表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/351

対策

 アンナと道端の草原に寝転び、暫くのんびりと雲が流れ徐々に茜色になっていく空を眺めていると、ドッドッドッという地を蹴る音と共に何かが近づいてくるのに気付く。馬などとは違う音だし荷車の車輪が石畳にぶつかる音がしないので走車ではない。上半身だけ起こして道を見ていると、薄暗くなってくる風景を背に、疾竜のポロに跨ってこちらに駆けてくるメリエが見えてきた。


 荷物を疾竜の背の左右に括り付け、馬に乗る騎手のように手綱を握り腰を浮かせて速度を出しているが、分岐点の近くにいる自分に気がつくと速度を落とした。やがて歩く程度の速さになると、アンナもメリエに気がつき手を振っている。


「すまん。ギルドの受付で正式に緊急依頼の受領をしてきたので遅くなった。待たせたか?」


「(お待たせしました。お二方)」


「ううん。待ってる間に二人でのんびりできたので全然問題ないよ。じゃあ移動しながら色々説明するね」


「わかった。では行こう」


 メリエは疾竜を降りて、一緒に歩いてくれるようだった。夕方になって薄暗くなってきていたが、まだ明かりを必要とする程でもないので三人と一匹で街道とは違って舗装されていない、田舎道のような村への道を歩いていく。


「……随分と荷物が少ないが、準備はしてこなかったのか?」


 こちらの様子を見てメリエが怪訝な顔をする。まだメリエにはこのリュックやカバンが特殊であるということは言っていないので荷物が少ないことに疑問を持ったらしい。


「ちゃんと用意してきたよ。僕とアンナのリュックやカバンはちょっと改造してあって、アーティファクトみたいな効果をつけてあるから見た目よりもたくさんの物が入るようになっているんだよ」


 そう言いながら背負っているリュックを降ろしてメリエに見せてやる。予想通り驚愕した表情で固まるメリエ。いかに魔法とかがある世界でもこれは異常な物だというのは、この反応でなんとなくわかった。今後あまり人目に触れないように取り扱わなければならないだろう。一応そんなことだろうと厳重に取り扱っていて正解だった。


「……これがあれば物流革命が起きると思うのだが……」


「残念だけど見た目以上に物を入れられても重さはそのままだから入れすぎると持てなくなると思うよ」


「なるほどな。しかしこれに入れて荷車とかで引けば、普通の荷車に積み切らないような量を運べるのだろう?」


 おお、その手があったか。確かに荷車を頑丈に作ればそれは可能かもしれない。だがどの道これを造れるのが現状で自分しかいないので普及させるのは無理だろう。人間が使っている魔法とかで同じような効果が出せるのであれば可能かもしれないのでアイディアは残しておいていいかもしれない。


「今のところ自分しかこれを作れないから普及させるのは無理だと思うなぁ。人間の使う魔法とかで同じような効果があるものって聞いたことある?」


「うーむ。私は無いな。もしかしたらあるのかもしれんがな」


 やはりわからないようだ。まぁもし魔法とかに精通した人に会うことがあれば聞いてみるのもいいだろう。今は考えても仕方が無い。


「後でメリエのカバンとかも改造してあげるよ。バレると面倒なことになりそうだからナイショにしてね」


「本当か! だがいいのか? こんな効果がある道具はおそらく国宝級の扱いだぞ」


「いいよ。つい昨日脱皮して大量に材料があるしね。せっかく一緒に旅をするんだし快適に行ける方がいいでしょ? あ、ちなみにメリエとポロ用にたくさんアーティファクト作ってあるからそれも後で着けといてね」


「(私にも下さるのですか。私に竜魔法など使えるのでしょうか?)」


「少し練習がいるかもしれないけど大丈夫だよ。つければ勝手に効果が出るものもあるしね」


 脱皮して在庫が余ってるし、メリエの分を作っても全く問題ない。色々と助けてもらうこともあるだろうから少しくらいは返さなければならないだろう。また巨人種との戦闘のためにと色々作っておいたのでそれも説明して慣れてもらう必要がある。さすがに使ったことが無い物を命がけの戦いでぶっつけ本番に使うのは危険すぎる。


