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抗う者

 理不尽な要求をしてくる二人の質問には答えず、星術で身体強化を施し、念のためにと傘のようにリュックに挿して持ってきていたショートソードに手に取ると鞘から引き抜く。今までまともに剣など使ったことは無いが、身体強化を施した今の肉体なら素人でもそれなりの使い回しができるだろう。


 それに無手よりも武器を持っていた方が相手に警戒心を与えられる。例え使えなかったとしても心理的に圧力をかけることができるので町中でガラの悪い連中に絡まれたりした時は有効となる。尤もこの相手にも同じように有効かどうかはわからないが。


 剣の握りを確かめつつ、静かに眠っている三人から距離を取る。下手な位置で戦いが始まれば巻き込んでしまうかもしれない。眠っていたとしても攻撃されれば自動で防壁が守ってくれるはずだが、余計なリスクは排除しておく方がいい。


 自分が剣を構え戦う姿勢を見せたことで、男のこちらを見る目つきが鋭くなる。


「……大人しく渡す気は無いということか。いいだろう。巫女、手を出すなよ」


「……心苦しいですが、仕方ありませんね。約束を忘れないで下さいよ」


「わかっている」


 こちらが大人しく従う気は無いと判断した大柄の男は女性を下がらせると背中の剣に手を伸ばしながら一歩前に進み出る。自分から15mほどの位置で止まると、背負っていた大剣を引き抜いて構えた。どう動いてくるのか知るために重要となる相手の視線がフードを被っているのでわからないのが地味に厄介だ。


 男の大剣は野太刀を太く大きくしたような外見でかなりの大きさだった。刀身が高熱を帯びたような赤銅色をしており、それが月の光を妖しく反射している。実際に熱を帯びているのかどうかはわからないが、見た目からしてただの剣では無さそうだ。もし魔法などの効力があるのだとしたら身体強化をしてる状態だとしても生身で受けるのは危険かもしれない。アスィ村で無闇に敵の攻撃を受けるのは危険だと学んだので男の攻撃は避けるか防ぐかする方向で考える。


 こちらが剣を持って対峙したことで、男はこちらの構えや体勢を観察しているようだった。そして嘲笑を口元に浮かべながら指摘してくる。


「……素人だな。構え、握り、視線、足運び、何も無い。よくそれで抵抗する気になったものだ」


 見透かされている。この男に武器によるハッタリは通用しないようだ。しかし素手で相手の大剣に挑むよりはマシなのでこのまま使うことにする。


「……確かに武器は不慣れですが、抵抗させてもらいますよ。あなた達にあなた達の都合があるように、こちらにも譲れないものがあるので」


 大剣を脇構えに似た構えで持ち、影になったフードの奥から静かにこちらを見据える男に視線を向けつつも、周囲の気配や後ろの女性の動きにも注意を払う。今のところ後ろに下がった女性の方に動きは見られないが、状況が変わったら介入してくることも十分考えられるので警戒を怠るわけにもいかない。


「そうだな。お互いがお互いで譲れないものがあるというだけだ。……行くぞ」


 そう言って男の足先が僅かに動く。

 ───刹那、男が眼前に迫っていた。


(!? はっ?!)


 15mはあったはずの男との距離をほぼ一瞬で詰められた。以前、アルデルの町で襲ってきたハンター相手に自分がしたことに似ているが、あれは竜の筋力があってこそできる芸当だ。それを同じように行うなどおよそ人間とは思えなかった。少年漫画などで出てくる高速で動く身体能力をそのまま実現したかのような動きだ。


「っ!」


「……初見でこれを躱すか。素人にしては思ったよりやる」


 男の大剣による横薙ぎを反射的に後ろに跳びながら体を後ろに反らすことで辛うじて回避した。一瞬でも遅ければ胸を切り裂かれていただろう。

 慌てて距離を取り、男に向き直る。


(ぐっ! 速い……それにあの身のこなし……!)


