境界の塔
国境の山を下山して大きな街道に合流し、更に2日ほどかけてヤルナトヴァ国内を進む。
街道を逸れるとすぐに未開地というだけあってかなり短い間隔で兵隊の詰め所のような施設がある。魔物への対処やら監視やらを行っているのだろう。
行き交う人々は多人種で、ヴェルタのように様々な種族が見て取れた。中でも獣人が多い気がする。ヴェルタでは外見上は普通の人間が多かったが、この国では様々な動物の特徴を持った人々がよく目に入った。特にモフモフの耳と尻尾があるとついつい目で追いかけたくなってしまい、それが女性だとアンナに睨まれることになるため気を付けねば。
商隊や旅人に混じりながら人通りのそれなりにある街道を歩き続けると、先に建物の輪郭が見えてくる。
と言っても大きな都市ではなく、外周を覆うような石壁も無い小さな町のような外観だった。
それでも要衝ではあるらしく、人の気配は多い。
「ニズベーリです。ここで補給を済ませたらそのまま未開地に入ります」
「俺はギルドの方で何か情報が無いか確認してくる。補給は任せるぞ」
ドアニエルはそう言うと先に町の中に入り、人の波に見えなくなる。
「さーて。じゃあまずは食料ね。ここからは先も長いから、魔術で保存期間を延ばしている高価なものも買っておく必要があるわよ」
キリメはそう言うと荷物を降ろして肩を回す。シグレも無言で同じように凝った首を解していた。
「ここからの旅程はどうなっているんだ?」
メリエはカガミに確認を取る。
これがわからないとどれだけの食料を用意するか決められない。
「そうですね……。ニズベーリの町から半日ほどで未開地の境に着きます。そこから我々の集落まではおよそ15日……誤差で3日と言ったところでしょうか。途中に2か所、ユルミール森海内に補給できる集落があり、そこに立ち寄って補給を行う予定です。最初の補給できる集落まで5日を見てもらえれば……」
「なら……最悪一回も補給できないことを想定すると、20日保存できる食料と、万が一引き返すことになった場合を考えて40日保存できる食料を用意すればいいか」
「森の中には食料となる動植物も多いのである程度採集で得ることもできます。長期保存以外の食料は最低限でも大丈夫です。実際、我々も行き来する際には自分達で採集を行いながら移動しますから。
水もいくつか飲用できる採水地点がありますので、3日間保存が出来れば十分持つと考えてもらって問題ありません」
「そうそう。水なら私とシグレが魔法で出すこともできるから、そこは頼ってくれていいわよ」
「ん……飲める水は私担当」
ふむ。
今まで一度も使っていなかったが四象魔法系も心得があるのか。
さすが少数で危険な未開地を越えてくるだけはある。個々の技能も多才らしい。
「わかった。では買いに行こう」
「ええ、行き付けの店があるので良ければ紹介しますよ」
「それじゃあ頼もうかな。皆もそれでいいよね?」
「はい。この国特産の食材とかあったら試してみたいですね」
「あーいいですねぇ! アンナさん料理上手だから私楽しみ!」
「エシー姉、落ち着いて」
そんなわけで、カガミ達と一緒に保存用食料を買い込みに行く。
旅人でごった返す中、目当ての食料品店で通常の食材を、そして魔法商店で長期保存できるよう魔法で加工された保存食を購入する。
高いとは聞いていたが、20日の消費期限があるものでも金貨が必要になる金額で、40日に至っては一人分で金貨5枚かかった。
まぁヴェルタで古竜の鱗を買い取ってもらったため、所持金は緑金貨で100枚は軽く超えている。今の自分達なら痛くもかゆくもないが、これが一般の人間なら大変だろう。仕事で使うにしても、それに見合うだけの報酬が無ければならないし、そんな割高な報酬が出る仕事ということはリスクも大きいものだ。
「(……人間の保存食は味気なさそうで食べる気にならんなー)」
「(贅沢言わないの。まぁ狩って得られるならそっち食べればいいし、ライカが獲ってこれるなら助かるけど?)」
「(……仕方ない。背に腹は代えられんからな。持ち込んだ食材が底をつきそうになったら狩ってきてやろう)」
ライカの不満そうな様子にアンナが苦笑するが、こればっかりはどうしようもない。
むしろここはライカの野生に期待するところだろう。
「よし。これで飲食は問題ないな」
「……アンタらお金持ちなのね……普通この人数分の長期保存食買うならある程度妥協して少し期限が短いものを多少痛んでもいいように薬草とかで包んで保存するのに……まぁドニー並みの強さだし、これくらい稼いでいても当然かしらね」
「すみません。いいんですか? 私たちの分まで……」
「いいよ別に。その代わり、飲み水とか採集とかお願い。僕達そっちの方面は知識が無いし」
別に義理はないがついでなのでカガミ達の分もまとめて買って緑金貨で支払ったらキリメが見直したような目を向けてきた。自慢することでもないのでそのままスルーしておく。
