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コタレの村

「……白い……」


「白い、ですね……」


「うむ。いつ見ても真っ白だな」


 森を抜けて数時間。

 急いだ甲斐もあり、予定よりも一日早くコタレの村が見えるところまでやってきた。

 日が暮れる前にコタレの村に到着することができたのだが、徐々に近づく村の外観を見て自分とアンナは目を(しばた)かせてしまった。


 コタレの村は遠目に見た限りではかなり大きく、アルデルの町くらいの規模がありそうに見えた。ただアルデルのように村の周囲を防壁で囲っているということはなく、柵と堀があるだけだった。ここまでならアスィ村よりもだいぶ大きな村という程度なのだが、他の町や村と明らかに違う点があった。


 白い。とにかく真っ白である。

 建物は殆ど真っ白な石でできており、村の中に敷かれた石畳も白。

 これだけなら人間だった頃にテレビや本で見たギリシャのサントリーニ島の風景に似ているのだが、驚いたのは村の中と村の近くの林に生えている木々までが真っ白だったことだ。


 さすがに雑草や村の人の服などは白くはないのだが、あちこちにある木々までが白ペンキを塗りたくったように上から下まで真っ白なのには驚いた。幹や枝は勿論、葉まで白いので建物の白さも相まって遠近感覚がおかしくなりそうな光景だった。


 自分とアンナはポカンと口を開けて見入っていたのだが、メリエとポロは何度か訪れたことがあるようで驚いたりはしていなかった。


「しかし、何度見ても綺麗な村だな」


 確かに美しい。

 晴れた空の青さと村の真っ白な色で、そこだけ抽象絵画の一部を切り取ったかのような青と白の幻想的な風景を作り出していた。


「まぁここで見ていてもしょうがない。村に入って宿を探そう」


 まだ日は比較的高い位置にあるが、先に宿を取ることにする。買出しなどはその後にするか、明日やることになるだろう。自分もアンナも何日かぶりにゆっくりできるとあって、それに異論は無かった。


 村が近づくと村の中に生えているのと同じ木が街道沿いにもちらほらと生えていた。初めて見る全てが真っ白な木を見上げて思わず疑問が口をついた。


「何で真っ白なんだろうね……」


「ホントですね。白い葉っぱの木なんてはじめて見ました」


「クロとアンナは見るのは初めてなんだな」


「ええ。メリエさんはこの木を知っているんですか?」


「知っている、と言っていいのかはわからんな。生態を説明しろといわれたら無理だが、聞きかじった程度なら説明できるぞ」


 それを聞いた自分もアンナもメリエに視線を向けて説明を期待する。口には出していないがメリエはそんな雰囲気を察してくれたようだった。


「まぁ口で説明するのもいいが、体験してみる方が早いだろう」


「体験?」


 メリエは真っ白な木に近づくと下の方にあった白い葉っぱをプチリと取って自分とアンナに渡してきた。葉はやや肉厚で色以外は楠の葉に似ているかもしれない。


「かじってみるといいぞ」


 ……このメリエのニヨニヨとした表情……イタズラに引っかかるのを期待している子供のような顔である。アンナもそんなメリエの表情から何かを感じ取ったのか怪しげな疑いの視線をメリエに向けている。


「何。毒ではないし、平気平気」


 メリエはそんな思惑がバレているのを感じ取っているようだったが悪びれる様子もなく、かじるように薦めてくる。

 思わずチラリとアンナの方に視線を向けると、同じくアンナもこちらに視線を向けてきた。メリエのあの顔は何か隠しているというのはわかるのだが、教えてくれと訴えた手前嫌だとも言いにくい。


 アンナと顔を見合わせること数秒。二人でほぼ同時に無言で頷き合うと意を決して葉っぱを口に運んだ。


「……にが!? いやエグい! ぐへぇ塩辛っ!」


「……にがじょっぱいですぅ~」


 葉っぱをかんだ直後は普通の青葉の青臭さと苦味があっただけだが、徐々にえぐみと塩辛さが口の中に広がる。思わず涙目になり、顔をクシャクシャにすることで今の口の中の状態を表現する。