 あの大柄な体に似合わない速度も凄まじいが、巨大な大剣の重量をまるで気にせず手足のように振り回す膂力と技術も信じられないものだ。素人の自分に剣筋が優れているのかどうかの判断はできないが、相手に初動を察知されること無く、まるで呼吸と意識の間隙を突くかのような攻撃は達人のそれだった。普通の人なら何をされたのかも判断できずに切り裂かれてしまうのではないだろうか。


(……冗談じゃない……)


 背中に嫌な汗が流れる。

 この男は本当に人間なのだろうかと疑ってしまう。自分と同じように何か途轍もない怪物が人間の姿をしているのではないだろうか。自然とそう思えてしまうほど、この男は人間離れしているように感じた。


 身体強化を施し、思考速度や動体視力まで強化しているはずなのに男の初動を殆ど目で追えない。竜の状態で全力でかけた身体強化ならどうかわからないが、少なくとも人間状態の星術では間に合いそうも無い。そして見た目でも当たれば危険とわかるあの妖しい色をした大剣。


「まぐれが何度も続くと思うなよ?」


 こちらの焦りを見透かしたかのように静かに言いながら、第二撃を放ってくる。

 さっきと同じで動きの初動はまるで見えない。瞬間移動したかのようにコマ落としで自分に接近してくる。が、何とか斬りかかろうとする瞬間は捉えられる。

 男の剣の軌道に置くように持っていたショートソードを動かし、攻撃を受け止めようとする。

 しかし───


「そんな(なまく)らで」


 男の剣はショートソードと接触したと同時に、ショートソードの剣身を切り裂きながら勢いを落とすことなく体に迫ってくる。


「うわっ!?」


 まるで紙を斬ったように一瞬でショートソードが半ばから斬り飛ばされる。剣と剣がぶつかる衝撃を殆ど感じなかった。鋼を抵抗無く切り裂ける鋭さだということだ。

 危険と判断し、咄嗟に身を捻ったことで体を斬られることは無かったが、ショートソードは使い物にならなくなった。初めから剣に期待はしていなかったがこうも簡単に破壊されると衝撃も大きかった。


 巨人種と戦った時よりも生きた心地がしない。巨人種の時は自分の攻撃も相手に効かなかったが相手の攻撃も自分には殆ど効果は無かった。しかし今回は違う。

 古竜の強靭な骨まで切断されることは無いと思いたいが、金属製の剣を紙のように切り裂くあの切れ味では楽観視できない。少なくとも当たれば痛いでは済まない怪我を負うことになるだろう。


 恐らくあの驚嘆すべき切れ味には何かカラクリがあるのだろうが、今の自分にそれを見抜ける目はないし、仮に見抜けたとしてもあの男の剣術を出し抜いて剣撃を封殺することなどできないだろう。

 ……これはアーティファクトと星術を全開で行くしかない。できればまだ隠しておきたいとも思ったが出し惜しみできる状況でもなさそうだ。


「……集中力まで足りていないな。ぼーっとしてる暇があるのか?」


 また男が振り被る。が、今度はさっきのようにはさせない。

 初動は相変わらず見えないが向かってくることはわかっている。ならばと自身の周囲に斥力を発生させ、更に防壁も作り出す。ピンポイントで当てられるのなら動けなくなるほどの斥力をかけることもできるがこの状況では無理なので自身の周囲に満遍なく斥力を発生させる。


