尾 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~
「想定以上に……手こずらせてくれたものだ」
言いながら葬儀屋は袖から取り出した花の蕾のようなものをパクリと口に放り込む。
未だ警戒は解いていないが、里の警護二人を無力化したことでその匂いにはかなりの余裕が感じられるようになった。
「う、ぐ……も、もう無理だ……頭が……」
「……まあ、厄介な戦士二人はこれで始末がつくだろう。キミはまだ仕事がある。余力を残しておけ。残りは……」
そう言ってこちらを一瞥する。
匂いからしてもやはり我々の方はあまり警戒している様子は無いな。
クロが派手に暴れた時の状況を覗き見していたわけではないということだ。
もしあの時の戦闘を見ていたのなら、アンナ達はともかく、私の方には今以上の警戒感を持っていてもおかしくは無いはず。
部外者の情報を収集していなかったことからも、奴らの優先事項は里の要人の排除だということのようだ。
となると……。
「(リンドウ達の場所以外にも、こいつら並みの手合いが入り込んでいそうだな)」
「(なら、早く援護に行った方が……!)」
里を護る者達がリンドウの場所にいる連中と、警護の二人だけということはないはず。
個別に始末をつけるにしても、あといくつかの手練れが同時侵攻している可能性は高い。
が、それら全ての相手は手間が多すぎる。
やはり頭を狙うべきか。
「(今後のことを考えるにしても、まずはこいつらの始末だな。さて。では、そろそろ退場願うとしようか)」
身構えて動く隙を窺うアンナ達の前へ、スッとその身を晒す。
しかし葬儀屋どもは私を一瞥するも、すぐに視線を外した。
「魔獣使いか。しかし、我らを阻むには些か非力に過ぎるようですな」
そう言って笑った瞬間、変化を解く。
「なっ……!?」
犬のような小柄な体が、瞬時に妖艶でありながらも力強い妖狐の姿となり、葬儀屋どもを見下ろすまでになる。
クロの時には何だかんだで気を遣ってしまったが、こいつらにそれは不要。
つまりは、久方ぶりの解放だ。
野の感覚を戻すには丁度いい。
「さあて。私はクロのように甘くはないぞ」
優美に尾を一振りし、キロリ、と瞳を襲撃者に向ける。
そこでようやく葬儀屋の匂いが変わった。
「……っ!!」
葬儀屋はこちらの発する強烈な重圧を振り払うがごとく、即座に集まった蟲共をけしかける。
夥しい数の蟲共が耳障りな羽音と共に迫る、が───。
「蟲の対処など、野に生まれてすぐに覚えねばならん必須事項だぞ?」
ススッと尾を振ると、ポッと周囲に明かりが灯る。
それは蛍の様に舞いながら瞬く間に増えていき、やがて私の周囲を埋め尽くす。
その灯の渦巻く空間に飛び込む蟲共は、火に触れた途端に燃え上がって焼け落ちる。
「(やはり羽虫はよく燃えるな)」
ザザザザという羽音が炎に巻かれ、やがて小さく減っていく。
その後、大型の蟲共も押し寄せるが、やはり私の狐火に焼かれて動かなくなる。
「(ふわー、綺麗ですねぇ……)」
「(我らの住まう雪花の原は極寒で過酷だ。そこに生きる蟲共は、それこそ必死になって獣に寄生し、暖を取ろうとする。幼い体に寄生虫が集れば命に関わる。我らと言えど、生まれて間もない幼体が体温を奪われ続ければ生きてはいられぬからな)」
対処できねば死ぬだけ。
耐えられねば淘汰される。
弱い者が生きていられる余裕は、この世界には無いのだ。
強き者が生き残り、子を残し、その生命がより強靭に洗練されていく。
それは全ての命に於いて平等で、当然の事。
なのに、それを理解しないのは奇妙な〝社会〟を生み出した人間だけだ。
それを、オサキは遥か昔から一族の指針としてきた。
我らの尾は、ただ美しいだけではない。
その一本一本に意味があり、それぞれの尾には我々の磨いてきた力が宿っている。
尾が裂けるということは、新たな力を手に入れたということ。
オサキは言った。
一本の尾ですら護り通せぬ者に、一族の技は重すぎると。
雪花の原に生まれ落ちた我らが最初に得なければならないもの。
それは、過酷な野を生き抜くための力。
野を己の力のみで生き抜き、時を経て初めて、一族として認められる。
独力で過酷な自然を生き抜く力を得る過程で、私の尾は二つに裂けた。
そこで初めてオサキに認められ、手解きを受け、一族の幻惑の術を得たことで私の尾は三本となる。
そして今の私は四尾。
古竜種やオサキの領域にはとても及ばぬとは言え、人間種どもに後れを取るような未熟者ではないという自負はある。
そして野生に於いては己惚れや油断が何よりも危険だということも既に学んでいる。
故に、警戒は怠らない。
「さあ。次の一手を待つつもりは無いぞ」
言いながらまた尾を振る。
「ぐぬ! ならば!」
葬儀屋は蟲ではなく、植物をけしかけてきた。
ザワザワという蠢きが足元に広がると、シュルシュルと私の足を捉えんとする。
物理的な障害に加え、植物が備える毒性を利用する魔術。
しかしそれは先程見たものだ。
「ッ!!?」
身じろぎ一つすることなく堂々と姿を晒していた私の巨体が一瞬で消えたことに、葬儀屋の焦燥が広がる。
ここからが幻術の真骨頂。
この薄暗く気を溶かしやすい場所ならば、クロのような例外でもなければ我らの術の初動を察知できる者は稀だ。
ましてや本物の野生の空気を知らない人間種では最上位の実力者でもなければなかなか見破れる者はいない。
そして見破れたとしても、対処を瞬時にやってのけることが出来る者はどれだけいようか。
「まぁいくら実力者と言えど、それは人間種での話。まだ人間の姿をしたクロの方が数段手ごわいな」
奴の視覚と聴覚を幻術で覆い隠せば───もう後はこちらの手番から動くことは無い。
突然己の認識から私を見失った葬儀屋の横に歩み寄ると、硬化した尾でヤツの頭部を横に薙ぐ。
「ごッ!?」
葬儀屋の足に絡みついていた蔦のような植物がブチブチと千切れ、その勢いのまま倒れ伏して昏倒する。
「(……さすがライカさん。というか、こんなに凄くてびっくりです)」
「(クロも大概だが、身体的にも魔術的にも跳び抜けている。万全のポロと私でも手も足も出無さそうだな。さすがは幻獣種と言ったところか)」
「(ええ、御見逸れしました)」
「(ふふん。そうだろうそうだろう。クロが例外中の例外というだけで、私もなかなかのものだろう。私は更に美しさも跳び抜けているからな。クロよりもスゴイと言えるだろうな)」
今までの低評価を覆すことが出来たし、なかなかに気持ちが良いな。
しかし今はそれを楽しんでいる時ではない。
あまり期待はできんが、何か情報を持っているかもしれないから生かしておいたが───。
「(……問題はもう一人の方だな)」
そう言って頭を抱えて冷や汗を流している痩せた男を見据えると、アンナ達もそちらに視線を向ける。
寧ろ葬儀屋とやらよりも、私はこいつの方が危険だと感じた。
こいつは生かしておいてはならない気がする。
この里の人間を操っていた業は、それ程厄介なモノに思えてならないのだ。




