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浸潤 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~

「うあ、あ、そ、そんな……」


 葬儀屋とやらを片付け、改めて残りの一人を睥睨する。

 匂いは……頼みの綱の相方の喪失による、焦り、恐怖が強いが……諦めは感じられないな。

 いやむしろ……覚悟、揺るがぬ意志が勝るか。

 しかし何だこの匂いは?


「(感情の匂いが変だな。確かに強固な個我はある。あるはずなのに、いやに希薄というか、匂いを遠くに感じるような違和感……ぼんやりした、ボケた匂いになっている。こんなヤツは初めてだ)」


 獣だろが人だろうが、そして妖や霊の類であっても、個我がしっかりしていればそれに追随する意思や精神は確かな匂いとなって表出する。

 無論、気を失ったり眠っていたりすればそうした情の匂いは薄れてしまうが、目の前の男にそんな様子はない。なのに……。


「(何かしてくる前に、早めにケリをつけた方がいいってことですか?)」


「(ふむ。それは一理ある。が、下手に仕掛けるのは得策ではない)」


「(ですが、このままでは何も進展しません。ここは私が仕掛けてみましょう)」


 スティカがそう進言するが、何とも言い難い不安が過る。

 しかしこちらの黙考を是と取ったのか、スティカが構えた。

 それを見た男が強張る。


 片手で脂汗の滲む頭を抑えながらも、腰を落として身構えた。


「や、やるってのか……ボ、ボクだってな……やれるんだぞ……!」


 なまっちろい手足でそう凄むが、迫力はない。

 数歩踏み出した、まだ少女とも見えるスティカに気圧された軟弱な男。

 傍から見ればそうなるのだろうが、スティカだけに任せるのは危険すぎるな。


「(いいだろう。様子見は無しだ。出来得る限り手早く無力化しよう。ああ見えてもこの竜人種の里に少数で仕掛けてくるだけの襲撃者だ。葬儀屋とやらと同格と思え。奴に主導権を握らせるな)」


