大空、解禁
何度か脱皮を繰り返し、自分の体も着実に大きくなってきていた。
まだまだ母上には遠く及ばないが、生まれた当初は1mくらいだった体長も今は尻尾まで入れれば3mを越えた気がする。
脱皮した時の鱗と生え替わった爪や牙は、今も住処の端っこの穴に集めている。初めは鱗だけ脱皮で剥がれていたが何度目かの脱皮から牙も、更に何度目かの脱皮から爪も生え変わるようになった。
段々と鱗や爪、牙の量が多くなったので穴の数を増やすことにした。集めてはいるけど何かの役に立つのだろうか……。竜の鱗や骨なんかはゲームとかだと高価な素材になったりするけどここではどうなんだろう。
仮に高価な素材になるのだとしても自分の爪や鱗だしなぁ……。役立ててくれるならいい気もするが、想像すると皮膚移植や献血のような気分になった。
そんな感じで色々と無駄な思考もしつつ、いつも通りの日常を繰り返していたある朝。
「飛ぶことにも大分慣れてきたな。今まで巣穴から出ないように言ってきたが、そろそろ外に行くことを許可しよう」
朝の食事をしている時にそんなことを言われて、思わず飛び上がって喜んだ。
初めの暴走以来、【飛翔】の術も失敗することなく順調に飛べるようになってきていた。今では狭い住処の中をグルグルと思い通りに飛ぶことができるようになっている。
まるで洞窟を飛び回るコウモリのようにバサバサと住処の中を飛び回り、練習をしていた。急旋回や急停止、小回りの良さを生かしてブーンブーンと飛び回る。
きっと母上からしたら巨大な蠅が飛んでいるようで鬱陶しいんだろうなぁ。母上、ごめんなさい。
自分の翼も舵を切ったりバランスをとったりという複雑な細かい動作ができるくらい動かせるようになった。
尾もスタビライザーのように重心を移動し、バランスをとるために役立っている。
「ただし、今はまだこの山から出ないように。特にまだ麓に広がる森に下りてはダメだぞ。山の中と山の上空なら自由に飛びまわるといい。広い場所の方が飛ぶ練習にはいいだろうしな。今日は今度クロ坊が行かねばならない場所にいる古い馴染みに会ってこなければならない。夕暮れ前には戻る。浮かれすぎて失敗しないようにな」
そう言うと飛び上がり大空に吸い込まれるように飛び去っていった。結構遠い場所なのかもしれない。
いよいよ待ちに待った外出許可が下りた。逸る気持ちを抑えきれず思わず笑みがこぼれてしまう。竜なのであまり表情には出ないがきっと鏡を見たら嬉しそうな目をしていることだろう。
……そういえば鏡を見てない。竜になって未だに自分の顔が見れていない。どんな顔なんだろう。目つきが怖いのだろうか。
……いや、それも気にはなったが、やはり今は外のことだ!
自分の姿に意識が移りかけたが気持ちを戻し、早々に残っていた果物を食べ終え、術を使って住処の外に飛び上がる準備をする。正直気持ちが逸って食べたものの味なんてわからなかった。
初めて飛んだ時の暴走で一度だけ外の景色を見たが、やはりわくわくが止まらない。
一度失敗している手前、いつも以上に集中し浮かび上がる。普段なら住処の入り口手前の高さで止まり旋回したりしていたが、今日は違う。
住処の出入口を超え、高く高く浮かんでいく。
ある程度周囲を見渡せる高さにまで上がると一度その場で止まってホバリングする。翼をバサバサと動かすでもなく座ったような姿勢で空中に止まっているのは何とも不自然な感じがしたが、術で飛んでいるだけなら翼を動かす必要もないので無駄な体力を使う必要も無い。
以前はゆっくりと見られなかった周囲の様子をじっくりと観察する。
住処のある山の高さは見た感じ2000mは超えていそうだった。となりにある同じような岩だらけの山は更に高く2500mくらいだろうか。
山頂のやや下の方に薄く雲がかかっている。綿のように浮かぶ雲の波は自分が高い場所にいるのだと教えてくれる。
麓に広がる森は広大で、地平線の向こうまで続いていた。母上が飛んでいった方向から察するとどうやら森の奥地に向かっていったようだ。
森の地平線の先には山脈が見える。
360度のうち180度はそんな光景だった。
残りの180度は隣の山に遮られていて見渡す事ができない。
更に更に高く上昇する。山の範囲から出ていなければ高さの制限は言われていないから大丈夫だろうと勝手に解釈した。
高度を上げ、隣の山よりも高い位置まで上昇すると、その山の先は草原だった。ちょうど今いる二つの山のあたりで森が切れ、先には草原が続いていた。
ところどころ起伏があるものの殆ど平坦で人工物も何もない。
草原の先に小さく灰色の山のようなものが見えるが遠すぎてはっきりとわからない。ところどころに木が生えていてサバンナのような感じだ。
周囲の様子を眺め、自分が空を飛んでいるということを改めて認識する。
ああ、まさかこんな形で夢が叶うとは思わなかった。
晴天の空、白い雲の波、穏やかな風、夢にまで見た空の世界。
暴走した時と違いゆっくりと眺められ感動が心に染み渡る。
思う存分景色を堪能すると、今度は更に上空に意識を向ける。
どこまで昇れるのだろうか。
