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火種

「……ああ……これが、翼を持つものに許された世界……綺麗です……とても」


 アンナの背中にしがみ付き、雲と同じ高さから見渡した美しい景色に、王女もイーリアスも感嘆の息を漏らす。やはり貴賎を問わず飛んだ時の心境は同じになるのだろう。

 地を這うしかない人間が間近で無限の空に触れる瞬間には心振るわせる衝撃があるということだ。空はそれだけの美しさと同時に、ちっぽけな人間の全てを飲み込むような茫漠たる深みを孕んでいる。

 感動に打ち震える王女の様子にふと思ったことを聞いてみた。


「そういえば王女様は飛竜で空を飛んだことないの? 何か城には移動用の飛竜もいるって聞いたんだけど」


「え!? あ、ああ、失礼しました。確かにヴェルタには竜籠があるのですが、それは緊急時や外交活動のためのもので日常では使っていません。私はまだ外交を任される歳でもないので今まで使ったことは一度も……。普段は火急の用事や遠方に出向く際に王である父が使うくらいでしょうか」


 恍惚とした表情で大地の景色と空の群青を見ていた王女は、現実に引き戻されて少し狼狽する。

 飛竜を使った乗り物は竜籠というのか……王族でも希少な飛竜を手軽には使えないらしい。


「ふーん。竜騎士もいるんだから乗せてもらえばいいのに。王女ならできそうだけど」


「竜騎士には哨戒をはじめ、たくさんの仕事がありますので、おいそれとそうしたことは頼めないのです。それに私が生まれてからずっとヴェルタは戦禍と隣り合わせでした。そんな中、貴重な竜騎士を私的な娯楽に用いることは許されません」


「……それもそうかー」


 思い返せばヴェルタは十年近く前まで戦争をしていて、今も公にはなっていないが戦時だ。そんな状況で数が少ない貴重な飛竜を遊びには使えないか。


「ですが、それも今日、終わらせることができるかもしれません。国家間での折衝はどうしても必要になりますが、戦火の燻りが無くなれば遊覧で騎竜に乗る余裕が生まれるかもしれませんね」


「……」


 そう言いながら王女は遠くの空を眺めた。その様子を王女を抱えるようにして座っているイーリアスが悲しげに見ている。

 自分も含めそれぞれに思うところはあるようだが、雑談や景色を楽しむのは程々にして話しておかなければならないことを話しておくことにする。

 少し速度を抑えているとはいえ、昨夜とは違い真っ直ぐ飛ぶだけなら十数分程度で王都が見えてくるはず。あまり楽しんでいる時間はない。


「とりあえず、さっきの話しの続きを聞かせて欲しいんだけど。景色を眺めてるとあっという間に着いちゃうよ」


 それは自分で経験済みだ。空の景色はどれだけ眺めていても飽きることが無い。

 刻一刻と変化する大地の景色、雲の様子、陽の傾き、月の明かり、星の瞬き。

 どんな空を飛んでも、いつも違う表情を見せてくれる。これに飽きるまでにはどれだけの時間飛べばいいのだろうか。正直見当もつかなかった。


「あ、はい。その通りですね。では……どこから話しましょうか」


「色々聞きたいことはあるけど、まず敵の正体を知りたいかな。あとは戦うことになりそうな相手とか」


 王女は一つ頷くと言葉を紡ぐ。高速で飛行していても防護膜で風を切る音は殆どないし、ライカも空気を読んで静かにしてくれた。


「では私が襲われた理由からお話しましょう。ヴェルウォード夫妻が考えたとおり、私に刺客を送り込んだのは国内の者です。

 私は半年ほど前から推進派のキナ臭い動きを掴んでいました。父も……国王もそういった発言が一部の貴族から上がっていたということは知っていたはずですが、方針は停戦、そして和解に向けてと既に決まっており、推進派の貴族達の進言を取り上げることはありませんでした。

 契機は国王が和平団を編成し、終戦に向けての話し合いを本格的に行なおうとしたこと。それを境に推進派は動きを活発化させます。

 ここまでのことを鑑みても、父王が心変わりし、推進派として諜報部を動かしたということはまずないでしょう。私の暗殺未遂のせいで復讐に駆られ、戦争に傾倒したとしても、捜索は別にしても刺客を放つ理由が無い。やはり父が襲ってきたということは無いと思います。

 ……動きを活発化させた推進派ですが、取りまとめる者がいなければ王の意向に背いてまで強硬な流れを生むということは無いはず。私はそれを察し、中心となって動かしている者を見つけ出そうと考えました」


