国々を含めても強制ではない方法で竜種を従えることができた者は希少ですからな。頭を下げる価値はありそうですよ?」


「だなぁ。私もこの魔獣使いになってから竜を連れて歩くのは憧れだったんだ。本気で一回会いに行ってみるかな」


「これはこれは、随分と思い入れがあるご様子。ですが、冗談は程々にしておくべきかと。一度敵として覚えられたらそれを払拭するのは難しいですよ? 追われないだけ有り難いと思って距離を置くのが賢いと思いますがね」


「まぁ自分の命だ。好きなように使うさ。さて、んじゃ行くかね」


「確かに、他人がどうこう言うことではありませんな。まぁ今後の事もありますし、町か村まではご一緒させてもらいましょうか」


「……こっち見んなよ」


「ほっほっほ」

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― 新着の感想 ―
うるせえよクソボケ女が アンナほんまいちいちウザイわ 弱いくせに力を持ったからと偉そうに、オークに犯されてまえ
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