試してみたい。
更に上昇を開始する。高く高く。
気球で上昇するようにどんどん高度を上げていく。
雲を遥か眼下に上昇を続けてくとやがて空の青が濃さが増してくる。青から深い群青に。宇宙が近づいてくるようだった。
飛行機の窓から見るようなものとは全然違う。視界全てが空。強い風の音が耳朶を打つ。
通常こんな高さに来たら生身の人間は生きられない。空気が薄く気圧も低い。竜の体は多少息苦しさを感じるもののまだガマンできる範囲だった。しかしそれはある場所で一転した。
「!! いったたたたっ! うわっ! さぶい!」
体の異変を感じたのはもう空と大地の境目が曲線で見えるほどの高高度だった。星が平坦ではなく、丸いのだと認識できるほどの高さ。
突き刺さるような冷気で体中が痛い。首を回してみると、翼の皮膜の一部が凍り付いている。
竜になって寒さや熱さに強くなっていたがそれでも-70℃近くにもなる低温下は堪えた。広大な空の景色に吸い込まれるように上昇した結果、地上から遥か上空、対流圏から成層圏の世界に踏み入ってしまったようだ。
これはまずいと術を切り、自然落下を開始し、錐揉みしながら一気に高度を下げていく。普通の生物なら気圧の急激な変化でおかしくなる所だが竜の体はそこまで体調の変化はなかった。せいぜい耳が少し痛いくらいだ。まぁ耳と呼べるようなものはなく、こめかみに穴が開いているだけなのだが。
フリーフォールにより高層雲、中層雲の波を突きぬけ徐々に大地の緑色が近づいてくる。
住処の山が近づくと翼を広げ術を起動しブレーキをかけていく。落下速度が緩やかになりやっと一息つくことができた。
やがて巣穴の入り口を捉え、ゆっくりと着地する。慌てて翼を見てみると凍り付いて変色している部分があった。これは……凍傷だろうか。痺れるような疼くような感覚がある。
癒しの術で凍傷は治るのかと疑問に思ったが、ほっとくわけにもいかないということで術を使う。
体の細胞を活性化し、壊れた細胞と置き換えるイメージ。ほんわりとした温かさが患部に灯る。
徐々に変色していた翼膜が元の色に戻っていく。感じていた疼きなどもなくなり動かしても何も感じないいつも通りに戻った。
(ふう。よかった、ちゃんと治った……)
思わず安堵のため息が出た。
凍傷は悪化したまま放置すれば周囲が壊疽を起こし、場合によっては患部を切断しなければならなくなることもある危険な症状だ。
せっかく空を自在に飛べるようになったというのに、早々に翼を失うなんて冗談にならない。
癒しの術で凍傷を治し、他に異常はないかと体中チェックする。鱗は霜が降りていたが大丈夫なようだ。さすが竜の体。
痛い目を見たが、あの吸い込まれるような空の世界は魅力的だった。
自分が巨大なものの一部になったかのような感覚。
人間だった頃に感じた部品のような寂しく空虚な感覚じゃない。
まるで空と溶け合ったかのような、風になったかのような、そんな感覚。
また行きたい。
もう一度。
そう思ってしまった。
しかし、そう思いはするが命を危険に晒してまで行くわけにはいかない。
今度から高高度に上がるときは何か対策が必要そうだ。体の回りにシールドを張るような術が無いか調べておこうと考える。
空の上で痛い目を見たので、その後は住処の中で術の練習をしてから夕方になるまで山肌近くを飛んでどんな様子かを見て回った。
山は岩ばかりだったがところどころ草木が生えている。川や湧き水などはなく、荒涼としていた。
そういえば母上以外にまともな動物の姿を見た記憶が無い。
岩肌に小動物でもいないかと目を凝らしてみるも見つけられなかった。
竜の棲みかであるこんな山に住んでいる命知らずの生き物はいないのか、それとも竜が獲物を探しに来たと思い身を潜めているのか。
何だか自分が嫌われ者の暴君のようになった気分だ……。寂しい……。怖がらなくてもいいのに。どうせ肉を食べられないフルーツドラゴンだし……。血の匂いとかもしないと思うのだが……。
しかし、よくよく考えると自分でも竜を見たら恐怖して身を隠すだろうと思う。そう考えれば動物が見つからないのも仕方ないかと思った。
麓の森には近づかないようにして、周囲を飛び回ってみたが結局小動物はおろかめぼしい昆虫すら見つけられなかった。
ちょっとしょんぼりしてしまった。
そうしていると大分日が傾いてきたので、暗くなる前に住処に戻った。戻って暫くすると母上も戻ってきた。
「母上おかえりなさい」
「ただいま。翁と話をつけてきた。クロ坊、明日竜の森まで一緒に出かけるぞ」
「竜の森?」
「行けばわかる。我々古竜たちにとって大切な場所だ。少し遠いからな。朝食を済ませたらすぐに出かけよう」
飛べるようになって初の長距離の移動のようだ。
住処の中でコウモリよろしくぐるぐると長時間飛び回っていたことはあるが、やはり実際に長い距離を飛ぶのは楽しみだった。
初めて住処の外に出た嬉しさ、広大な森とその向こうの山脈、草原の向こうに見えた小さな灰色の山のことを話し、そして明日のことを教えてもらう。明日行く予定の場所は森の先を越えた奥深くにある場所のようでここから結構な距離があるようだった。
