水の兄弟
「……信じられんな」
「鱗の上からでも飛竜の竜骨をへし折る兄さんの一発をマトモに喰らって無傷かよ。どうなってんだ?」
「……脅威度を更に上方修正。こいつはただの飛竜などではない……噂に聞く変異体や亜種なのかもしれん。カラム」
「あいよ」
今度はバーダミラではなく、カラムが正面に立った。
二人とも自分に意識を向けてくれている。いい傾向だが、楽観はできない。このまま気を惹き続けなければ。
バーダミラの方は数歩後ろに下がると、深く腰を落として鎚を構える。
力を溜める姿勢……つまり、さっきよりも強烈な攻撃の準備をしているということだ。この閉じられた場所でアンナ達を巻き込むような攻撃をされたらまずい。
(黙ってやらせるほど……!)
そうはさせいじと、今度はこちらから動く。
頭上には水のドームがあるため、高く跳ぶことはできない。
後ろ足を撓ませ、翼を閉じる。そのまま姿勢を低くし、後ろ足の力を使って力強く大地を蹴り、一気に突進する。
背後で構えているバーダミラがいる手前、カラムは避けることはしないはず。仮に避けられたらそのままバーダミラに突進するだけだ。
「ハハッ! 来いやぁ!!」
カラムは受けるつもりのようだが、こちらは身体強化まで使っているのだ。どんなに強固な守りだとしても、人と竜の違いは如何ともし難い。
数十倍の重量差に星術の補助まで積んで見た目以上の力を発揮できる竜の突撃を正面から受ければ人間の身体の方がもたないだろう。
「ゴルル!!(言われなくても!!)」
正面から突撃する自分を見て、カラムは盾をドズンと大地に食い込ませて構える。そんなカラムに向かって飛び掛った。
両前足を前面に突き出し、竜の爪をカラムに向ける。
獅子が獲物に飛び掛る時のように、斜め上からカラムに覆い被さるように突進した。
「バカが!!」
(!?)
カラムの構えた盾と自分の爪が接触する少し前、カラムの身体をすっぽりと隠すほどに大きいタワーシールドにも異変が顕れた。
バーダミラの鎚と同じように盾から水が湧き出して一気に盾を覆い尽くすと、そのまま一瞬で凍りついて大きな氷の壁となる。
(くっ!)
突進はもう止められないのでそのまま正面から氷で覆われた盾に向かって前足を振り下ろした。
竜の爪は硬い氷をバリリと削りながら一気に食い込む。分厚い氷に深い爪痕を残し、亀裂が走った。
氷に竜の爪による斬撃を上回る強度は無い。だが氷の層が厚すぎて盾まで爪が届かなかった。剣のように爪を長くする事もできるが、突然爪を伸縮させたら怪しまれてしまうか。
(なら!!)
氷を爪で切り裂くことは出来ても攻撃そのものをカラムにまで届かせることは出来ない。ならばその重量差で押し切る。
体重をかけるようにして氷ごと盾を押し込むべく更に力を込めた。
(ぐぐっ!)
しかし、竜の体重を乗せた突進力でも盾はびくともしなかった。
氷は大地に根を張るように地下にまで達しているらしく、どっしりと根を張った大樹のようにその場に固定されて動かない。
「掛かりやがったなトカゲが!!」
完全に突進の勢いを殺されて氷の前に立ち止まると、それを待っていたとばかりにカラムが叫んだ。
(ちょ!?)
カラムの叫びに反応したかのように、盾を覆う分厚い氷がボコッと盛り上がった。
盛り上がった氷は鋭い棘となり、凍りついた盾はタワーシールドから氷のスパイクシールドに変貌する。幾本もの太い氷の棘は意思を持っているかのように正確にこちらの目と口を狙って伸びてきた。
(うっわ!)
