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アスィ村へ

「……普通これだけ移動していれば何度かは魔物や獣に遭遇するはずなんだがな……」


 暗い夜の草原を駆けている最中、ランタンの明かりを揺らして先導するメリエが疑問を口にした。夜は夜行性の生き物が活発に動き回る。なので昼間と種類は違うが、頻度は同じくらい魔物や獣と遭遇するものらしい。


「たぶんだけど、僕が強い竜の気配を出しているから警戒して近寄ってこないんだと思う。例外的に襲ってくるのもたまにいるけどね」


 本能を働かせ、危険に敏感な生き物は寄ってこないが、稀に見境無く襲ってくるような好戦的な動物もいたりする。自分はあまり獣などに遭遇しないので未だに魔物と獣の区別がついていないのだが、同じように自分を警戒し身を潜めているところから考えると本質的には魔物も獣も同じではないかと思っている。


「……クロといれば魔物避けも必要なくなるのか……。食糧と水だけで好きなところにいけそうだな」


 うん、言いたいことは何となくわかる。理不尽な存在だよね、つくづく。付け加えるなら水も術で出せるし、食べ物も種があれば育てることができるから実質手ぶらでもなんとかなってしまうのだが。


「そういえば魔物と普通の動物ってどこが違うの?」


「ん? ああ、魔物とは人間にとって脅威となりうる生物や不死者(アンデッド)を総称したものだな。攻撃的であったり特殊な能力をもっていたりと危険度は区々(まちまち)だが、普通の動物と違って人間種の生存を脅かす存在を魔物としている。そういう意味ではポロもクロも魔物に分類されているな。

 ちなみに人間種というのは人間だけではなく妖精種や獣人種などの種族を総称して使う言葉だ。似たような言葉に亜人という言葉があるのだが、これは純粋な人間以外の全ての人型の種の総称、つまり巨人種などのような魔物に区分される敵対的な人型の種も含まれるため差別用語だな。不用意に使うと(いさか)いの元になる」


 ふむふむ。国を滅ぼすとまで言われている竜の存在ならそれも仕方が無いか。基本的には魔物も動物と同じように食糧を得るためや自身や縄張りを守るためにに襲ったりしていると思うのだが、何事も考えるのは人間の視点からになってしまうのはどこの世界でも一緒のようだった。

 この世界の人間タイプの種族は一応人間種ということで一括りになっているらしい。これは先に教えてもらって良かったかもしれない。


 恐らく人間が自然と調和して生きるようになるなら襲ってくる魔物や獣などの存在も減るのではないかと思う。人間そのものを食糧と見ている存在ならそんなことは関係なく襲ってくるのだろうけど、他の生き物の領域を侵す事をしなくなるだけで被害は減るはずだ。ただここは地球とは違う。人間を平気で襲える存在の数が多いとなるとその限りではないのかもしれない。地球の基準で物事を判断するのはまずいだろう。


「脅威となり得る存在だとしても理性的に対応できる種族も多い。クロ達のようにな。だから一概に強い力を持っているというだけで魔物扱いするのはどうかと思うのだが、世間一般には強い力をそのまま恐怖と結び付けてしまい魔物扱いするといったケースも少なくない。特に力の無い者達はな」


 それはそうかもしれない。誰だって自分を簡単に殺せる銃やナイフを構えて近寄ってくる存在に対して恐怖を抱くなというのは難しいだろう。


「まぁ僕は気にしないけどね。アンナやメリエみたいな人がいてくれるだけで十分だし」


 全ての人間にそれを理解しろというのは不可能だろう。だが、自分をわかってくれる存在が少しでもいるのなら救われる。自分には自分の正体を知っても一緒に居てくれる人がいるのだ。そんな人がいてくれれば、この先誰かに魔物扱いされたとしても気に病む事もないと思う。


「クロさんは優しいですから、魔物なんかじゃありませんよ」


 アンナも力強くフォローしてくれた。しかしそんなことを知らない人達から見たら怖い存在だということは自分でもわかる。恐らくアンナやメリエのような存在が少数派だということは何となく予想できる。そんな人達との出会いを大切にしなければならないと密かに思った。


「アンナありがとう。僕も優しいアンナは好きだよ」


 怒ったアンナは恐ろしいからやめて頂きたいですけどね。自分が怒らせるようなことをしなければいいのかもしれないが、年頃の女の子が怒るポイントを掴みきれていないので知らずにやってしまいそうだ。


