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帰路

「クロさん! 今、前に何か見えました!!」


 始めにライカが、次にアンナが声を上げる。

 アンナが指差す方に視線を向けると雲の切れ間に小さな影が見え隠れしている。


「飛竜……我が国の竜鎧です。ヴェルタの竜騎士で間違いありません」


「こんな場所に? かなり都市から離れた場所ですが、哨戒任務でしょうか」


「多分だけど、昨夜僕達がこっちの方に逃げたからこっちを捜索してるんじゃない?」


 予想よりもかなり早い。

 視界の悪い夜とは違い、今は王都の方向もはっきりしている。追手もおらず移動だけを考えれば昨夜よりも大分早く目的地まで辿り着けるだろう。


 だが、それを考えてもまだ道程の半分も来ていない。眼下には所々に細い道があるくらいで人影もない、木と草、岩の大地だ。

 距離的には王城はおろか、まだ都の影すら見えない。もっと王都近くで遭遇するだろうと思っていたのだが……。


「……戦うんですか? クロさん」


「みんなを乗せている状況で戦うのはちょっと恐いけど、攻撃してくるならどうにかしないとね。

 ……何かある前に言っておくけど、僕は王女様の言うことは聞かないからね。一応話し合うことになるなら大人しくしてるつもりだけど、必要になったらこっちの判断で勝手にやるから」


「勿論です。私は契約者ではありません。クロ様の好意に甘えているだけです。指図など以っての外ということくらい弁えております。

 ですが、クロ様の御意思は私の望むものと一致しております。もしも戦うとなれば、力を持たない私ではもうどうにもなりません……で、あるならば、多少大変でも事後処理をするだけで私の望む未来が手に入るのです。それならば私から言うことは何もありません。先程も言いましたが、どうぞ御遠慮なさらずにその御力を行使下さい」


 ……契約者? いや、今はそれどころじゃない。

 アンナを連れてきた理由や、王城でどうするのかなど、まだ王女に聞いておきたいことはあったのだが、ライカの言う通り、それを聞いている余裕はなさそうだ。


 徐々に大きくなる影はやがてはっきりとした威容となる。正面から二騎の竜騎士が近付いてきた。

 昨夜追いかけてきた飛竜ではない。体格も小さいし、色も微妙に違った。しかし身体の大きさは自分の倍はあるだろう。

 背に乗っているのも複数ではなく、それぞれに一人ずつだ。


 向こうもこちらに気付いているらしく、真っ直ぐに迫ってくる。

 しかし昨夜の飛竜のように攻撃してくるような感じではなかった。距離を詰めつつもこちらの動向を探るような慎重な動きをしている。


「止まれ!! 何者だ!?」


 攻撃の意思は感じなかったので昨夜のブレスの間合いくらいまでの接近を許すと、制止の声が飛んで来る。それを受け、速度を緩め、向かい合う形で停止した。

 さすがに顔まで識別するのは難しい距離なので、身体強化で視力を上げて相手の顔を観察してみると、一人は男性で、もう一人は女性の竜騎士だった。


 こちらは星術で浮いているので全く疲れないが、人を乗せた飛竜の方は忙しなく翼を羽ばたかせてホバリングに必死だ。

 ……にしても───。


「上空で風も強いはずなのに、何で声が届くのかな?」


「あ……そういえば、そうですね」


 アンナと共に首を傾げた。こちらは防護膜を使っているので風の影響は殆ど受けない。しかしその外は別だ。会話をするには距離もあるし、暴風の中で大声を上げても掻き消されてしまうはず。

 だが、竜騎士の発した声はこちらまで届いていた。


「これは『音送り』の魔法です。効果範囲が狭く、駆け出し程度の魔術師でも他者の音を簡単に拾えてしまうので使いどころは限られ、こうした場面くらいにしか使わないのですが、無いと不便な魔法です。ですが、普段ならもっと大きく聞こえるはずなんですけどね」


 疑問にイーリアスが答える。

 内緒話をしようものなら、同じ魔術師に筒抜けになってしまうらしい。音が減衰しているのは防護膜のせいか、それとも別の理由か……。

 アンナも魔力が高いのだし、少し訓練すれば使えるようになるのだろうか。

 そんなことを考えていると二人目の竜騎士が再度声を飛ばしてきた。


「もう一度問う! 何者だ!? 応えぬなら撃墜させてもらう!」


 相手からすれば正体不明の飛竜に人が乗っているのだ。寒さ避けも兼ねて頭や顔に布を掛けているので向こうはこちらが何者なのかわからないのだろう。業を煮やし、攻撃を匂わせる。

