森での遭遇
アンナが食べ終わり、暫く休憩もしたのでそろそろ町に戻ることにする。
日も少し傾いてきたので今は午後2時くらいの時間だろうか。ちょっとでも日が傾くと途端に薄暗くなってしまうのが森の中だ。あまりのんびりしすぎるのも危ない。
「よし。じゃあ町に戻ろうかねー」
「そうですね」
集めた木の実で一杯になったリュックを背負って森の中を歩くと、やがて森の出口に差し掛かる。
だが、森から出るところで初めて異変を感じ取った。
「アンナ」
「はい。何かの音がします」
アンナも何かが歩く音を感じ取っていたようだ。自分よりもこの世界で生きてきた時間の長いので危険を察知する能力もそれなりに鍛えられているのだろう。今は初めて会った時と違い体力的にも精神的にも余裕があるので、アンナでもある程度の索敵を行えるようだった。
音の方向に視線を向け少し待つと徐々に音が近くなる。数十秒後、木の陰から人間の男が五人現れた。あの時の光景が一瞬蘇える。
「おいガキ、荷物とそこの小娘を置いて消えろ」
男の一人が鉈のような武器をこちらに向けてそう言った。どうやら野盗の類のようだ。無言で男達を見つめると、男達は散開してこちらを取り囲むように動いた。装備は前に遭ったハンター達のようにしっかりしたものではなく、革鎧にナイフや剣などを持った者ばかりだった。弓や魔法などの類がある様子は無い。念のため他にもいないか気配を探ってみたが近くにはこの五人しかいなさそうだ。
「確認しますけど、あなた達は野盗ですか?」
アンナに気を配りつつも男達を見据えてそう問いかける。
「旅人に見えるってんならお前さんの目は節穴だな」
「そうですか」
「(アンナ、防壁を出しておいてね。接近されても電撃があるから逃げなくてもいいよ)」
「(あ、はい……クロさん、気をつけて下さいね)」
【伝想】でアンナに伝える。アンナは大分心配そうにしているが、手斧や投げナイフは防壁で防げるし、掴みかかられても電撃カウンターがある。余程の相手でもない限りその心配は杞憂に終わることだろう。
せっかくなので、この野盗を捕まえるついでに新しい術とアーティファクトを試してみることにする。今回は以前森で襲ってきた連中のように無理に命を奪う必要はない。野盗なら捕獲して町に連れて行けば町の法で裁いてくれるだろう。自分の置かれた状況が全くわからなかった前回とは違うのだ。まぁ多少痛い目を見れば反省して真っ当に生きてくれるかもしれないしね。
さて。どう料理してくれようか。
一向に動く様子を見せないこちらを見て、野盗の連中も逃げずに戦うと判断したらしく攻撃態勢を取った。一人はアンナの方に回りこみ、残りの四人は自分に狙いをつけている。アンナが逃げ出すのを妨害しつつこちらを無力化しようとしているようだ。
では、望み通りやってあげましょう。
先に動いたのは短剣を構えた二人だった。左右から同時にこちらに向かってくる。
咄嗟に背負っていたリュックを地面に投げ出し、一瞬で動けるように身構える。身体強化の術を使うと思考能力や動体視力も普段より強化されるため、格闘技経験のない自分でも野盗程度の相手なら割と余裕を持って目で追ったり動きに対応したりできるようになる。自身の強化された肉体で高速で動き回っても認識が追いつくのはそのためだ。
「せぃりゃっ!」
左手側から来た男が短剣をこちらに突き出す。一瞬左の男を目で追おうかと思ったが、すぐ右に僅かな時間差で同じように短剣を突き出してくる男がいるので目を離すのはまずい。
短剣の刃が自分に当たるギリギリまで引き付け、スッと一歩後ろに下がって両方の攻撃を回避する。
かわすと同時に両手で短剣を持った二人の手首を握り、星術を発動する。
使ったのは電撃を相手に流し込み、麻痺させる術だ。アンナに渡したアーティファクトの電撃カウンターと同じ原理の術である。
電撃を受けた二人は一瞬ビクンと体を痙攣させると静かにその場に崩れ落ちた。何も知らない第三者から見ると、手を握られた途端に脱力して倒れこむという何ともシュールな状況に見えていることだろう。
