新たな姿
【転身】で変わる動物を考えた時、自分が変身できる程にはっきりとしたイメージを持っている動物は多くないことに気がついた。
一番長く接しているのは疾竜のポロだが、疾竜に変身するとアンナに注目が集まってしまうので避けたい。それ以外では村の中でもよく見かける馬や牛、犬や猫などだが、これらの動物は戦う能力が著しく低いため何かあった際にメリエやアンナを守るには不安がある。
となるとはっきりとイメージできそうなのは……やはり泉に現れた狼親子か。何度か子狼とも遊んだし、見慣れた犬に似ている部分も多いので問題なく思い浮かべることができる。
泉に現れた親狼くらいならそこそこ戦えるだろうし、少しイメージを変えて戦いやすいようにすればポロにも引けをとらないくらいの動きはできるだろう。
ということで【転身】で変身するのは狼にしてみる。そういえば前に狼に変身できるのかと考えたことがあったのだった。せっかくの機会だし、初心を思い出すという意味でもやってみることにする。
「じゃあ今度は僕だね。荷物持っててくれる?」
「はい」
何になるかを決めたところで服を脱いで変わる姿をイメージし、星素を集め【転身】を使う。
覚えている姿そのまんまではなく、泉に現れた狼を元にして少し変化を加える。噛み付きはあまりしたくないので牙は特に気にしないが、その代わりに爪による攻撃を強化するために竜の爪が生えるようにイメージしてみた。
今までの肉体が解け、徐々にイメージした姿に変わっていく。何度か変身をしたが、変化する際の感覚はなんとも不思議なものだった。人から半人半竜になったときのように輪郭が大きく変化しない場合はそうでもないのだが、人から竜の姿に戻る時など大きく変化する際は体験したことが無いような感覚を味わう。自分の意識はそこにあるのに体の感覚が無くなり、幽体離脱したかのようなフワフワとした感じがするのだ。
変身が終わると首を回して自分の姿を確認する。
覚えている狼の姿と違って毛の色が黒になっており、体の大きさもかなり大きく4mくらいはありそうな姿になっていた。体の構造などに意識を集中していたため、色や体の大きさは深く意識していなかったので元の竜の姿に似た感じになったようだ。
色はそこまで気にする必要も無さそうだしそのままでいくことにする。大きさもポロよりも大きくなってしまったが、泉に来ていた狼もかなり大きかったし、大きな熊や馬の従魔もいるのでこの世界ではこのくらいは許容範囲だろうと思っておくことにした。
爪はイメージ通りやや細い竜の爪になっており、攻撃の面でも問題はなさそうである。使わない時は猫のように手に引っ込めておくことができた。
続いて星術が問題なく使えるか確かめるため身体強化の術をかけてみたのだが、術の強さは人間のときと同じくらいのようだった。やはり星素との親和性があるかないかが大きく影響しているのだろうか。これも今度色々実験してみよう。
少し体を動かしてみて違和感などを確認したが、四足歩行は竜の姿でいた時に大分慣れているのでそこまで変な感じはしない。鱗ではなく毛に変わっているなど細かい部分は違うところもあるが、殆ど翼の無い古竜の体と同じ感じだった。ただ、若干身軽になっている気がするのでその辺は慣れが必要かもしれない。
「どお? 上手く変身出来てる? 変なところは無い?」
犬で言う所の伏せの姿勢でアンナの目線に近くなるようにし、状態を確認してもらうことにする。
「……」
姿が変わるのを見ていたアンナに訊いてみたのだがアンナに反応が無い。こちらを凝視したまま固まっている。
「……おーい、アンナ?」
「き……」
「き?」
「きゃあああああぁぁぁぁ!!」
「おぐぅっ!」
突然叫び声を上げたアンナに飛びつかれる。いや、これはタックルだ。腰が入ってキレのある素晴らしい組み付きである。油断していたのもあって首に思いっきり体当たりされて息が詰まった。
「フワッフワのモッフモフじゃないですかぁぁぁ!! いやぁぁぁフカフカー!!」
これはまずい! いつかの空の旅のようにアンナのテンションメーターが吹き飛んでいる!