「そ、そんな……好きだなんて……」


「むぅ。私だって……」


「(ご主人。アンナ嬢に遅れを取ってしまいますよ。積極的に行かないと)」


 前を走る二名が意味ありげな視線を向けてくる。別にアンナだけではなく、自分を理解してくれる存在は好きだけど、ポロの言い方は何か違う気がする。


「と、とりあえずそろそろ休む場所を探すぞ!」


 メリエが何やら慌てつつ休憩することを提案してくる。こちらもそれに異論は無い。睡眠不足は集中力を低下させる。危機察知ために神経を張り詰めたり、術の使用で集中力を使ったりするので適度に休まないと精神的な疲労が溜まっていく。ただ身体強化の術を使っている間はその限りではないのだけど。


 周囲は小高い丘と草原ばかりで身を隠せるような場所は見当たらない。見張りを決めて交代で休むにしても周囲360度を警戒するというのはなかなか難しい気がするが、他にいい場所も無いのでしょうがない。メリエは道から少し離れた草の上に下りて休む準備をしていく。


「クロがいれば大丈夫だとは思うが、一応魔物避けの香り袋を使っておこう」


 メリエは荷物袋から小さな袋を取り出し中身を少しずつ周囲の地面に撒いていく。中身は乾燥させた薬草のようなもので独特な匂いがしている。自分やポロは魔物扱いらしいけど特に近寄りたくない匂いというわけではないのだが……。


「この薬草の匂いは襲撃しようと緊張した存在が本能的に警戒する匂いらしい。周囲に撒いておけば半日くらいは危険な存在が近寄りにくくなる。人間には効果がないから盗賊の類は警戒する必要が在るがな」


 攻撃の意思がなければ関係ないということか。人間は理性が発達した分、本能の働きが他の動物に比べて鈍いので危険と感じても襲ってくることがある。それが良い面もあれば悪い面もあるので一概には言えないが、危険な相手を危険と認識できずに襲ってしまうのは悪い面だろう。


「僕が起きてるから皆は寝ていいよ」


「こういうのは分担するものだぞ?」


 確かにそうかもしれないが、これには理由がある。


「アーティファクトと違って自分で身体強化の術を使っていると眠気にも耐えられるんだよ。それに村に着いたらメリエ達は打ち合わせとかやることが一杯あると思うけど、竜の自分は襲撃があるまでやることは無いと思うからその時にでも寝させてもらうよ」


 昼夜問わず、しかも疲労せずに走り続けられるのでかなりのペースで移動している。当初移動に三日かかると言われたがこの調子なら明日の夕方頃には到着するようだった。到着早々襲われてる状況なら寝ている暇などないが、それはそれでさっさと仕事を終わらせて休むことができるので問題ない。森でアンナを診ている時に身体強化で徹夜をして問題なかったので二日程度なら集中力が落ちたりすることも無いだろう。


「なるほど。では言葉に甘えよう」


「ありがとうございます」


「(感謝致します)」


 それぞれ寝る準備を済ませると、メリエは毛布に包まり、ポロはメリエの傍で丸くなる。アンナは持ってきた外套を纏って自分の近くで横になった。

 本来なら獣などを避けるために焚き火をしたりするものだが、今回は夜目が効く自分がいるのでそれも必要ない。肌寒い夜風を凌ぐために星術の膜を周囲に作っておき、見張りを始める。


 時折草原を吹きぬける風が草を撫でる音と、アンナ達の寝息以外に聞こえてくる音は無い。ここは見晴らしがよく、大型の生物が近づいてくれば見落とすことも無いだろう。

 特にやることも無く、満点の星を眺めたり、時折モゾモゾと寝返りを打ったりしている猫耳アンナの寝顔を見て楽しんだりしながら夜を過ごした。



 徐々に空が白み始める頃、ポロが一番早く目を覚ました。


「(おはようございます。古竜殿)」


「おはようポロ。呼びにくいだろうからポロもクロって呼んでよ」


「(そうですか? では、クロ殿)」


 まだやや堅苦しいが古竜よりはマシだろう。ポロが主人のメリエを甘噛みして起こしているので、こちらもアンナを起こすことにする。いつものようにほっぺをツンツンしたいのだが、竜の爪が生えた指でそれをやると頬に穴をあけてしまうので今回はガマンする。

 外套の上からアンナを揺すって起こすと、寝ぼけ眼でこちらを確認し朝だと気付いたようだ。


「おはようございます」


「おはよう、アンナ。はい、これで顔洗って」


 目を覚ますために星術で顔洗い用の水玉を出してあげると、アンナは空中に浮かぶ水玉から水を掬って顔を洗った。洗い終えたところで温風を出して乾かす。


「……つくづくクロがいると便利だな……」


 目を覚ましてアンナの様子を見ていたメリエが、羨ましさと呆れを綯い交ぜにした表情でこちらを見ていた。


「はい。メリエもどうぞ」


 アンナだけは可哀想なのでメリエにも顔洗い用の水玉を出してあげる。おっかなびっくりではあったがアンナと同じように顔を洗い身だしなみを整える。


 全員の目が覚めたところで朝食を摂る。買い置きしていた携帯用食糧の塩気が強い干し肉とカチカチのパンを食べた。携帯食だからしょうがないのだろうがこんな食事ばかりだと健康に悪そうだった。今回は距離が短いので携帯食だけだが、長距離移動の際は料理器具も持ち運んで周囲で食材を調達し、料理をしたりもするそうだ。食事は士気を維持するにも疲労回復にも重要なのでその辺は重視しているらしい。


