武器屋に行こう
朝だ。
むくりと体を起こし、ふーんと伸びをする。隣のベッドを見るとアンナはまだ気持ち良さそうな寝息を立てて夢の中にいるようだった。少し冷たい空気が日の光と一緒に鎧戸の隙間から部屋に入ってきている。宿での生活も大分慣れてきたが、寝心地が悪いとはいえベッドで寝ているとどうも人間だった頃の夢を頻繁に見ている気がする。内容はさっさと忘れてしまうので大した夢ではないようだけど。
いつものように以前に比べ大分ふっくらとしてきたアンナのほっぺをツンツンして起こし、食事に行く準備をする。
食堂に下りてお粥と濃い目の味付けのハム、サラダ、果物の朝食を二人で食べると、今日はどうしようかとぼんやり考えながら部屋に戻って宿を出る支度をしていく。
昨日たくさん物を入れられるリュックを作成できたので、今日はまず武器類を扱っている店を見に行くことにした。といっても恐らく自分は使わないと思うので、護身用にアンナでも使える武器を買うのと、見た武器を参考にして武器型のアーティファクトを作ってみようと考えている。そういえば丸腰で外に出たら門番の人に怪しまれていたっけ……。使わないけど外に出る時に怪しまれないように安物の剣でも一本買っておこう。
「アンナー。出かけるよー」
「はーい。ちょっと待ってください。今服とか仕舞いますから」
この宿では長期間滞在すると服を洗濯してくれるサービスがある。有料なのだが自分で洗うのも面倒だったのでお願いすることにした。アンナは自分が洗うからと言っていたのだが、旅の間は嫌でも自分で洗うことになるから今だけはやってもらおうと説得した。洗った洗濯物は乾いていれば朝に届けてくれるが、乾いていないと生乾きで受け取るか後日取りに来るかを選ぶことになる。この世界は天気予報などないため、雨が降るかどうかは結構運任せになってしまうのだ。自分なら仮に生乾きでも星術ですぐに乾かすことが出来るので殆ど関係ないけども。
洗って綺麗に畳まれた服をカバンに入れて準備完了。やはり新しいリュック類は持ちやすいし、たくさん入れてもパンパンになることもないので良かった。
出かけるために宿の受付に向かい、ついでに公衆浴場でも無いか聞いてみることにした。受付にはいつものお姉さんがニコニコ笑顔で座っている。
「すいません。この辺に公衆浴場とかありますか?」
「ええ、ありますけど今の時期だと何日かおきでしか営業していないので今日やっているかどうかはわかりませんね。農繁期だと毎日やっているんですけどね」
「じゃあどこにあるかだけ教えてもらっていいですか?」
「はーい。中央門を入ってすぐに衛兵の詰め所があるのはご存知ですか?」
「ええ、知っています」
「その建物の近くにある大きな建物が公衆浴場ですね。町の外から戻ってきた人達がすぐに体を綺麗にできるように大体の町で中央門の近くに設営されてるんですよ」
確かに理に適っているかもしれない。入り口近くの方が町の外で働いている人達や、ハンターなどの狩りに出ていた人達が町に戻ってすぐに体を洗って自宅や宿に戻れる。不衛生な姿で町中を動き回られるのも町の印象的に良くないだろうし、飲食業では食中毒のリスクも減らすことが出来るだろう。今は作物の植え付けや刈り入れ時期ではないようなので営業している日も少ないということか。
「わかりました。あとで行ってみますね」
「はい。お気をつけてどうぞ」
宿の外に出ると、まずは武器を扱う店を探すことにする。どうせ今日一日動き回るのだし、お風呂に入るのなら一日の最後でもいいだろう。
「今日はどこに行くんですか?」
「まず武器なんかを売っている店を見に行こうかと思ってるよ。アンナが使っているナイフは安物だから使い勝手の良い物を買った方がいいだろうと思ってね。護身用の武器にもなるんだししっかりした物の方がいいでしょ? あとは旅に行くのにも前みたいに丸腰だとまた門番の人とかに不審がられちゃうから使わなくても何か武器を持っていようかと思って」