朝出かけた母上が夕方までかかったのだから確かに遠そうだと納得する。
岩山では生き物を見つけられなかった残念感を話すとやはり竜が近寄ったら隠れるだろうと言われた。
母上も動物の獲物を探す時はかなり苦労するらしい。
百獣の王といわれるライオンや獰猛なトラなんかも狙った獲物をいつでも取れるわけではなく失敗することも多いらしい。強く超常の術まで使える竜といえどもやはり自然を相手に生きる苦労は変わらないのだなと感じた。
母上がいない間に遥か上空まで昇って危うく凍りつくところだったと話したらきっと叱られるだろうと思い、そのことは内緒にすることにした。
食事が終わると早々に寝る用意をする。いつもなら眠る前に術の練習や母上に質問したりして時間を潰すのだが、今日は住処の外に出た疲れと明日長距離を移動することに備えて早くに眠ることにした。
明日会う予定の自分と母上以外の竜はどんな竜なんだろうと思いを馳せつつ、その日は眠りについた。
翌朝、母上が持ってきてくれたいつもの果物を丸かじりして腹ごしらえを済ませると、予定通り住処を飛び立つ。
いつもは母上が飛び去るのを眺めているだけだったが今日は違う。母上に続き自分も飛び上がった。
今日は快晴とまではいかないが雲が少なく風も穏やかだった。隣の山よりも高い位置まで高度を上げ森の奥地に向かって飛行を開始する。
行き際に草原の方を見ると小さく煙が上がっているところがあった。火を使う動物がその近辺にいるということだろう。
火を使う動物はここでは人間だけとは限らない。竜もそうだし、火を起こして身を守る小さな動物や、火を噴いて敵を攻撃したりする獣がいる。そういうものが争ったりするとたまにああやって煙が見えたり、酷いときは火事になったりするのだそうだ。
ただ枯れた草原ではないし、乾燥した気候でもないので大規模な火事は起こりにくいらしい。
そんな風に住処から離れることに浮かれ、あちこち目移りしていると
「今度からは森の方にも行けるようになるから、今はしっかりついてきなさい。あまり余所見をしていると迷子になる」
と、注意された。
上空は思いの外迷子になりやすい。その原因は雲だ。目的地がわかっているならばまた話は別だが、誰かについていくとなるとこれが結構迷う。雲があると容易についていく対象を見失ってしまうのだ。
現代の飛行機にあるようなレーダーなんてないから一度はぐれてしまうと探すのに苦労することになる。
いや、探せば似たような術があるのかもしれないし、無くても創り出せるような気もする。あとで調べてみよう。
確かに母上の言う通りなのだが、溢れ出る好奇心には逆らえない。余所見を程々に我慢しつつ、母上の後ろを離されないようについていく。
母上も自分に合わせてくれているのか、速度を抑え気味にして時折こちらを気にかけてくれている。
まるで親子連れのカルガモのようだなぁと思ってしまう。ヨチヨチと親についていく雛鳥を思い浮かべてしまった。
あながち間違いでもないのかもしれないが。
暫く飛行していると、最初こそ周囲の様子に目移りしていたが延々と続く代わり映えの無い森の景色にだんだん飽きてきた。
そこで母上の跳ぶ様子を観察してみることにした。
飛び始めてまだ一ヶ月かそこらの自分よりも、安定した飛行をしているので何か学べることはないかと思ったのだ。
やはり術を使って飛んでいるので殆ど翼は動かさず大きく水平に広げたままだ。時折風に煽られたり大きな雲を避けるときなどにバランスをとるために動かしているがそれ以外はグライダーが滑空するように伸ばしている。
一つ気がついたのが、母上は向かい風などで顔に強風が当たってもバランスを崩したりすることも無く平然としている。
自分だと強い風が吹くと目を開いていられず顔をしかめたり首を逸らしたり、強風に煽られてバランスを崩しヨタヨタとしてしまうことが多い。
体が大きいから安定しているのだろうか。飛行機も小型より大型の方が安定した飛行ができるとか聞いたような気もするが、全くといっていいほど風を気にしていない様子を見るとどうも違うような気がした。
「母上は体に強い風が当たっても平気なんですか?」
「ん? そうか。クロ坊はまだ壁を作っていないのだな。飛ぶ時には自分の体の前方に壁を作り出すイメージで星術を使い風を避けているのだ。別に無くても飛べるが、長距離を移動する時はあると便利だぞ。余裕があったら試してみるといい。集める星素の量はそれ程多くなくていいしな」
ああ、なるほど。術で風除けを作っていたのか。
【伝想】のおかげで風が強かろうが高速で飛んでいようが意思疎通は問題なく行える。便利である。
だけど今まで意識して二つの術を同時に使ったことはない。【伝想】は殆ど無意識的に使っているため術を使っていると感じなくなっていたが、飛ぶことは大分慣れてきたとはいえ集中していないわけじゃないからそうはいかない。
「術を複数同時に使えるんですか?」
