違い
「……ホントによく躾けられているんですね……」
「え?」
日が地平線に近付き、そろそろ今夜の野営準備をするために丁度いい場所を探そうかという頃、走車の後方に乗って後ろを付いてくる自分と背に乗るアンナを眺めていたコレットがつぶやく。
アンナはそんなことを言われるのが意外だったのか、何を言われたのかわからないという顔をしていた。
「メリエさんの疾竜もそうですけど、リンさんの影狼も吠えも唸りもしないし、とても高危険度の魔物とは思えません。一体どんな魔法を使って従えてるんですか?」
コレットは魔術師見習いということで魔法に関することに興味が在るようだった。魔獣使いも魔法で魔物を従えているという話だったから関心を持っているのだろう。
しかしこれは困った。魔法についてもよくわからないし、ましてや自分は魔法で従えられているわけでもない。詮索されるとどう答えていいかわからない。
てっきり自分と同じように困っているのかと思いきや、アンナはそんな疑問に対する答えを用意していたかのように返答した。
「魔法は使っていませんよ。この子がまだ子供だった頃に助けたんです。私は少しだけですが動物と心を通わせることができるんです。その力と子供の頃から世話をしてきたことで友達のようになれているだけです」
「ということは、先天的に魔獣使いの資質を備えていたということですか。すごいですね」
「いえ、この子以外は従えたり操ったりはできません。この子限定なんです。だから他の魔物を操ったりはできないんですよ」
「へぇ……そういうこともあるんですね……」
「(おお。アンナ、ちゃんと聞かれたときの事を考えていたんだね)」
「(いえ、さっきメリエさんに聞かれたらこう答えるといいって言われていたんですよ)」
さすがメリエ。抜かりない。頼りになるなぁ。
「どれくらい意思疎通ができているんですか?」
「え? ……ええっと……(ど、どうしましょうクロさん)」
「(何でもいいからやって見せてあげれば? 難しいことじゃなければ言われた通りに動くから)」
「そ、そうですね。難しいことじゃなければある程度は何でもやってくれますよ」
「じゃあよかったら何か命じてみてもらえませんか?」
「ええっと……じゃ、じゃあ、ジャンプ!」
「(ホイホイ)」
言われた通りアンナと荷物を乗せたままピョンと跳び上がる。軽く跳んだつもりだったが荷物が山積みの走車以上の高さまで跳び上がってしまった。
「ひゃあ!(ク、クロさんそんなに張り切らなくていいですよぅ!)」
だが荷物やアンナを落とすこともなく、スタッと華麗に着地する。
「(ゴ、ゴメン。まだこの体の加減が上手くできなくて……)」
自分でもまさかこんなに跳び上がるとは思わなかった。やはり筋力などは竜のもののようだ。
「うわぁ! す、すごい……あ! 影狼って特殊能力があるんですよね? それはできるんですか?」
コレットは目を輝かせながら他には何かできないのかと聞いてくる。
しかも特殊能力!? これはまずい。どんな特殊能力を持っているのかまではメリエに聞いていないからわからない。それにアンナを乗せたままであまり激しい動きをすると危ないのだが……。
「それは……ええっと……」
「(ア、アンナ。僕もそれはわからないから適当に誤魔化して)」
「(ぅえぇ!? 突然そんなこと言われても)」
アンナがしどろもどろになっているところに、天の助けが来た。
「おーい。そろそろ野営の準備をするから今日の移動はここまでだ。見張りを交代して、手の空いた者は野営の準備をするぞー」
「は、はーい。わかりました。……あのまた後ででいいですか? 野営の準備もありますから」
「あ、そうですね。次の見張りは私とユユなので残念ですけどまた後でお願いします。キミもありがとうね」
そう言って止まった走車から降りると笑顔で頭を撫でてくれた。フワフワの毛を撫でるコレットの目は魔法の話をする時以上に輝いている。
