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平手

 担いでいた鈍器のようなものをドスンと大地に振り下ろし、バーダミラは鋭い視線を更に細く、険しくしてこちらを見据えている。

 カラムの方は腕を組んで相変わらずのニヤニヤとした笑みを浮かべながら、値踏みでもするかのような下卑た目を女性陣の方に向けていた。

 そんな二人の前にライカは進み出る。


「おっほ! 兄さん、狐人だよ! ……貧相でイマイチな尻尾だし、血統は雑種っぽいけど……珍しいし成長すれば少しは高く売れっかも?」


「カラム」


「わーかってるって。別に生け捕りにしようとか思ってないって」


「……事もあろうに我が一族の血を愚弄するか……お前達の相手は私ではないのだが、少しお灸を据えてやろう」


 ライカの呟きはミクラ兄弟には届いていないようだった。ライカを無視して二人で話している。そんな二人の態度に更に気を悪くしたのか、ライカが容姿に見合わぬ残忍な笑みで口元を裂いた。

 進み出たライカにバーダミラは哀れみを含んだ冷たい視線を投げかけ、対してカラムの方はさっきと変わらずニヤニヤとした嫌な笑いを浮かべている。


「……その小さな身形で潔し。……と言いたいが、死に行く者の目ではないな。心穏やかに逝くための時間をやったというのに……」


 バーダミラが腰を落とし、スレッジハンマー型のアーティファクトを構える。腰を斜めに引き、脇構えのように持ち手を握り締めた。

 ただの鉄製だとしてもあのハンマーで横薙ぎに殴られたら骨が砕けるだけでは済まないだろう。頭に当たればトマトのようになるのは想像に難くない。


 ライカの好戦的な表情を見たカラムの方も盾を両手で前面に構え、臨戦態勢となる。

 だがライカは関係ないと言うように更に歩を進めた。


「下種が」


 言うや、ライカが跳んだ。

 ズバッと踏み込んだ部分の草土がめくれあがって飛び散る。

 まだ暗さが残る暗影の濃い森の背景の中というのもあるが、集中していても殆ど影しか見えなかった。半人半竜状態で全力の身体強化をした時の自分に匹敵しそうな瞬発力だ。


「「な!!?」」


 ライカは正面からカラムの方に突っ込んだ。

 ライカのあまりの初動の速さに舌を巻いて硬直しているカラムの構えた盾にスタッと足を着けると、ピョンと一回転して頭上を飛び越す。ライカの腰から生える金色の狐の尾が美しい軌跡を(くう)に残した。


「ふん。愚か者め」


 回転の際に身を捻りながら置き土産と言わんばかりにカラムの頬を思いっ切り平手でひっぱたく。

 さすがは身軽な狐の幻獣、体操選手も真っ青な身のこなしである。


「ぶへっ!?」


 パァンという小気味良い乾いた音が静寂に包まれた森に木霊(こだま)する。会心の平手打ちをもらったカラムは鼻血を飛ばしながらグラリと仰け反った。

 少女が殴ったとは思えない程の音だ。姿は獣人の少女だとしてもライカは幻獣種、格闘が苦手といいつつも腕力は見た目以上にはあるということか。


「雑種にあしらわれる気分はどうだ? 木偶(でく)


 盛大な一発をお見舞いしたライカは吐き捨てるように言葉を残し、そのまま尾を靡かせながらカラムの背中を蹴りつけ、背後に走り抜けようと加速した。


「カラァム!!」


「わかってるよ!! この餓鬼が!!」


 カラムは怒りの叫びとは裏腹に、平手打ちをかまして飛び越したライカを追おうとはせず、瞬時に体勢を戻して持っていた盾を振り上げ、勢いよく地面に突き立てる。

 ドスッという音と共に盾の下側が三分の一ほど森の土にめり込んだ。


「逃がすかぁ!!」


「!?」


 カラムの叫びに反応するかのように突き立てた盾が一瞬だけジワリと蒼く発光する。と、同時にゴポリという水音が響き渡った。

 次の瞬間、大地に突き立てられた盾から水が湧き出し、凄まじい速度でライカを追うように大地を駆けた。まるで高速で地を這う一匹の大蛇のようだ。


「ぬ!?」


 俊足で駆け抜けようとしたライカを一瞬で追い越した地を這う水は、ライカの少し先で大地から空中に進行方向を変える。空中に伸び上がると蛇のようだった一本の水の流れは薄く広がり、壁のように立ち塞がってライカの進行を阻んだ。