「アンナ! ぐるじい! 首首! 絞まってる! ぐえええ!」
満面の笑みで首にしがみ付いて頬ずりをしながら、無慈悲な首締めをキめてくる黒猫アンナを必死に宥める。危うく無邪気な笑顔で絞め落とされるところだった……。
古竜になって息を止めても長く耐えられるようになっているが、変身するとその限りではなくなるようだ。注意せねば。
この事があって、呼吸できなくするような攻撃の対策に呼吸補助のアーティファクトも作っておこうと心に留めておいた。せっかく苦しい思いをして気付いたのだし生かさねばなるまい。
そう言えばアンナは子狼を撫でたり抱いたりするのを痛く気に入っていたんだっけ。犬や猫など動物のモフモフ感が好きという人は多いけど、アンナもモフモフなものが好きなようだ。
かく言う自分もモフモフは大好きである。可愛いも正義だが、モフモフフワフワも正義なのだ。人間だった頃は動物は飼っていなかったが、無聊を慰めるために近所の野良猫にエサをやりながらよく撫でていたものだ。自分のそんな思いが毛皮に表れているのか、毛並みは美しく、洗い立てのようにフワフワだった。自分で触れないのが悔やまれる。
「ああっ、ごめんなさい。以前見た狼さんよりも綺麗な毛並みだったので、つい……。大丈夫ですか?」
『つい』で絞め落とそうとするとは、恐ろしいよアンナさん……。
アンナのような美少女に抱きついてもらえるのは嬉しいし役得だと思うのだが、意識を持っていかれるまで締め上げるのは勘弁して下さい……。生き物相手でも手加減無用だったアスィ村の子供達を思い出してしまった。
以前泉に現れた狼親子は野生を駆け回って生きてきたため毛皮はそこまで手入れが行き届いているわけではなかった。それと比べると今の自分の毛皮は確かにフワフワで毛ヅヤもいいから触りたくなる気持ちもわかる気はする。でもやっぱり加減はして欲しい……。
「大丈夫だけど、程々でお願いします……。アンナもメリエのことを言えないよね……」
「すすすすいません~」
「で、どう? おかしいところとかある?」
自分では違和感は感じない。体は少し大きめだが見た感じ問題ないし、パタパタと振ってみた尻尾もフワフワでモコモコだ。
ただ首から上だけは自分では確認できないのでアンナに見てもらう必要がある。
「いえ、毛の色が黒くて体が大きい以外はクロさんが暮らしていた泉に現れた狼さんと同じですし、おかしいところはありませんよ。耳もピンとしてるし目付きも凛々しくて、格好いいです。毛も黒だし、瞳の色も黒なので変身してもやっぱりクロさんらしくなるんですね」
高級毛布顔負けの毛を嬉しそうに撫でながらおかしなところは無いかチェックしてくれる。
瞳の色も特に意識していなかったのだが、鱗や髪の色と同じようにデフォルトが黒になっているのだろうか。人間の姿も意識しないで変身すると黒だったわけだし。
ともあれ、どうやら問題無さそうだ。イメージさえ固められればこれからは【転身】で人間以外に変身することもできそうである。
しかし体の構造が著しく変化する場合は注意が必要かもしれない。
新しい姿に変身してみてわかったが、僅かずつでも体構造が変化するとその変化した部分に対して違和感というか、ストレスがある気がする。
慣れた人間や竜に似ている姿、哺乳動物ならそこまででもないと思うが、魚や虫など体構造が劇的に変化すると感覚が追いつけそうもないし、変化によるストレスで精神が持たないかもしれない。そうした生き物への変身は止むを得ない場合を除いて極力避けることにしようと決めた。
「じゃあメリエさんのところに戻りましょうか。まだ時間の余裕はありそうですけど待たせても悪いですし」
おっと、その前にもう一つ。
フワフワの毛皮もかなりの威力を持っている装備だが、実はまだアンナを虜にする必殺の武器を備えているのだ。
「アンナ、アンナ」
「はい?」
「ホラホラ。肉球~」
結構大きな前足の肉球でアンナの頬をぷにぷに触る。
狼も犬と同じように肉球はあるのだが、狼や犬は猫より肉球が硬いとされている。また、同じ猫でも外に出る猫と家の中で生活する猫では、外を歩き回る猫の方が地面を歩く刺激で肉球が硬くなっていくらしい。しかし、今回は竜の爪と同じで家で飼われている猫のぷにぷにの肉球をイメージして変身したので、上手くいっていれば柔らかい肉球になっているはずなのだ。
「ほわぁぁぁ! 何ですかこのプニプニは! 気持ちいい! これは人を堕落させるために大魔神が作り出したモノです! 間違いありません!」
フフフ。やはり効果抜群である。アンナの反応を見るに柔らかい肉球が再現できているようだった。
これでぷにぷに肉球の柔らかさと触り心地は世界共通の武器であることが証明されたのだ。ただやっぱり自分で肉球のぷにぷに感を楽しめないが悔やまれる。
自分の倍以上の大きさがある狼の手を取って肉球の感触を楽しんでいるアンナを眺めるのはこちらも和むのだが、程々にしないとメリエを待たせてしまう。まぁ暫くはこの姿でいる予定だし、時間がある時にでもまた触らせてあげればいいだろう。
「大丈夫そうだし、メリエの所に行こう。そろそろ夜も明けるし合流する頃には丁度いい時間になるんじゃない?」
「はい。それにしても毛並みといい肉球といい魅力的すぎますよね。これはメリエさんが知ったら大変なことになるかもしれませんよ」
「うげっ!?」
しまった。アンナが生贄……もとい愛でる対象になると思っていたがこれは自分も危険なのではないだろうか?