アンナは前に森で襲ってきたハンター達から回収したナイフを使っているけど、あまり品質の良い物ではない。ナイフは武器として使うよりも日常で使う方が多いものだ。切れ味が鈍ると手入れをしなければいけないだろうし、品質が良くて手入れの手間が少ない物の方が使い勝手がいいだろう。他に剣を二本もらっていたが、それは星術の実験で壊してしまったのでもう残っていない。
そんなわけで武器屋まで歩くことにする。武器や防具を扱っている店は工業区と商業区の境目あたりに集中している。鍛冶師などが作業をしている工房は工業区にあるのでそこに近い方が便利なのだろう。中には工房をそのまま店にしているところもあった。今回はたまたま目に留まった工房と店が一つになっている店に入ってみることにした。
「お。いらっしゃーい。何をお探しで?」
適当に選んで入ってみた店には30代くらいの長身の女性がカウンターにいて店番をしていた。こんな世界だしドワーフのような人がやっているお店なのかと勝手に想像していたが違うようだった。ちょっと残念。
「お邪魔します。えっと彼女でも使いやすくて品質のいいナイフを探しているんですけど」
「はいよー。んじゃまずは手を見せてもらえる?」
手なんか見てどうするんだろうとちょっと疑問に思った。アンナは言われた通り両手を開いて差し出した。
「ふーむ。握りはあまり太くない方がよさそうだね。重さも軽めの方がいいか。利き手は右かい?」
「はい」
なるほど。利き手や手の大きさで使い易さを判断するのか。さすが職人と感心してしまった。
「わかった。素材に拘りはあるかい? あと希望の金額とかもあったら教えておくれ」
「よくわからないので丈夫で長持ちすれば何でもいいです。金額は特に決めていません」
上限額は特に無いし、素材についてもよく知らないから店の人に任せるしかない。見たところ吹っかけてくる悪質な商人のようには見えないし、任せてもいいだろう。尤もそんな人を見分けるような鑑定眼などないから勘でしかないのだが……。
「はいよ。じゃあちょっと見繕ってくるから待ってておくれ」
そう言うと工房の方に引っ込んでいく。その間に店の中にある武器類を見ていることにした。店の中は金属特有の匂いに満ちていてホームセンターの金属類を売っているエリアを思い出したが、並んでいる物が物騒な物ばかりなので殺伐とした印象だった。
店の壁には様々な武器が置かれており、武器の博物館のようだった。剣類ではバスタードソードやクレイモア、ショートソード、ファルシオンなどの有名な物から珍しい物だとショーテルやカッツバルゲルといった物もあった。剣だけではなく槍に弓矢や鈍器、投擲武器など色々な物が種類別に置かれている。中には武器には見えずどうやって使うのかわからないような物まである。見知っている多くの武器類は対人用のものだと思うのだが、獣や魔物にもこれを使うのだろうか……。
高品質の物を希望したら店の奥に取りに行ったということは、陳列してあるのは量産品ということなのだろう。鞘に収まった剣類が傘立てに放り込まれているように樽のような物に無造作に入れられているところを見ると、扱いからしても高い物には見えない。値札のようなものがついているが、読めないので大体いくら位するのかもわからない。
見回しているとカウンターの奥に飾られている剣身に色がついた剣が目に留まった。あの魔法商店で見たチンクエディアのような魔法が込められた武器なのかもしれない。
色々と見ながら待っているとナイフを持って店の人が戻ってくる。三本のナイフを鞘から抜いてカウンターに並べてくれた。アンナは綺麗に鍛造されたナイフの刀身をしげしげと眺めている。
「ウチで扱っているのだとこの三本がお嬢さんでも使いやすそうで高品質だね。日常的に使うにも護身用にするにも向いているから使い勝手はいいと思うよ。
まず右のだけど稀水鉱でできたナイフだ。軽く丈夫で切れ味もいい。真ん中のはラニス鉱の合金でできていてちょっと重いけどその分硬い物に突き刺すときは威力が出る。左のは純度は低めだがオレイカルコスの合金でできたものだ。形状記憶性があり多少の刃毀れなら自己修復するし長期間手入れをしなくても切れ味が鈍ることが少ないんだ」
