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野に生きる ~大老狐尾裂一族末位・磊華~

 竜人種の治める里の戦士。

 その名は張りぼてではなかったということか。

 どんなに頑強であろうが、体内には弱点が必ずある。

 野生の理が支配する未開地に於いて、戦士を生業として生きるだけはある体術と戦闘技術に加え、攻撃を当てさえすれば〝甲羅抜き〟でどんなに頑健な相手であってもその弱点を穿ち、致命傷を狙える。


(だが、それを理解しているのは襲撃者も同じこと)


 敵の本拠地。

 それも数百年という長きに渡り、繰り返し襲撃をしかけてくるならそれくらいは把握しているだろう。

 それだけの手勢で護りを固めているなら、それ相応の実力者でなければ釣り合わない。

 それでなくても攻め手側は守りの数倍の戦力を用意しなければならないのだ。


「ぎっ! おのれ……!」


 葬儀屋の男は目の色を変えた。

 それに伴い、思考の匂いもガラリと変化する。というよりも、その表情から匂いを嗅ぎ分けなくとも意志は丸わかりだ。

 今までの余裕に満ちた空気が消え、肌を刺すような怒気。

 それを察したメリエと女傑がさっと退き、体勢を整えた。


 膝をついた葬儀屋は、覚束ない様子ではあったが確かに立ち上がり、ザラララと地に何かを落とし始める。


「……!」


「うぬれぇ……! 穏やかには眠らせぬ!」


 言うや否や、地に落された何かがモゾモゾと芽吹く。


「(何か魔法を使っているぞ!)」


「(……種?)」


 葬儀屋の足元からは瞬く間に幾本もの植物が芽吹き、その版図を広げていく。

 ザワザワとした揺らめきとなって広がる植物ども。

 今までに見たことのない種類のものだった。


「チッ! また何か面倒な魔法っぽいな!」


「キナ! 無闇に近付くんじゃないよ!」


「わかってらぁ! だが、そのまま指を咥えて見てるなんざゴメンだぜ!」


 アンナに救助されたキナが吠える。

 徐々に足元を侵食する植物の緑。

 葬儀屋はその場から動いてはいないが、敵の手番を黙って見ていなければならないなどという法は無い。

 キナは腕の蛇を敵陣の草藪の中に放つ。


「さぁ! 何かしてみやがれ!」


「……!」


 野生の大蛇の様に、藪に紛れて獲物に迫るキナの呪霊。

 キナの匂いからして、端から敵への有効打を狙っているわけではないようだ。

 どちらかと言えば敵の手を探るための布石。


「(成程、野は蛇の領域だ。それを活かさぬ手はない)」


 敵の思惑を上回り、喉笛に喰らいつければ最善。

 そうでなくても、布石として敵の手の内を探れれば次善。


「(蛇は視界が悪くとも獲物を認識できるんでしたね)」


「(そうだ。蛇は温度で獲物を狙うため、眼が潰れても喰らいつく。しかも呪霊……その牙には毒より危険な呪いが満ちているだろう。どのような種類の呪いかは知らんが、当たりさえすれば毒以上の効果があるはず)」