先程フワフワとぷにぷには世界共通の武器だということが証明されてしまったし、言われてみるとメリエもこういうのが好きそうだ。
「ふふふ……。クロさんも一緒に頑張りましょうね……」
アンナの笑顔が恐い……。目のハイライトが無くなってヤンデレのような暗い笑顔がゴシックロリータ風の旅装束とよくマッチしている。これが業というものか……。
しかしこれはもうしょうがない。自業自得である。
「うん。まぁそうなってしまったら我慢するよ……トホホ……」
やや気持ちが暗くなったことで耳と尻尾がぺタリと萎れ、自分の気持ちと連動しているのがわかった。あまりわかりたくは無かったかもしれないが。悲しいと萎れるということは嬉しいと犬のように勝手に尻尾が振れたりするのだろうか?
そんな無駄なことを考えつつも移動の準備をする。
荷物を体の両サイドに括り付け背中にアンナに乗ってもらう。すっかり忘れていたが、こんなことなら鞍と鐙も買っておくべきだったかもしれない。無いものは仕方が無いので以前買っておいた手綱代わりの革紐だけ装着して外れないように調整した。
「ふわー。乗り後地も抜群ですね。きっと高級な絨毯に座ったらこんな感じなんでしょうね。柔らかくて最高です」
アンナのこの様子なら鞍はいらないか……。
「じゃあ動くよー。落ちないようにね」
「はい。お願いします」
準備ができたので合流場所に向かって移動する。動きは竜の姿と殆ど同じだったので困ることはなかった。ただやはり竜の時よりも足取りが軽いというか、軽快に動ける気がする。足音もドスドスといった重たい感じではなくタッタッタという軽いものだった。
これで当初の目的である乗り心地の悪そうな走車に長時間乗せられるのを回避できるし、術の実験もできた。更に裏の目的であったアンナの黒猫化も達成できたわけだ。
予想以上に猫ルックの似合う背中のアンナに気を配りつつ、足取りも軽く歩を進める。
背中の広さが竜の時に比べやや狭くなっているので乗り心地が悪くなっているのではないかと心配したが、そんなこともないようだ。慣らしも兼ねて歩いたり走ったりと色々試してみたが、アンナは全く問題ないということだった。
以前はかなり長い時間、竜の自分に跨って移動したが特に酔ったりといったこともなかったので、これならこの先の旅で乗り続けても問題はないだろう。今回は走車にも乗せてもらえるということだったし、必要な時意外はそっちに乗ってもらえばこちらは自由に動けるから何かが襲ってきたとしても十分動き回れる。
「多少速く動いても大丈夫そうだね。じゃあこのままメリエの所まで行こうか」
「乗ってる私からすると竜の時よりも座り心地がいいので快適ですね」
「あとは戦う時にどうなるかだね。それは今度試してみるよ。あ、これからはまた【伝想】で話そうね。見つかると厄介だし」
「わかりました」
細かな点と戦闘での動きについては後で確かめることにしてメリエの所へ急ぐ。
茂みを抜けて村の方に戻ると、徐々に夜も明けてきて動き出す旅人や走車が見えるようになっていた。合流場所は村の入り口なので、村に入る人や走車の流れに混じって軽快に歩いていった。