「クロ坊も飛びながら【伝想】を使えているじゃないか。たくさんの星素を制御する術を使う場合は難しいが、そうでない場合は使える。試してみて無理そうであれば私の後ろについて風が当たらないようにするといい」
「わかりました」
試しに飛びながら術を使ってみる。自分の前方にガラスやアクリル板のような透明な壁をイメージする。
星素を集めていくと壁が作られ若干風が弱くなるが、飛行の集中が途切れガクンと一気に高度が落ちる。
「おわったたた!」
慌てて飛ぶことに集中し直し、高度を上げる。
「ふふ。物覚えが良いクロ坊でも練習がいるようだな」
仕方ない。落ち着いたらこれも練習しよう。今は母上の後ろで風を避けさせてもらう。
飛びながらも何とか自分で壁を作ろうと練習していくことにする。
長い空の旅にやる事ができたのでちょっと嬉しい。
雲や森が流れる様子を見ながら練習できるので楽しかった。
飛び続けてどれくらい経っただろうか。
相変わらず二つの術を同時にこなすのは成功していないが着実に目的地には近づいているようだ。
住処から遥か遠くに見えていた森の向こうの山脈を越えるとその先は荒涼とした草原だった。大きな岩がゴロゴロしており、岩の無い場所は草だらけだ。木は殆ど見られないし、生き物の姿も見られなかった。まぁ生き物は仕方がないか……。
その草原を更に飛び、また山を越えると背の高い木が生い茂る森が見えてくる。
「あそこが目的地だ。我々古竜の大切な場所で他の生物は滅多に近寄らない。近寄れば森の竜に襲われるからな」
背の高い木を眼下に見ながら森の上空を飛ぶと、その先には更に巨大な木が何本か見えてきた。雲を突き抜けていて天辺が見えない。
巨大な木の近くまで来ると傍に湖が見え、その付近は木がまばらになり広場のようになっている。
巨木の近くにはこんもりとした緑の丘がありその近くに母上が着地する。自分も母上の近くに着地した。
広場にはいくつもの倒木が転がっており、どれも苔で覆われている。動物の気配もなく、静かな場所だった。
地面は苔でふっかふかだ。よく見ると竜の足跡であちこち凹んでいる。
見上げれば巨大な木の枝葉の間から陽光が苔むした地に落ち、何とも幻想的な光景だった。
「翁。連れてきたぞ」
母上がそういうと緑の丘がもぞもぞと動きだす。
「ん? おお。よく来たな。新たな同胞よ」
思わず固まってしまった。
丘だと思っていたのは巨大な竜が丸まっていたものだった。背中には苔やら草やらが生え、じっとしていると完全に周囲の景色に同化していた。ギリースーツだコレ。あの有名なマク●ラン大尉も真っ青である。
母上も大きいが、母上の倍近くありそうな巨大な緑の竜だった。
「深緑の。昨日話した我が子だ。クロ坊そこな竜はこの森の守護をしているものだ。同胞は皆、翁と呼んでいる」
「ほっほ。初めまして。新たな同胞。皆からは深緑、翁などと呼ばれておる。他の竜よりもちっとばかし長く生きている爺じゃよ」
「は、はじめまして。母上からはクロと呼ばれています。よろしくお願いします」
母上以外で初めて見る竜がこんな巨大で圧倒的な存在感を持つ竜だったため、あんぐりと口を開けて目を見開いて見ていたところ自己紹介をされ、慌てて自分も自己紹介をする。大きな緑色の瞳に見据えられると緊張してしまう。
「ふむ。珍しい鱗の色だのぉ。ワシも今まで見たことがないな。おまえの母から聞いているよ。とても物覚えがいいそうだな」
昨日母上がここを訪れていたはずだからその時に自分のことも話していたのだろう。
「えーと、その、あの……」
「ほっほ。そんなに緊張することはない。お前の母の話では自分がどんな術に適正があるのかわからず悩んでいたそうじゃな。ヒントになるかどうかはわからんが、一つ話をしよう。クロ坊は赤と青の色を混ぜると何色になるか知っておるか?」
「えと……。紫色ですか?」
「おお。よく知っておるな。優秀という言葉に間違いはなさそうじゃ。そう、赤と青を混ぜると紫になる。また青と黄色を混ぜると緑、白と赤を混ぜると桃色になる。このように色は混ぜると別な色に変わるものだ。黒という色はな、他の全ての色を混ぜていくと最後に行き着く色なのだ。もしかしたら今までにあったどんな術よりも凄い術が使えるようになるかもしれんの」
確かに色のルールでは全ての色を混ぜていくと黒になるという。ちなみに光は全ての色を混ぜると白になるそうだ。
ということは全ての色が混じっている……? どんな意味があるのだろうか。
首をかしげて考え込んでいると翁は言った。
「まあ術については追々試していけばよかろう。どれ、まずはやるべきことを済ませようか」
そういうと体を起こし、ずるずると巨木の方に歩いていく。
さすがにこのサイズの竜、歩くと地響きがする。足跡の大きさも自分とは桁違いだ。体がすっぽりと入りそう……。
翁は木の根元にある岩場から大きな実を取り出してきた。
見た目はヤシの実を少し小さくした感じだろうか。それを手渡される。巨竜が持つとまるで大豆のようだが実際はそんなに小さくはない。
