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記憶

「俺達と飛竜が争う音でも聞きつけて見に来たのか……氷壁の割れ目から現れたその竜は美しかった。鱗の色も然ることながら、魔法銀のような角、碧く輝く瞳、しなやかで雪のように白い翼膜。

 中型の若い飛竜で大物ってわけじゃなかったが、飛竜討伐を成した高揚感で極寒の地にありながら身体から湯気が立ち昇るほどに(ほて)っていた俺達を、一瞬で凍りつかせる程に美麗な姿だった。

 ま、あいつが古竜だって知ったのはギルドに戻って調べてからだったがな……古竜種は飛竜種と違って様々な鱗の色があるってことも調べて初めて知った。

 古竜なんてモンは伝説上の、それこそガキに語って聞かせる御伽噺の中の存在だって思ってたんで、そいつが古竜とは欠片も思わなかった。擬態が使える新手の魔物の類か雪山に適合した飛竜の亜種か何かだと思った。

 多分、俺以外のヤツも同じように思ってただろう。自分がそんな怪物に出会うわきゃない……とな。つまるところ、俺達は未開地ってモンを甘く見すぎていたんだ……深部じゃないから大したことないってよ」


「……」


「……俺達は思い知った……いや、正確には、思い知ることができたのは俺だけだが。……何故ハンターギルドが討伐ランク外って枠を設け、手出しを禁じているモノがいるのかを……。

 飛竜討伐で高揚した俺達は、珍しい亜種も仕留めてやろうと欲を出した。竜を同時に二匹も仕留めれば、その実力は高く評価される。誰も反対しなかった……ほぼ無傷で倒した飛竜同様、仕留められると疑わなかった。

 そして俺達は、そいつに手を出してしまった。突然魔法で攻撃され、矢を射られた竜は怒った。そりゃあ、喧嘩を売られれば当然だよな……結果は惨々たるものだった。

 こっちの攻撃は文字通り歯が立たない。飛竜とは比べ物にならない鱗の堅さに、見たこともない竜語魔法。竜骨製の武器を持ってたし、一つだが切り札にアーティファクトも持っていた。だが、何をしても無意味だった」


 疲れた表情で語るカラムは、自嘲の笑みを零しながら当時のことを紡いでいく。これだけの使い手であるカラムが無力感を滲ませて語るということは、かなり悲惨な状況だったということが容易に想像できる。それほどに語るカラムの姿には悲壮感が漂っていた。


「その時は何が何だかわからなかった。上位と言っていいはずのハンターが束になっても手も足も出ないのに、向こうはやりたい放題。

 竜骨製の剣は爪の横薙ぎ一発で両断され、放ったアーティファクトの一撃は蠅が飛ぶくらいにしか感じていないのか避けもしなかった。足をとられる雪山とは思えない身のこなしに人間の使う魔法とは桁が違う竜語魔法で、一瞬にして俺達は瓦解した。

 俺を含め六人いた人間のうち、二人は氷漬けにされて粉々に砕かれ、雪の上に転がる冷凍の肉片になった。一人はその爪で上半身と下半身を真っ二つに引き裂かれ、悲鳴を上げるのも許されずに斃れた。一人は小石を投げたかのように吹雪の空の彼方へ吹き飛ばされて行方知れず。残ったのは俺と両足をもぎ取られた仲間が一人だけ。

 俺は、逃げ回った。雪の上を必死でな……しかし殺される寸前まで追い詰められたのに、どういう訳か見逃された」


「見逃された?」


「結局理由はわからなかった。雪の上で無力感に崩れ、死を覚悟した俺に、その竜は口を開いた。てっきり食い殺されるもんだと思ったんだが、違った。口を開いたのは声を出すためだったらしい。

 その竜が発したのは竜の鳴き声ではなく、人間の言葉……あの心の内側に響くかのような声だった。男の声にしては高く、女の声にしては線が太い、不思議な声だ。その竜は俺に語った」


「何を?」


「誓って言うが、それが全く思い出せないんだ。何かを言われたということは覚えている。だがその事実以外の内容がすっぽりと抜け落ちている。

 ……最後に言われた言葉があった。思い出せるのはその最後の言葉だけで、どうしてもそれ以外の言葉が思い出せない。手を伸ばせば届く距離まで顔を近付けられ、面と向かって言われたのに……やたらと印象に残る声だったのにな……。俺の気が触れちまっていたのか、それとも……何か別の原因かはわからんが……最後に言われた『封ずる』という言葉だけがずっと頭に残ってる」


