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「(クロ様。ここは治療を許可すべきだと思います。このまま放置してカラムが死亡すると厄介なことになるかもしれませんよ)」


 長い首を捻って悩んでいると、フィズがそう進言してきた。

 その口調から、どうもアンナのように感情的な理由で治療すべきだと言っている訳では無さそうだ。


「(それは、どういうこと?)」


「(これまでのやり取りを見ていると、カラムと精霊の結びつきはかなり強いもののように見えます。

 私が以前読んだ歴史書に興味深い記述がありました。それによると精霊は気を許した相手に強く依存する性質があるらしく、強い絆で結ばれた相手を害されたり殺されたりすると暴走してしまうことがあるらしいのです。

 精霊使いが見つかるとその強力な精霊魔法を買われ、その多くが騎士団や軍に囲い込まれます。しかし過去には戦いに身を投じたために精霊を使役している術者が戦死し、そのショックで狂乱した精霊が大被害を齎したという事例も残っています。力を暴走させて自我を喪い、狂精となって都市を壊滅させたと)」


 フィズは真剣な眼差しでそう説明する。

 確かハンターギルドの試験で戦っていたラサイも戦闘後に似たようなことを言っていた。宿体や自らが宿った物を傷付けられると怒ると……。


 バーダミラの姿の時は恨みを吐き出すかのような音と共に、首を失ってなお襲い掛かってきた。

 近くに横たわるカラムを気遣ったためかフィズが話すように大規模な暴走とまではいっていないようだったが、カラムを傷付けられて怒っていたというのなら納得できる。あのままカラムが止めに入らなければもっと派手に暴れていたのかもしれない。


 傷付けられただけで激昂するなら、想い人を殺されでもしたら文字通り発狂することも十分考えられる。

 そんなフィズの話を聞いてスイが思い出したようにポンと手を打ち、フィズの話を肯定した。


「(ああ、私もお父さんから聞いたことがあります。ヴェルタでも十数年前の戦で狂精が暴れた記録があるらしいですよ。その時も確か国境近くの前線に投入された精霊使いが死亡して繋がりの深かった精霊が狂精化してしまったらしいです。精霊の力を暴走させて砦を丸ごと一つ瓦礫の山に変え、敵にも味方にも凄い被害を出して、最後には消滅してしまったと言っていました)」


 これはまた予想以上に凄まじいもののようだ。

 ハンターギルド総長であるバークが一目置くほどの精霊魔法、その精霊魔法の根源となる精霊の全てと引き換えて発動する力の解放。確かに生半可なものではなさそうだ。

 カラムの命を奪っていたら、この水の精霊も自爆するかのように力を解放していたのかもしれない。


 ラサイはそんなものとも戦うことがあると言っていたが、ここまで言われるほどのモノを果たして人に抑え込むことができるのだろうか。それともフィズが言うような絆を壊されて怒り狂った精霊ではなく、魔物として存在する別の狂精もいるということだろうか。


「(無論すべての精霊がそうした強い繋がりを持つということはないでしょう。事実、同じように使役者が死亡しても何事も無かった場合の方が多いそうです。

 ですがこの二人は絆が深そうに見えます。術者との繋がりが深ければ深いほど傷付けられたり喪ったりした場合の反動も大きくなり、狂精となる可能性が高まります。

 並みの精霊が暴走しただけでも甚大な被害を出したということは、ここにいる上位精霊が暴走すればどれだけの被害を周囲に齎すか……。力の上限すらわかっていない上位精霊なら、国単位で壊滅させるほどの暴走も無いとは言い切れません。

 クロ様がいれば狂精が相手でも遅れは取らないとは思いますが、王女殿下もおりますし、危険を冒すことはしない方がいいかと思うのですが……)」


「(クロ。慎重に判断しろ。こやつの言うことは恐らく間違ってはいない。水妖に限らず妖のモノは、その属性は違えど純粋なエネルギーの集合体に精神……心が宿ったような存在だ。自身の存在の全てと引き換えて行なう力の解放は間違いなく惨事を招く。