術を研究した際、初めは離れた相手に電撃を飛ばして麻痺させる術を考えていた。
相手に電撃を浴びせ、行動不能にするようなイメージで術を放つと、多少イメージが難しかったが何度か練習すれば雷のような電撃を飛ばす事ができるようになった。
しかしこの術は失敗だった。威力が加減できず、撃ち出される電撃は当たったものを黒焦げにして吹き飛ばす程の威力で、痺れさせるような低威力では飛ばせなかった。問答無用で相手を攻撃するような場合には有効だが、無力化したい場合に使えるような術にはならなかったのだ。
普通、空気は絶縁体だ。絶縁体とは電気を通さない物のことである。有名な物だとゴムとかだろうか。
雷などは超高電圧になることで空気の絶縁状態を破壊する絶縁破壊という現象を起こして発生している。自分から相手に向けて電撃を飛ばすには、自分と相手の間にある空気の絶縁状態を破壊するほどの電圧を加えなければ相手に飛ばすことはできない。それ程の高電圧を加えれば相手は黒焦げである。
例えるならバリケードで通行止めにされた道路にダンプカーで勢いよく突っ込み、バリケードを壊して無理矢理通っているという感じだろうか。
人間なら自転車でぶつかるだけで命を奪ったり気絶させたりできる。それが自転車ではなく勢いの乗ったダンプカーで激突すればどうなるかは明白だろう。
というわけで、電撃を使って相手の命を奪わずに麻痺させるには直接電気を流し込むくらいしか方法がなかったのだ。一応、無理矢理相手のいる座標に直接電気を発生させることもできなくはないが、離れた場所に電撃を生み出すのはかなりめんどくさいので実用には向かなかった。
どれくらいの強さならば相手が麻痺してくれるのかわからなかったので、今回野盗相手に実験できたのは嬉しかった。あまりすぐに麻痺が解けてしまうようならもっと強めにかけなければならないので、回復までの時間も見ることにしよう。
さて。残り三人。今度はこちらからいかせてもらおう。
次に使うのは斥力を発生させる術だ。
斥力とは引力の反対で、物体同士の間に働く相互作用の一種だ。引力が引き合う力なのに対して、斥力は遠ざけようとする力である。有名なものだと磁石の同じ極同士を近づけようとすると反発するアレだろうか。リニアモーターカーなどは電磁石で強力な斥力を発生させ、地球の重力を上回る斥力を生み出し、重い車体を浮かび上がらせている。
今回は野盗の一人に向かって斥力を発生させる。狙うは後方にいて投げナイフを手に持った男だ。対象に腕を伸ばし、術を起動する。
発生した斥力によって野盗は後ろに立つ大木に押し付けられ身動きが取れなくなる。かなり強力な力で押し付けているため、野盗の体からか後ろの木からかはわからないがミシミシと嫌な音がしている。ぶつかる物がなければどこまでも吹っ飛ばしてしまうこともできるのかもしれない。
これも何も知らない人から見るとシュールな状況だろう。風や衝撃波などが発生したわけでもないので、野盗が勝手に木にへばりついているように見えるのではないだろうか。ただこの術は発動している間は身動きを取れないように出来るが、解除してしまうとすぐ動けてしまうのでさっきの二人と同じように電撃で麻痺させておくことにする。
風を生み出したりするとバレるし、周囲も巻き込んでしまうが、これなら狙った目標のみを特異的に攻撃できる。
自分や仲間に近寄らせないようにしたり、相手の攻撃や飛び道具などを防ぐこともできる。
また斥力の強度を上げれば相手をペシャンコにすることもできるので攻防一体で使えそうだ。
威圧したりするのにもいいかもしれない。力の弱い者でも使えるのでアーティファクトにしても色々と使い道が生まれそうだ。
そんなことを考えていると残りの野盗たちが慌て始める。
「くっ! こいつ魔術師か!?」
「しかたねぇ! 小娘だけでも攫って逃げるぞ!」
「ひっ!」
勝ち目が無いと見たのか残りの二人がアンナに向かっていく。アンナもアーティファクトがあるから大丈夫だとわかってはいてもやはり怖いようだった。金網越しに高速でボールが飛んでくると、絶対大丈夫とわかっていても反射的に目を閉じてしまうのと同じだ。