「(わかりました)」


「(わ、私も及ばずながら援護しますよ!)」


 アンナも飛び道具で牽制しようと身構える。

 それに頷いたスティカが、真姿で横に並んだ私を横目に確認すると大きく間合いを取った。

 敵を見据えながら真横にゆっくりと移動していく。


 狭い場所ならば話は別だが、こうした広い場所なら仲間とも大きく間隔をあけておくのが上策だ。スティカはその点も良く学んでいるな。


 密接に連携するのでないのなら、間合いが広い方が互いに動きを遮らないし、規模の大きい魔法も使いやすい。

 更に敵からはどちらかを注視するとどちらかが視界から外れやすくなり、隙を生じやすくなる。

 おまけに迎撃するためには向きを変えたり、視線を余計に動かしたりと一手間以上の予備動作が必要となり、攻めに転じにくい。


「(スティカ、まず私が仕掛ける。奴は恐らく里の住民で足止めをしてくるだろう。住民の方は私が何とかするから、お前は本体のみに集中しろ)」


「(……了解)」


「(アンナ、お前も本体の動きを観察するんだ。メリエ、全体の指揮を頼むぞ)」


「(はい!)」


「(ふむ。アンナと警護役の護衛は任せてくれ)」


 準備はよし。

 スティカが十分な間合いを確保した瞬間。


「っっ!!!」


 跳ぶ。

 一足でも奴の頭上にまで行けるのだが、匂いから動きはわかっていた。

 まだ動ける里の住民の何人かが奴の前に壁をつくる。

 さすがに住民を踏み潰してしまうのは立場上いただけない。

 そのためにスティカに役割を譲ったのだ。


 体格的にも私の方に囮や壁役を多く配してくるのは当然のことだ。

 抑えるのに人間の成人で10人は必要になるであろう体格差。

 見た目の脅威でも、匂いから感じる警戒感でも、操れる人間の多くをこちらに割くはず。


「(予想通りだ。いいぞ、スティカ)」


 立ちはだかり、抑え込もうと私に突撃してくる住民共を持ち前の速度と尾で無力化していく。

 それと同時にスティカに合図を送る。

 と言っても、送る前にスティカは既に始動していたが。


 やや後背側面から、スティカが男に肉薄する。

 驚異的なスティカの踏み込みに、男の姿勢は付いて行っていない。

 構えた棒での遠慮の無い突きが、男の鳩尾を襲う。


「は……! キミ、待って!」


 スティカは男の言を無視し、無表情のまま勢いを殺すことなく腹部に突き込む。

 対して男は辛うじて身を捻り、急所への一撃を回避した。

 しかし貧弱な男の肉体は古竜種の力を振るうスティカの一撃に踏ん張れず、軽々と地を滑った。


「う、ガハ! づっ……!」


 泥まみれになりならが転がった男だったが、即座に立ち上がると状況を確認した。

 スティカの追撃と、私の攻撃を警戒したようだ。

 スティカは深追いはせず、私はまだ住民共の相手をしていたため、少し息を整える間を得たと緩んだ匂いを発した瞬間だった。


「えがっ!」


 アンナの弓矢による正確な一射が、男の太腿を貫いた。

 全く意識を向けていなかったアンナからの攻撃に、完全に虚を突かれた男は反応もできなかったようだ。

 これで動きは封じたか。


「(よし、だがまだ油断はするなよ)」


「(ええ、アンナさん、ありがとうございます)」


「(立ち止まってくれたから、素早い森の魔物よりも簡単でした)」


 痛みに悶える男。

 そっちの相手の前に、まずは住民共を黙らせるか。

 手早く無力化して合流をと考えたのだが、そう都合よくはいかなかった。


「ま! 待って! お願いだ!」


「大人しく投降するか? 生憎だが、無事に帰れるとは思わない方がいいぞ」


 メリエが油断なく揺さぶりをかけると、男はアンナに向き直って、発した。


「た、頼むよ! 聞いてくれ! い、()()()()()()()、あるんだ!」


「何ですか? 命乞いなら……」


「う、ああああああ!!」


 いいかけたアンナの表情が固まる。

 と同時に男が苦悶の叫びを上げた。


「!?」


 メリエとスティカが何事かと身構えるも、異変はすぐに顕れた。

 まずアンナの思考の匂いが一瞬にして消え、男と全く同種の匂いへと変わる。

 この瞬間に悟った。


(何だと!!)


「アンナ! 離れろ! ……アンナ?」


「アンナさん!」


 立ち竦んだまま動かないアンナに、メリエとスティカも異変を察する。


「(二人とも! アンナを抑えろ!)」


「(え……!?)」


 そう思念を飛ばしたが、アンナの方が先に動く。

 苦悶に脂汗を流した男の腕を掴んだアンナは、男を半ば引きずるような勢いで鍛錬場を飛び出した。

 それと同時に動ける何人かの住民共がこちらの動きを封じにかかる。


「(しまった!)」


 住民共を蹴散らしたが、その間にアンナと男の気配が離れていく。

 追いかけるか、とも思ったが、まずは情報共有が先だ。

 わかったことを伝えておかないと、メリエやスティカもアンナの二の舞になる。


「い、一体……何が?」


 状況がわからず呆然とするメリエとスティカ。

 二人に歩み寄ると、真姿から獣人の姿に変化し、手早く状況を説明する。


「聞け。奴の術の正体がわかった。アンナがそれに侵され、操られたのだ」


「!!」


「魔法……ですか? そんな素振りは見せませんでしたが」


 すぐに状況を察した二人。

 仲間を連れ去られた状況でも焦りに支配されず、落ち着いて行動できるのは素晴らしいが、この歳でとは恐れ入るな。


「いいや。そんな生易しいものではない。あれは言霊を用いた半憑依だ。にわかには信じられないがな」


「憑依……巫術や獣術の中に、猛獣を己に宿すという憑依(ポゼッション)がありますが、それと同じものですか?」


「原理は同じだろう。しかし奴のものはもっと特殊だ」


「憑依であれば気を失うと効果が失われるはずだが、住民たちは意識を奪っても起きたら襲ってきていたな」


「そうだ。人間の使う魔法は己の意識下に於いてしか効果を発しない。魔法とは確固たる意志の下に表出させるものだからな。だから意識から外れれば、例え憑依型の魔法でも効果は解除される。

 更に言えば、魔法だけの力で、自分ではなく他者に何かを憑依させることはできないはずだ。個の生命力は外部から肉体に入り込む力に対して強固な抵抗力がある。極度に弱らせでもしなければ、自分の意思でならまだしも、誰かの魔力程度の力では肉体に他の精神を居座らせることなど不可能に近い。

 それに、その程度の魔法なら私が関知できるはずだ」


 オサキが編み出した幻術のように穴はあるが、それでも他者の肉体内部で魔法を発動するのは容易なことではない。

 それも一時的ではなく、長時間に渡って精神を乗っ取るなど、およそ人間の魔術では不可能だろう。


「しかし、あの男はそれを可能にしている……」


「ああ、奴は()()()()()宿()()()いるんだ。己の魂で、他人の肉体を上書していると言い換えてもいい」


「……え?」


「普通、一つの生命に精神……魂は一つだけ。だが、あいつは何らかの理由で自分の魂や心といわれるものを分割しているんだろう。そうとしか思えん」


 全ての操られた人間どもが同じ思考の匂いを発しているという、異常な原因がそれだ。

 全て同一の魂、つまり、見た目は違えど全て同一人物だったということ。

 それなら全く同じ思考の匂いを発している理由になる。


「た、魂でって……それじゃ本体は?」


「確かに、そんなことをしたら自分は……でも本体っぽい男も意識を保っていましたよね」


「分裂して己の複製を造り出す獣はいくつかいる。だが、精神……魂までとなると私も一種しか知らない。それを踏まえて言うなら、奴はかなり特殊だな。文字通り命を削ってあの技を使っているんだろう」


 精神を分割するなど、普通は有り得ないと言っていい。

 できるとしても、恐らくそれは不可逆なもの。

 一度分割してしまった魂は、もう元には戻せないだろう。


 魂が半分になれば、精神が、己の存在が半分になってしまうということだ。

 肉体という器があっても、満たされるはずの魂が半分しかないというのは、生命にとって在り得ないことだと言える。

 よくもまあ自己崩壊せずに自我を保っていられるものだ。


 あの男はあの能力を使うたびに己が薄くなり、無に近付いていく。

 どんどん薄まっていく己、その先に何があるのかはわからんが、恐らく奴は、いずれ自分を自分と認識することもできなくなる。

 その苦しみは奴の状態からもわかる。


 それは死とはまた違う恐怖だろう。

 すでにかなりの数の魂を分化している。

 それでも奴を、奴の精神を、この世に繋ぎ止めているモノは、奴にとってそれ程の価値ある何かということだ。


「乗っ取られたアンナは、元に、戻せるのか……?」


「恐らく、不可能ではない」

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