「ここはな、新たな同胞の誕生を祝う場であり、古き同胞の死を悼む場でもある。新たに生まれた古竜の子は飛べるようになると初めにここに連れてこられる。ここでその命の実を地に植えることで新たに一族に連ねられるのだ」
逆に言えばここに無事こられるようになるまではまだ同胞ではないということだ。
人間でも確かそんな考え方があった。
昔は子供が生まれても無事に一週間を生き延びられないことが多かった。
そのため人は生まれてから一週間はまだ神様の子とされ、一週間以内に死んでしまうと神様の国に戻ったとか、手放したくない神様が連れいったのだと言ったらしい。
名前も一週間を過ぎるまではつけず、無事一週間生きられたらお祝いとして名前をつけるのだ。確かお七夜といったかな。
竜もそれと同じように無事にこの竜の森まで来ることができるようになるまで同胞とはしていないのかもしれない。
野生で生きる以上子供が命を落とすことは日常茶飯事のはずだ。
そんな風に自分なりに考えた。
「では上を見てごらん」
そういうと翁は首を上に向ける。自分も釣られて見上げた。
「大きな木だろう。この木は竜の命を司る木じゃ。種を植えた竜と共に成長し、竜が死ぬと一緒に枯れ落ちる。ああ、安心するといい。仮に何かの原因で木が先に枯れたり倒れたりしても竜も一緒に死んでしまうことは無い。あくまで竜がどれ程の時間を生きてきたのかの指標となるだけだ。人間という種は暦という時間の区切りを示す単位を使っているそうだが、我々にはそれがないのでな。木の成長をそれの代わりにしているというわけだ。今度は下を見てみなさい」
そういうと寂しげな眼差しで下の方にあるまだ枯れて間もない木を示す。高さ的には10mくらいだろうか。立ち枯れており葉はついていない。
「その枯れ木は若くして命を落とした同胞の木だ。命を落とした理由まではわからんが、我々古竜であっても命を落とす生き物であることを忘れてはならないということだ。この場に朽ちている多くの木はかつて我々の祖としてこの世界に生きた竜達の木だ。クロ坊も自分の木を植え、途中で枯れることのないよう大きな木に育てていかなければならんぞ」
そう言うと優しげな瞳でこちらを見つめてくる。
「わかりました。頑張ります」
よし。枯らさないように世話をしよう。昔は植物とか動物とかの世話が好きでマメにやっていたしちょっと気合が入る。
「ほっほ。頑張る必要はないぞ。木は坊と共に勝手に成長していくからな。放っておいて問題ないぞ」
あれま。気合を入れたのに残念。ここを訪れて世話をする必要はないようだ。
「普段はワシがここで木を見守っておる。たまにどれくらい成長しているかを見に来る者もおるが、大抵はこうした機会にしかここを訪れる者はおらんよ。それぞれ自分の生活や縄張り、あるいは護るべき者たちがいるからな」
ちょっと物悲しそうに木を見つめながら翁が言った。
静かな森に一人か……寂しいのかもしれない。たまには様子を見に来よう。
「クロ坊が種を植える場所はここだ。穴は自分で掘るのだぞ。これから自分の分身となる木だ。心を込めて植えてやりなさい」
そう言うと母上は整然と並ぶ木の列の一番左端を指し示す。隣の木はまだ3mほどの小さな木だ、4つ隣の木は5mくらいで既に枯れていた。こんな若い竜も命を落としているのかと、ちょっと不安が過ぎった。
いや、自然の世界は弱い者から死んでいくのだ。子供は弱い。自然界に生きる多くの生き物は子供のうちに死んでいく。人間でも少し昔はそうだったのだ。子が絶えないように多くの子を産み、その中の一人でも大人になれればいいという考え方だった。
現代日本は今でこそ死の危険が減り生まれる子の数が少なくても問題なく子孫を残せるようになってきたが、それでも毎年多くの赤ん坊が命を落としている。1960年代ではおよそ4割の乳幼児が死んでいっていたのだ。
ここは危険な世界。比較的安全とされ、大抵の子供が大人になることができた日本とは違うのだ。
手でザックザックと苔むした土を掘り返し、穴を開けて種を入れる。上に土を被せ、元気に育つよう念を込めておいた。元気に育つということは自分も命を落とすことなく生きていくということだし、ちゃんと祈っておこう。
湖の清涼な水の匂いと掘り返された湿った土の匂いが心地良い。
こう言ってはなんだが、お盆などに山の方にあるお墓参りに来た時のような気分になった。
周囲を見渡すと苔むした広場の奥の方まで命の木の林が続いている。
「母上。母上の木はどれなんですか?」
「私の木は少し奥にある、あの木だな」
そう言うと奥にある高さが40mを超えていそうな大きな木を指した。奥の方にある木は大きいものがたくさんあるが、それに比例して枯れている木も多くなっている。母上の木の左隣の木は既に枯れていた。
「ここで一番大きい木が翁の木だ。ここの番は最も齢を重ねた竜が行うことになっているのでな。翁に比べれば私もまだまだ子どものようなものだ」
母上の木でも地球では見たことが無いような巨大な木だったが、翁の木はもはや比べるものが無いほどの巨木だった。ゲームなどで出てくる天を突く世界樹のようだ。高すぎて遠近感が働かない。
「ワシも長く生きたが、そのうち代替わりするさ」