さすがにアンナのように飛びついてはこなかったが、これでもかといわんばかりに撫で回された。それを見たフェリが仕事をするようにとコレットを嗜め、名残惜しそうにしつつもようやく見張りの準備に取り掛かっていった。
「(コレットさんもクロさんの毛並みがお気に入りのようですね……)」
「(撫でるのはいいんだけど、ボサボサだよー。あとで影狼がどんな能力を持っているのか聞いておかないとなぁ)」
「(そうですね。あ、毛はあとで手櫛で梳いてあげますね。じゃあ私達もメリエさんのところに行きましょう)」
梳いてくれると言いつつ、その目はまた撫で回す気満々のアンナさんであった。
街道沿いの開けた草地に走車を止めると、まず手分けして魔物避けの香袋を使って周囲の安全確保をした。その後、見張り当番以外で篝火の準備、食事の準備、走車を引く馬の世話を進めていく。
恐らく魔物の心配はないだろうとは思うが、自分のことを知らない者達はいつも通り安全確保の作業をしている。今回は怪しまれないようにアンナとメリエも手伝っていた。馬には走車に積んである干草と水を用意し、いつでも動けるように走車に繋いだまま休ませる。
それが終わると食事と寝床の用意なのだが、アーティファクトを使えないのでいつもの3倍近く時間がかかっていた。
アーティファクトがどれだけ便利だったかよくわかるというものだ。メリエやアンナもそれを感じているのか、アーティファクトを使い始める前までは当たり前だった料理や火熾しの作業を手間取りながらやっていた。やはり人に見られても大丈夫なような工夫をするべきかもしれない。
走車の空きスペースは人が寝られるほど広くはないので、寝るのは全員土の上でということになる。街道のすぐ脇の草が生えている場所を踏みならし、簡易的な草のベッドにするとそこに荷物を置いておく。無くしたら困る貴重品などは手元に置いておくのが基本なので選り分けておいた。
見張りは今まで通り見晴らしの良い走車の上に登って行うようだ。
ポロと自分も一度背中に括り付けてある荷物を外してもらい、ペタンと座りながら周囲の警戒をしつつ夕食と野営の準備をする女性陣を眺めていた。
この世界の普通の人達が野営をする様子を観察しておくことができたので有意義な時間になった。
夕食の準備が整うと、見張り以外のメンバーが先に食事を済ませる。今夜は保存食の他に簡単なスープのようなものを作っていた。狩りはしていないので残念ながら新鮮な肉などは無く、ポロと自分にはやや塩辛い干し肉の塊と事前に育てておいたスイカボチャを持ってきてくれた。
疾竜や影狼が果物なんて食べるのかと驚かれたが、詳しい生態を知っている者はいなかったので雑食だからということで納得してもらった。
雑談をしながら食事をする女性陣の会話を、ポロと一緒に干し肉をかじりながら聞いていた。
「いやー、アタシらホントこれで終わりかと思いましたよ。今回雇われたのは影狼と疾竜のエサとしてかと本気で思いましたからね」
「私も最初は驚いたんですけど、話に聞いていたのと違って大人しくて拍子抜けしちゃいました」
「まぁちゃんと従えていないと連れて歩くこともできないからな。騎士団に見つかったら大事になってしまう」
「ホントに大人しい……。飼い犬みたい……」
順にフェリ、パーラ、メリエ、シーナの言である。コレットとユユは見張り中、アンナはスープをよそっていた。
席に戻ったアンナがリーダーのフェリに質問を投げかける。
「あの。フェリさんたちはどうしてハンターになったんですか?」
「リンさん、アタシは呼び捨てでいいよ。パーティのリーダーやってるって言っても実力はそっちが断然上なんだから、逆に恐縮しちまうよ」
「いえ、そんな。フェリさんの方が年上ですし、私はこの方がいいので」
「そうかい? まぁそっちがいいならいいんだけど。アタシらは皆同じ孤児院出身でね。皆物心つく前から孤児院に居たから外の世界を全然知らなかったんだ。そこで外に行きたいアタシらが集まって、ハンターになって外の世界を見て回ろうって話になってね。そんで最近になってハンターになったんだよ」
