リアズラー奴隷商館
「……奴隷商館……ここか」
王都の商業区西部。
商人ギルドで情報を買い、紹介された店だ。
人通りの多い通りに面するかなり大きな建物で、窓の数からして三階建て。入り口にはしっかりと武装した二人の人間が立っており、繁華街にはそぐわない物々しい雰囲気だった。
「この広い王都に奴隷商館って二つしか無いんだね」
「商館は、だな。奴隷を売り買いしている場所は他にもある」
「どういうこと?」
「オークションだ。希少価値の高い物品と同じように、奴隷もオークションにかけられることがあるらしいぞ。私は見たことがないが、一応商品という扱いだからな」
「成程。あんまりいい気持ちはしないね」
「まぁ受け取り方は人それぞれだろう。そしてオークション以外にも奴隷を扱っている店がある」
「まだあるんだ……それは?」
「……所謂闇市……非合法の店だ。犯罪まがいの方法で連れてきた人間種を奴隷として売り買いしている店があるそうだ。傭兵ギルドではそうした賞金が懸けられている闇商店を潰すという依頼も数多い」
「それって国は取り締まらないの?」
「無論取り締まっているはずだ。各都市もそうした闇商人は摘発しているだろう。だが、それも完璧ではないさ。あの手この手で監視を掻い潜り、汚い金を動かす人間はどこにでも湧いてくる。それだけ金になるということの証左でもある。……虫唾が走るがな」
やはりどこの世界でも人間の欲望は共通ということか。
「正式にギルドと国に認められて商いをしているのは、王都ではここともう一軒ということだな。ま、話していても仕方がない、入ってみよう」
メリエに促され、全員が足を前に出す。
一緒に来ているのはメリエ、アンナ、ライカ、そして自分だ。
ポロは留守番、スイ達は早朝から出かけて不在。カラム達は事情聴取のためヴェルウォードの屋敷から王城に身柄を移されたらしい。
家主不在となってしまった屋敷で使用人達に囲まれているのはどうにも落ち着かないので、朝一でギルドに向かい、奴隷商館を紹介してもらった。
どんな店なのかとあれこれ想像していたが、外観は普通の建物だった。
……入り口に立つ物騒な二人以外は……。
「……止まれ。見かけない顔だな」
「商人ギルドから紹介されてきた。ここがリアズラー奴隷商館で間違いないか?」
「……そうだ。奴隷を買い付けるようには見えんが、売りの方か?」
そう言いながら話をするメリエを鋭い目で見る二人の男。疑いの混じった目だった。
「いや、買いに来た」
メリエが答えると、更に顔色が険しくなる。メリエはそんな視線を気にせずにさらりと答えているが、アンナはすでにびくびくとしていた。
「……いいだろう。初めての利用だったな。入ってすぐの受付で用向きを伝えればいい」
「そうか。よし、行こう」
こちらを険しい視線で射抜いてくる二人を気にせず、メリエはずんずんと進んでいく。そんなメリエの背中を追って全員が商館の入り口を潜った。
中はこれまた普通のロビーだった。正面に受付、その両脇に上りと下りの階段があり、ロビーの中には待合室のようにソファーやテーブルが置かれている。
中に入ったメリエはよそ見をすることもなく、受付に座る青年の前まで進んだ。
「いらっしゃいませ。当館のご利用は初めてですか?」
にこやかな青年は笑みを崩すことなくそう言うと、メリエを値踏みするかのように見つめる。
そんな青年に、メリエは淡々と返した。
「そうだ。奴隷を購入したい」
「畏まりました。当館のご利用は初めてということでしたが、当館以外で奴隷を購入したことはございますか?」
「いや、無い」
「では説明と手続きがいくつかございますので、そちらにお掛けになってお待ち下さい」
「わかった」
示されたソファーに移動し、全員で腰掛けた。
受付の青年は背後のドアから奥に引っ込み、ロビーには自分達以外に誰もいなくなった。
「……何か感じ悪いね。お客なのにさ。メリエは気にならない?」
「総合ギルドにいるとこうした対応には慣れるさ。ここは奴隷を扱う店だ。良くも悪くもな。
来店する人間も一般の客層とは少し違う。貴族や傭兵団、労働力を必要とする大商人などの大口の顧客が多いはずだ。店側も舐められたら終わりなのさ。
中には奴隷を犯罪に利用しようと考えて買いに来る物騒な連中だっているし、我々のような客を警戒するのは当然だ」