 この時、竜の姿の自分がアスィ村で食事ができるように森から持ってきていたスイカボチャの種を植えて育て、村での食糧を確保しておくことにした。さすがにアンナ達と一緒に同じものを食べられるとは思えないので事前に用意しておくべきだと思ったのだ。近くに水場はないが、二つの術を同時に使うのにも慣れてきたので水を出しながら成長の術を使って一気に育てる。

 メリエは植物が水だけで一気に成長する様を見て唖然としていた。


「……クロがいれば農業革命が起こせるな……」


 それは自分一人で世界中の畑を回れとでも申すのかね、メリエ君。嫌だよそんなの……。

 まてよ。自分でやらなくてもアーティファクトにしちゃえば誰でも同じことができるはずだ。便利そうだから今度作ってみよう。ただやはり自分だけしか作れないので量産化は無理である。


 せっかくなので朝食のデザートにスイカボチャを一つ切って皆に振舞った。ポロも自分と同じように雑食なようで、人間と同じものを普通に食べていた。これでビタミンなどの補給もできるし、甘いもので気分も良くなるので一石二鳥だ。アンナはスイカボチャが気に入っていたのかかなり嬉しそうだった。


 腹ごしらえも終え、移動を開始する。夜間と同じで日中も全く疲れないのでずっと走り続けられる。

 途中何度か食事休憩などを挟みつつ、特にトラブルも無く目的の村が見えるところまでやってきた。

 既に日が沈みかけており、間もなく夜になるというくらいに到着した。


 当初の予定では三日かかるというところを一日で到着してしまった。アーティファクトでごり押ししただけのことはある。怪しまれてしまうかもしれないけど、早く着けばその分だけ被害を減らせるわけだし文句を言われることはないだろう。


「こんなに早く到着するとは……ホントにクロといると驚きだらけだな」


「早く着けばその分被害も減らせるんだし、いいじゃない」


「まぁそうなんだがな。何というか改めてクロが常識外れの存在だということを思い知った気分だよ」


 わかってはいるけど酷い言われようだ。だけどこれだけで驚くのはまだ早いと言わざるを得ない。帰りは方角も何となく把握できたので皆で空を飛んで帰ろうと思っているのだ。最近飛んでいないので空が恋しくなってくる。アンナの時の様子から考えても空を飛んだ時に今以上に驚くメリエの顔が容易に想像できる。まぁ今は言わずに楽しみは後に取っておこう。


 遠目に見るアスィ村は周囲に畑が広がり、木でできた柵に囲まれた村だった。柵の周りには堀のようなものがあり一応外部からの敵を防ぐようになっているようだ。ただアルデルの町程の頑強さは無さそうで、数百という数に押されると突破されてしまうだろう。村の周りにある畑は酷く荒らされている状態で、周辺には色々な動物の死骸が転がっている。中には動物のものだけではなく小人のようなものや、豚の怪物のような死体もあった。子鬼(ゴブリン)とか豚鬼(オーク)とかいうものだろうか。


 村は結構な大きさに見えた。この世界基準ではどの程度なのかわからないが、見た感じではかなり建物もあるし造りもしっかりしている気がする。アルデルの町に比べればかなり小さいが、なかなかの規模に思えた。ところどころに見張り台のような(やぐら)があり、篝火(かがりび)が焚かれ槍を持った人が台の上にいるのが見える。


「よし、では決めた通りにいこう。交渉や指示などについては全て私がやる。アンナやクロは必要な時だけでいい。その方がボロも出ないだろうし余計なトラブルも減るはずだ」


 この世界のことについて殆ど知識が無い自分やアンナが話をすると色々な問題を生じることになる。元々依頼を受けたというのはメリエだけだし、こちらはあくまで協力者という立場でいくことで面倒事を避けるようにするつもりだ。無論、【伝想】が使えるので必要であれば話に加わるが基本はメリエに任せる、というか丸投げするつもりでいる。


 アンナはいよいよというところまできたことで緊張の色が濃くなっている。やはりまだ竜使いだと偽ることに不安を感じているのだろう。基本自分が勝手に状況を見て動くので竜使いとして何かをしなければいけないということはないから大丈夫だとは思うが、何かあったらそれとなく手助けしよう。


 最終確認を済ませ、村に向かって歩を進める。

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