 アーティファクト自体を使うことはそれ程難しくない。明確な自我と意思を持っている疾竜なら問題なく使いこなせるだろう。アンナに渡してある自動で反撃するタイプのもののように本人の意思と関係なく効果を発揮できるようにすることもできるのでポロでも問題なく使用できるはずだ。


「そ、そうか。ありがとう……。何だか私の価値観がおかしくなりそうなんだが……」


「メリエさん……それを気にしたらクロさんとは一緒に居られませんよ……」


 そ、そんな目で見ないで……。アンナの何かに諦観したような視線が痛い。

 しかし命には代えられないのだから危険を退けられるのなら惜しむことはしない方がいいだろう。出し惜しみをしたら死んでしまいましたはシャレにならないのだ。関わりの薄い相手なら自分やアンナの安全のために隠すかもしれないが、アレな秘密を色々と共有して仲良くなったんだしアーティファクトくらい惜しみなく分けてあげるべきだろう。


「ところでなぜクロは依頼を拒否したんだ?」


 そういえば道すがら説明するということにしていたっけ。ここならば説明しても大丈夫だろう。


「まずこれ以上ギルドに目をつけられたくなかったからという理由が一つ」


 そう、それが一つ目の理由だ。例の野盗の捕縛で正式登録していないにも関らず緊急依頼を回される程に目をつけられてしまっている。この緊急依頼も完遂してこれ以上名が売れてしまうのは、今後面倒事を引き寄せる可能性が増すので避けておきたかった。それでなくても自分は狙われている身なのである。そうそう正体がバレるということは無いと思いたいが、絶対ではない。自分一人ならどうとでもなるが今は一緒に行動するアンナやメリエがいるのだ。


「確かにクロの立場からすると目立ちすぎるのは得策じゃないかもしれないな。名が売れれば良くも悪くも人が寄ってくる。それに比例して面倒事の種も増えるからな。ましてやアーティファクトに関することが知られれば大変なことになるのは想像に難くない」


 正体の事もそうだが、メリエの言う通りアーティファクトのこともそうだ。アーティファクトは一つで多大な富を生むのは証明済みだ。また、アーティファクト程ではなくとも竜の素材を持ち歩いているためそれを目当てによからぬ輩が寄ってくることも容易く想像できる。今後静かに旅をするためにもこの依頼で更に注目を集めたくなかった。だが、理由は他にもある。


「でもそれだけでじゃなく、メリエの巨人種(ギガント)についての説明を聞いてこのままの状態で戦うのは危険だと思ったからって理由もあるんだ」


「それは、どういうことだ?」


「つまり、安全を考えると竜の姿で戦うべきだと判断したんだよ。人間の姿でもある程度竜の力を使うことはできるんだけど、それを考慮しても5mを超える巨人相手にこの体格差じゃ戦うのは大変だからね」


 これが二つ目の理由だ。筋肉質で5mを超えるとなると少なく見積もっても重量は300kgを超えるだろう。その重量から繰り出される攻撃の破壊力はかなり大きなものであるはずだ。竜並みの骨格強度があるので攻撃自体に耐えられない事はないだろうが、今の姿だと踏ん張ることができずに吹き飛ばされてしまうことは明白だ。そうすれば大きな隙が生まれることになる。


 自分一人なら吹き飛ばされて隙を晒しても狙われるのはどちらにせよ自分だけだ。しかし、隙を晒したことでアンナやメリエ、村人が狙われることになれば目も当てられない。星術で対策しようにも周囲に人の目があるのでそれも難しい。仮に人間の姿で圧倒できたとしても、事情を知らない周囲の人間に注目されてしまうだろうからこれも下策だ。


