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疑い

「よし、そちらの騎手! 古城内に中庭がある! そこに降下せよ!」


 王都上空。

 王城の尖塔が眼下に迫った頃、竜騎士の一人が叫んだ。

 しかしそれには応じず、黙って新城の城壁内に向かって降下する。


「お、おい待てっ! そちらではない!」


 それを見た竜騎士が慌てたが、完全無視である。

 王城の周囲は堀が掘られ、城壁も二重になっている。堀に跳ね橋が掛けられた一番広い道が入り口なのだろう。大きな城壁門が聳え立つ。

 その城壁門から王城の正門、そして正面入り口へと続いている。何のためにこんなに大きくしてあるのかイマイチ理解できないが、巨大な門だった。高さも横幅も自分の体高の倍以上はあるだろう。かなり余裕をもって通り抜けられるサイズだ。


「バカな! 教練もしていないのか!? 飛竜の制御もできずに騎乗するとは!! 門兵及び警備隊に通達! 城内に下りようとしている飛竜は攻撃するな!」


 何やらわめいているが、相変わらず一顧だにせず降下を続ける。こちらは勝手に降りて行くが、エスコートしてきた竜騎士の方は旋回するだけで降りる様子は無い。


「……あちらの小屋がある場所へお願いします。城門内の詰め所、そこで私の〝血の証明〟をして本人であることを知らしめます」


「……クロ。嫌な視線を感じる。警戒しておけよ」


「大丈夫。敵陣で油断するほどボケてないよ」


 城壁の上にいた兵士達が何事かとざわめいているのが見えた。見上げて口を開けるもの、指差している者、走って城内に戻る者。まるで蟻が右往左往しているようだ。


「何だか、すごい騒然としてますね……」


「本来ならばこんな方法で王城に入ることは在り得ません。もしエスコートの竜騎士がいなければ攻撃されていてもおかしくは無い。その点では好都合でした。

 それに昨夜の件もあります。全体がピリピリしている中、突然未確認の飛竜がやってくればこうもなりましょう」


「さて。降りるよ。掴まってて。それと僕は喋るの控えるからね」


 そろそろ直接喋るのはまずい。バレたら警戒されてしまう。

 アンナやライカには【伝想】を使うように言っておく。

 王女やイーリアスには【伝想】のアーティファクトは渡していないので、言葉を発しないやり取りではこちらからの一方通行になってしまうがそれは仕方ない。必要な時はアンナに頼むとしよう。


 降りてくる飛竜に潰されないようにするため、自然と場所が空く。

 そこにゆっくりと着地した。

 ズシンという地響きと共に、石畳の一部が捲れあがる。一度バサリと翼を撓らせてから折り畳むと、その仕草一つでも周囲の兵がざわめいた。


 威嚇も兼ねて大げさに首を動かして見渡すと、周囲には武器を構えた兵達が囲いを作り、王城に入ろうとしていた商人らしき荷物を持った人間や馬車で出て行こうとしていた貴族なども何事かとこちらを注視している。