それにアンナはこういった男達にはいい思い出が無いので無理もないのかもしれない。下手をしたらトラウマになっていても不思議ではないほどの体験をしたのだ。
しかし、アンナの心配を他所にアーティファクトはきっちりと自分の仕事をこなしてくれた。当然アンナに触れようとした二人は電撃により夢の世界に旅立っていく。
まだ試しておきたい術があったのだがあっさり五人とも無力化できてしまった……残念。
野盗が全員のびているのを確認し、一応危険な武器類を取り上げておく。再度周囲をチェックしてみたが他に仲間などがいる気配もなかった。
安全を確認できたのでどれくらいで麻痺が解けるのか調べるために、意識が残ったまま痺れていた一人が動けるようになるのを待ってみたのだが、10分ほどで逃げようと動き出してしまった。
ちょっと電圧が弱かったかもしれないので次からはもっと威力を高くしようと改善点を覚えておくことにする。
逃げられないようにもう一度強めに電撃をお見舞いして気絶させる。丁度よく野盗がロープのようなものを持っていたのでそれを拝借して野盗五人を縛り上げた。恐らく奴隷として売るために捕まえた人間などを縛るためのものだったのだろう。それで自分が縛り上げられるのだから皮肉なものである。
「びっくりしましたけど、さすがクロさんとアーティファクトですね。五人を相手にこんなにあっさり勝ってしまう人なんて見たことないですよ」
アンナが若干呆れつつも、賞賛してくれた。
「ごめんね。せっかく楽しいピクニック気分だったのに怖い思いさせちゃって」
怪我一つなく無力化できはしたが怖い思いをさせてしまったことには変わりない。
町の外に出るということはこういったことがあるかもしれないと予想はできたのだが、ちょっと配慮不足だったようだ。どうせ獣の類は自分の気配で近寄ってこないだろうと高をくくっていたが、野盗がいるというのは現代日本で生きてきた価値観のせいで完全に予想外だった。
自然の中で生きる動物達と違って人間はそういった気配を察知する能力が弱いし、装備も無い一般人のような見た目の先入観による誤認もある。そのため危険な相手だと判断する事が出来ず、無謀に突っ込んでしまうこともあるのだ。
野生を忘れた弊害なのかもしれない。
「全然平気ですよ。村で暮らしていた時も畑仕事とかの時にはよく魔物が出てきたりしていましたからね。さすがに倒したり追い払ったりするのは大人の仕事でしたけど、自分の身を守ったり倒した時に素材を剥ぎ取ったりするのは子供でもやってましたよ」
「へぇ~そうなんだ。すごいね」
普段のアンナからは想像もできないが随分と逞しい生活をしてきたようだ。それと同時に命を危険に晒して生活することが当たり前の世界なのだと改めて思い知った。
これなら旅をする時に獣や魔物に襲われても大丈夫かな。剥ぎ取りの仕方とかは自分は知らないし、その点はアンナの技術に期待できそうだった。
「じゃあ、この連中を町まで連れて行こうか。たぶん門番の人に言えば町の警備の人とか呼んでくれると思うし」
「え。この気絶してる五人を運ぶんですか?」
「うん。別に引き摺って行くから大丈夫だよ。鎧みたいなの着てるからちょっとくらい乱暴に扱っても平気だろうしね」
普通の人間なら五人をまとめて運ぶなんて無理だろうが、竜の力を出して更に引き摺っていけるなら自分一人でも問題ない。
両手足を縛って固定し、足に長めのロープを巻きつけて五人まとめて引き摺れるようにすると、地面に置いておいたリュックを持って忘れ物が無いか確認する。
「じゃあ」
帰ろうかと言おうとして、首をアンナの方に回したところでソレに気付いた。
体長4m近くある角が生えたクマのような生き物がいつの間にかアンナの後ろ10m程の距離にいたのだ。
「!! アンナッ!」
咄嗟にアンナの腕を掴んで引き寄せ、クマモドキの動向を窺う。アンナは何が起こったのかまだわかっていないようで、手を引かれて背後に隠したところでやっとクマのようなものが居るのに気がついたようだった。