 援軍が到着するまで何事も無ければいいのだが、そんな不確定な要素に期待して対策しないでいくわけにもいかないだろう。数の不利を覆すにしても、巨人種と戦うにしてもやはり十全の力を発揮できるように竜の姿の方がいい。


「正直な話、僕でも人間の姿じゃちょっと無理な気がしてるんだよね。かといって緊急依頼を受けて村に行って姿変えたら大変なことになるでしょ? だから最初から行かないことにして変身してメリエについて行こうかと思ってるんだよ」


 これが三つ目の理由だった。村での変身は論外、ということは予め竜の姿になっておく必要がある。依頼を受けたのが自分とメリエの二人だったとしたら、実質メリエしか行かないことになってしまう。そうすれば不信に思われてしまうし、そのことがギルドマスターの耳に入ると自分が居ない代わりに竜が来たというようなことが伝わり、自分と竜の関係性を示唆することになってしまうかもしれない。


 普通の考えて人間が竜になったと思うことはないだろうとは思うのだが、当初自分と一緒にいたアンナはいるのに自分だけがおらず、その代わりに竜がいたと知られるとそんな連想をされることもあるかもしれない。少し考えすぎかもしれないが、あの深謀遠慮を備えていそうなギルドマスターならありえなくもないのではないかと思ってしまう。ここは竜に変身できる竜人種がいる世界なのだから。


「それにしても竜の姿でうろついたら大変なことになるぞ? それでなくても双子山の竜騒動で皆竜には敏感になっているのだし、私のポロでもかなり珍しがられるのにキミの姿は飛竜のそれに近いから尚更だ」


 そんな言葉にニッコリ笑顔を返す。


「大丈夫だよ。二人とも優秀な〝竜使い〟なんだから」


「「……え?」」


「というわけでこれからはメリエの知り合いで、同じく竜使いであるアンナの相棒ということでいこうと思います」


「ちょ!? えええええええ!?」


 うん。まぁそんな反応になるだろうということは予想してたよアンナさん。

 しかし、メリエの疾竜はともかく、自分が竜の姿で村に入るとなるとそれなりの理由が必要だ。メリエも言っていたが種類を問わず竜を連れている存在がかなり珍しいのは町で暫く生活していて感じている。アルデルの町ではメリエ以外で疾竜を連れている人を見かけなかった。魔物っぽい動物に走車を引かせているのは何度か見かけたが、疾竜や飛竜らしき動物を見ることは無かった。


 アスィの村でどうか知らないが、少なくともメリエはギルドから竜を連れていることを認知されているのでそこまで怪しまれることは無いだろう。ならメリエと一緒にいて、同じく竜を連れていればアンナも竜使いとして見てくれるのではないかと思う。ただ、今後のことを考えるとアンナの名前が知られすぎてしまわないように注意しなければならない。写真がある世界ではないのだし、髪色を変えて偽名でも使えばどうにかなるような気がした。


 万一怪しまれたらアルデルの町に行かないでそのまま王都に向かってしまってもいい。メリエは報告の関係で一度はアルデルの町に戻るだろうが、町の外で待ち合わせれば自分達は町の中に入る必要も無い。それでなくても双子山の件で竜を探し回っているアルデルの町周辺にはあまり長居したくなかったし、物資が足りなくなってもその辺でサバイバルをしてもどうとでもなる。


 現状で自分が竜の姿で事に臨むには、ベストではないかもしれないがベターな方法ではなかろうか。多少ギルドに怪しまれるリスクはあるかもしれないが自分達の命の危険を極力減らし、襲撃者を撃退して村の安全を確保するにはこれより良い方法が思いつかなかった。襲撃者の拠点が判っているのならこんな回りくどいことをせずに、先回りして叩き潰すこともできるかもしれないがそれも無理だ。


