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開会式

「ではこれより、個人戦技会予選を始める!」


 訓練場に集められた生徒の前で、見たことのない教官らしい男が高らかに宣言した。

 場所は広大な訓練場の一角。そこで開会式が行われる。

 訓練飛行をした時に見えた騎士団の詰め所らしき石造りの砦の近くだった。


 集められた生徒はかなり多い。

 竜騎士養成科だけではなく、魔法科や騎士養成科など、他の学科生も数多くいた。

 個人戦技なので戦闘技能を有する生徒なら学科を問わず参加できるということらしい。

 中には大型の従魔を連れた生徒もいるし、一見すると街人のような普通の格好をした人間もいる。

 この場にいるということは少なくとも見学者ということは無いはずだが……。


 周囲を見回すと砦の石壁の上や尖塔に観覧席が設けられ、貴族や騎士団員が観戦のために並んでいるのが見える。

 学院側にも多くの天幕が建てられ、そこに学院の教官陣、講師陣、研究員、貴族のような出で立ちで従者を連れた人間、そして個人戦技会には参加しない生徒たちが集まっていた。

 そして学院の大きな講義棟のテラスには、如何にもお偉いさんが見学する席ですといった豪奢な観覧席が用意されており、給仕役の侍従がまだ姿が見えない主のために右往左往と行き交っている。


「(見てる人いっぱいですね)」


「(これみんな貴族や軍関係の人間なのか。強面ばっかりだから物々しいな)」


「(中にはギルドや教会関係の人たちも含まれているそうですよ。さすがに一般人は見学に来れないみたいですけど)」


 御前試合のようなお祭りとは違い、どちらかというと雰囲気は試験会場といった様相だ。

 軽く百を超える参加生徒の数よりも、見ている人間の方が数倍は多いだろう。


「(クロが軍内部を引っ掻き回したからな。それもあって失った手勢、或いは手駒を増やそうという者が多いんじゃないか?)」


 アンナに抱かれるライカも周囲の状況を観察している。

 自分とアンナはただ周囲を見回しているだけだが、ライカはしっかりと警戒しなければならない手合いがいないかと鼻を利かせているらしい。

 それを悟り自分も気を引き締め、練習していた気配察知の感覚を研ぎ澄ませる。


 竜舎の中では時間が有り余っているので、新しい術の研究や気配察知の訓練にたくさん時間を費やすことが出来た。

 それもあってか少しずつ気配を探るという感覚に自分の五感が馴染んできた気がする。

 少なくともアンナやライカ、ラカスやアリカナージといった馴染んできた存在の気配とそうではない者の気配を、ある程度の距離から選別できるくらいにはなった。


 そして竜舎では敵意に事欠かない。

 自分をよく思っていない飛竜をはじめ、幾人の生徒は自分に対して敵対的な感情を抱いているようで、自分に敵意を向ける存在の気配も敏感に感じ取れるようになってきた。

 視線や害意を直接向けられると、背中の鱗がチリチリとざわめくような、腹の奥底が沸き立つような、そんな闘争本能を刺激する何かが自分の中に顕れるのだ。


 雑踏の中にあっても、こうした感覚を忘れないでいれば、少なくとも不意打ちされるような危険は減らせるはず。

 そう思って五感に身を委ね、気配を感じ取ることを繰り返している。

 それはこうした場所でも役に立った。


「(……王女様と……それにシラルさん達も来ているみたいだね)」


「(む? どこだ?)」


「(いや、何となく気配がするよ。王女様達は砦の方、シラルさんたちは学院の方かな)」


 慣れ親しんだ人たちの気配。

 これだけの人の中にあっても感じ分けられるくらいはできるようになった。

 が、まだ正確な位置まで即座に把握するのは無理そうだ。

 もっと近づいてくれれば判るはずだが、さすがに距離がありすぎる。この状況で位置まで特定するには索敵の星術を使う必要があるだろう。


「(ほう。苦手だった気配察知が少しはできるようになったか)」


「(竜舎では時間を持て余していたから。でもまだ完全ではないんだ。ライカの鼻には全然届かないよ)」


 実際気配のみならず、感情の起伏や思考の一端まで嗅ぎ分けるライカの能力は自分の数段上を行っているのは間違いない。

 これは個の能力というよりライカの種族特性のような気がするが、ライカはあまり深く考えず気配察知の延長のような扱いをしている。星術の補助なしでライカ並みの域に至れることは無さそうだと感じつつ、今後も研鑽はして行こうと思った。


「(成程な。指南無しでここまでできれば問題なかろう。だが、まだ過信できるには足らぬな。暫く私が補佐してやる)」


 ちょっと偉そうにフンスと鼻を鳴らすライカに苦笑しつつ、アンナが嬉しそうな声を飛ばす。


「(スイさん達も来ているんですか。そう言えば来年くらいから学院の魔法科に入学するって言ってましたね。あとでちょっと会えるといいんですけど、立場的に厳しそうです)」


「(そうじゃなくても大貴族の子弟だからね。両親の後を継ぐことなるんだろうし、視察も仕事のうちってことじゃないかな)」


 周囲の生徒に混じってそんなやりとりをしていると、司会役の教官の説明や来賓挨拶が順々に終わっていく。

 やはり来賓として来ているのは軍関係、宮廷関係が殆どのようだった。

 意外だったのは他国からの使者や貴族が見に来ていたことだ。


 次代の戦力というべき生徒たちを開示するということは、僅かとはいえ自国の戦力の一端を開示することと同義なはず。それをわかっていないということは無いはずだし、恐らくは政治的なやりとりがあるということか。