 しかし動く者はいなかった。


「(ク、クロさん……し、視線が痛いです……)」


 竜の手綱を握っている騎手役のアンナに周囲の兵士の視線が集まる。その視線は険しいものばかりだ。

 王女が言った通り、こんな方法で入ることは問題だろう。それをやった騎手に厳しい視線が向くのはおかしい事ではない。

 ライカはそんな雰囲気もどこ吹く風。相変わらずの自然体で不敵な笑みを浮かべ、足をぷらぷらと振っている。


「(今は獣人に変装してるし、顔を覚えられて犯罪者にされたとしても問題ないよ。何かしてきたら僕が守るから、心配しないで)」


「(う、は、はい……)」


 ……いや、よく見ると険しい視線の中に違うものが混じっているような……。

 ふむ、兵の中に黒猫アンナの可愛らしさに見惚れている者がいるようだ。何割かの兵士がそんな情欲の混じった目を向けている。

 気持ちはわからなくもないのだが、アンナをそんな風に見られるというのはいやに腹立つものがあった。

 そんないやらしい視線に気を回す余裕の無いアンナが周囲の雰囲気に飲まれて狼狽している間にイーリアスが背から飛び降りる。


「セリス様、御手を」


「ええ、ありがとうございます」


 王女はイーリアスに手を握られて自分の背を降りると、まだ足元が覚束無いのか少しよろける。それを見越してかイーリアスが肩を押さえて王女を支えた。

 その時、ざわついている兵士の垣根の中から一人が歩み出てくる。


「道を開けよ。これは何事か」


 周囲の兵士よりも豪奢な装飾が施された装備を身につけているところを見ると、若く見えるが隊長などの責任者のようだ。騒ぎを聞きつけて王城内から出てきたらしい。

 腰に佩いた剣の柄に手を掛けながら問いかけてきた。


「ここは陛下のおわす王城……そこにこのような無礼な方法で降り立つとは、何者かは知らぬが余程常識の無い愚か者と見えるな。理由如何(いかん)によってはこの場で首を刎ねられる覚悟をしてもらう」


 隊長らしき男はそう言って目を細める。

 それを聞いた兵士達が我に返り、ガチャガチャと音を響かせながら臨戦態勢を取って構えた。


「……無礼者はどちらだ。仕える主君に向かってその口の利き様……不敬罪で首を刎ねられても文句は言えぬな。国の大事に病の御身体を押し、命を賭して急ぎ戻られた王女殿下を阻むとは……貴様の方こそそれ相応の覚悟はできているのだろうな?」


「……何だと?」


「……お前は畏れ多くも王女殿下に剣を向けようとしていると言っているんだ」


 怒りを滲ませるイーリアスと隊長格の男が睨み合う中、その間に王女が進み出る。


「……道を開けて下さい。私に問答をしている時間は無いのです。私は多くの協力を得てここに戻りました。その想いを無駄にしたくはありません」


 そう言いながらイーリアスと睨み合う男の前で被っていた寒さ避けの布を脱ぎ去った。陽光の元に晒されたやつれた顔には毅然とした迫力が湛えられている。


「!! ま、まさか……!? 御身は昨夜賊に攫われたと……!?」


「ええ、ですが、そのお陰でこうして自身の足で地に立つことができるようになりました」


「……セ、セリス……王女殿下……?」


「ほ、本物か?」


「バカな……あのお顔を見ろ」


「し、しかし……昨晩他国の竜騎士に攫われたと……騎士団も捜索に出ているはず……」


 王女の顔を見た周囲の兵士達も戸惑いながらざわめき合う。ちゃんと竜騎士が攫ったという扱いになっていたようだ。自分だけで行っていたら喰われて死亡になっていただろう。

 そんな周りの兵達の声を聞いた隊長格の男は狼狽しながらも正論を口にする。


「そ、そうだ。失礼ながら貴女が本当に王女殿下であるという証拠は無い。何らかの方法で化けることは可能……」


「……そうでしょうね。惑わされることなく、偽りの可能性を考慮するのは上に立つ者として正しいでしょう。

 そこの者……すぐに血の証を立てる用意を」


「え!? は、はっ!」


「な、何?」


「証拠があれば良いのでしょう? 私が私である証が。

 城壁内の詰め所は本来来城した者の身分確認を行うためにある。それをするだけです。何か問題が?」


「え、い、いや……」


 王女が詰め所の建物の前にいた兵士の一人に声をかけると、その兵は建物の中にすっ飛んでいった。

 そして数十秒後に何やら箱を抱えて飛び出てくる。

 その箱を膝をつきながら王女の前に差し出した。


「ど、どうぞ……」


「ありがとう」


「セリス様、私が……」


「お願いします」


 イーリアスが兵から箱を受け取ると、中からどこかで見たような金属の板を取り出した。

 ギルド登録をした際の金属板に似ている物だ。


「ここは私が自らやりましょう。余計な疑いを掛けられたくありません」


「はっ」

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