「それは王様の仕事じゃないの?」


「父王は和平に向けての折衝の準備がありましたから、知ってはいてもそこまで手が回っていなかったのです。穏健派の重鎮達も推進派の動きを警戒はしていましたが、大貴族の内偵ができるような人材はそうそういないので尻尾をつかむことはできていませんでした。私兵でそれをやっている者もいることはいますが、さすがに本職には及びません」


「王女様はそれができたの?」


「私には命令を出せるような兵はおりませんので、直接探ることはできませんが、王女という立場を使って情報を集めました。これでも使用人達からの信頼は篤いんですよ。城内でのことなら城に勤める者達ほど耳聡い者はいないでしょう。

 しかし、核心たる者の見当をつけたことで、それを察した相手に先手を打たれ、毒を盛られることとなりましたが……。ですが怪我の功名といいますか、その刺客を送り込まれたことで私の予想でしかなかった推進派の中心人物の素性が知れました」


「……襲ってきたのも諜報部の人間だったってことか。だから確信が持てたと」


「はい……まず私を暗殺しようとした人間ですが……手際と内部に精通した話し振り、更にあの時点での情勢、それらを加味すると諜報部……暗部の中でも上位の実力者、〝影〟と呼ばれる者達です。それだけの者でなければ近衛を抜いて入り込むのも、逃げおおせるのも難しいはず。国外の刺客では神がかった能力者でもない限り、仮に入り込めたとしても何らかの痕跡は残していたでしょう。それもないということは国外の者という線はほぼ在り得ません」


「……くっ、申し訳ありません……」


 王女が襲われた時のことを話すと、イーリアスが悔しそうに謝罪した。それを気にしないようにと王女が窘める。


「でもさっきスイ達から聞いた話しだと、諜報部って国王しか命令を下せないんじゃなかったっけ?」


「ええ。確かにそうです。ですが皆さんが疑問に思っていた父王が指示を出したということは、恐らくありません。王だけしか諜報部、特にその中の暗部を動かせないというのは大きな問題があるため、例外が設けられているのです」


 レアの疑問に夢現に発した王女の言葉は真実だったということか。


「問題って?」


「もしも諜報部を動かせる者が国王だけだった場合、何らかの理由で……例えば病や事故などで、突然国王が倒れたり、崩御したりしたらどうなりますか?」


 その言葉に自分も、手綱を握って話を聞いていたアンナもハッとする。

 確かにそうだ。全容を把握し、指揮権を握っているのがたった一人というのはとても危険なことである。万一の場合は絶対に無いとは言い切れない。


「それは……確かに困るね」


「諜報部の指揮権を持つ者が国王だけでは万一の場合に、諜報部は何もできなくなってしまいます。それでなくても様々な意味で国の生命線を預かっているのが諜報部です。重大な機密情報から国に仇為す裏切り者の始末まで……彼らが動けなくなれば、ヴェルタはたちまち危機に瀕するでしょう。

 平時であればスムーズに王権が委譲されるので、そうしたことは起こり難いのですが、今回のように時間が金と同価値になるような非常時には存亡に係わるほどの大きな問題となってしまいます。

 なのでそれを回避するために諜報部を知り、万一の場合には国王に代わって情報統制し、諜報部に指示を出す者が定められています」


「つまりその人が……」


 裏で糸を引いていた者……。倒すべき相手ということ。


「黒幕かまでは断定できませんが、私の暗殺を謀った者と見て間違いありません。申し訳ありませんが諜報部の情報を私が知ることはできませんので、どんな力を持った者がクロ様に剣を向けるかまではわかりかねます」


 やっと見えてきた敵の正体。

 王のみが持つ指揮権を万一の場合に任される者ということは、かなりの役職の者のはずだ。ということは推進派の根は本当に国の貴族を二分するまでに張り巡らされているということ。

 敵対する相手も竜騎士や軍の者だけではなく、ライカがかなりのものと評した王城の手練も混じっていると思っておいて間違い無さそうだ。


「推進派の手先となって諜報部や竜騎士が動いたということは、王は何らかの理由で玉座を追われたか、恐らくもう……」


 王女がそこまで言って唇を噛んだ。

 肉親が殺されているかもしれない。毅然としていた王女でもやはりその可能性を口にすると感情が抑えきれないようだった。

 かける言葉が見つからず沈痛な沈黙が訪れるも、すぐに顔を上げて王女が続きを話しだした。やはり強い精神を持っている。


「ですのでもう、先程申しましたようにヴェルタの中枢は正常に機能していないはず。既に軍を国境に向けて動かしていてもおかしくは無い……急がなければなりません」


「わかった。あと確認しておきたいのは向こうに付いてからの動きだけど」


「ええ、それは私が……」


「残念だがな。その先を話している場合ではないかもしれんぞ」


 ライカが鋭い声で割り込んだ。

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