「!!」


 これは、まさか……。


「それを俺に言うと踵を返して、俺たちが仕留めた飛竜の死体を咥えて飛び去っていった。……後に残ったのはバラバラの死体と重傷者、そして無力感と助かったという安堵感に足を折られた俺だけだった。

 結局、両足を失った奴もすぐに死んじまった。助けようとしてみたが、未開地の、それも極寒の雪山だ。治癒系の魔法を使える奴は上半身と下半身が仲違(なかたが)い。持ってきていた道具も破壊され、俺だけじゃ治療もしてやれないし、町まで運ぶこともできなかった」


「……」


 全員が黙ってカラムの話に耳を傾けていた。

 その話を聞いてライカに動きを縛られた女騎士は青白い顔をしている。自分のことを知ってくれているアンナ達はそこまでではなかったが、やはりカラムの様子を見て暗い顔になっている。

 聞いている人間までもが恐怖に染まる程に、実力者であるはずのカラムが無力感と共に語る姿には絶望が垣間見えた。


 カラムが出会ったのは自分や母上、森の翁のような古竜ではなく、伝説に登場するような〝竜〟だったようだ。絶対的な強さを隠しもせず、虫を踏み潰すかのごとく蹂躙する。


 聞いた限りでは自分とは違い、母上のような成体の竜。カラム達がやったことを考えればその竜が取った行動は必ずしも非難するようなことではない。誰にでも身を守る権利はあるし、自分でも降りかかる火の粉をそのままにはしないだろう。

 どんな性格なのかまではよくわからないが、カラムの話だけを信じるならあまり温厚そうには思えなかった。


「危険対象に手を出した手前、ギルドから制裁があるかと思った。しかし偶然の遭遇ということと、その竜が都市を襲撃してくるということも無かったんでギルドからのお咎めは無かった。

 それ以来、俺は身の程ってモンを弁えるようになった。……えらく高い授業料だったな。

 未開地なんかに出向くような依頼は避け、護衛や素材収集を中心に仕事をした。当然ランクや評価はさっぱり上がらなくなっちまった。それから少し経ってハンターからも足を洗った。

 幸か不幸か、戦争で仲間を失ったこともあったし死線に遭遇することもままあったんで、あの白銀の竜とやりあったがために戦いそのものに怖気づくようになっちまうことは無かった。だが、さすがにハンターとしてやっていく自信は無くなっちまった。だから傭兵に転向したんだ。

 傭兵は護衛や人間相手が殆ど、未知の怪物とやりあう心配もしなくていいから気が楽になった。傭兵になってすぐにミラと出会い、ミラが色々と支えてくれたってのも大きかった。

 少し前に貴族からはぐれ飛竜討伐を依頼された時には、アレを思い出して手が震えた。少しは自信を取り戻してきたと思ってたんだがな……だが、その時はミラが難なく仕留めてくれた。今回の件もミラが隣にいてくれたからやろうと思えた」


 そこまで話したところでカラムは落としていた視線を上げ、心配そうにカラムを覗き込んでいた精霊に優しい笑みを返した。


「これが、俺があんたを古竜種だと思った理由だ。正直ミラを制止するために声を上げた時は、身体が震えていた。だが、ミラを失うと思ったらそっちの方が恐く感じてな……何とか声を張り上げられた」


「……カラム……カラム……ごめんね。私のせいで」


「気にするな。最終的にミラに頼っちまった俺が不甲斐ないだけさ。……本当に、生きていてくれて良かった」


 実力も精神も戦う者としては上位にあるが、当時のことはまだ完全に乗り越えられてはいない。それをミラと呼ばれる精霊が支えているようだ。それと同時に、守るべき者の存在と果たすべき目的がその恐怖を押さえ込んだということか。


 例え種族が違ったとしても、傍に居てくれる者の、大切なものの存在の大きさと、それが力になるということを目の当たりにした気分になった。

 そんなカラムと精霊を見ながら、恐怖の対象とされる竜の自分と笑顔で一緒に居てくれるアンナやメリエの顔をちらりと見るのだった。

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