色々と地球では聞いたこともない鉱物の名前が出てくる。オレイカルコスって確かプラトンがアトランティス大陸で使われていたということを書物に残した幻の合金ではなかったっけ……? 一般的にはオリハルコンと呼ばれて有名だが、それは日本などのゲームメーカーがオレイカルコスを元にして名付けた作品が世界中に広まり浸透したものだと言われており実物は確かめられていないはずだが、この世界だと実在するのだろうか。
もしかすると呼び方が違うだけで地球で使われている物と同じということもあるのかもしれない。しかしナイフの刀身を見ると人間だった時に見たことがないような金属光沢をしている。地球が存在していた宇宙とは違う物質が存在している可能性もゼロではなさそうだ。いやそもそも魔法やら何やらがある世界だし、そんなことを考えるだけ無駄だろうと思考を中断することにした。
こればかりは知識も何もないのでアンナが気に入ったものを買ってしまっていいだろう。
「おー、綺麗な刀身だね。アンナはどれがいい?」
「わぁ。ちょっと持ってみていいですか?」
「いいよ。もう刃も研ぎ出してあるし、切れ味もいいから気をつけるんだよ」
アンナは右側のナイフから順に持ち上げて握りや重さを確認していく。一通り試し終わると稀水鋼のナイフを気に入ったのかまた手に取っている。
「これがいいです」
やはり稀水鉱のナイフが気に入ったようだ。やや水色がかった刀身で、刃渡りは20cm弱くらいだろうか。鉱物の名前や色からして水属性か? と思ったがそんなことはないらしい。
「あいよ。値段は金貨30枚だけど大丈夫かい?」
うわぉ。ナイフ一本が金貨30枚か。それはお金があるのか不信な目を向けられるのも仕方が無いな。まぁそのナイフを十本買っても懐は痛まないんだけどね。
「はい。じゃあこれと、あとショートソードを一本下さい」
「ショートソードの方は普通の鋳造品でいいのかい? 鍛造品で高品質の物もあるよ?」
「いえ。こっちは一般のもので大丈夫です」
どうせ自分では使うこともないただの飾り扱いだし、高い物を用意する必要はないのだ。いざとなれば鋭い切れ味を持つ自前の竜の爪があるのだ。
「んじゃあわせて金貨30枚と銀貨5枚だね。腰紐とベルトを用意するからちょっと待ってておくれ」
お金を渡すと笑顔で商品の準備をしてくれる。カバンの時と違ってすぐに用意できるとの事なので店の中を見ながら待つことにした。見ていて気になったのは投擲用の短槍だ。これを参考に武器系のアーティファクトを創ってみようかと思案していると店の人が戻ってきた。
「はいよ。もし握りが緩かったら柄に革を巻いたりして調節しておくれ。あと砥石を買って手入れをしてもいいんだけど、できるならちゃんとした職人に頼んで手入れをした方が品質が長持ちするから、できたらまたここに来ておくれよ」
「ありがとうございました。その時はお願いします」
商品を受け取り店を後にする。早速ショートソードを腰に下げてみたのだが、寝巻きのような服でつけるととても似合わない。早々に腰から取り外すことになった。アンナは街着なので今はカバンの中に入れておくことにしたようだ。
「いいんですか? こんな高い物を……」
「いいのいいの。今後使っていくんだから使いやすくて長持ちするものがいいでしょ。どうせお金は余ってるんだし気にしないの」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ次は公衆浴場に行ってみようか」
「え! お風呂ですか?」
「うん。ずっと水浴びもしてないから入りたくて。アンナは入りたくない?」
「いえ! 入りたいです!」
やはりアンナもお風呂に入るのを我慢していたようだ。宿によってはメリエのところのように備え付けてあるところもあるようだが、高級宿にしかない。一般の家庭や旅人なんかは公衆浴場で済ませるか、水やお湯で濡らした布で体を拭いて済ませるらしい。