「あれって、灰熊? にしては随分と大きいですけど……」
「アンナ見たことあるの?」
「前に一度だけ……もっと小さかったですけど」
「……あの生き物はおかしい。普通の生き物じゃないよ」
見た目は角のある灰色の大きなクマなのだが、生物として不審な点が多すぎた。
まず何の気配も感じない。
あれだけの巨体であれば近寄ってくる際に必ず何かの音を立てるだろう。ここは落ち葉や草、枯れ木などが地面を埋め尽くしているので歩けば足音がするし、呼吸音もするはずだ。見晴らしが良いわけではないがあんな生き物が近づいてくれば気付くはず。にもかかわらず10mという距離まで気付かなかった。たまたま視界に入らなければ更に気づくのが遅れただろう。
そしてこちらを見据える目とその様子。
普通多くの生き物は相対する者に対して色々な意思を示す。怒りや恐怖は勿論、警戒、憎悪、友愛、悲しみ、敵意など様々な感情が表情や目線、仕草になって表れるものだ。
だが目の前にいるクマからはそういった生き物らしい仕草が何も見て取れない。試しに威圧をかけてみたが一切反応を示さなかった。【伝想】で意思を飛ばしてみようと思ったがこの様子では無駄だろう。
まるで動物の姿をした意思の無い機械が目の前にいるかのような不気味な気分になる。
更に気になったのがクマの首だ。
「あのクマ……首輪つけてますよね?」
アンナも気付いている。クマの首にタグのようなものがついた黒い首輪がつけてあった。距離があるためタグに何が書いてあるのかはわからない。仮に何か書いてあったとしても読めないのだが。
首輪をつけているということはその首輪をつけた人間がどこかにいるということだが、近くにそういった気配はない。
暫くの間、ロボットのようなクマと見つめ合うだけの時間が流れる。
数十秒が経った頃、不意にクマが首を動かして後ろを向くと、そのまま歩いて森の中に消えていった。
「……なんだったんでしょう?」
「わからないけど、不気味なクマだったね」
襲ってくる様子もないし、他に何かがいる気配もない。敵対しないのであれば追いかけてまで倒す必要も感じないので、他に何かが出る前に野盗を引き摺って森を離れることにした。またあんな得体の知れない動物が気配無く寄ってくるかもしれないと思い、警戒度も上げておく。
「また変なのが来るかもしれないから、早く町まで戻ろうか」
「そうですね。日も大分傾いてきていますし」
まだ気絶している野盗をまとめて引き摺って歩き始める。重い荷物が一杯だが殆ど来た時と変わらない速度で歩いて街道に出た。
街道まで来ると往来する人も増え、五人の野盗を引き摺る自分に自ずと注目が集まってしまう。ガツンゴツンと舗装された街道の石畳に縄で括られた男達をぶつけながら平然と歩く自分の姿はどんな風に見られているのだろうか……。変な噂が立たないように祈るしかない。
周囲を歩く人の視線を集めつつも、門が見える場所まで帰ってきた。受付に並ぶ列には行かず門の周りで警備している門番のところまで行く。門番の人も何事かとギョッとしていた。
「そ、それは何事だ?」
男五人を引き摺る自分に顔を引き攣らせながら、何があったのか聞いてくる。
「すいません。野盗に襲われたので返り討ちにして捕まえたんですけど、どうすればいいですか?」
「あ、ああ。野盗か。ちょっと待ってろ。今衛兵を呼んでくるから」
「はい。お願いします」
犯罪者だと確認すると門番の一人が門を入ってすぐのところにある建物に駆けていった。門で何か起こった時にすぐに対応できるように用意された兵隊の詰め所のような場所らしい。
待つこと数分。詰め所のような建物から鎧を着込んだ男が三人でてきた。槍を持ち、腰には剣を下げていて見たまんま兵隊といった出で立ちだ。
「キミか、野盗を捕まえたというのは。何か身分を証明できるものはあるかね?」
