防戦
「疾ッ!!」
自分と男には三倍以上の体格差があるため、男は低い姿勢から跳び上がる。
今度も右手に持つ黒い剣。だが薙ぎではなく跳びかかりからの唐竹割り。
頭を狙う攻撃。すなわち、目や口を狙われる危険があるということだ。幸い、今はライカが目の代わりをしてくれる。衝突の瞬間、口と目も閉じて受けの姿勢に徹する。
「(づっ!?)」
先程と同じ、黒い刃はゴギンという音と共に阻まれ、空中で受け止められたようだった。
しかしその衝突と同時に、顔や頭部に衝撃が襲い掛かる。
防護膜の術に穴は無い。一面だけを護る防壁とは違い、攻撃は通らないはず。なのに、攻撃が体に届いた。
だが警戒していたのもあり、口も目も閉じたことで角や竜鱗で全て受け止め衝撃が伝わった以外には特に何もない。
「ゴル!(この!)」
反撃はしないつもりだったが、男が反動を利用して後ろに跳んだことで考えを変えた。
先程と同じように一撃離脱しようとした男に対し、追撃する構えを取る。
普通ならとても追いつけない身のこなしだが、今は竜の体。追い縋る速さはなくとも、人間には無い長大なリーチがある。
長い尾を撓らせ、男を打ち据えるべく振るう。
「ハハハハ!! そうだ!! 来い!! それでこそ闘いだ!!」
男は、避けなかった。まぁ空中で移動する手段が無ければ避けることはできないし、それを見越しての追撃だ。
だが、迫る竜の攻撃を前に守りの姿勢すら取らない。両手を大の字に広げ、狂気に満ちた笑みでこちらを見ている。
男の態度と顔を見ると、こちらが攻めようとしているはずなのに、追い詰められたような焦燥に襲われた。そんな気持ちを押さえ込み、尾で男を捉える。
「ぐぬ!!」
男の胴に、勢いの乗った尾が直撃する。
一瞬だけ顔を険しいものにしたが、それだけだった。
衝撃で後ろに吹き飛ばされはしたものの、手ごたえは薄い。
「あーらら。火がついちゃったよ。こうなるとこっちのことは眼中に無くなるんだよね。……でも、ボクも忘れないでよ。
───血肉と魂を蝕む晶毒を」
尾を振り抜いたところに、エルフの声が間近で響く。
(ああ、忘れてないよ!)
さすがにさっきの事もあり、気は抜いていない。攻撃のために一瞬解除した防護膜も再度纏っている。
エルフがいるのは自分の真上。
そこで長大な杖を構えている。
「そぉーら!! とっておきの結晶魔法だ!!」
エルフが空中で長い杖を振り下ろした。
その瞬間、エルフの持つ杖にいくつも埋め込まれていた鉱物の結晶らしきものの一つが輝く。
輝いたのは濃い藍色の角ばった結晶。それは瞬時に液化し、振り抜いた杖の先から自分目掛けて飛んで来る。
(今の言葉からして……毒か)
毒には触れるだけで死に至るような物騒なものもある。液体なら鱗の隙間からだって染み込むだろう。
深い藍を湛えたドロリとした液体は、不可視の防護膜によって阻まれる。
それは流れ落ちることもなく防護膜の外側で蠢き、入り込む隙間を探して這い回ったが、やがて空気に溶ける様に消えていった。
「うーわ、面倒だな。貴重な結晶だったのに」
再びエルフが距離を取る。
そちらに目をやると、尾撃で叩き飛ばした男が立ち上がるところだった。
「ククク、絶する一撃だ。加護が無かったら真っ二つだったろうな。ハハハ! こうでなくてはな!!」
「あーあ……こりゃあどっちかが死ぬまでやめる気ないっすね。ったくもう、練り上げが大変な上に貴重な結晶失う魔法まで使ってんのに……これで仕留められなかったら大損だよ」
男の腹には強烈な尾撃の痕が残っていたが、それも急速に消えていく。普通なら体がバラバラになるほどの威力のはずだが、それも防ぎ切った上に高い治癒力。
やはり使徒の残していった加護とやらは健在か。
「(クロ、あの黒い剣は恐らく太古の遺物だな。
奴が剣を振り下ろした瞬間、何も無い中空に5つ、斬撃の気配が発生した。風や魔力のような流れは感じず、古竜の体に傷をつける程の威力……ただの魔道具や人間の作り出した魔法武器ということはあるまい。
一振りで複数の斬撃を発生させる、単純だが、それ故に汎用性が高く破るのもまた難しい)」
「(成程ね。星術の守りの内側に斬撃を発生させれば防護膜をすり抜けて攻撃することもできる。それでいてあの威力か。僕だけならいいけど、他のみんなを狙われたら大変なことになる。最大射程距離もまだわからないし、これはまずいね)」
「(それもそうだが、奴のもう一本の剣……あれも注意しろ。以前クロ達と街の店に行って見かけた、呪われた剣と同じ匂いがしたぞ)」
呪われた剣……あの僅かに傷付けるだけで相手を殺すというアレか。
確か近衛に売ったという話だったが、どういう経緯かであの男の手に渡ったのだろうか。もしくは別物ということも考えられるが……。これも楽観はしない方がいい。
「(それにあのエルフの方も面倒だな。古竜種を傷付ける威力の魔法、技術、それと風系統の魔法による高速移動だ。あそこまで自在に操れる……人間でもなかなかおらんだろう。
そして未知の魔法……鉱物を触媒にしているようだが、私も見るのは初めてだな。どんなものかもわからん。
それに魔法も然ることながら、身のこなしも長けている。どちらかでも仕留めなければ、何れ崩されるぞ)」
ライカの言う通り、今は自分に狙いが集中しているからいいが、相手が焦れて標的を変えてきたら手が付けられなくなりそうだ。
竜鱗の守りが無い他の面々は、防護膜を抜かれた時点で死が確定する。
「(……次で一人仕留める)」
「(……援護はいるか?)」
「(……視界が悪くなる。その間、男の方に注意してて)」
「(……いいだろう)」
「ぬんっ!!」
三度、男が駆ける。
ライカのお陰で攻撃についてはある程度見えたが、見えたとしても厄介さは変わらず。寧ろ守りを固めていたとしても自分以外を気にかける必要が出たため更に気を抜けなくなった。
防護膜の術を使えば身は守れる。しかしそれ以外の星術が使いにくく、守らなければ手痛い攻撃を受ける可能性が上がる。星術での決め手が欠ける状態では加護のある男に有効打は与えられない。
加えてエルフの古竜の耐性を凌駕する威力の魔法。
(やっぱりリスクは負わないとダメか。それなら……)
防護膜の術を解除し、息を大きく吸い込む。