「むっ!?」


 突然自分の動きを阻害されたのを感じ取ったのか怪訝そうな顔をしつつも攻撃を止めることは無かった。多少勢いは衰えたがそれでもまだ速い。

 だが今回は星術で防壁も作り出している。盾代わりの透明な壁が眼前にあるが男は気付いていない。手をクロスさせて防御の姿勢を取りながら向かってくる剣を見据える。

 飛んできた岩石程度なら砕くくらいの強度がある不可視の防壁と男の剣が衝突した。


「チッ! 魔法か魔道具を使ったか!」


 ガギンという衝突音と共に男の剣が自分の眼前で停止する。自分の目の前数cmのところに鋭利な刃物が在るというのは冷や汗ものだったが、何とか受け止められたようだ。


「……ふん。ならばっ!」


 男は自分の攻撃が受け止められたことで悪態をついたが、すぐさま切り替えて剣を引き、即座に剣の軌道を変えて次の斬撃を放つ。

 しかしさっきよりも遅い。斥力で勢いを殺がれている為か目で追うこともできている。先程と同じように防壁で受け止めようとする。が───


「ここ!」


 男に防壁は見えていないはずだが防壁と接触するギリギリのところで男の剣に変化が顕れる。鈍い赤銅色の剣身が一瞬だけ鋭く輝いたと思った瞬間、星術の防壁を無理矢理に切り裂いてきた。


(!?)


 受け止められると思ってしまっていたため回避が間に合わない。赤い剣閃が服と体に線を残した。


「づあっ!」


 斬られた。

 胸のあたりに焼けるような痛みが走る。慌てて自分の状態を確認する。重傷ならばすぐさま治癒の術をかけなければ危険だ。

 あまり男から視線を外したくは無かったが、状態を確認しないわけにもいかない。斬られた箇所を見やると、いつも着ている服ごと斬られた場所にジワリと血が滲んできていた。幸い骨や内臓には達していないし血も大量に出てきているわけでもないので傷は浅いようだ。


「ぐぅ……」


「……お前、魔術師か? にしては詠唱も何もしなかったな。魔道具かスキルの類か?」


 胸の痛みを堪えていると男が問いかけてくる。こっちはそれどころではない。初めて剣で斬られたことも衝撃だったが、星術の防壁を切り裂かれたことも衝撃だった。

 人間状態で使う星術は竜の時に比べてかなり威力も精度も落ちるのはわかっていたが、それでも強固なものだ。少なくとも金属製の盾や鎧なんかとは比べ物にならない強度があるはずなのに、この男の攻撃を防ぎきれなかった。


「……もう十分でしょう。剣を収めて下さい」


 血の滲む胸を手で押さえ、痛みを堪えながらも男に注意を払っていると、後ろの女性が男に声をかける。


「ダメだ。お前も見ただろう。意識を刈り取るまでは油断できん」


「彼も抵抗することの愚を悟ったでしょう。これ以上傷つける必要はありません」


「何度も言わせるな。行動不能にしなければ危険だ」


 二人が言い合っている隙に癒しの星術をかけ、傷を塞ぐ。浅く斬られただけの傷だったので、数秒かからずに治癒することができた。さて、どうする……。


 斬撃を飛ばす術で急所を攻撃してみるか? いや、人間の姿では大した威力にならないし、制御も難しいから狙ったところに当てるのはかなり至難だ。基本として教えられた術なのでそれ程攻撃に向いているわけでもない。それを考慮し強力な術も開発してあるのだが人間の状態では使えない。


 火や水など人間の状態でもある程度使える術で攻撃したとしても、目で追える術では避けられてしまうだろう。電撃はどうかわからないが、使うつもりで相手に接触しなければならないのでこれも難しい。見えない、或は避けられないタイプの攻撃系の星術もあるにはあるがどれも実戦では試していないし、人間の姿では制御が難しいものばかりだ。


 しかし、このまま手を(こまね)いていてはまたさっきの二の舞になってしまう。

 なら───


「うおっ!?」


「!?」


 身体強化を施した脚力で初動の見えない男の動きのように一気に男の懐に入り込む。男はこちらが動けないと思っていたのか女性との会話に意識を向けていたので、その虚を突いて一撃で仕留めようと思った。


 狙ったのは顎。格闘技の経験は無いが、顎に衝撃を与えると脳を揺さぶって一時的に行動不能にすることができると聞いたことがあった。今は無手の状態だし、長引けばまた斬られてしまうだろうから一撃で決めなければならない。


(このっ!)