実際、ユルミール森海での知識はほぼ無いし、そっちに入ったら彼女らに頼る事が増えるだろう。そこは持ちつ持たれつでいいはずだ。
「よし、あとは消耗品だな。ユルミール森海での必需品のようなものはあるか?」
「そうですね……少し高いですがはぐれた時用に共鳴石や〝音〟はあった方がいいです。あとは緊急用に、アルケミストギルドから浮遊陣の魔道具か、代替できるアーティファクトを持っておくのがお勧めです」
「師匠も言っていたな……それらも用意しておくか」
「(僕のアーティファクトで代用できるんじゃない?)」
「(そうだな。だが、大っぴらに持っていることを言うのはまずいだろう。建前上買っておくべきじゃないか?)」
「(そういうことね)」
魔法商店で買えるものを一通り購入し、さらに道具店で獣骨でできた笛と魔法陣が描かれた大きな布を買う。笛の方はアスィでハンターたちが使っていたものだ。これで遠方と連絡を取り合える。が、【伝想】には及ばないので出番は無さそうだ。
共鳴石は騎士団などに救助を求める時に使うらしく、深部でなければ遭難した時に助けてもらうためのものだそうだが、今は必要無いだろう。
魔法陣の布は乗って起動すると対象を浮かせることができる。制限時間は短いが、緊急離脱に使えるらしい。これも【飛翔】があるし、アーティファクトの守りを食い破られることはそうそう無いだろう。
どちらも出番は無い……と思いたいところだ。
装備品のチェックも済ませ、準備完了だ。
ドアニエルも合流し、宿泊はどうするかを相談した。
「我々はこのまま進んで問題ない。そちらはどうだ?」
町に着いた当初はシグレ達も疲労の色が見えたが、それも既に消えている。一瞬の息抜き程度で切り替えられるというのも凄い。しかし無理をしている様子でもないし、その辺の体調管理を怠っていては命がいくつあっても足りない。平気というなら本当に平気なのだろう。
「街道の宿泊所でかなり休めたから、わざわざ一泊する程でもないかな?」
「そうですね。問題なさそうです」
「(ポロはどう?)」
「(これくらいならご主人とハンターの仕事に出た時の方がキツイくらいですよ)」
全員を見回してみたが、やはり辛そうな様子も無い。
「なら出発しよう。ついでにキナ臭い話がギルドで得られた。道すがらそれも話そう」
一通りの補給だけで、ニズベーリの町を後にする。
町を貫いている街道の門ではなく、未開地側の門から出たが、こちら側を使う人間は殆どいなかった。
いてもハンターのような装備の者が僅かだけ。集落はあると言っていたが、商人や旅人が頻繁に行くような場所ではないのだろう。
町から離れ、いくつかの丘が続いている細い道を進んでいくと、最後の丘を登り切ったところでいよいよ問題のユルミール森海が見えてくる。
見晴らしの良い丘の上からユルミール森海を見下ろすとその広さに改めて圧倒された。
「うひゃー、緑一色ですね」
「……あれ? あそこに何か建ってますよ?」
アンナが指差した方を見ると、緑の水面の直前に、石造りの建物が見える。
「監視塔です。あの先からいよいよ未開地となります」
成程。言われてみれば塔だ。
そこまで高いわけではないが、頂上付近が物見台になっている。灯台に似ていなくもない。
丘を下って塔に近付き、細部が見えるようになると、鎧を着込んだ兵隊が十数名程見えてきた。
「ギルドと国が共同で管理している塔で、魔物の監視、通行者の確認を行っています。こうした塔がいくつかあって、ここで手続きを行っておけば緊急時に救助要請を受けてくれます」
「魔物が出てきた場合には連絡を、それ以外の場合はギルドの依頼で森海に入る者達のチェックをしているというわけか」
「そうですね。我々は必要ありませんが、一応届だけは出しておきましょうか。少し待っていて下さい」
そう言ってカガミは歩を進め、塔の近くで立っていた兵隊と言葉を交わす。
二言三言の遣り取りの後、兵隊が頷いたのを確認してカガミが戻ってくる。
「問題ありません。では行きましょう」
いよいよ間近に迫った緑の海原に、更に近付いて行く。
ザザザザという木の葉がこすれる音が増大し、緑の匂いが濃くなる。
緑の水面のすぐ手前で止まり、周囲を見渡す。
「……みっしりと葉っぱですね」
「ホントに……この上を歩いて行くってこと?」
「いえ、少し行くと道があるので」
そう言ってカガミは横に進む。
すると地面と葉の海の間に隙間のような穴があった。
「ここから降ります。崖になっているので気を付けて下さい」
「が、崖?」
嫌な言葉を聞いたエシリースの頬が引き攣った。
ドアニエルを先頭に、カガミ達は先にその穴に入って行く。
それに続いて自分達も人一人がやっと通れる程度の細い穴に踏み入る。
下りた先に広がっているのは、今までに見たことも無い光景だった。