 アンナも今までに見たことが無いような酷い表情で目尻に涙を浮かべて『うぇぇ~』と舌を出していた。


 自分もアンナも慌てて葉を吐き出したが口の中の悲惨な状態は変わらない。二人で涙目になって向かい合うと周囲に人がいるか確認するのも忘れて星術で水を出し、アンナと二人で口を漱いだ。塩辛さは取れたのだがえぐみは舌の上に残ってしまった。


「ふくっくっく……。まぁ口に入れてみてわかったと思うが、この白いのは塩だ。コタレの白も全て塩を多く含んだ白い石材で造られているからだそうだ。この村から少し離れた場所にその白い岩が取れる場所があってそこから切り出した石材を使っているらしいぞ」


 メリエに恨めしい視線を向けつつも説明を聞く。

 話を聞きつつも隣で目を潤ませているアンナと目だけでコンタクトを取り、この恨みはいつか晴らそうと二人で心に決めたのだった。

 食べ物の恨みは恐いのである。……いや、この場合は少し違うか……。


 どういうメカニズムかはわからないが、この白い木は土壌中の塩分を蓄積するのと、僅かずつだが自身で塩を作りだして白くなるんだとか。どうやって塩を作るんだとか、葉緑素などが無さそうなのに光合成はどうしているんだろうとか思わなくもないが、調べられないだろうしそこは考えないことにする。

 地球では見たことのない植物の生態を目の当たりにして改めて違う世界なんだと実感した。


「この白い木は別に珍しいものでもなくてな。コタレのように大陸のいくつかの地域で群生している場所が在るんだ。この木から精製される塩のお陰で塩湖や岩塩が取れない地域、海から遠い内陸部でも塩が調達できるので塩の価格が高騰することもない」


 言われてみれば塩も砂糖も店で手ごろな価格で売られている。物流や製法が人間だった頃の世界に比べてかなり未熟なこの世界では塩などは貴重品になることもあるような気がしたがそんなこともない。メリエの話では大分前に塩の木から簡単に塩を精製する技術が確立され価格が安定したということだった。


「ということはこの村全体が塩の村なんだ……。何かいるだけで喉が渇きそうな場所だね。あれ? じゃあ井戸水も塩辛いんじゃないの?」


「いや、塩を含んだ岩が採れる地域はここから少し離れているし、土壌に染み出た塩分もこの木が吸い上げてしまうから地下深くの水源にまで塩が染込むこともないらしい。村の中の井戸は普通に真水だぞ。同じ理由で雑草なども普通に生えているしな」


 ほうほう。さすがに水がまともに手に入らない場所で村は造らないか。それにしても血圧が上がりそうな村だなぁ。出される食事まで塩辛いのだろうかと少し心配になった。

 それに雨が降ったら徐々に溶けていってしまわないのだろうか……。塩そのものの塊というわけではないからそうはならないのかな?


「へぇー。ナメクジとかカエルとかは生きられないね」


「お店の食事も塩気が強いものばかりなんでしょうか……。体に悪そうですね」


 両生類や体表が水分で覆われている生き物にとっては歩くだけで体中の水分を奪われるという地獄のような環境だろう。

 アンナはさっきの自分と同じようなことを考えたらしく、食事の心配をしていた。


「食事に関してはそこまででもないと思うぞ。何度かここで宿を取ったが普通だったと思う」


「うぅーまだ舌が変ですぅ」


 まだ口の中が元に戻らないが、白い理由がわかったところで村の中に入る。

 この村は街道の要衝ということで旅人や走車のための設備も充実しており、ポロが泊まれる走厩舎は多くの宿に併設されている。疾竜のポロも特に問題なく村に入ることができた。


 村は街道の補給地点というだけあって活気があり、人も多く行き交っていた。アルデルほどの大きさではなかったがアスィ村の数倍の規模があるようだ。

 擦れ違う人は街道を利用している旅人や傭兵、ハンター風の人間が多く、村人のような感じの人は少ない。住人よりも街道を通る人の方が多いということなのだろう。

 交通の要衝のためか商店もかなりの数があり、そうした商店に荷物を運んできたと思しき大きな走車が村の中を走っているのをよく見かける。


 村の中に入るとまずは宿を決めてしまうことにする。いくつかある宿を手当たり次第にあたり、部屋の空いている宿を見つけたのでそこに決めた。

 旅人も多く部屋は四人用の大きな部屋しか空いていなかった。お金には余裕があるので少し割高になったがそこにすることにした。

 相変わらず男の自分と一緒でも特に何も異を唱えない女性二人であった。


 部屋の中に通されると荷物を下ろして備え付けの椅子に腰掛けて伸びをする。やはり普通の宿なので調度品も特に置いていない殺風景な部屋だったが、自分も含めて誰もそうした物に気を払わない性質(たち)なので問題はない。見た目の優美さなどよりも実用性が第一である。