「(でも、そんな簡単にいくでしょうか?)」


 いかぬだろうな。

 葬儀屋とやらがそんな手ぬるい敵ではないのはわかっている。

 だからこそ、キナも手の内を探る方を主としているのだ。


 キナの呪霊が広がり続ける緑の影を利用し、葬儀屋の元に辿り着く。

 足元と喉笛に狙いを定め、牙を立てようと藪から伸び上がった瞬間、その動きがピタリと止まった。


「チッ! やはりそんな単純じゃねぇか!」


「キナ!」


 よく見ると、蛇の胴がボコボコとした何かで歪に膨らんでいる。


「その美しさは誰がため故か」


「ぐっ! 戻れ!」


 しかし蛇はブルブルと震えるだけで動かない。


「奇遇、と、申しておきましょうか。私もあなたの様に、生き物の力を借りる」


 足元を侵す緑の中には、ぽつりぽつりと色とりどりの点が見え隠れし始める。

 しかしそれに伴い、何か別の気配が忍び寄ってきていた。


「(さっきとは違う匂い……こちらが本命というわけか? 皆、鍛錬はここまでだ。クロのアーティファクトを使え。防護膜で周囲を覆っておくんだ)」


「(……!!)」


 事態が動く前に、アンナ達に指示を飛ばす。

 これ以降は余裕ぶっていることはできない。

 いくら死線が大きな経験に繋がるとはいえ、この先は経験より危険に傾きすぎていると匂いが教えてくれる。


 葬儀屋が現れてから強く漂っていた花の匂いが変化する。

 甘く腐ったような、鼻の奥を満たす、言い様のない香り。

 身に纏わりつくようなドロリとした空気と臭気が満ちていく。


「何故、植物たちが〝花〟というものをつけるか、御存じですかな?」


「……蟲か!」


 蛇の胴につく、ボコボコとした影。

 よく見るとそれは黒い甲虫。

 ……だけではない。

 蟻、蠅、蜂など、大小様々な虫が纏わりついている。


「そうだ。花は、ある生き物たちへのサイン。甘い蜜とその香りで、彼らを招き寄せるためのね」


 耳障りな羽音が舞い始める。

 蝶や蛾、羽虫のような小さな虫から、人の顔のような大きさのものまで。


「まずい! この森には魔物じゃなくても猛毒の虫どもが多い!」


 しかも近づいてくるこの気配。


「人間を狙うって意志が無ければ、虫型の魔物は入ってきちまうぞ!」


 虫型の魔物や、匂いに反応するような獣、魔獣。

 そんな匂いも徐々に漂い始めている。


「(人間が使う〝魔除け〟は、人間を害そうとする魔物の意志に準じて効果を齎すものが多い。この里の魔除けも原理は同じようだし、花を目的とするなら入り込んでくるんじゃないか?)」


「(直接襲おうとしなくても、ただ飛ぶだけで毒を撒き散らす生物もいます。仮に人間に害は無くても、作物を食い荒らされたりの懸念も出てきますよ)」


 直接攻撃よりも副次的な被害の方が先を考えると重大か。

 仮に葬儀屋を排除しても、集まってしまった生物が消えるわけではない。

 集まりきる前に手をうたねばならない。


「さあ、狩りの時間だ」


 耳障りな羽音と共に、まず森海の薄闇の中から寄ってくるのは大量の昆虫。

 訓練場の中に入ってきた虫どもは花に群がる。

 と、思いきや───。


「ぐっ!」


「うわっ!」


 警護の二人に集り始める。

 悍ましい量の虫が二人を覆い隠し始めると、それに抗うように二人は虫を払い落とそうとする。

 しかし数が多すぎる。


「(うっ!)」


「そうら。花弁のようにはいきませんぞ」


 毒虫に晒されたことで、二人は徐々に動かなくなる。

 麻痺型の毒鱗粉、それに噛みつくことで麻痺させる蜘蛛や百足も見られることから身動きを封じられたのだろう。

 自らの意志で動き回れる虫は、花の時のように払うのも難しい。


「(皆、クロのアーティファクトは万全か?)」


「(ええ、入られてはいません)」


「(こっちも)」


「(少し入られたが、電撃で焼け落ちたな)」


「(よし。ここからは私がやる。葬儀屋どもの気が私に向いたら、あの二人を救助してやれ。虫共の使う毒は獲物を麻痺させるものが多い。人里近辺の人間を即死させるような毒虫を放置しておくことはないだろう。深部から入り込む猛毒の生物が来る前なら命は助かるはずだ。解毒してやるといい)」


「(わ、わかりました……けど、ライカさんは大丈夫なんですか?)」


「(私の金毛にあのような虫共が入り込めはせぬ)」


「(しかしそうだとしても、虫に幻術なんて効くんですか?)」


「(フン。幻術だけが取り柄ではないぞ? 虫の嫌いな物は知っているしな。それに葬儀屋とやらを始末するだけならどうにでもなる。それよりも私は、あの里の者を操ってる人間の方が危険だと思っている)」


 野生を識る。

 それは生まれた瞬間から自然に身を浸す者にとっては当たり前の事。

 唯一人間だけが自然ではなく、己の造り出したゆりかごで生を得る。

 魔法で操るとはいえ、人間のように野生を忘れて生きてきた奴らに、私が後れを取ることなど在り得ぬ。


「(……なら、ライカに任せよう。私たちは警護二人と、里の人間達の救助だ。操られているだけで、彼らは里の住民だ。見捨てることは出来ない)」


「(わかりました)」

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