やはりあまり気持ちのいい商売ではなさそうだ。
それもそうか。人間を商品として扱うのだ。認められているとは言っても、やはり自分の価値観では嫌悪感の方が大きかった。
「アンナ大丈夫?」
「え、あ、はい。平気です」
あまり顔色がよくない。
狐姿のライカを抱く手も強張っているようだった。それを知っているのか、腕の中のライカも気遣わし気にアンナを見上げていた。
そんなことを話していると足音が近づいてきた。上階から降りてくるようだ。
全員が上り階段の方に視線を向けると、ゴツゴツと木の床を踏みしめる靴底の音を響かせながら、一人の筋肉質な男が下りてきた。
「……お前さん達かい? 奴隷を買いに来たってのは」
「ひっ!」
アンナが思わず小さく悲鳴を上げて縮こまる。
一言で言うと、ガラの悪い男だった。
服装はそれなりだが、初対面の人間、それも客に向けるとは思えないような厳つい目つき。大柄な体、禿頭に不敵な笑みを浮かべる口元、長めの顎ひげ。腕には入れ墨、そして腰に長剣を佩いている。
顔に刻まれたしわからすると50代後半くらいだろうか。あまり人を外見で判断したくはないが、およそ接客には向かない風体だった。
「そうだ。そちらは?」
「おっと。こりゃ失礼。ここの店主、リヒター・リアズラーってんだ」
「店主?」
メリエの問いかけに返した言葉に、思わずそう零してしまうと、リヒターと名乗った男は豪快に笑った。
「がははは! そうは見えねぇってか? よく言われるぜ!」
豪快に笑ったのも束の間、すぐに鋭い目つきに戻ると、リヒターはずんずんと正面に回った。
「まぁ座れや。歓迎するぜ。ようこそ我が商館へ」
ドスっとソファーに腰を投げ出したリヒターに促され、思わず立ち上がっていた自分たちも再度ソファに腰を下ろした。
雰囲気に飲まれ気味な自分に代わって、メリエが話を進めてくれた。
「店主殿自らが我々のような新参の客に応対するのか?」
「はは! 殿なんてつけんなよ、ケツがむずがゆくなるぜ。リヒターでいい。
こんな商売だからよ、客は俺が見定めるって決めてるんだ。ギルドから紹介されてきたってことは少しは知ってんだろ? この業界、犯罪者はごまんといる。買い手も売り手も半分は犯罪者かその予備軍だ」
そこまで言ったところでリヒターは懐からパイプのようなものを取り出して火をつけた。
煙をくゆらせながら、先程よりもやや落ち着いた調子で言葉を紡ぐ。
「俺ァな、人間ってのが好きなんだ。だからこそ、こんな商売をしてんだ。
……解せないってツラしてんな。まぁ中にはこんな商売を蔑む奴もいるが、この商売が無けりゃ野垂れ死ぬって奴がたくさんいる。
買い手によっては、奴隷はつれぇかもしれねぇ。……が、死ぬよりはマシさ。その辺で人知れずくたばるよりはな」
そこでまた息を吸い、フウっと煙を吹き流す。
「見た目でわかると思うが、俺も昔はハンターをやっていた。各地を渡り歩き、仕事をしてきた。そんな中で必ず見るのが誰にも顧みられることなく野垂れ死ぬ奴らさ。子供は特にひどいぜ。
戦乱、飢饉、魔物の襲撃、疫病、盗賊、口減らし……犯罪者になってでも生きられる奴はマシな方だ。そんな奴らの受け皿になってやりたくて始めたのがこの稼業だな。孤児院なんてのも考えたが、受け皿が小さすぎてとてもじゃねぇが多くは救えねぇ。慈善だけじゃ食っていけねぇのさ」
遠くを見るように話していたリヒターは、そこでじろりとこちらをねめつける。
「だからこそ、客は俺が見定める。こいつに、こいつらに、俺の店の奴隷を任せてもいいものかってな。どんな縁かは知らねぇが、俺の店に流れてくることになった奴隷だ。少しはマトモに生きてもらいてぇのさ」
「……」
リヒターの目は真剣な光で満ちていた。
その語りに、言葉をはさむことはできなかった。
「ま、いいさ。合格だ。お前らは犯罪者じゃねぇ。俺の勘がそう言ってる」
「……そんな適当に判断していいのか? そこまで言うならしっかりと調べるべきじゃないか?」
「ははは! いらねぇよ。俺は俺の勘を信じてるんでな。ちなみにこの商売始めてから外れたことは一回しかねぇんだぜ? すげぇだろ?」
外れてるじゃん、と思いもしたが、たった一回ならすごいのかもしれない。
「さあ! こっからは商売の話だ。で、どんな奴隷を探してんだ? お客人。
言っとくが人の命をやり取りする以上、安くはねぇぜ。金はもってんだろうな?」