「なるほどな。それなら竜の姿でも村に入れるだろうが、王国に目をつけられるかもしれないぞ? 疾竜を連れている者は貴族などに割りといるが、飛竜を連れている者は中央の騎士団に少しと、王族などの緊急時に走車を引かせる飛竜を数匹飼いならしているだけだと聞く。仮に飼いならしている者が発見されると老若男女を問わず国に引き抜かれるという話だ」


「まぁこの事でアンナの名前が知られると今後の旅に支障が出そうだから、偽名を名乗るのとアーティファクトで髪の色とかを変化させて誤魔化そうかと思ってるよ」


「そんなこともできるのか。確かにそこまでできれば大丈夫かとも思うが、念のために種族くらいは偽装しておいた方がいいかもしれないぞ」


「そっか。じゃあ猫耳でも生やそうかね」


 アンナの猫耳……イイネ! 美少女なアンナが猫耳を生やしたところを想像するだけで既に可愛いことは明らかである。これは適当な理由でもつけて常時猫耳状態になっていてもらうことも視野に入れる必要があるのではないだろうか。……いや、またお説教される未来しか見えないからやめておこう……。でも、たまにくらいなら頼んでみるのもいいかもしれない。可愛いは正義なのだ。

 一応【転身】を込めたアーティファクトは以前作っていたので問題はない。


「あ、あの。クロさん。私、竜使いなんて無理ですよ? 操ることなんてできないです」


 あら。あまりのショックで気が動転しているのねアンナさん。別に操らなくてもいいのよ。建前だけだから。


「アンナ、大丈夫だってば。竜使いってことにするけど実際は僕が自分の判断で動くからね。それにアーティファクトで意思疎通は問題ないしアンナの言うことを聞く事もできるから、疑われてもアンナが適当に指示を出してくれればそれに従ってみせて証明できるしね」


 困った顔で無理無理と首を横に振るアンナを宥めつつ、頭を撫でて落ち着かせる。


「ふむ。だがクロの鱗の色は飛竜にはないものだぞ? 飛竜は青空の保護色で青い鱗をしたものと曇り空の保護色で鉛色をしたものが多い。例外で変わった色をしたものもいるがそれは稀なケースだ。その点はどう説明するんだ?」


「む。それは考えてなかったな。でもまぁ変身の術の応用で鱗の色だけ変えられると思うから大丈夫だと思う」


 姿かたちを【転身】で変えるのに比べれば色だけ変化させるのは割と簡単だ。姿はそのままに色だけイメージすればいいのでそれ程難しくは無い。体そのものは星素と親和性の高い古竜の体なので星術を使うにも全く問題ないし、【転身】の術で色を変えるだけなら自身の能力が落ちるということは無いだろう。


「え、でも……大丈夫でしょうか。すごく不安なんですけど」


 アンナはまだ困った表情でおろおろしている。何の変哲も無い村娘だった自分がいきなり泣く子も黙るような竜使いだと名乗るのは確かに不安なものだろう。普通の人間がいきなり有名スポーツ選手ですと言う様なものだ。


「大丈夫。アンナの身を守るアーティファクトも用意してるし、いざとなったら僕がフォローするから」


「うむ。私もできるだけ協力しよう。わからないことは私に聞いてくれればいい。いざとなればクロにもらったアーティファクトで言葉にしなくても意思疎通ができるしな」


「あ、そうだ。人の前で話をしたら大変なことになるから誰もいない時以外はアーティファクトの意思疎通でお願いね」


 人語を操れる人間以外の生き物ってこの世界にはいるのだろうか。仮にいたとしてもそんなことができるのはそうそう居るものではないと予想できるのでその辺は注意せねばならないだろう。


 話を弾ませて道を歩いていくと、やがて夕焼け空に星が瞬き始める。依頼のことやアーティファクトのこと、それに今後のことなどを話しながら歩くと時間が過ぎるのも早かった。やはり人数が増えると色々なことを話せるので楽しい。言葉を交わせるようになったメリエとポロがどんなことを話したのかなどの他愛ない話題も織り交ぜつつ、夕日の差す綺麗な丘の上を歩いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