 大分前だが、火妖の暴走が起きそうになった時はあのオサキも大破壊を危惧し、注視していたほどだ。高位格のこいつがそうなったら、我々でもただでは済まんかもしれん)」


 そこまで言われるなら是非もない。幸い選択肢は他にも残されているのだ。


「(……わかった。フィズさん、治療の許可を出してもらえる?)」


「(わかりました)」


 ここで暴れられたらシラル達の救助どころではなくなる可能性もある。本当に死にそうになったら星術で簡単に治療をできるから放置でもいいかと思いもしたが、そのショックで暴走されるのはまずいだろう。

 なら望み通りに治療をさせた方がいい。たとえ全快になって反旗を翻したとしても、手加減なしのライカと自分二人がかりになれば逃がさず制圧もできる。それに重傷を負っている状況で円滑に会話をするのも難しいので丁度いいといえば丁度よかった。


「……いいだろう。ただし、隠さず我々の前で治療すること。それでもいいか?」


「それでもいい……ありがとう」


 許可を与えると悲しそうに曇っていた精霊の表情がパッと輝いた。絶世の美貌を持つ裸身の女性がそんな笑顔を見せると心がグラついてしまう。恐らくは話をしやすいようにと人間の姿になったのだろうが、この姿では逆に相手の良心を苛むのが目的ではないかと勘ぐりたくなる。

 そして治療するということの意味を理解しているカラムが訝しげに聞いてくる。


「……なぜ……いいのか?」


「情報をもらう前に死なれては困る。それにその精霊の様子からすると、お前が死ねば精霊は怒り狂うだろう。下手をしたら狂精に堕ちてしまうかもしれん」


 そう言うと納得したようで、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「すまない」と呟いた。


「カラム……」


 水の精霊が水を掬うように手を合わせると、手の中に水が湧き出した。その水をカラムの口元に持っていく。

 ツツッと細く白い腕を伝う水には、何かの力の気配があった。今の自分ではそれ以上のことはわからないが、精霊の力とやらが溶けているのかも知れない。


 差し出された精霊の手からチロチロと溢れる澄んだ水にカラムが口を近づける。そのまま数口飲み下し、一息ついた。


「……ふう。……すまない、ミラ。少し楽になった。ありがとう」


「……カラム……良かった」


 星術ほどの即効性は無いようだが、目に見えてカラムの顔色が回復している。

 さっき王女を治療した時には、普通の魔法での治療は長い時間がかかると言っていた。精霊が持つ力はやはり人間の魔法の数段上をいくものだと判断してよさそうだ。


「(始めて精霊魔法による治療を見ましたが……凄いですね。あの精霊が王女殿下の治療に参加してくれていれば、今とは違う結果になっていたのかも……)」


「(これが上位精霊の使う精霊魔法……確かに水の精霊は癒しに特化した精霊魔法を使えると文献にありましたが……クロさんの竜語魔法みたいですね)」


 全快ではないようだが、顔色が良くなったカラムは支えなしに一人で立ち上がった。移動もこれなら問題無さそうだ。


「(まぁそのことも含めて後で聞いてみよう。まずは移動しないとね)」


 精霊魔法に見入っていた面々を促し、動き始める。

 先頭をメリエ、アンナに任せ、その後に続いて王女達、最後にカラムと精霊を見張りながら自分とライカが続き、移動を始めた。


 周囲の警戒もしているが、ライカが言った通り自分達が動く気配以外には風が吹き渡る音だけで何も感じない。

 そのまま森の奥へと進むように木々が鬱蒼と生い茂る道なき道を進んでいく。

 アンナ達はガサガサと草木を掻き分けるだけだが、自分の竜の体だとバキボキとかなり太い木までへし折りながら進まなければならなかった。

 ……追手にばれていないだろうか……。

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