 やがて話は戦技会予選や本戦のことに移っていく。

 まず初めは個人戦技会の予選で、この予選はバトルロイヤル方式で行うようだ。

 全ての学科生が混合となり、一戦につき5~10人のグループに分けられる。そのグループで模擬戦を行い、勝ち残った二名が次の予選に進む。それを2,3度繰り返して本戦に進む人間を絞るという方式だ。


「(ふーむ。多対戦か。いくら実戦経験があるとはいえ、まだアンナには荷が勝ちすぎるな)」


「(魔物やゴーレム相手には多数戦を経験したけど、一人でってわけじゃなかったしね。人間相手ってのも不安要素だ)」


「(……)」


 説明を聞くアンナの緊張感が増しているのがわかる。

 実際アンナの今までの戦闘経験はそこらの生徒よりもあるのかもしれない。平穏な村から出てほんの僅かな時間しか経っていないアンナだが、アスィ村を皮切りにいくつかの戦いを経験してきた。それでも未だ人間相手に剣を向けたことは無いし、斬った経験も無い。


 使う武器は刃引きされているとはいえ、実際で使う武器と同じものだ。殺意や敵意と共に向けられる迫力、そして自分から向ける迫力は、魔物とは違った感覚を伴うだろう。

 アンナの緊張をよそに、説明は続いていく。


 武器は基本的に貸し出されるものを使うらしい。

 刀剣や弓などは全て威力を抑える処置が施されており、よほどの急所に当たらなければ大怪我をするということは無さそうだ。魔法に関しても専用の魔道具を装備し、一定以上の威力になることを抑える処置が施されるという。


「(当然だけど、安全面は考慮してるんだね)」


「(所詮はお遊びの延長か)」


 そんな風に思っていたが、勝敗の判定を聞いて割と物騒なんだと考え直す。

 審判役が勝敗を決するのは、意識消失や四肢欠損をはじめとする、完全に戦闘能力を喪失した状況と、降参をした場合のみだそうだ。


 ということは多少の骨折や出血程度なら戦意を維持し、戦うことが求められる。更にそうした手負いの人間であっても、手を抜かず剣を向け続けなければならないということだ。

 そして意外なことに、従魔も武器として使用することができると付け加えられた。


「(ということは、ライカも出られるんだ)」


「(それに、アンナの頭の上の妖もな)」


「(魔獣使い養成科も参加していますし、魔獣使い(テイマー)にとっては操る従魔も武器ですからね。それを使えなくなるとそもそも実力の発揮のしようがありません)」


「(だがこれはいいぞ。私がサポートできるからな。いきなり大人数の多対戦では経験を積む前に敗退しかねなかったが、私が数を減らしたり抑え込んだりできる)」


「(僕のアーティファクトは全部外してる上、騎竜戦技会まで僕は動けないからそれは助かるね)」


「(よ、よろしくお願いしますね……ライカさん)」


 当然アーティファクト類は【伝想】を使えるようにするもの以外は全て外している。

 誰かにバレるということも勿論だが、そもそも鉄壁の守りにしていては何も学べない。


「(そんなに緊張せんで、肩の力を抜け。今までのアンナの動きなら、この程度の連中に後れは取るまいよ。

 まぁ幾人か混じっている手練れは私が相手をしよう。私も最近動いてないからいい暇つぶしになる。あそこのデカい魔獣とぶつかったらそれなりに楽しめそうだからな)」


 そう言ってライカは楽しそうな目で大きな魔獣を連れた生徒に目を向ける。

 魔獣使い養成科の生徒の中には中型や大型の魔獣を連れている生徒も少なくない。気配からして戦闘能力的には下位の部類なのだろうが、あの質量はそれなりの攻撃力となるはず。


「(まぁ当たり前だけどライカ以上の魔獣なんていないね)」


「(いたら笑えんぞ)」


 そんなこんなで話は進み、いよいよ予選開始というところまできた。

 グループ分けを終えると、順番に決められた試合場で予選開始だ。

 アンナは支給された短剣二本、弓と矢筒、そして練習用魔法触媒の指輪を装備する。防具は事前にチェックされていれば自前の物で良いそうなので、普段から使っていた装備を持ち込んだ。


「(じゃあクロは向こうで見学だな)」


「(うん。よっぽどのことが起こったら介入するつもりだけど、基本はアンナとライカに任せる。頑張ってね。怪我なら僕がいくらでも直すから)」


「(はい。力試しだと思ってやってきます。では行ってきますね)」


 飛竜は体が大きいので、邪魔にならないよう飛竜専用の待機スペースにいなければならない。

 予選準備で生徒たちが動き始めるのに合わせてノソノソとそこまで移動した。

 先に来ていたラカスと軽く言葉を交わし、お互いの主人が活躍する場を見守ることにする。


 アンナのグループは初回から予選が行われるグループで、アンナを含めて7名の生徒で構成されていた。中には中型の馬のような魔獣を連れている生徒もいるし、見るからに好戦的といった目つきの生徒も見受けられる。

 今は見守り、信じるのが自分の仕事と言い聞かせ、アンナの動きに意識を集中した。

 間もなく開戦の合図が鳴る。

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[一言] アンナも早く心配されないようにならんとなぁ。模擬戦くらいでは
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