「よく言う。私が幼竜の頃から同じことを言っているくせに」
母上が呆れたように言う。翁は竜の長老みたいなものかと思ったがそうではなく、全ての竜のおじいちゃんのようなものなのかもしれないと思った。母上の言葉からもそんな親しみのようなものを感じた。
「それはそうと、随分幼いがクロ坊はもうすぐ独り立ちか?」
「え?」
「ここまで来たということは基本となる四つの星術は覚えたのだろう? それを使えるようになればいよいよ独り立ちだ。親元を離れ自分で生きていくことになるのだぞ。自分の縄張りを持つもよし、世界を飛び回るのもよし、伴侶を探すのもよし。どうするか決めているのか?」
「翁。クロ坊はまだ【転身】の術は覚えていない。独り立ちまではまだ時が必要だ」
「ほう、そうかそうか。てっきりこのまま独り立ちも済ませるのかと思ったわ」
「ここに来る竜は基本の術を覚えてくるものなんですか?」
「そうさな。多くの竜は覚えてくる。が、大抵はクロ坊よりも立派に成長している。いつでも独り立ちできるほどにな。クロ坊は優秀すぎたから先に来ただけだ。気にすることは無い。ワシの勘違いじゃ。早くに種を植えれば木の成長も早いからの」
「多くの場合、【飛翔】の術を使えるようになってもここまでの長距離を飛んでくる体力はない。私が生んできた竜もクロ坊よりも大きくなってからここに来ていたのだ。クロ坊は巣の中で毎日のように動き回っても平気なほど体力があったからな。ここまで飛んでくるのも苦ではなかっただろう?」
確かに風で大変だったのはあったが、体力的にへばってついて行くのがキツイということはなかった。というより飛びながら二つ術を使う練習までしていた。
毎日ヘルシーな果物を食べ、よく眠り、適度に体を動かす健康的な生活を送ったからだろうか。いや、それはないか。
「だが、独り立ちが近いのは事実だ。自分がどうしたいかを考えておくのは必要だぞ。【竜憶】から他の竜がどんな生活をしていたのかを知ってみるのもいいかもしれん。既に決めた道があるならそれに越したことは無いがな」
……独り立ちか。自分はどうしたいのだろう。
竜の体になったこと、空が飛べるようになったこと、魔法のような術が使えるようになったこと、自分が大きな世界に生きる小さな生き物だということを実感したことなど、自分の価値観を変える出来事がたくさんあった。
なぜこの世界に、人間の記憶を持ったまま生まれ落ちたのか。
なぜ自分なのか。
なぜ竜としてなのか。
疑問もたくさんあるが、答えは何一つ見当たらない。
この状況で、正直どんな風に生きていけばいいのかなんてわからない。けど、やりたいことはあった。
世界を見てみたい。
空だけじゃなくこの新しい世界を。独り立ちしたらこの広い世界を見て回りたい。
人間だった頃はインドアな性格でそんな考えを少しも抱かなかった。
わざわざ外に行かなくても本やテレビ、インターネットなどで知りたいことは簡単に知る事ができる。
無論実際に見るのと、そういう媒体を介して見るのとでは違うこともあるのだろうが、そういうものなのかということが知れるだけでも十分だった。
でもここは違った。未知が溢れ、外への好奇心は尽きない。
「独り立ちしたら世界を見に行きたいです」
「ほう。いいことじゃ。小さな殻に閉じこもって一生を終える者も少なくないが、それではつまらんからな。様々なことを経験してくるといい。大地に根を張るのはワシのようになってからでも遅くはないからの」
翁が笑うように口元を動かす。母上も嬉しそうにしてくれていた。
「ただ、忘れるんじゃないぞ。枯れた木を見たじゃろう。この世界は命を落とすような危険で溢れている。身を守る術をしっかり身につけ、自分も、あるいは自分の大切なものも守れるようにしておくことじゃ。クロ坊は優秀かもしれんがそれに驕ってはならぬぞ」
そういうと厳しい目を向けてくる。
「わかりました」
話を聞いて考えさせられることがたくさんあった。これからのこと、世界のこと、竜の生き方、新たな術などなど。
特に気になったのは伴侶のこと。伴侶、つまり結婚相手だ。
自分には人間だった頃の記憶と人格がある。体は竜になっているがそれは変わらない……と思う。
自分が伴侶に選ぶ、即ち好きになるのは体に合わせて竜になるのか。それとも人格に合わせて人間になるのか。どちらなのだろうか。
仮に体に合わせて竜に好意を寄せるようになると……ダメだ。自分が竜相手に恋するなんて想像もできない。
じゃあ人格に合わせて人間を好きになると……。うーん、自分が好きになっても相手が困るだろうし恋愛とかは無理な気がする。好きですなんて言っても逃げられるか気絶されるかしか予想できない……。
子孫を残すこともできないし。
ということはこのままずっと独身か……。
人間だったときも結婚はしていなかった。好きな人はいたけど。
考え込んでいたらあの寂しさが蘇りちょっとションボリとしてしまった。
「さて。これでやることは済ませた。長居すると戻る頃には日が暮れてしまう。そろそろ帰るとしよう」
(え! もう帰るの!?)