硬いパンをスープに浸して食べながら、気負った様子も無く答えるフェリ。それを聞いていたシーナはうんうんと頷いている。
立場は違うが、世界を見て回りたいという自分の想いと似ていた。
しかし、自分とは決定的に違う部分があった。それが自分の心をチクチクと苛む。
狭い箱庭で安全に過ごし、孤児院を出ても町の中で働く方が安定はする。だがそれを良しとしなかったのが彼女達だ。
人間だった頃、道を外れることが恐くてできなかった自分の瞳には年若くして、例え危険であっても自分の想う道を選んでみせた彼女達が眩しく映った。
いや、よくよく考えたらメリエやアンナもそうなのだ。
メリエは両親は亡くなったものとして村で穏やかな生活を送れば、危険なハンター稼業に身を置く必要も無かったはずだ。肉親との死別は悲しいものだが、それは生きている以上避けることのできない、全ての人間に何れ訪れる別れである。
社会システムの違いはあれど日本で生きていた頃も、突然蒸発してしまう人間は毎年数千人とも数万人とも言われる規模で発生している。いなくなってしまった人間を自分の命を賭してまで探そうとする人は稀だろう。ましてやここは死が身近にある世界だ。首を突っ込んだために命を失うような危険がそこらじゅうにある。
多くの人はいなくなった人を探したいと思いつつも、その想いと自分の置かれた現実を天秤にかけ、大抵は現実を優先するものだ。
しかしメリエは自分の命を賭して探すという困難な道を選んだ。穏やかで安寧に満ちた村での暮らしを捨てて。
アンナだってそうだ。
せっかく拾った命を自分との旅で再度危険に晒すよりも、適当な町や村で腰を落ち着けるという選択肢だってあったはずだ。
しかし、アンナはそんなことは一切口に出さず、自分についてきてくれている。自分の傍にいてくれている。
アルデルやコタレで身の置き場所を探して自分と別れ、町での平穏な暮らしを送るという道もあったはずなのに……。
そう考えると途端にメリエやアンナも眩しく感じるようになった。
これが、自分と彼女達との違いだ。
今の自分は力があるから、踏み出すための力があったから人の選ばない、選ぶことのできない自分だけの道を歩くことが出来ている。
彼女達はそんな力は無いのに、自分の想う、自分で選んだ道を踏みしめて、歩いている。古竜なんかよりもよっぽど強いと思えてしまう。
彼女達と自分との違いを自覚したせいか、暗闇の草原を背景に笑い合う年若い彼女達が眩しく、輝いて見えた。まるで後ろ暗いちっぽけな自分がその笑顔に照らし出されているようで、居た堪れない思いが湧き上がってきた。
「まぁまだ駆け出しだからね。経験を積みたくてもアタシらみたいな駆け出しで、しかも女ばっかりのハンターを護衛に雇ってくれることなんて殆ど無いんだ。だからパーラさんには感謝してますよ」
「いいえ。私も男性の傭兵は実力があってもちょっと苦手で、フェリさんたちが来てくれたのは助かったんですよ。いつもは両親も一緒だから気にしないんですけど、今回は私だけだし、誰も依頼を受けてくれないかもしれないと思っていましたから」
「そう言ってくれると嬉しいですよ。最後まできっちりやり遂げて見せます」
「はい。よろしくお願いします」
「メリエさんとリンさんはこの後は王都に向かうんでしたっけ?」
「ああ。用事でな。私らだけで移動するのは大変だし、乗り合い走車よりも護衛の仕事をしながらの方がいいと思って依頼を受けたんだ。幸い連れがいてもいいと言ってもらえたしな」
「私達の方こそ、色々と教えてもらってるしメリエさんやリンさんのような実力者がいてくれると安心できますから、感謝していますよ」
「私もリンもそこまで強いわけじゃない。あまり過信はしないでくれ。それに緊張感を持って取り組む方が、身につくと思うぞ」
