改造しよう
日が傾くにつれて段々と仕事終わりのような人達が増え、酒場などの飲食店が賑わい始める。まだこの世界のお酒を飲んでいないので今度飲んでみようかなと考えながら通りを歩いていく。
この世界では成人扱いされる15歳くらいからお酒が飲めるようで、酒場にはまだ年若い面立ちをした男女がお酒を飲んでいるのを見かけることもあった。自分はまだ生後半年くらいだけど人間としては15,16歳くらいな体つきだし飲んでも大丈夫なはず……。いざとなればアルコールを除去することができる解毒の星術という裏技が自分にはあるのだ。
「すいませーん。カバンを注文していた者ですけどー」
革製品屋に到着するとカウンターにはまた誰もいなかったので奥に声をかける。お客が来たらわかるようにドアにベルでもつければいいのに……。
「おう。丁度出来上がったぜ」
そう言いながら奥からカバンやリュックをかかえておじさんが出てきた。リュックやカバンに幅広で頑丈そうな紐が金具で取り付けられている。今まで使ってきた物よりも容量もありそうだ。
「もし使ってみて違和感があるようなら持ってきてくれれば無料で調整してやるぞ。破損した場合は有料になるが修理やなんかもしてやるから贔屓にしてくれよな」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう。まいどあり!」
新品の物入れを抱えて店を後にする。何も入ってはいないが早速身につけて歩いてみると違和感などもなく使い心地も良さそうだった。重い物を入れた時にどうなるかはまだわからないがこれなら金貨5枚分の品質は十分ありそうだ。アンナも肩掛けカバンをつけて、腰にポーチを巻いてみている。ベルトの長さを調節すると殆どぴったり体に合っていた。
そのまま宿に帰って、早速リュックを改造してみることにする。
「じゃあ宿に戻ろうか」
「はい。宿に戻ったら何かするんですか?」
「うん。ここじゃ話せないから宿に戻ったら説明するね」
往来の激しい通り道でアーティファクトに関係するようなことを話すのはよくないだろう。誰かに聞かれたりすると面倒事になるかもしれないし。
特に寄り道をすることも無くそのままいつもの風の森亭に到着し、部屋に入った。
「またアーティファクトでも作るんですか?」
「今回はちょっと違うんだけど、アーティファクトに似たようなものかな。このリュックとかカバンとかを改造してみようかと思って」
今回考えているのはアーティファクトの応用で、自分の鱗を加工した物を取り付けることで既存の物入れからアーティファクトのような効果のある物入れを作れないかを試してみようと思っている。
今回使う星術は独自に研究して編み出したものではなく、【竜憶】の中に記録されていた別の竜が使っていた星術を使う予定だ。
【竜憶】の記録によるとかなり昔の食いしん坊な竜が使っていた星術らしい。その竜は食べることが大好きで日がな一日物を食べていたそうだ。しかし、自分の胃袋の大きさには限界があるため、お腹が一杯になると物を食べられなくなってしまう。そこでその竜は自分の胃袋を拡張する星術を考えて使い始めたのだが、胃袋が大きくなると自分の体も大きくなってしまい動くことに支障を来たすまでに太ってしまった。どうにかならないものかと試行錯誤した結果、見た目の大きさはそのままに中身だけを拡張するという星術を編み出したのだ。簡単に言えば自分の胃袋を某猫型ロボットの四次元ポ●ットのようにしてしまったということだ。
これを応用してリュックなどの外見はそのまま、中は広々といった便利道具を作ろうと思ったのだ。ただ欠点もあり、広くなっても重量はそのままなので物を入れすぎると重みで持つこともできなくなってしまう。竜の力が使える自分なら数百キロくらいの重さでも持てるだろうがリュックの方が重みで壊れてしまうだろう。その点には注意しないといけない。
ちなみにこの術を使って胃袋を拡張した竜も体型こそ変わらなかったが、体重は食べた分だけ重くなり【飛翔】で浮かぶのに苦労するハメになったというオチがあった。
早速試してみることにする。まず自分の鱗を取り出し、針金のように細長くなるように形を変化させる。針金のような物をイメージしたからか、それとも竜の鱗の性質かはわからないが本当に針金のように自由に曲げられてしなやかで強度もある物ができあがった。それを輪っかになるように曲げて、リュックの入り口のところにくっつける。この時、鱗を若干液状にして素材に癒着させることでリュックと一体になるように工夫した。
そこまで出来たところで、【竜憶】の術をもとにして星術を込める。今回は自分の鱗の部分だけではなく、リュック全体を意識して星術を込めるようにしていく。親和性があるのは鱗の部分だけだが、その鱗の部分から全体に染込むようなイメージで術を込めていく。
