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近衛の役目

「あ……その前に……父は……その、容態は?」


 伝言の内容を伝える前に、王女は騎士達に問いかけた。

 声や表情に張り付いていた先程までの威厳はなりを潜め、今は歳相応の少女のものだ。王女も王女である前に一人の人間、外面的には毅然と振舞っているが、肉親のことが気になるのはしょうがない。


「……我々が耳にしたところに因れば、心労が祟ったとのこと。今は隊長を含む近衛が警護に就いております。容態については御典医の話を窺ったことがないので何とも……」


「そうですか……三ヶ月もの間、私が父に重荷を背負わせてしまったということですね……」


 俯いた王女の表情に影が差し、目元が悲しみに彩られる。

 そんな王女を後ろからアンナが見詰めていた。寂しそうな顔をしたアンナの手はきつく握られ、自分を引く手綱がその手の中でギュギュッという小さな擦音を響かせる。


「失礼ながら、セリス様の気に病む事ではありません。セリス様には何の落ち度もありません。その責は彼らにある」


「……いいえ、元を辿れば私が義憤に駆られ、無謀にも棒で闇の中を突いてしまったからです。そこに潜んでいるのが猛獣とも知らずに……ですが、ようやくその煩悶の種を取り除けそうです」


「先程の御言葉……やはり仕掛ける、ということなのですね?」


「ええ……そのために私はここに戻ったのです。幸い協力者も得ることができました。彼女達のお陰で、私は自分の責務を果たすことが出来ます」


 そういいながら王女が振り返って自分達を見詰める。


「失礼ながら、彼女らが? 如何に彼女が竜騎士だとしても、彼らの力は強大……とてもセリス様のお力になれるとは……」


「そう思われても仕方ないのかもしれませんが、死に魅入られた私をもう一度使命に立ち向かえるようにしてくれたのは紛れもない事実……そして我が国最高の竜騎士3騎を退け、御前試合に名を轟かせる上位の傭兵を降し、暗部の手の者を無傷で返り討ちとしました。これ程頼れる者は、そうはいないでしょう」


「……それは、真、ですか?」


 疑いの目。

 飛竜を連れているとはいえ、見た目は戦いとは無縁の体つきをした少女と、それよりも更に幼い獣人の少女だ。そう思わない方が珍しい、というよりもすぐに信じたらそれはそれで問題だ。

 それを察してか、アンナも気まずそうな顔である。ライカは相変わらずの知らん顔で、自分の首の上で暇そうに足をぶらぶらとさせていた。


「疑う気持ちもわかりますが、その強さの源は見た目にはわからないでしょう。なぜなら彼女は契約者です。あまり無礼のないように」


「!! 契約者!? ……まさか……古の!?」


「ええ、昨夜まで死神に手を握られていた私が、立って歩いていることがその証拠。ですが、この事は他言無用。ここだけに留めなさい。さもなくば我々の命だけでは済まなくなります」


 ……また契約者……。

 言葉の感じと目線からしてアンナのことを指している様だが、アンナが誰かと契約とか約束とかしてたっけ……? それでなくてもアンナが自分やメリエ以外の他人と関わる機会は少なかったはず。


 自分となら人前で裸になるなとか、女性をじろじろ見るなとか、そんな小言っぽい内容の約束事をはじめ、買い物や観光に一緒に行こうなどといった口約束もしていた。しかしそんなことをここで言うわけもないし……というか所々の言葉からして、こっちが考えている意味合いと違うのかもしれない。


「っ……これだけの手勢で乗り込み、仕掛けるための後ろ盾……偽りであろうはずがない……事情は察しました。全ては墓まで持っていきましょう」


 うん、これは絶対違う。

 こんな仰々しく、恐縮される理由が日常的な約束程度のもののわけがない。何か自分の知らない事情があると見るべきだ。

 王女がアンナを連れて行って欲しいと言ったことと何か関係がありそうだし、落ち着いたら聞いてみるか。


「……セリス様、申し訳ありません。先程申しましたとおり、昨夜の一件により近衛騎士団はその失態の責を問われ、今、王城内での行動が制限されております。推進派の各貴族や大臣に至っては近衛騎士団の力を疑い、私兵を王城内に連れ込んで自らの警護に当たらせている始末。

 本来なら許されることではないのですが、先の失態に加え陛下が倒れ、オルゴーダ卿が代わりに立ったために団長もそれを咎めることができずにいます。恐らく外部の私兵はセリス様の前に立ち塞がるでしょう」


「ええ、それも予め覚悟しています。が、恐らく問題にならないでしょう。気にすることはありません。寧ろ厄介なのは……」


「……御慧眼で。ですがもう一つ、お耳に入れておきたい事が」


「何でしょうか」


「教会が介入しております。推進派の貴族の一部と蜜月関係にあったものと思われ、本日の会議に参加するために先日入城致しました。

 此度の戦いへの協力と称し、枢機卿の護衛として神殿騎士や使徒までをも城内に入れております。くれぐれも御気をつけ下さい」


「教会が……先の戦から大して国力も戻っていない今の状況で戦端を開こうとしている要因はその辺りにありそうですね。わかりました。ありがとうございます」


「……セリス様、是非我々も御供を。陛下の意は我々の意。我々、この剣に掛けて尽力を」


「いいえ、必要ありません。

 昨夜の件、私にとっては行幸に他なりませんでしたが、父や近衛騎士団については立場を悪くする結果になったのは話しの端々から理解しています。これ以上城内での立場が危うくなれば本来の役目すら覚束無くなるでしょう。なので、表立っての協力は無用。

 近衛騎士団の方々には合議の大広間の出入り口と周辺、及び城門を封鎖してもらいたいのです。鼠共を出さぬよう。それならば何も言われることは無いでしょう。表向きは城内の警備をしているだけです。

 これを隊長殿に伝えて下さい」


 王女の言葉に続き、イーリアスが同僚に言葉をかける。


「守りは元よりセリス様の護衛を命じられていた私と、彼女達が勤める。昨夜のことがあった状況で近衛が全面的にセリス様の周囲を固めていては推進派が付け込む口実にしてくるだろう。

 今将軍の指揮下にある兵たちは信用できない。近衛以外の者にはなるべく悟らせないようにしてくれ」


「……了解しました。すぐに。……姫様……穏健派を押さえ込んだ推進派は強引な行動を躊躇わなくなっています。既に察しておられるようですが、〝影〟どもまでが今や彼奴らの尖兵となっている……今お顔を見せれば使命を忘れ、セリス様に剣を向けるかもしれません」


「ええ、わかっています。追手にも暗部が動いていましたので、父の右腕があちら側の人間だったのでしょう。

 手を出してくれるなら好都合。証拠を用意する必要もなくなります。むしろそれが狙いです。私一人で出向くからこそ意味がある。後は……」


 王女は静かにこちらに視線を送る。

 ……そこから先は自分達の仕事ということか。言われるまでもない。

 大した護衛も無く乗り込めば侮り、尻尾を出しやすい。背信の意がある者ほど、ここぞとばかりに狙ってくるだろう。そこを掴み、一網打尽にする。

 それにこちらとしても近衛騎士が周囲をうろちょろしていたのでは思い通りに動けない。下手な協力よりも外周を固めてもらう方が好都合。


 王女からの伝言を預かった騎士達は去り際にアンナや自分の方にも王女と同じ敬礼をすると、すぐにこの場を離れた。

 騎士達の後姿が消えるのを待たず、王女が振り向く。


「行きましょう。こちらです」

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