「アンナが暮らしていた村ではお風呂とかあったの?」
「いえ、村では井戸水を汲んで水浴びするのが普通でしたね。寒い時期だとお湯を沸かして、布で体を拭いたりしていました」
「そっかー。僕も森だと泉で水浴びするくらいだったし、生まれてから数ヶ月は水浴びもしていなかったからなぁ」
そんな風に自分たちの生活についてをアンナと話しながら中央門に向かう。宿の人に教えられた建物を探し、見つけたのだが残念ながら閉まっているようだった。一応看板のようなものがかかっているのだが読めないのでやっているのかいないのかわからなかったが、出入りする人の姿もないのでやっていないのだろう。
「ありゃ。今日はやってないみたいだね」
「残念です……髪とかも大分ゴワゴワしてるから流したかったんですけど」
あら。アンナすごいしょんぼりしてる。そんなに入りたかったのか。今まで気を遣ってあげなくて悪いことをしたかもしれない。今度星術でお風呂を作れないか研究しておこう。お風呂ができなくても術でお湯を出して水玉を作れば直接頭を洗うことなどはできそうだし、今夜やってあげよう。
「今度、僕の術でお風呂作れないか実験してみるね。成功したら旅の途中でもお風呂に入れるようになるかもしれないし」
「そんなことも出来るんですか……。何かもう反則な術ですよね」
落ち込むアンナを励ましながら一度宿に戻ろうとしたところ、見知らぬ男が正面から近寄ってきて声をかけられた。
「こんにちは。あなたはクロというお名前ですか?」
「……ええ。そうですけど」
名前を聞いてきたが殆ど確信があって呼び止めたという感じだ。惚けるのは逆に怪しまれそうだった。
何かされてもすぐに守れるようにアンナを近くに寄せつつ、不躾に聞いてきた男を観察する。ラフではあるがYシャツにベスト、スラックスのようなズボンを履いたどこかで見たことのあるような格好をした30代後半くらいの短髪の男だった。顔には笑顔を貼り付けているが目が笑っていないというか、隙が無い感じがする。見た目で判断するなら随分と腹黒そうな印象である。
「私はこの町の総合ギルドで雑務をしております、テコラ・カロと申します。ハンターギルドのマスターからクロさんへの言伝を預かって参りました。いやー外見だけでこの広い町中を探せと言われた時は泣きそうになりましたが運よく見つかってよかったですよ」
ちょっとおどけて言っているのだがやはり目が笑ってないので怖い……。
ハンターギルドのマスター……会った事はないけどこの町の総合ギルドの責任者とかだろうか。そういえばギルドの職員が着ていた服がテコラという人が着ている服と同じような感じだった。
黒髪黒目というのは全くいないわけではなかったが、多くの人は金髪、銀髪、茶髪、赤毛、栗色などの髪色だ。中には緑っぽい色や青がかった色などさすがファンタジーというような髪の人もいる。そういう意味では黒髪は目立つし、自分は服装も特徴的なので探そうと思えば外見だけで探せるのかもしれない。
「わざわざ使いを出してまで探すという事は何か大切な用事でも?」
「ええ、先日の盗賊を捕まえた件と何やら頼みたいことがあるそうで急ぎでお会いしたいということなのですが、ご足労願うことは出来ますか?」
「わかりました。宿に寄って荷物を置いてから向かいます」
「そうですか。助かります。受付で名前を仰っていただければ案内しますのでよろしくお願いします」
テコラと名乗る男は慇懃に礼をするとそのまま踵を返して雑踏の中に消えていった。
「盗賊のことはあの衛兵さんも言ってたからわかりますけど、頼みごとって何ですかね」
「んー思い当たることは無いね。アンナはどうする? 一緒に行く?」
「お邪魔じゃなければ一緒に行ってもいいですか?」
「いいんじゃない? 僕一人で来いとか他に連れてきたらダメとか言われなかったし」
何の用事かはわからないが二人で行くだけ行ってみることにした。
 