 お風呂もついていないがこれは仕方が無いだろう。


「やっと一息吐けるよ~」


「そうですね。今夜は落ち着いてゆっくり眠れそうです」


「だねー。見張りの必要もないし」


「食事まで時間があるし、この先のことを少し決めておくか」


 すぐに出発するかどうかはここでの物資の補給具合とこの先の情報次第になる。この時期は天候は落ち着いているそうで足止めされるほど天候が悪化することは無いらしいのだが、念のための確認は必要だ。

 ついでにここまで旅をしてみて感じたことをメリエとアンナに提案してみる。


「ここまで旅をしてみてやっぱりどこかの商隊と一緒に行く方がいいかなって思ったんだよね。最初は問題なかったけど野営の見張りは何日も続くと精神的に消耗するからその負担が減る方がいいと感じたんだけど、二人はどう思う?」


「私はクロさんたちに任せますよ」


 協調性があるのはいいんだけど、少しは自分の意見というか要望も主張しましょうよアンナさん……。まぁ最近は言いたいこと───主に自分に対する苦言などだが……───を言うようになってくれているので、少しずつ改善はしているから良しとしておこう。


「ふむ。ここから次の補給地点までは歩きだと10日近くかかるから、走車に便乗するのもいいかもな。夕食前に総合ギルドに行ってそこで情報収集してみるか」


「後は買い物ですね。また食糧の予約に行くんですよね?」


「そうだが、いつ受け取るのかを決めなければならないし先にギルドで情報収集することになるな。移動方法と出発する日程を決めておかないと予約もできない」


「じゃあみんなでギルドに行こうか。その帰りにどこかのお店で晩御飯にしようよ」


 まずは情報収集ということで、全員で総合ギルドの建物に向かう。

 中央通りを歩くとすぐに大きな建物があり、それがギルドの建物のようだった。どこの町や村でもギルド関係の施設は重要なので大きく目立つように造られているらしい。


 総合ギルドの建物は酒場が併設されており、中に入るとギルドの受付というよりは賑わった飲食店のような雰囲気だった。

 ちゃんとギルドとしての機能は保っており、アルデルのギルドの建物にあった談話スペースが酒場になっているといった造りだ。


「まずは商隊護衛の依頼が出てないか探してみるか」


「あ、読めないからメリエよろしく」


「すみません。私も……」


「そうか、私以外読めないんだったな……」


 読み物はメリエに任せることにして、掲示板に近づく。アルデルに比べると依頼の数はかなり少なく、掲示板もアルデルの半分以下の大きさだった。


「……うーむ。無いな」


「あれまぁ」


 アルデルから王都に向かう街道なので、恐らくアルデルを先に出発したハンターや傭兵がここに立ち寄って先に依頼を受けてしまっているのだろう。大きな町や交通の要衝となる場所では大抵毎日のようにあるはずの商隊護衛関係の依頼は残っていないようだった。


「じゃあまた今まで通り歩きですかね」


「……お? 商隊ではないが個人護衛の依頼ならあるぞ」


「どんな内容なの?」


「個人で経営している商店の商品を積んだ走車・積荷・御者の護衛。行き先はこの先の補給地点の交易都市ヒュル。護衛人数は五人まで募集するとなっている」


 走車一台だから大規模に傭兵などを募集するものではないようだ。乗り合い走車では十人以上の大所帯になる場合が多いので少し人数が少ないこちらの方がいいかもしれない。


「ここに残っているということはまだ募集中ということだな。移動の間は走車の空いている場所に乗せてくれるそうだし、乗り合い走車よりもいいかもしれない。夜間の見張りも護衛を請け負った者同士で分担するから今よりは負担も減る」