ちょっと話をして木の種を植えただけなのに。
さすがに淡白すぎじゃないかと思ってしまったが、良く考えたら夜の飛行は危険なのだ。それは何度も聞かされた。夜目の術を覚えていないと方向もわからなくなる。月明かりや星明りもあるが過信するのも危ない。
「そうか。クロ坊が大きくなれば時間を気にすることもなくなる。そうしたらまた来るといい。道中気をつけてな」
翁はそう言うとニッと笑うように口を動かした。
母上が静かに飛び上がる。忘れないように場所を覚えつつ、自分も後に続いた。
後ろを見ると翁が見送っている。
何だろう。人間だった頃祖父母の家に遊びに行き、時間が来て帰るときのようだ。
ちょっと寂しい気持ち……。また来よう。
ぐんぐんと高度を上げ雲の高さを越える。
飛ぶときはなるべく高く飛ぶように言われた。特に自分の縄張りや巣に帰るときは。
雲の高さで飛ぶことで身を隠し、自分の巣や縄張りの位置がばれないようにするのだそうだ。
天敵と呼べる生き物はいないが襲ってくる生き物はいる。警戒しておくに越したことはないらしい。
帰りの道中も二つの術の練習をした。
が、やっぱりまだできない。帰りも母上の後ろで風を避けさせてもらう。はぐれる心配もなくなるからこの方がいいか。
帰る途中で晩御飯になる果物を探したのだが、自分では何も見つけることができなかった。母上は果物を探しつつ、自分で食べる動物の獲物も探していて、見つけると持って帰らずその場で食べてしまう。
母上と違い自分はまだ食べるのに時間がかかるので、母上が見つけてくれた果物は持ち帰ることにする。丸呑みだと味わえないし。
今度から山の外に行くことも許可されたため、食べ物も自分で探すようにと言われた。何が食べられて何が食べられないかはその都度【竜憶】で調べればいいから不可能ではない。
いよいよ独り立ちが近づいてきているのだなぁと感じてしまう。不安と寂しさが半分、好奇心が半分といった気持ちだ。
そんな気持ちになりながら取れた果物を口と手に抱えて住処に戻った。
住処に戻る頃には夕暮れになり、青空とはまた違った空の景色を楽しんだ。
黄昏時の赤く染まった空は綺麗だった。
徐々に空の赤さが減り、高い位置から濃い闇色の夜の帳が降りてくる。
やがて星が見え始め空は埋め尽くされていく。
そういえば竜になって夕暮れをのんびり眺めるのは初めてだ。
そんな空を見ながら食事をして、眠りについた。
今日は人間だった頃の祖父母の夢を見た。
※※※
「間違いないのだな」
「はい。ギルドからの報告を全面的に信用するならば……ですが」
「ギルドが我々に虚偽の報告をする利点はないだろう。持ちつ持たれつの関係だ。この国が傾けば彼らの損害も計り知れないものになる」
「目撃したのは冒険者のパーティ二組。どちらも同じ証言をしています。デルノの森の境界にある双子山の山頂付近から竜と思しき影がダレーグ山脈方面に向けて飛び立ったということです」
「ダレーグか。あの山脈には飛竜の巣があったな。巣に戻ったのか、あるいはその先に向かったのか」
「ダレーグ山脈の向こうは未開の地でしたな。山脈が危険で越えられずまだどこの国も手を出していません。一部の亜人や獣人種が行き来したり、ギルドが高位探索者に依頼を出すことはあるそうですが国が動くにはリスクとリターンが釣り合わない」
「目撃された影は見たことも無いような大型の竜が一匹と小型の竜が一匹。恐らく小さい方は子供ではないかと。色は遠目ではっきりとしなかったそうですが大型の方が銅のような土色、小型の方が黒だそうです」
「やはり飛竜種ではないのか?」
「その可能性も否定できませんが、飛竜で確認されている体色は鉛色のようなものと空色のようなものだけです。また飛竜であればほぼ間違いなく群で行動します。二匹だけで行動することは考えられません。連れていたのが子供であるのならば尚更です。飛竜は群で子育てをします。弱い子供を群で守るため、移動するなら何十匹という大規模な集団になるはずです。それ程の数の群を養うだけの食料は双子山や近辺の森や草原にはないでしょう」
「確かにあの辺は教会の神殿騎士団が定期的に討伐を行っていますからな。大型の獣種も魔物も少ないはずです」
「であるならば考えられるのは……」
「ええ。考えられる可能性はふたつ。何らかの理由で群からはぐれた珍しい飛竜か、古竜種かです」
「ばかな……。過去に古竜が目撃された事例は両手の指で数えるほどしか報告されていない。たまたま大型のはぐれ飛竜ではないのか?」