立派な口髭を生やした壮年くらいの人が近寄ってきた。身長180cmはあり、鍛えられた体格をしていて鎧を着ていてもその筋肉の凄さがわかる。よく見ると顔に縦に走る傷跡がある。正に歴戦の兵士といった感じだ。
怒られている訳ではないのに威圧感を伴う目つきと声色に思わず緊張してしまった。
「えっと、これでいいですか?」
木製の仮登録したギルドカードを渡す。
「これは仮登録のギルドカードか。仮登録では戦闘能力が必要になる依頼は受けられないはずだが?」
どうも自分が野盗を捕縛するような依頼を受けたのだと思っているようだ。
「いえ、私が受けたのは木の実採集の依頼で、依頼書も青いものです。依頼を終わらせた帰りに野盗に襲われてしまって、それを返り討ちにしたので連れてきたんです」
「何だと?」
さっきよりも更に鋭い目つきになりこちらをじろじろと観察している。やましいことはしていないはずなのに、悪いことをしたのではないかと疑われているような気分になってしまう。
アンナもビクビクしながら棒立ちになっている。
野盗でも痛めつけて引き摺ってくるというのはまずい行為だったのだろうか……。
衛兵の男は暫く不審者を見るような目でこちらを睨んでいた。周囲の視線も痛い。早く帰りたいなと思いながら判断を待った。
「……わかった。ご苦労だったな。この男達はこちらで預かろう。犯罪者であると確定した場合、懸賞金がかかっていれば後ほどギルドから届けられることになるだろう。懸賞金がかかってない場合でも犯罪奴隷として売り払われる際に売却金額の一部がキミに支払われることになるはずだ。重罪を犯していた場合は極刑になるが、その場合は領主から近隣の安全確保に貢献したということで褒章がでるかもしれん。それはまだわからんがな」
「わかりました。では後はお任せしてこのままギルドに戻りますね」
やっと開放されそうだ。無駄に緊張してしまったので、今日一番の疲労感を感じてしまった。
仮登録のギルドカードを見ながら隣にいた衛兵が何かをサラサラと書き写していたが、それが終わるとカードを返してくれた。
ギルドカードを受け取り、男達を繋いだロープを衛兵に手渡し、アンナと町に入るための受付待ち行列に並んだ。
並びながら男達がどうなるのかを眺めていたのだが、詰め所から応援に来た衛兵がバケツで水をぶっ掛けて叩き起こし、衛兵に取り囲まれて町の中に連れて行かれていた。さすがに市中引き回しはしないようだった。
あの口髭の生やした怖い衛兵の人だけが列に並ぶ自分とアンナをずっと見ていた。何か疑われるようなことをしてしまったのかと気を揉んだが今更考えても後の祭りだ。逆にオドオドしてしまうと余計に怪しく思われてしまいそうなので、気にしないように堂々と列に並ぶようにした。
やがて受付の番が回ってきて受付小屋に入ると、出たときと同じように仮ギルドカードと通行許可証を渡して町の中に入った。
大通りを歩いて門が見えなくなった頃にアンナが機嫌悪そうに言ってきた。
「悪いことしてないのに怒った感じで睨まれましたね。感じ悪いです」
アンナも睨まれたことに若干腹を立てているようだった。怖い目つきだったしね……。
「うーん、何だったんだろうね。盗賊でもあんな風に連れてくるのはまずかったのかな」
「そんなことはないはずですよ。基本的に盗賊は人を害する魔物と同じ扱いです。例え命を奪っても咎められることはありません。だからクロさんが気負う必要は無いんです」
「そうなんだ。たまたまあの人の虫の居所でも悪かったのかな。考えてもしょうがないしギルドに報告して宿に行こうか。あ、また二人で行けるような依頼がないかついでに見ておこうかな」
「そうですね。またお手伝いできる依頼なら一緒に行きたいです」
そんなことを話しながら総合ギルドに向かい、歩いていく。
徐々に空がオレンジに染まり、少し風が冷たくなってくる。もう少しすればまた多くの星で空が埋め尽くされるだろう。