「いいかもしれないけど、僕とアンナは護衛依頼受けられないんだよね。付き添いがいても雇ってくれるのかな」


「そこは依頼主と相談してみないことにはな。実力者が同行してくれるとなれば多少付き添いが増えても戦力を重視して雇ってくれる場合が多いが……」


 今回は金銭的な部分は考えていない。というかお金には困っていないのだ。問題はお荷物が二人一緒でも雇ってくれるかどうかになる。護衛者以外の人も一緒に走車に乗せてくれると嬉しいのだが……。


「どうする? 依頼主に会ってみるか?」


「……ちょっと考えた事があるから、ご飯のついでに相談していい? それから決めよう」


「ん。わかった。じゃあ店を探すか」


 一度ギルドの建物を出ると飲食店が立ち並ぶ通りを歩いて手頃な店を探す。

 そこそこ人が入っていてすぐに座れそうな店を見つけたのでそこに入り、お任せで食事を注文した。

 料理が来るまでメリエとアンナに聞こえる程度に声を落として考えていたことを相談する。


「で? 何を相談したいんだ?」


「ここからの移動なんだけど、アスィ村のときみたいにまた変身して行こうかなと思うんだよね。僕も戦える姿に変身しておけば、ただの付き添いじゃなく戦力として見てくれるだろうし雇ってもらえる可能性も増えるんじゃない? 報酬はメリエの分だけで戦力が増えるんだし雇い主としては嬉しいはず」


 実は理由はこれだけではなく、乗り心地が悪そうな走車に乗るよりもアーティファクトのお陰で疲れることもないし自分で移動した方が良いということもあったのだが、それは言わなかった。

 減らしたい負担は夜間の見張りに関してだけなので、移動時は別に歩きでも構わないのだ。

 そして更に、あわよくばと考えていた個人的な理由もあったがそれも内緒にしておいた。


「それはいいが、クロが竜になると人目を引くんじゃないか?」


「今回は竜の姿じゃなくて別な姿に変身しようかと考えてるから、多少他人と一緒になっても平気だと思う」


 アスィ村の時は戦いになることを考慮し十全に力を出せる古竜の姿でいる必要があったが、今回はその必要は無い。なので古竜の姿に拘る必要は無いのだ。人間には問題なく変身できるのだし、他の姿にもなれるのかどうか試してみたいという気持ちもあった。


「そういうことならいいんじゃないか。アンナはどうだ?」


「私も問題ないですよ。というかクロさんは他の姿にも変身できるんですか?」


「試したこと無いからその実験も兼ねてるんだ。というか元々は竜の姿が本当で、人間の姿が変身してるんだよ? やろうと思えば人間以外にも変身できるはずなんだ」


 話している所で料理が運ばれてきたので話し合いは一時中断し、冷めない内に料理を頂くことにする。

 メニューはミートソースのパスタのようなものだったが、麺はパスタとは少し違うものだった。それにサラダとトマトのような野菜が入っているスープがついてくる。飲み物は蜂蜜入りのミルク、更にデザートにリンゴに似た果物がついてきた。


 幸い料理の塩気は丁度良く、村の特産の塩まみれということはなかった。美味しい。

 味気ない保存食ではないちゃんとした店の料理なのでみんな黙々と食べた。アンナの手料理もおいしいのだがやはり本職の料理人が作る店の料理はまた違う美味しさだ。アンナの料理が家庭的なら店の料理はちょっと贅沢な外食料理といった感じだろう。


 料理を食べ終え、食後に運ばれてきたコーヒーのようなお茶を啜りながら休憩する。

 宿の走厩舎で待っているポロ用に、肉が多く、持ち帰れる料理を注文しておいた。ポロは人と同じものでも普通に食べられるのできっと喜んでくれるだろう。


「じゃあこの後は役割分担しようか。メリエは依頼主と話をしてきてくれる? 僕とアンナでちょっと買出しをしてくるから」


「わかった。じゃあ終わったら宿に戻ることにしよう」


 食糧はメリエの交渉次第なのでまだ買えないが、ダメにした服の替えや消耗品類を買い足しておく必要がある。ついでにこの後の作戦で使用する服も買っておかねばなるまい。


 お店を出てメリエと分かれると、アンナと手を繋いで商店の立ち並ぶ通りを目指して歩いた。

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