竜の突進を受け止めるほどの強度を持つ氷で出来た棘だ。そんなものでアンナの指でも簡単にダメージを負ってしまう柔らかい眼球や口腔を狙われるのはまずい。
咄嗟に前足に力を集中し、氷を蹴って後ろに跳び退る。さすがにこちらの動きの方が速く、氷の棘が身体に触れることはなかった。
だが───
「これまでだ!!」
背後に跳び退ろうと動いた自分に、カラムの背後で構えていたバーダミラがタイミングを合わせるようにして跳躍した。
溜めを必要とする攻撃は、攻撃の予備動作やタイミングを相手に悟られやすい。それだけ攻撃を当てるのが難しいものだが、バーダミラはカラムとの連携でそのリスクを回避している。カラムが作り出した隙を狙い、こちらを攻撃の射程に捉えていた。
バーダミラが手に構えていたのはさっきと同じ鈍器だが、纏わりついた水の形が変わっている。
(水の、巨剣!?)
金属塊から真っ直ぐに伸びる水で出来た剣身の長さは自分の体長以上もあり、太さや幅も一般人が持って振り回せる最大の剣の数倍はある。
それを横一文字に振り抜こうと目一杯身体を捻り、上半身のバネを引き絞っていた。
「念入りに研ぎ込んでやったぞ!! その首貰い受ける!!」
「ハハハ!! 竜骨製の鎧を両断する兄さんの一発だぜ!! 真っ二つになれや!!」
捻った上半身を一気に戻し、その勢いで水の巨剣による一太刀が放たれる。
横薙ぎに迫り来る水の刃。
水の形を自由に変えて固定できるとすれば、限界まで刃を薄くすることもできるのだろう。
薄いということはそれだけ鋭利だということ。元が水なら維持さえ出来れば刃毀れもせず、切れ味も鈍らない。
現実に作ることが可能な武器では届かない汎用性と威力をここまで自在に生み出す。確かにこれはただの魔法武器とは違いそうだ。
そしてそれを操るバーダミラ本人の実力。
「(クロ!!)」
「(クロさん!!)」
カラムの盾から繰り出された棘を避ける為に無理な姿勢から後ろに跳んでしまった。避ける……には体勢が悪い。
斥力で押さえ込むには相手の速さや膂力、そして大量の水が持つ重量が大きすぎる。後は振り抜くだけという短い距離では鈍らせることはできても止めるまでは無理だろう。
咄嗟に使える星術でこれを止めるのは至難。
(確かに凄い、けど!!)
バーダミラの水の巨剣が横一文字の一閃を描いた。
しかし、血飛沫が舞うことは無く、代わりにゴギィンという甲高い音が響き渡る。
「!?」
「嘘だろ!?」
相手が狙ってきたのは自分の長い首。その首を切り落とそうと剣を振ってきた。
ならば、少し首を下に下げ、軌道を合わせるだけでいい。
自分には自身でも破壊できなかった脅威の硬度を誇るものがある。オマケに駄目押しとばかりに今は身体強化の術に硬度を上げる術まで上乗せしている。
それは脱皮で一度抜け、新たに生えてきた古竜の角。
竜の首を落せる程の威力があるかもしれない剣を角で受け止めるのはなかなかに肝が冷える。
一応バレないように保険もかけていたが、受け止めた。
「バカな!! 切れん!?」
「ゴフゥ!!(こんにゃろ!!)」
「ぬおっ!?」
如何にバーダミラの膂力がずば抜けていたとしても、古竜種の筋力には及ばない。しかも踏ん張ることができない空中にいるのだ。
ブンと首を振り抜き、全力で水の剣を押し込もうとするバーダミラを剣ごと弾き飛ばす。方向はもう一人の敵がいる方。
バーダミラの背後には氷の棘で覆われた盾を構えるカラムがいる。
「チッ!! なめんなよトカゲがぁ!!」
このままでは吹き飛ばされて来るバーダミラが棘にぶつかると悟ったカラムは、慌てて氷の棘を水に戻す。
ザブンと氷が水に変わり大地に流れ落ちる。と同時にバーダミラがカラムの持ったタワーシールドに激突した。
「ごっ!?」
(隙あり!)
背中からカラムの盾にぶつかったバーダミラは、ビシャッと大地に広がった水溜りに倒れ込む。手にしていた鎚を覆っていた水の剣もザザザと形を崩して流れていく。
二人とも体勢を大きく崩し、即座には動けない状態だ。それを機とばかりにもう一度飛び掛かった。