 ウォーターカーテンのようで軽く突き破れそうに見えるが、ただの水……ということはないだろう。ライカもそう判断したらしく水には触れないで横に跳び、即座に壁を迂回しようとした。

 そんなライカに影がかかる。


「ぬうぅんん!!」


「!!」


 重量のある鈍器を軽々と振り被ったバーダミラがライカに迫っていた。

 ライカの俊足にも引けをとらない身のこなしで、一足でライカを間合いに捉える。

 バーダミラは魔法を使う素振りは見せていない。誰もが一目で重いと判断できるような武器を持ちながら俊足のライカに追い縋る……もし生身でこの身体能力なのだとしたら人間種の中では桁外れの膂力の持ち主だろう。

 普段のライカなら避けるのに苦労はしない程度の速さだが、水に気を取られたライカは一瞬だけ反応が遅れ攻撃の射程に捉えられる。


「(ライカ!!)」


 ライカの援護のため、星術を起動する。

 星術とはバレないように、普通の飛竜でも使うブレスを真似る。

 選んだのは火炎。


 飛竜と同じように口を開き、あたかも口腔からブレスを発射するようにして直径1m近くはある火炎弾を撃ち出す。

 バーダミラも無視はできないと見てか、迫り来る炎に備える為にライカへの攻撃を止め、身を捻らせた。だが飛び掛かって空中にいる今は回避できないはず。


「幼竜が!」


 これは当たると思った矢先、バーダミラに向かって直進する火炎弾の前にカラムが立ちはだかる。頭以外は金属製の全身甲冑に身を包んでいるというのに、反応速度や身のこなしは半裸で身軽な格好のバーダミラにも引けを取っていない。

 カラムは背負っていた巨大なタワーシールドを手に構え、火炎弾を正面から受けようと構えている。小型だとしても岩をも溶かす飛竜のブレスに人間が正面からぶつかろうとは並みの精神力ではない。


「オラァ!!」


 カラムは火炎弾が盾に衝突した瞬間、盾を横に振り抜き、火炎弾の軌道を強引に捻じ曲げる。

 バーダミラを狙った火炎弾は軌道を逸らされ、ライカのすぐ横を通り過ぎてカラムが生み出した水の壁に激突した。


 火と水が互いに熱を交換し合い、ジュボッという水が一瞬で蒸発する音と共に大量の水蒸気が吹き上がる。

 爆煙のように周囲に広がった水蒸気が風で薄れると、水の壁にぽっかりと穴が開いているのが見えた。しかしその穴もジワジワと水が埋めていき、ものの数秒で元通りの水の壁に戻ってしまう。

 ライカはこの隙を逃さず、すぐに水の壁を避けて走り去ろうと動いていた。

 だが───


「!?」


 薄い水の壁はまるでアメーバのように蠢くと、大きく広がり始める。

 ザザザザという水の音を響かせながら、何者も進ませまいとライカ以上の速さで面積を広げていき、ライカの進行を阻んだ。

 無理に抜けようとすれば水に触れてしまうと判断したらしいライカは、一旦薄い水の壁から離れてこちらに戻ってくる。


 奇怪な水の壁の動きに意識を奪われてしまっていたが、その変化は自分達の周囲でも起こっていた。

 いつの間にか突き立てられた盾からは幾筋もの水の流れが這い出しており、ライカのいた方向だけではなく全周囲に水の壁が生み出されていく。


 薄い壁は互いに結び付くと一気に大きく広がり、自分達を包み込むように上に伸びる。

 時間にして数秒も経たずにこの場にいる全員が水のドームに閉じ込められることとなった。人間の姿で戦うには不自由しない広さだが、竜の姿で自由に動くには狭すぎる。


「逃がさねぇよ糞餓鬼!!」


 カラムが鼻血を手で拭いながら怒声を上げるのを無視し、視線をすぐ背後にできた水の壁に向ける。

 チャプチャプと水を湛えた壁の厚さは殆ど無い。透明で薄い水の膜、見た目には強度など無さそうだ。本当にただの水なら赤ん坊でも手を伸ばすだけで容易に水の壁を突き抜けることができるだろう。

 だが、この場面で使うモノがただの薄い水の壁のはずがない。

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