「他国がもし古竜の目撃報告を受ければ余程の危機的事態でもない限り報告そのものを隠蔽するでしょう。将軍殿もご存知ではありませんか。古竜種から得られる素材の希少価値と有用性が」
「そういえばかつて古竜が討伐された記録があったな」
「はい。約650年前に一回と約400年前に一回。どちらも国が主導で討伐したと記録されています」
「それは存じていますが、どちらの事例も竜一匹に対し、竜同士の諍いや戦いで弱ったところを襲撃したにも関らず、膨大な損害を出してようやく倒したのではなかったか?」
「ええ。650年前のものはカーデルス王国が民間と軍を合わせて8万の死傷者を出し、400年前のものでもデルダリア皇国が軍に5万の被害を出したとされています。尤も公の記録に残していないだけで更に多くの死者を出していたものと思われますが」
「触らぬ竜になんとやら……か。ここは下手な手出しはせず監視するだけに留めるのが得策ですかな」
「いや。もし古竜の幼体ならば千載一遇の好機かもしれませんぞ。討伐することができれば他国に先んじてアーティファクトの開発や研究、国宝級の武具の作成ができるやもしれません。我が国の国力も先の戦乱で他国に比べかなり疲弊した。それにダンジョンから掘り出される以外で現存するアーティファクトの多くが古竜の素材や竜語魔法の産物によるものだ。他国の牽制のためにも国威増強のためにも古竜は魅力的だ」
「なりません! 過去に残る記録の殆どが古竜に手を出して滅ぼされた国のものであることをお忘れか! 下手をすれば我が国も怒りを買い、地図から消されることになるやもしれませんぞ!」
「まあお待ち下さい。まだ古竜と決まったわけではありません。それにどちらにせよ監視と準備は必要でしょう。はぐれ飛竜であっても都市に飛来すれば甚大な被害が出る。竜の動き次第では軍に動いてもらうことも必要である以上、監視と準備は必要な事と思いますが」
「そうだな。ギルドにはこちらから監視の依頼を出しておこう。ギルドにはギルドの情報網がある。仮に情報統制を強いても噂は止められまい。あとで放置したなどと難癖をつけられるよりはマシだ」
「将軍。念のため二個師団の待機を。こちらも諜報部から偵察を放っておく」
「なっ! 国境はどうするのです!? 二個師団も動かせば他国が不穏な動きをするかもしれません!」
「ふむ、では一個師団に魔法部隊を二隊を出してはいかがでしょう。兵の損耗が心配なら戦奴を使うのも手かと。如何に正規兵といえど竜相手では数で押すことも難しい。戦奴を囮にしつつ精鋭の魔法部隊を向かわせれば十分応戦できるかと」
「なるほど。ではそれでいこう」
「ギルドの動向はどうします? 規制をかけますか? 放っておけば逸った連中に手を出されるかもしれません」
「いや。放っておけばいいのでは? どの道情報は既に広まっています」
「そうですな。竜種の素材は貴重です。報奨金を弾めば各国から腕の立つハンターも集まるでしょう。竜種専門のハンターもいると聞きます。餅は餅屋。専門家に任せれば危険も減るはず。もし討伐されれば素材を買い上げればいい」
「仮に古竜でなくてもはぐれ飛竜を討伐できればよし。古竜であったならば動向に注意し万が一に備えておくというわけですな」
「ええ。運が良ければ古竜を討伐できるかもしれません。古竜討伐に成功した国は大きな損害を被っていても僅か数年で飛躍的に国力を伸ばしています。好機を逃さずにおくためにはできることはしておくべきかと」
「では、そのように取り計らえ」
「……宜しかったのですか?」
「何が、でしょうか?」
「国境に燻る火種が再び燃え広がろうとしている今、飛竜討伐で兵を無駄に損耗させるようなことになれば……」
「ご心配には及びません。件の失敗で大幅な遅れが生じましたが、今回は都合が良かった。
会議で将軍が発言したように、竜骨が手に入ればエルフ共にアーティファクトの作成を依頼できる。竜骨製のアーティファクト一つで千の兵に匹敵する戦力となるのは知っておられるでしょう? 万の兵を失っても丸々一匹分の竜骨が手に入れば、それで十分に補えます」
「……損害だけ受けて取り逃がしたら……とは考えないのですか?」
「それも問題ありません。今は詳しく申せませんが、そうなったらそうなったで手はあります。
賢しい王女は我々の動向に目を光らせていましたが、今はその目も閉じられた。この好機を逃す手はない。遅れが生じた分を補うためにも、出来る限りの準備はして臨まねばなりませんしね。
では、陛下には私から進言しておきます」
「……」