 しかし、寸でのところで回避されてしまった。振り抜いた拳が男のフードを掠め、男の顔が顕になる。

 いきなり高速で間合いに入ってきた自分の拳を驚異的な反射神経で回避し、カウンター気味に腹に蹴りを入れられた。


「ぐっ!」


 不意を突いた攻撃でもダメだった。お腹を蹴られた苦しさで顔を(しか)め、片膝をついて(うずくま)りながら顕になった男の顔を見上げる。


(!……鬼?)


 一瞬そう思ってしまった。髪の生え際あたりから先の丸くなった小さな角が生えている。よく見ると鬼の角というよりは小さな鹿の角のように見えなくもない。

 男はやや痩せ気味の精悍な面立ちで、短髪がトゲトゲのように逆立った30代くらいに見える容姿だった。いきなりのこちらの攻撃に驚愕の色を瞳に宿している。


「見ろ! やはり手を抜くべきではなかった!」


「……」


「……どういうことだ? 胸の傷が消えている。再生能力か? それにあの速度、素人の動きではないぞ」


 男は油断無く剣を構え、こちらの状態を観察している。もうこれで不意打ちも通用しなくなっただろう。

 どうする……?


「……わかりました。しかし、命を奪うことだけは許しませんよ」


「俺の動きにここまで付いて来れる奴だぞ。命の保障などできん」


 それはこちらの台詞だ。この男の強さは今まで対峙してきたどんな相手よりも桁外れに上だ。

 身体強化までしているのにこちらからの不意打ちは当たりもしないし、逆に相手の動きは強化した竜の目から見ても速く、攻撃も鋭い。挙句(あげく)向こうはまだ本気ではなさそうだ。今はこちらの不意打ちで幾分か真剣さを増した目つきをして警戒感を露わにしているが、それでもまだ態度に余裕が感じられる。


「予想外だ。見た目からは想像もつかない程の潜在能力を秘めている。それにその目。焦りは感じられるが、まだ切り札を隠している。そんな目をしているぞ」


「……」 


 ぶれることなく静かに剣を構え、男は月下に佇む。自分の力に信頼を寄せたその強い眼差しと鍛え抜かれた肉体と技術。

 これは人間の姿では到底太刀打ちできそうもない。威圧感も放ってみたが意にも介していないようだ。威圧するのは格下には有効だが、同格や格上となると効果的ではないのかもしれない。


 実戦経験がまだ乏しい自分に対し、相手はかなり場慣れしている。今までは殆ど竜の力のごり押しでどうにでもなってしまうような相手としか対峙していないので、こういった実力が自分と同じかそれ以上の相手に対応できる技術が無い。少なくとも今の自分では攻撃をかすらせることもできないし、相手の攻撃はかわすのがやっとだ。


 竜の姿に戻ってみることも考えたが、それもあまり良い手とは思えない。竜の姿になれば星術は思う存分行使できるが、小回りが利かなくなる。この男のような高速で動き回れる存在に対して竜の姿で挑めば、その速度に体がついていけなくなるだろう。大規模な星術で一気に仕留めようとして集中すれば相手も警戒するだろうし、それで万が一逃げられでもしたらアンナ達を目覚めさせる手段を失う可能性もある。


 それに竜になったことで相手に手に負えないと判断されれば、その時点で逃げられてしまう可能性もある。

 こちらの荷物に執着しているようだが、それだって命あっての物種だ。自分達の命が危ないと思えば逃げてしまうだろう。


 この男を出し抜き、後ろに控える女性だけを捕獲するというのは人間の状態の自分では至難の業だ。仮に男の方を全力で叩き潰したとしてもその間に女性の方には逃げられてしまうかもしれない。何とかして一度で二人まとめて無力化、もしくは捕獲する必要がある。が、すぐにいい手が思い浮かばない。ここは拮抗した状況を作って時間を稼ぐべきか。

 それなら───

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