「あ、はい。わかりました。よっし。じゃあアタシは食べ終わったのでコレットとユユと交代しますね。シーナも食べ終わったら来ておくれよ」
「……ん。わかった」
フェリが見張りを交代し、見張りだった二人が食事を済ませる。
自分も食べ終わったので、のそりと起き上がるとフェリたちの反対側を見張ることにした。
と、言うのも女性陣の会話が恋愛系の方向に向かいそうになってきていたので聞いたらまずいと思ったのだ。やはりそういう会話はどこの世界でも若い女性の好物のようだった。
夜も大分更け、今夜の見張り当番になったフェリ以外は寝る準備をしていく。今回の護衛では見張りは二交代制だ。今夜は前半はフェリ、後半はシーナが当番になった。なので自分達だけで移動するときよりも大分休むことが出来る。翌日は夜間見張りだった二人は、走車で長めに休めるように打ち合わせてあるようだった。あの揺れる走車でゆっくりできるのかは甚だ疑問ではあるが……。
「じゃあ寝るか。おーい、クロー、こっちこっち」
満面の笑みでメリエが呼んでいる。
やはりきましたか。まぁアンナに言われてわかっていましたけどね。
「(ああ、ハイハイ……)」
既に諦めていたので文句を言うことも無くメリエに手招きされて簡易の草ベッドのところまで移動する。自分とポロもメリエとアンナの見張り当番までは休むことにしているので、今夜は寝る予定だ。
「じゃあ、クロはここだぞー」
「(クロさんも思い知るといいですよ……)」
あれ。コレ、何かポジションがおかしくない?
前半の見張りのフェリ以外の全員が自分を中心に寝る準備をしている。中心の自分に頭を向ける形で左側にメリエ、アンナ、パーラ、右側にコレット、ユユ、シーナと並んでいる。
疑問の視線を投げかけると、メリエは悪びれる様子も無く答える。
「(いやな。昼間の走車の中でクロのことが話題になってな。皆クロのフワフワの毛を堪能したいということだったから、皆でクロの毛並みを楽しみながら休もうということになったんだ)」
「(なんですとぉ!?)」
メリエとアンナだけならいざ知らず、残りの女性陣全員に枕にされねばならんというのかね!?
「(いいだろう? こちらはクロのフォローに気を遣っているんだ。これくらいは我慢してもらわねばな?)」
ぐぐっ……。確かにそうかもしれないけど……。
ハッ! 昼間にアンナが意味ありげに言っていたのはコレか!
「(別に身動き取れなくなるほど抱きついたりはしないように言ってあるから大丈夫だ。緊急事態の時は私らを跳ね除けて動いていいから)」
満面の笑みのメリエである。
まぁ今回は色々と見えないところでフォローしてもらっているというのはわかっていたし、これくらいは我慢するべきか……。それに出発前からメリエに言われていたがやんわりと了承してしまっていた節が在るので今更断りにくい……。
「(クロ殿なら平気です。頑張って下さい)」
「(ポロ、絶対ヒト事だと思ってるでしょ……)」
結局断れず、女性陣の枕になって眠ることになった。全員ふわふわの自分の毛並みにご満悦の様子で、モフモフと撫でながら枕にしている。
しかし、両サイドから枕にされると寝返りどころか身じろぎ一つできない。メリエなんかは眠りに落ちる間際まで毛皮をモフモフしながら肉球をプニプニしていた。それを見た他の連中まで代わる代わる肉球を触りだすものだから、眠るどころではない。
そして彼女達が寝静まった後も、女性に密着され更にその女性特有の香りで緊張してしまい、結局深く眠ることもできずモヤモヤとしながら一晩を過ごすことになった。
翌日、全員十分休めたようでツヤッツヤになっていたのだが、こちらは逆に寝不足気味になってしまった。夜の見張りの負担軽減のはずが、逆に疲れてしまうことになるとは……。
ああっ! しかもアンナが顔をうずめていた部分がアンナの涎でガビガビになっている! 自慢の毛並みが……うう……ヒドイー……。