 逃げるか戦うかどうしようかと考えはじめたところ、二人目の竜騎士の声を聞いたイーリアスが呟いた。


「この声……これは、運がいいと言うべきか。私の知人です」


「知り合い?」


「はい。私が応えても?」


「どうぞ」


 イーリアスが王女に気をつけながら腰を浮かせて応える。


「久しいな。カンドール。私を覚えているか?」


 イーリアスも同じ魔法を使ったようで、問題なく相手に声が届いたらしい。イーリアスの声を聞いた竜騎士の片方が目を見開いた。


「まさか……イーリアス・ペルンか……?」


「覚えていたか。最後に会ったのは東部領貴族の交流会だったから、もう二年前か」


「やはり本当に……近衛に配属されたと聞いたが、何故貴殿が……?」


「察するに、王女殿下をかどわかした者の捜索任務だろう?」


「まったく……相変わらずだな。人の質問は無視か。

 ……そうだ。昨晩王女殿下を攫った賊がこちらに逃げたという報を受け、騎士団が捜索に当たっている。この先は大型の飛竜も棲むといわれる山岳地帯……竜騎士でもそこを越えたということは無いだろう。だから、潜める場所を虱潰しにする。

 ……いや、待て……幼竜と思われる小型の飛竜……ヴェルタ竜騎士にはいない所属不明の……」


「鈍いな。言う前に気付け。昨夜の竜騎士が我々だ。もう捜索の必要はないぞ。王女殿下はこちらにいらっしゃる」


「何だと!? それはどういう……」


 怪しんでたが、知人が乗っているのを見て賊とは思わなかったと言ったところだろうか。

 イーリアスに続いて王女も腰を上げて応える。被っていた外套をずらし、僅かに顔を見せた。


「任務ご苦労様です。色々な事情でこのようなことになってしまいましたが、私は無事です。〝血の証明〟は戻らなければできませんので、ここで私本人の証を立てることはできませんが」


「!! そのお声は……!! まさか本当に殿下!? 御危篤とのことでしたが意識が戻られたのですか!?」


「ええ、信じてもらえるかはそちらの判断になりますが、これから城へ戻ります。エスコートをお願いできますか?」


「は、はっ!」


 まぁ本人かわからなくても正体不明の飛竜が王都へ向かっているのだ。無視はできないだろう。どの道近付けば見つかることになるのだし、イーリアスの知り合いということで余計な揉め事は回避できた。

 しかし……。


「……平気なの? 昨日の件もあるし、竜騎士は敵側の兵でしょ?」


「ええ、私も十中八九そうだろうと思っております。ですが、少なくとも王城に降りるまでは大丈夫でしょう。彼が推進派だとしても、ここで攻撃してくるのは自身の首を絞める危険行為だとわかるはずです。

 この下にも騎士団が展開して捜索が行なわれている。ならば彼らが攻撃してくれば空中戦となり、多くの兵にそれを目撃されます。騎士団全てが推進派ということはありません。穏健派の者も多いはず……その者達に見られ、後に事実が明るみに出たら内紛が勃発します」


 ふむ。ならいいか。

 仮に他の竜騎士が出てきても、仲間の竜騎士がエスコートしているとわかればいきなり襲ってはこなくなる。気を抜くつもりは無いが、ここは任せよう。


 竜騎士達はクルリと孤を描くと、こちらに併走するように左右についた。やはり攻撃してくる素振りは見られない。

 警戒しながらもそのまま距離を保ちつつ王城へ向かう。


 あまり近くで観察したことの無かった飛竜をまじまじと横目に見ながら飛んだ。やはり古竜に比べると線が細く、骨ばって見える。

 目付きや顔は鋭く、それを磨き込まれた竜用の鎧が覆っている。鎧のせいでとても動きにくそうだ。


 それを駆る竜騎士も同じ意匠の鎧を着込み、マントを靡かせていた。背には長槍と弓、そして腰に剣。見栄えはかなり立派なものだった。

 言ってみれば竜騎士は国軍の顔役ということなのだろう。見栄えよくし、舐められないようにするのは必要なことだ。


 そのまま何事も無く進み続ける。

 予想に反して他の飛竜がやってくるということも無かった。昨晩の飛竜達は高空での負荷でそれどころではないのかもしれない。

 やがて王都上空に差し掛かり、王城も見えてくる。


「……クロ様。恐らく古城に降りろと言ってくるはずですが、無視して下さい」


「いいの?」


「ええ、このまま乗り込みます。新城の城門内へ。クロ様の大きさなら中央城門も中門も通れます。そのまま城内の謁見の間まで向かいたいと思います」

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