電気などが無いため、暗くなると町はあっという間に静かになっていく。行政区の一部と色町や酒場などがある商業区を除いて町全体が暗くなる。一応大通りには篝火が焚かれるが、それでも不便であるため町の多くの人は夜になると同時に住居に引っ込んでしまうのだ。またよからぬ事を考える輩も暗くなると活発に動き出すため、余計なトラブルに巻き込まれる前に宿に入った方がいいだろう。
自分達も暗くなってしまう前に宿に戻るべく、少し足早にギルドに歩いていった。
※※※
「隊長。盗賊共の護送、完了しました」
「ああ、ご苦労さん。……で、どう思った?」
「大した連中じゃなさそうですね。犯罪者リストにもありませんでしたし、恐らく傭兵崩れの盗賊でしょう。凶行の経歴が無ければ犯罪奴隷じゃないですか?」
「違う、その盗賊を引っ張ってきた者のことだ」
「は? あのヒョロっちい寝巻きみたいな服着た奴のことですか?」
「そうだ。お前はすぐ隣で見ていて怪しいと思わなかったのか?」
「あー、いえ、服が変だなとは思いましたけど……」
「あの男はそのヒョロっちい腕で装備をつけたままの男を五人まとめてここまで引き摺ってきたのだぞ」
「!!」
「お前ならできるか? 五人の男を荷車も使わずに引き摺ってこられるか? 俺は無理だ。年だからではないぞ。仮に全盛期だとしても、五人もの大人を苦にもせずに平然とした顔で引き摺るなんて冗談ではない。無理してやれば暫くは剣も振れなくなるだろう。そんなことが出来るなら王国騎士団で近衛にでもなっているさ」
「た、確かに……。若手の訓練でもあんな重い物を運ぶようなことはしませんね」
「それにだ。奴は武器らしい武器を何も持っていなかった。勿論後ろにいた少女もな。格闘戦を得意とするような体格でもなかったし、魔術師にも見えん。仮に素手で倒したとしても五人もの野盗に襲われれば服に汚れくらいつくと思わんか? それも無かった。更に不可思議なのは野盗の状態だ。様子を見たが怪我らしいものは見当たらなかった。気絶していただけだ」
「そ、そう言われれば……」
「あの男の言っていることが本当だとするなら、奴はあんな肉付きの薄い体をしながら凄まじい膂力を備え、五人の武装した野盗に襲われながらも、自分はおろか相手にも傷をつけることなく無力化できる手練ということになる。王側近の近衛の中にだってそんな人間はそうそういない。そんな奴がギルドで仮登録しかしておらず稼ぎの悪い青い依頼を受けている理由はなんだ? それだけの実力があるなら指名依頼や特殊依頼で稼ぐ方が余程儲かるはずだ」
「……」
「お前も聞いているだろう。近々例の双子山に住み着いたという竜の討伐に駐屯地で編成された討伐隊が動く。それに随伴する為にギルドやこの町の領主も手練を送り込むそうだ。討伐部隊がこの町を離れるとなると移動距離から逆算して期間は最低でも20日以上かかると思っていいだろう。そうなれば町の警備などが手薄になるし、万が一緊急依頼でも舞い込めば誰も請け負える者がいなくなるということだ。仮登録とはいえあれだけのことが出来るなら、いざという時には戦力になるかもしれん。素性を洗って、宿泊先などを調べておくべきだろうな」
「……危険な存在である、ということはないでしょうか?」
「恐らく、それはあるまい。あんな堂々と自分の実力の一端を衆目に晒し、あまつさえ詰め所で顔まで晒しているのだぞ。間者の類ならもっとマシな振る舞いをするだろうし、話し振りや仕草からも腹芸に長けた感じはしなかった。実力と言動が不相応、ちぐはぐではあるが村から出てきたばかりのような世間知らずな印象を受けたな。ま、勘でしかないから断言はできんがな」
「では、どうしますか?」
「まず入市記録を調べてみる。恐らく最近この都市に来た者だろうから大した情報は無いだろうが念のためにな。それと辺境伯領騎士団にもこの情報を上げておく。ギルド側もこの事には感づくだろう。野盗の件もあることだしすぐにでも調査が行われるはずだ」
「この都市にとって、毒になるか薬になるか……ですか」
「ま、勘でしかないが、悪い奴ではないだろうさ。竜のこともあるし、いざという時は都市を守るために助力を請うことになるかもしれん」
「厄介ごとにならなきゃ良いんですがね……」