教官
「(私、こういう礼儀ってあまり知らないんですけど、目下の私が挨拶に出向くものじゃないんですかね……?)」
アンナの言う通り、生徒となって教えを請う立場の者が挨拶に行くのが普通な気がする。
「(まぁ気にするなと言っていたんだ。気にせず待てばよかろう)」
「(受付の人が言ってた通り、僕のことも見たいんじゃない? この体じゃ中に入れないし)」
考えてもわからないし、ここはライカの言う事が正しい。
そして建物の前でどっかりと座り込み、周囲を眺めつつぼんやり待つこと数分。
ゴトンという音で扉に目を向けると、扉をあけて受付の人とやや細身の男性が出てきた。
壮年で短髪、精悍な顔立ちに無精髭、戦慣れしたような雰囲気を感じる。マントを羽織り、腰には剣、鎧はつけていないが動きやすそうな服で身を固めていた。
「彼女がそうか」
「はい。竜騎士養成科に編入されるアンナさんと、騎竜クロ、そして従魔のライカ、……名前は記載されていませんが頭の鳥も従魔だと王宮からの書類には書かれていますね……」
アンナの前に来ると、腕を組んで立ち止まった。
アンナを足元から見ていき、抱かれるライカと頭の鳥を訝しげに見つめる。その後自分の方に視線を向けて眺めていた。
「なるほどな……私はアラミルド・バーノス。ここで騎竜教官をしている。王族の推薦でということだったから、てっきり貴族が来るものだとばかり思っていた。
ところで、君はいくつだ? 随分と若く見えるが」
「あ! えっと、アンナです。歳はもうすぐ15になります」
雰囲気に圧されてか、ピシっと立って答えるアンナ。軍人のような話し方もあり、そうしてしまうのも頷ける。
「ほう。その歳で飛竜を……まだ幼体ではあるが、随分と大人しくしているな。それに飛竜だけではなく、別の従魔もいるとは、かなりの力を持っている。口だけは達者な貴族連中にも見習わせたいくらいだ」
「アラミルド教官、あまりそのような物言いを為さると……」
「わかっている。が、事実だろう」
「……」
その沈黙は肯定か。
つまり口だけは達者な連中が沢山いるということだ。面倒事は避けたいところなのだが……。
「……まあいい。改めて、宜しく。わからないこと、気になること、俺に何でも相談しろ。ここでの生活については聞いているか?」
そう言うアラミルドの表情はとても穏やかだった。どちらかというと強面なタイプだが、面倒見はいいのかもしれない。
「よろしくお願いします。えっと、まだ何も……」
「……あまり小言は言いたくないが、物を言う時ははっきりと言うんだ」
「は、はい! まだ聞いていません」
「よし、それでいいぞ。では顔合わせを済ませたら案内しよう。……だが、その前に……」
最後の言葉だけ、雰囲気が変わる。
それと同時にアラミルドは腰の剣に手をかけ、僅かに鞘から抜いた。
「(!!?)」
威圧感。
一瞬で場の空気が研ぎ澄まされる。
これは、殺気だ。
そう判断したと同時に、自分とライカ、そしてアンナの頭の精霊鳥が一斉に動く。
自分はアンナを庇うように首を割り込ませ、ライカはアンナの腕から地に下りると牙を剥いて臨戦態勢を取る。
今までアンナの頭からほぼ動くことのなかった鳥の精霊も、アラミルドが剣に触った瞬間飛び立つ姿勢を取って身構えた。
「……ほう。素晴らしいな」
こちらの反応を見たアラミルドは、ゆっくりと剣から手を離し、降参というように両手を上げる。
「いや、悪かった。何もしないよ」
「え、えーと……?」
アンナはよくわかっていないようだったが、自分とライカは察した。
試したのだ。
いい気はしなかったが、ここは怒る場面でもない。意趣返しに唸り声と共にひと睨みだけし、静かに体を引く。
「(チッ……舐めた真似を)」
ライカも苛立ちを隠さずに吐き捨てると、剣呑な雰囲気を収め、またアンナの腕によじ登った。
精霊鳥も同じく頭の上に戻っている。
「見事、と言わざるを得んな。深い繋がり、絆、信頼関係。三匹とも、君に強い信頼を抱いている。私の攻撃の意思を敏感に感じ取り、君を守るために動いた。その若さでこれ程の信頼を勝ち得るなど並大抵のことではない」
カチンと剣を鞘に戻すと、改めて感嘆とした表情でアンナを見る。
「特に飛竜。絶対的に人よりも上の力を持っている彼らを、魔法抜きで認めさせる……それがどんなことかは、ここに来た君ならばやがて理解するだろう。
その上、飛竜は幼体であればある程、本能に忠実だ。仮に主と認める者がいたとしても、その幼さ故、自己防衛本能を優先するはずなのだ。君のその相棒は、未だ幼いにも関わらず、自らの安全より君の安全を優先した。ここで学ぶ者の中でも、君ほどの関係を築けている者は僅か二人しかいない」
自分が睨んだことでやや怯んだ様子だったが、気を取り直したアラミルドはそう説明する。
アラミルドの言葉を噛み砕くなら、人間が飛竜を従わせるのは難しいということ。そしてそんな飛竜を自在に操れるレベルに在る者が、少なくとも二人は在籍しているということだ。
「教官。私がいることを忘れないで下さいよ。巻き添えは御免です」
「む。すまんな。職業柄どうしても、な。だが何かあれば彼がすぐに飛んでくる」
「その前に私は一飲みにされていると思いますが……コホン。では案内をする者を見繕いましょう」
「いや、私が案内する。まず初めに行かなければならないところもあるし、その流れで教室棟にも連れて行く。その方が手間も省ける」
「……ああ、彼と対面するんですね」
「そうだ。顔合わせは先に済ませておくべきだろう。何かあったらまずいしな。事務手続きはその後でも問題ない」
「わかりました。教務部には伝えておきます」
アラミルドはくるりと背を向けると歩き始める。
受付の女性は来ないのか、立ち止まったまま見送る様子だ。
「こっちだ。順番に案内しよう。短い期間ではあるが、君の級友となる者達に紹介もしよう。丁度今日は全員集まる訓練の日だからな」
「は、はい! お願いします」
そう促したアラミルドの背に、アンナがついて行く。
何も言われていないが感じからして自分もついて行っていいようなので、アンナの後ろからノソノソと後を追う。
だだっ広い敷地をドスドスと音を立てながらアラミルドについて行くと、三階建てほどの高さのある大きな建物の前までやってきた。
窓は無く、竜の自分でも通れるくらいの木の扉がついている。
「(竜の匂いだな。結構大きいぞ)」
建物の前で鼻をヒクつかせたライカが言う。
ということはここが飛竜の生活の場、厩舎ということだろうか。
「ここだ。入るといい」
アラミルドは扉を開けて先に中に入った。
アンナと顔を見合わせると続いて進む。