さて、どうだろうか。試しに手を突っ込んでみる。自分の腕くらいの長さだとどれくらい大きくなったのかわかりにくいけど、とりあえず底に手が届かないようになっている。しかし元々結構な大きさのリュックなのでわかりづらい。試しに同じくらいの大きさだった今までのリュックの中身を移してみることにした。今までのリュックにはほぼ一杯近くまで自分の脱皮した鱗やら爪やらが詰め込んである。口からこぼれない様にするため蓋代わりに自分の着替えを上に載せて口を閉じていたのだが、歩くとガショガショと音がして鬱陶しかった。
「アンナ。ちょっと新しいリュックを押さえててくれる?」
「はい。完成したんですか?」
「わからないけど、荷物を移してみて確かめようと思って」
アンナに新しいリュックを口を開いた状態で押さえててもらい、上から今までのリュックを逆さまにして中身を移してみる。ガショガショ音を立てながら鱗が移動し、今までのリュックの中身が全て移動したところで新しいリュックをチェックしてみると、かなりの量が入っているはずなのにリュックの容量には予想以上に余裕がある。見た目の十倍とまではいかないが、それでもかなり中が広くなっていた。その気になれば人間でも数人なら入れそうだ。これを応用すればテントなんかもコンパクトに作れるかもしれない。
「おーできてるできてる」
「うわぁ! 同じくらいのリュックの大きさなのに、新しい方は凄い量が入るんですね。これもアーティファクトですか?」
「うん。アーティファクトの応用だね。見た目以上に物が入れられるようになるんだよ」
「へー便利すぎますね。荷物運びの仕事の人が泣いて喜びそうなリュックですよね」
「だけど欠点もあってね。入れた物の重さはそのままだから入れすぎると重くて持てなくなるんだよね。それから今わかったけど入れ物の口より大きいサイズの物は入れられそうもないね」
「なるほど。重さはそのままだと安物の製品で作っちゃうとすぐに破けたりしそうですね」
「うん。だから高くても頑丈で品質のいい物がほしかったんだ」
一つ成功したので残りも同じように改造していく。特にメリエがくれたお金の詰まった革袋が予想以上に嵩張っていたので財布が小さくなるのがありがたかった。この世界では大金を扱う商人とかはこの問題をどうしているのだろうか。金貨や銀貨は一つ一つは小さいが数が多くなれば比重が高いためかなりの重量になるのだ。銀行などがあるのなら利用するのもいいかもしれない。今度調べてみるか。
しかし我ながら便利な物を作ることが出来た。これなら長距離移動の時の道具や食糧などもたくさん入れることが出来るだろう。
あ、食糧の長期保存ができるような星術を更に込めることが出来ればもっと便利な入れ物になるかもしれない。今度【竜憶】でそんな術が無いか調べてみよう。
「はい。アンナ用の新しい肩掛けカバンとポーチだよ。見た目よりもたくさん入るから着替えや食料も入れられると思う」
「わぁ。ありがとうございます。せっかくだし早速入れ替えて使いますね」
「うん。あと、アンナも少しはお金持ってた方がいいと思うからお金も分けるね。もし何かあって別行動とかになったら困るかもしれないしね」
「わかりました。でも、あんまりたくさんのお金は持ちたくないですね。何かあったらと思うと怖いです。メリエさんが疲れたような顔をしていた理由がわかる気がします……」
「まぁスリとかの心配もないと思うけどね。護身用アーティファクトもあるから。それにお金なくなったらまたアーティファクトを作って売ればいいし、そんなに気にしなくてもいいよ。使うべきだと思ったら迷わず使ってね」
「わかりました。でも少なめにして下さいね」
「じゃあ金貨5枚にしておこうか。これだけあれば暫くは一人でも大丈夫だと思うからね」
「……それでも見たこともない金額なんですけど……」
あまり少なすぎても困るだろうし、この世界の一般人がどれくらい所持金があるのかわからないのでどうしようもない。今度メリエにその辺も聞いてみよう。
物入れの改造が終わったので、ついでに今後一緒に旅をする予定のメリエと疾竜用に新しくアーティファクトを作っておくことにした。ついさっき脱皮して新たに鱗が増えたので材料には困らない。メリエや疾竜はアンナと違って防御重視ではなく戦闘重視で用意してみよう。これだけのアーティファクトを身に着けた集団はそうそういないだろうし、下手したら目立ってしまうかもしれないのでその辺は渡す時に十分言い含めなければならないだろう。
そんなこんなで色々と物を作ったりお金について考えたりしていると晩御飯の時間になったので今日はこれくらいにしておくことにした。明日は宿の人に公衆浴場でも無いか聞いて、あったらアンナと汗を流しにいこうかと思う。その次はファンタジーの定番、武器防具屋でも見に行ってみようかな。




